レイト・イアットの仕事1
ソルドウィンの協力もあり、作業部屋は完成した。オルスロットからの手紙で使用許可も出たその部屋は、裏庭に面した半地下の元倉庫だった部屋だ。半地下なので少し薄暗いが、照明もしっかり整備されており、広さもかなりあるのでレイティーシアとしては大満足だった。
ちなみになぜ使用許可が手紙なのかというと、レイティーシアが起きている時間にオルスロットが屋敷に居ることがなく、爆発騒動以来顔を合わせていないのだ。
休みもなく働いているようで、体調を崩さないか心配になる。しかし、クセラヴィーラに聞いてみれば毎年この時期はこんな感じらしく、もう少しすれば落ち着くので心配はないとのことだった。おまけに、レイティーシアが渡した魔道具のおかげで今年は例年よりも調子が良いらしい。
魔道具が役に立って良かったというか、それで余計無理をしているのでは、と心配になったり……。
もやもやと考え込みながら日々作業部屋に籠って手を動かしていると、作り慣れた簡単な魔道具が沢山出来ていた。簡単な魔道具であれば、土台となる金属に魔術式を刻み込み、魔術式への魔力取り込みのための核となる石を付けるだけで完成するのだ。
使用する金属や石を工夫することで、より性能は変わってくるし、刻む魔術式によっても効果は異なる。それを試行錯誤し、新たな魔道具を創るのも楽しいのだが、考え事をしながらやる作業ではない。おかげでせっかくソルドウィンから珍しい鉱石や金属を貰ったのに、それらは未だ手付かずで放置していた。
「……こういうときは、籠っても仕方ないわね。マリア、ランファンヴァイェンさんの所へ行くわ」
「ランファンヴァイェンさんの所へ? 確かに、魔道具は溜まってますけど、わざわざレイティーシア様自ら行くのですか? 年末にも行かれたのに……」
ランファンヴァイェンは、レイティーシアが唯一魔道具を卸している魔道具販売の仲介業者だ。彼を通して各魔道具店にレイト・イアットの魔道具を売っているのだ。
勿論、ランファンヴァイェンはレイティーシアがレイト・イアットとは知っている。しかし、それでもなるべくレイティーシア以外の人間が魔道具の納品を行い、レイト・イアットとレイティーシアが結び付かないようにしていたのだ。
とはいっても、年に一回くらいはレイティーシア自身が赴いてはいる。良好な関係を続けていくためには、多少のリスクはあっても、当人が顔を見せる必要があるのだ。それがつい2月ほど前の年末だったのだ。
「ええ。そうだけど、旦那様の依頼で騎士団の方に優先的に魔道具をお渡しするから、ランファンヴァイェンさんの方に納品する量が減ってしまうでしょう? 事前に説明しておかなければ、失礼だわ」
「ああ、そうですね。分かりました。では、出かけることをクセラヴィーラさんに伝えてきますね」
「…………内緒じゃだめかしら?」
「多分、バレると思いますし、バレた時が大変ですよきっと」
「そうね……。じゃあ、お願い」
クセラヴィーラから、レイティーシアが実家から持ってきた流行完全無視のドレスは魔道具作成時の作業着認定をされてしまった。そのため今は屋敷の中でも、クセラヴィーラ率いる侍女たちが用意したドレスを着用していた。常日頃から美意識を磨き、そしてドレスに着慣れておくべし、とのことだった。
これで無断、しかも流行完全無視のドレスで外出しようものなら、ド迫力笑顔で長時間のお説教が待っていること間違いなしだ。
大人しく外出の申告を行い、衣裳を改めることにする。
§ § § § §
ランファンヴァイェンの店は商業街の中心からは少し外れた場所にあり、いかにも貴族といったドレス姿で馬車で送迎されては目立ってしまう。
渋るクセラヴィーラを説得して、裕福な商家の娘が着るようなワンピースを用意してもらい、徒歩で店へと向かうことにした。
幸い、オルスロットの屋敷からランファンヴァイェンの店までは比較的近くにあり、四半時ほどで到着する。元々田舎暮らしで王都の貴族令嬢よりもよっぽど体力のあるレイティーシアは、疲れた様子もなく、店の扉を開けた。
「こんにちは、ランファンヴァイェンさん」
「おやぁ、これは珍しい。コンニチワ」
雑然とした店内に入れば、独特なイントネーションの挨拶が返ってくる。
ランファンヴァイェンは、素性は詳しくは分からないが、異国の人間のようだった。浅黒い肌と赤銅色の髪を持ち、服も風変わりなゆったりとしたものを纏っている。
しかし、チェンザーバイアット家ならびにジルニス家とは古い付き合いであり、信頼のおける人物だった。レイティーシアも、伯父である現在のジルニス家当主からの紹介で彼に魔道具を卸すことになったのだ。
「今日は、魔道具の納品と、お詫びに参りました」
「ドしました?」
「知人の依頼で、いくらかまとまった数の魔道具をそちらに納品することになったんです」
「おやおや……」
ランファンヴァイェンは笑顔を浮かべているが、何を考えているかは読めない。
彼も商人だ。これだけでは納得してくれないだろう。
「知人の方に納めるのは、簡単な魔道具のみで、装飾性もないものになります。量は減ってしまいますが、新しいものや装飾性の高いものは、今まで通りこちらに取り扱って頂きます。……ご了承頂けないでしょうか?」
「……そうですカ。仕方ないですね」
ふ、と息を吐いて苦笑するランファンヴァイェンにレイティーシアも安堵する。
ランファンヴァイェンには、魔道具を買い取って貰う以外にも、素材になりうる物や情報を得る伝手として非常に世話になっているのだ。これで関係が切れてしまっては、大打撃だった。
「ありがとうございます」
「イエイエ、こちらもお嬢様との関係は長く続けたいですから。あ、もうお嬢様じゃなくて、奥様ですネ」
「……ランファンヴァイェンさんに、奥様と言われるのも変な感じですね」
「きっとそのうち慣れますヨ。ああ、そうだ。せっかくだから、お祝いにこれを差し上げマス」
そう言って差し出すのは、中心が青く光っているように見える、透明な石だった。
「何ですか?」
「ワタシの国では、”竜の石”と呼ばれてマス」
「”竜の石”……?」
「ハイ。この石は、魔力を溜めやすい性質をもっているんですヨ」
「まぁ……! 貴重なもの、ありがとうございます!」
「どういたしまして。旦那様に、良い魔道具を作って差し上げてクダサイ」
パチリ、と愛嬌たっぷりなウインクを送られた。




