休日の過ごし方1
この話に関連して、「噂1」での魔道具の数を修正しています。
お手数ですが、一度そちらも読み返して頂けると幸いです。申し訳ありません。
3日間の休みに突入したオルスロットだったが、現在暇を持て余していた。
バルザックから聞いた噂についてレイティーシアを問い質すために作業部屋に足を運んだのだが、絶賛無視されている最中だ。先日もそうだったため覚悟はしていたが、やはりオルスロットの声に気付くことなくレイティーシアは作業に没頭していた。改めて後で、などと言っていたらタイミングが合わずにいつまでも話ができない気がしたため、仕方なしに待っているのだ。
せめて溜まりに溜まった個人宛の手紙やら招待状を持ち込んで処理しながら待てばよかった、と思いながらぼうっと作業中のレイティーシアを見る。
鈍色の髪の毛はすっきりと結い上げられているのだが、長い前髪が視界を塞いで邪魔そうだった。しかしそんなものには構わず、ずっと同じ体勢で細かい作業を行っている。
時折何かを呟き、手元が小さく光るのは魔術を使っているのだろう。魔道具製作場面に出会ったことがないので、なかなか興味深い。
しかし本当に、レイティーシアは貴族女性らしくない。美容や服飾ではなく珍しい鉱石や金属に目を輝かせ、魔道具製作にひたすら没頭する、職人のような女性だ。
果たしてそんな彼女が浮気をするものなのだろうか……。
昨日から募る一方の苛立ちを抱えながらそんなことを考えていたオルスロットは、ふと自分の思考に気付いて顔を顰めた。
噂になっている、ということよりもレイティーシアが浮気しているかもしれない、ということの方が何故か気にかかっている。そこは大して重要ではない、と頭では思っているのだが、モヤモヤするのだ。
そんな良く分からない自身の内心により苛立ちを募らせているうちに、レイティーシアの作業は一段落したようだ。背筋を伸ばしながら首を回している彼女に気付き、声を掛ける。
「レイティーシア」
「……! あ、旦那様。いつの間に……?」
ビクリと身を震わせてから振り向く彼女に、オルスロットは小さく息を吐く。
そんなにレイティーシアにとって自分は存在感がないものなのだろうか……。
「やはり気付いていませんでしたか」
「う……すみません」
「別に構いません。さて、少しお話を伺ってもよろしいですか?」
「……? はい、構いません」
そう言いながら小首を傾げるレイティーシアは、なんら後ろ暗いところは無いといった風情だ。さて、あの噂は一体何なのか。
レイティーシアの反応を見逃さないよう、表情の分かりにくい彼女の顔を見つめて単刀直入に話を切り出す。
「貴女が浮気をしている、という噂が出回っているのですが、どうなのですか?」
「浮気!?」
素っ頓狂な声を上げるレイティーシアは、あたふたと手を振りながら否定の言葉を連ねる。
「そんなこと、していません! 私はそんなこと、したことも、したいと思ったこともありません」
「そうですか。しかし、男性に抱きついた、とか怪しげなお店に入って行ったとかそんな証言もあるそうですよ」
「男性に抱きついた? そんなこと……あっ」
「何ですか? 心当たりでも?」
はっと息をのむレイティーシアに、オルスロットは片眉を上げて問いかける。その身に纏う空気は、幾分冷たいものに変っていた。
「いえ、あの……。この前のナタリアナ様のお茶会の時、ソルドウィンから鉱石とかを貰って嬉しくなって、抱きついたことはあります……」
「人の前でですか?」
「いえ、近くに人は居なかったと思ったんですが、外でしたし……」
「どこに人の目があるかは分かったものではないですからね……」
ソルドウィンはレイティーシアにとって従弟とはいえ、二人とも既に成人しているのだ。迂闊に外で抱きつくなど、噂の話題提供をしているようなものだ。
大きくため息を吐きながら、短い黒髪を掻き上げる。
「……レイティーシア」
「は、はい!」
「別に、貴女の行動を制限するつもりはありません。でも、気を付けてください。貴族社会での噂は恐ろしいものです」
「はい……」
大きな眼鏡と長い前髪で実際には見えないが、レイティーシアの瞳を見据えるように言う。
貴族とは、噂話一つで没落することもあり得るのだ。そして貴族社会の何よりも恐ろしいところは、火のないところからでも煙を立たせるところだ。
だから、間違っても弱みとなりうる部分は見せてはいけない。 作ってはいけない。行動には細心の注意を払う必要があるのだ。
この時点で既に嫌な予感がしていたが、もう一つについても聞いてみる。
「それでは、怪しげなお店、というのは?」
「多分、魔道具を納めている商人のお店のことかと……」
「レイト・イアットの作品を納めているお店ですか!?」
明らかに、噂になってはいけない場所への出入りだった。レイティーシアは、自身がレイト・イアットであることを隠す気はあるのだろうか……。
オルスロットは声を跳ね上げ、レイティーシアへ詰め寄る。
しかし当のレイティーシアは、オルスロットが抱いている危機感は理解できない様子で、首を傾げている。
「お店、と言っても実際に魔道具を売るお店ではなく、仲介をしてくれる商人のお店ですよ」
「それでも、貴女自身が出入りしては、レイト・イアットであることが漏れる可能性が高くなります」
「でも、今までも時々私が出向いていましたが、問題ありませんでしたよ?」
「それは今まで、貴女のことを知る人間が王都にほぼ居なかったから、問題なかったのではないですか?」
「そうかもしれませんが……。でも、そんなことを言ったら、旦那様に納品した魔道具の方からも私に繋がる可能性も高いのではないですか?」
納得できないといった空気を纏うレイティーシアに、オルスロットは頭が痛くなってくる。
「そちらはご心配なく。貴女の伯父上である、宮廷魔術師長のガルフェルド・ジルニス殿に話を通して、彼の方の伝手で入手したことになっています。作って頂いた魔道具の半数もそちらに渡しているので、うちの騎士団にばかり魔道具が入らないようになっています」
「伯父様に……」
「はい。魔術師一族のジルニス家の当主であれば、稀代の天才魔道具技師と繋がりがあってもおかしくは無いでしょう。元々ソルドウィン等、ジルニス家の者は多くレイト・イアットの作品を持っていますし。そして俺が貴女との結婚でジルニス家とも繋がりが持てたので、そこから騎士団へレイト・イアットの魔道具が入るようになるのもそこまで不自然ではないでしょう」
ガルフェルドから先の繋がり、となると今度は鉄壁のジルニス一族の情報規制が入る。あの一族は、魔術師一族ということもあり、謎に包まれているのだ。人間性的にも問題ある者が多く、深い付き合いがある者が少ないため、という理由もあるが。
ガルフェルドに特大の借りが出来、そしてこの件に関してかなりねちねちと絡まれたが、これ以上の策は無いだろう。
「さて、納得頂けましたか?」
「……はい」
唇を尖らせ、不服げながらも納得を示すレイティーシア。その子供のような反応に、オルスロットは小さく笑う。
「こちらに納めて頂く以外の魔道具の納品方法は、改めて考えましょう。屋敷の者にも、貴女がレイト・イアットということは秘密ですし、別のものに届けさせる訳にも行きませんしね」
「そうですね」
「さて、とりあえず噂は事実無根、ということで良いのですよね?」
「ええ、もちろんです!」
とりあえずは大本の話題に戻すと、レイティーシアは勢い込んで肯定する。余程、浮気をしているという噂が心外だったようだ。
「では、噂の払拭も兼ねて、明日は共に出掛けましょう」
「え……?」
「仲睦まじく居る様を見せつければ、噂を塗り替えることも可能でしょう。それに、いい加減共に居る場面を見せつけねば、また色々噂されかねません」
「そう、ですか?」
きょとん、としたレイティーシアにオルスロットは真面目に頷き返す。
「貴族、特に女性達は浮気やら離婚疑惑の噂はこの上ない大好物です。非常に面倒ですが、ある程度パフォーマンスは必要です」
「パフォーマンスなんですね」
「はい。ご協力お願いします」
小さく笑いながらそう言えば、レイティーシアも肩を竦めつつ笑って了承するのだった。




