表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/275

0089 鉄鐸に反響せる教唆

7/8 …… 2章の改稿・再構築完了

 ル・ベリの母リーデロットとグウィースの父リッケルの元主にして、竜人(ドラグノス)ソルファイドの目玉を奪った迷宮領主(ダンジョンマスター)

 【人体使い】テルミト=アッカレイア伯からの"連絡"は――実質、俺の【人世】での監視のメインを張ることとなっていた【(くろがね)使い】フェネス上級伯(アークカント)からのものだった。


 というのも、その内容が「数日前に多頭竜蛇(ヒュドラ)に襲わせた船の"積荷"が海岸に流れ着いているだろうからそれを取ってこい」というもの。おそらく裏で何か弱みを握られたか頼み込まれたやら、テルミト伯は嫌で嫌で仕方が無さそうに、俺の返事など待たず一方的に機械的に、予め用意しておいたカンペを見ながら棒読みで伝えてくるような調子であり――【眷属心話(ファミリアテレパス)】を通して俺から嫌味の一つを返してやる暇も無かった。


 そして、言われた通り海岸を哨戒させていた遊拐小鳥(エンジョイバード)突牙小魚(ファングフィッシュ)達に調べさせたところ、壊れかけた木箱が1つ、確かに流れ着いていた。

 直近では多頭竜蛇(ヒュドラ)が視認できた、というような報告は無かったため、本当にそれが破壊された船の積荷であるかどうかを確認する術は無かったが。


 そうして俺が確保したことをなんらかの手段で確認したのか、再度、テルミト伯が"ゲロ鉢植え"を通して、「以降は二人でよろしくやってください、私は忙しいので」と一方的に言ってきたため――俺としては、この積み荷が何らかの通信手段だろうと判断。つまり、使い方を弄れば"盗聴手段"とすることも迷宮領主(ダンジョンマスター)ならば簡単にできるであろう代物であるため、迷宮(ダンジョン)内に運び込む際には慎重を期して海中経路から。適当な布で覆わせてから、八肢鮫(バインドシャーク)のシータによって、ひとまずヒュド吉部屋……の奥に作らせていた個室に運び込んだのであった。


「おう、オーマ! ご飯の時間か? われはまだ腹は空いていないが、くれるというのならもらって、食ってやってもいいのだ!」


「後で小醜鬼(ゴブリン)小醜鬼(ゴブリン)が栽培したイモの食べ比べをさせてやるから大人しく待ってろ」


「うむぅう、われつまらないのだ! 何故か首から下が生えてこないから、われはいつまで経ってもわれのままなのだ。肉をたくさん食っても、生えてこないのはおかしいのだ!」


 能天気なことをのたまうヒュド吉を適当にあしらいつつ、"ゲロ鉢植え"と同じ場所に、木箱ごと置く。

 その間にル・ベリと、意外と短い時間で目玉(がんきゅう)の"定着"を終えたソルファイドがグウィースを頭に乗せながら合流し、俺は螺旋獣(ジャイロビースト)アルファとデルタを連れて木箱を開封したのであった。


「鏡、というものだな。主殿」


「……御方様、私にはただの金属の板にも見えますが」


「グウィース! つ る つ る!」


「もの凄く綺麗に磨かれている、金属の板、だな。今回はル・ベリの正解か、ソルファイドが"鏡"と誤認したのも仕方ないな」


「グウィース! 赤あたま、はずれ!」


 ソルファイドの頭部に根回し(物理)によってしがみついているグウィースが、両手で十字を作るようにクロスさせ、まるでクイズ番組の「○×」が回答者の頭部に効果音と共に立ち上る、その逆を彷彿とさせる動きでその顔面をぺちんと叩く。


「ル・ベリの弟よ、前が見えん」


「貴様は困らないであろう。せっかく入れた目玉がこぼれて落ちぬように塞いでやっている、グウィースの心配りというものだ」


「ばつゲーム!」


「おい、まさか本当に『クイズ回答者の○×のあれ』ごっこ(・・・)じゃないだろうな? ……副脳蟲(ぷるきゅぴ)どもが変なこと教えたか。まぁいいや、さてはてこれはまた立派な"銅鏡"だが」


 形状は縦長の楕円。後背部に衝立のような出っ張りがあって"立たせる"ことができるようになっており、椅子ほどの大きさのそれは、ミリ単位の凹凸すら許さぬという執念を感じるほどに徹底的に磨き上げられている。ソルファイドが"鏡"と評したのも厳密には間違いではなく、取り囲む俺達の姿を像として反射し映し出していたのであった。


 フェネスとの今後の関係性と、そして【情報戦】の観点から、前に立つのは俺とソルファイドのみとしてル・ベリとグウィースは映らない角度に控えさせる。


 ――と、その"銅鏡"の周囲の空気がわずかに揺れる。

 次の瞬間には、金属を叩いたような澄んだ音が、小刻みに震え始めた"銅鏡"の中から鳴り響き――。


『やぁやぁ、あー通信テスト通信テスト、こちら【鉄使い】だ。テルミトクンに無理言って届けてもらった"贈り物"の感度は良好かな? そこにいるのはオーマクンだろう?』


 澄んだ金属音も束の間のこと。

 まるで異なる硬度の金属同士を引っかき鳴らすかのような、聞いているだけで不快さがこみ上げてくる、甲高い上にいやに人の精神を逆撫でするためだけに進化してきたかのような声帯で以て発される口上が"銅鏡"から垂れ流されてきた。

 そして、それだけではない。

 銅鏡の、先程までは覗いていた俺やル・ベリ達の像を反射していた鏡面には―― 一度見たら、まず忘れることができないだろうほど、強烈な異彩と印象を放つ(かお)をした男のニタニタ笑いがドアップで映し出されていた。


 江戸時代の怪談話に現れる怨霊を思わせるかのような醜貌である。重度の"おでき"によって、その目はまぶたごと上から押し潰されるように圧迫されていながらも、それでも決して閉じまいと執念深く薄く開かれた左目は酷く濁っている。その"おでき"には鍛冶(たんや)師によくあるという、跳ね返った火花による細かな火傷が、まるで幾層にも飛び散るようにそばかすとなって顔の左半分を覆っている。

 だが、それ以上に異様だったのは、まぶたが千切れんばかりに見開かれ、出目金のようにギョロリと眼球ごと飛び出している右目であった。浮き立った血管が赤く血走っている様は、眼球でできた魔獣を右目に移植したんじゃないかと思えるほど、異常に膨れ上がっている。

 ――大仰に、何か言うたびに首を上下左右に傾け、口裂け女のようにニタニタと笑いながら、そんな対極的な双眸を交互に光らせるフェネスは実に"顔芸"が達者であると見えた。


 そして年齢が全く読めない。

 しわくちゃに歪んだ老翁のようにも見えるが、同時に、悪戯心と嗜虐性を併せ持つ悪ガキのような、効果音付きで「ぱぁぁ」と明るく光るような表情にも見える。未だ俺は『ルフェアの血裔』の"標準"がわからないが――もし仮にル・ベリと、そして彼が言う生き写しの姿であったという母リーデロットの美貌が魔人族の標準的な容姿であるならば、フェネスはまさしく最底辺レベルの悪辣なる醜男(しこお)顔だと断言するしかない。それほどまでに説得力(・・・)がある醜さだった。


『あぁ、心配しないでおくれ! この"鉄鐸(てったく)"は一方的にこちら側の姿を映すだけなのさ、盗撮なんて上等な機能は無いよ? "励界派"の若造どもじゃああるまいし! でも、期待の大新人であるオーマクンのお顔は僕もぜひ一度拝見したいところなんだけれど、それはまぁ、先の楽しみとしておこうかねぇ!』


「……いっそ叩き割って処分してくれていたら、テルミト伯も俺も枕を高くして眠れたろうにな。言っておくが、無駄話に付き合うのは今回だけで、次からは直接話さないからな? 【鉄使い】殿」


『カカカッ! これは手厳しい、あの場で僕も"人食い姫"サマも、伯爵クン達も口説き落としてみせた若紳士かと思ったらそれが君の素かね? まぁいいよ、それで。どうせ、こんな鉄鐸(おもちゃ)なんざ、君のところまで遊びに行けるようになるまでの繋ぎなのだからねぇ!』


「なんてこった、迂闊に誘いに乗るんじゃなかった! あぁ、俺の平穏もあと2年で終わりか……それまでに史上最高性能の耳栓を開発しておかないと、な? どうしたって、迷宮領主(ダンジョンマスター)の"独自通信システム"て奴は、あんたの銅鏡(それ)と言い、リッケルの野郎のものといい、耳障りなものが多いんだ」


『それはねぇ、君。【情報戦】への基本的な心構えができていることは重畳だが――あいたっ!? あいたたた、こら、背中を蹴るんじゃない! 全く、どうしたんだ僕の愛しの娘ヴィヴィにフィネーよ……え? 何? 話が長過ぎる? 次の予定が詰まってる? あーはいはい、はいはい』


 わざとかわざとでないか、いきなり"娘"らしき者達と寸劇を開始する【鉄使い】フェネス。

 "励界派"の臨時会合で名前が上がっていた「ネフィ」とも「メリィ」とも異なる名前であるが、素直に考えれば「長女」と「次女」であるだろうか。何にせよ、一方的に銅だか鉄だかわからない金属板を送りつけてきたフェネスは、やっと余計なおしゃべりを切り上げてくれる決心をしたようであり、本題に移る様子を見せた。


『レェパクン達とテルミトクン達が暗闘レベルからおっ始めたところだからね、公平を期して君との連絡の窓口は僕の方に移させてもらったんだ。だから、あの"鉢植え"はもう処分してしまっていいよ? というか、ワーウェールクンの側の方はもう廃棄したようだからね!』


「それで代わりに、てわけだな。わざわざ教えてくれて、どうもありがとう。それじゃ俺は忙しいので……」


『んまぁまぁ、待ちたまえよ若人! 契約をかわした僕達の仲じゃないか、君の監視役である――僕の愛しの娘ネフィが、今どこにいるか気になるだろう? 君、【人世】側はもう覗いてみたのかい?』


「準備中、てところだな。一応、改めて(・・・)向こうの"裂け目"の周囲に妙なものや怪しいものが無いかは、今度こそ確認済みだ」


『ははぁ、用心深いことだねぇ。それじゃ特別サービスで一個教えてあげよう。神々の大戦(おおいくさ)の時代は過ぎ、初代界巫サマの乾坤一擲も大失敗した今、【人世】で語り継がれる我ら迷宮領主(ダンジョンマスター)の脅威は、少なくとも市井には意図的に伏せられているし、忘れ去られつつあるのさ。何せ500年前だ、あっちの『ニンゲン』の寿命じゃあ御伽噺化する。こちらから積極的に手出しをしなければ、向こうの連中も、蜂の巣を突いた蜂にはならないだろうねぇ』


「それだけ"2代目"界巫サマの薫陶が行き渡っているから、てことか? どいつもこいつも【闇世】での争いに忙しい『戦国時代』だものな。こっち側での争いに切り取りに謀略に誰もが忙しくて、とても【人世】に派遣する余力なんざ捻出できないか」


『んん~~? その様子だと……【人世】で僕ら迷宮領主の"力"が使いづらい、てことは調査済のようだねぇ。そしてその言い振りからすると、ははぁ、運が良いか悪いかわからないけれど、君の"裂け目"は人里離れた大自然の中にあるとかなのかねぇ』


「悪巧みがクッキー瓶のように脳みその中に詰まったどこかの道化に、そんなこと言うわけがないだろう、勝手に想像してろ。俺の素性の情報は高いぞ? だが、確かにフェネス殿(・・・・・)の言うように(・・・・・・)、【人世】では迷宮領主(俺達)の存在は大して認識されていないのかもしれないな。眷属(ファミリア)の派遣だって、『新人』どころか中堅にすら困難なようではな」


 俺が一体全体、最果ての島にどういう経緯で流れ着いたのか。

 可能性の一つとして【人世】からの落人(おちうど)であることは、フェネス達も想定していることだろう。よもやその更なる外側からの"転移者"であることなど、現時点では知られれば余計な興味を招いて面倒が増すだけ。

 素性を推測されることに繋がる情報は出さぬよう、軽い調子を作って付き合いつつも、俺は言葉を選んでこの道化にして娘持ちの醜男に言葉を返していく。


『そこはほら、簡単な話さ。初代界巫サマの失敗を繰り返さないために、我らが【黒き神】は現状維持、小康状態、膠着と停滞の継続をこそお望みなのだろうさ。少なくとも"2代目"はそう考えてるんじゃないかなーってのが、僕の個人的な想像』


「ありがたい薫陶が行き渡っていて、こっちから討って出る者がほとんどいないとして、本当に【人世】からの大々的な侵入が無い、と断言できる理由があるのか?」


『勉強不足だねぇ……って、ありゃ? そうか、あー……"共有知識"からこれ(・・)の閲覧権限が引き上げられていたのか。そうだねぇ、じゃもう一つサービスだ、周囲の地形や環境を調べる際に――そうだねぇ、"裂け目"の周辺の人里の「ニンゲン」達の動きにちょっと注意してみてごらん。その観察結果次第で、君がどこに出たのか、僕としてもある程度見当つけられる。そしてオーマクンが勉強家なら、今の疑問の答えも見つかるかもねぇ! あぁ、末恐ろしい副伯(バイカント)であることだ! 僕は今、将来の偉大で強大な存在を生み出してしまったのかもしれない!』


「俺がある程度、周辺の状況を調べ終えるまでは待ってくれる、ということか? 生憎、フェネス殿の愛しい娘であるところの"ネフィ"殿下どのとはどこで合流すればよいか、皆目見当もつかなかったところでな」


『あぁ、いいよいいよそんなの! 2年もあるんだ、多少の行き違いや遅参もまぁあるだろうさ! ――定命の連中(従徒にもなれない奴ら)と違ってさ、僕たちには"時間"がある、そうだろう? どこか大きめの街に辿り着いたら、その時また知らせてくれればいいのだから。いざとなったらキプシークンもいるし……それにどうせ「人食い姫」サマも、今はまだ本当の本気で投資なんてするつもりは無い。うん、まぁそれも含めて君の実績次第だよねぇ?』


「なんだ、それじゃフェネス殿は完全に遊びで……ご自慢の娘に"寄生"なんてさせるつもりなのか?」


『そこはほら、企業秘密ってやつさ! 君をダシに上手いこと【宿主使い】の眷属(ファミリア)を……ってああはいはい、殴らない殴らない。いいかい、淑女は父親を叩いてはいけませ――あいたっ!』


 不穏なことをわざと俺に聞かせようとして、そしてわざと娘に止めさせたとも受け取れる茶番の第二幕であるが、俺は聞かなかった振りをする。

 フェネスが俺との合流を急がない理由として、三女ネフィには何か【人世】で工作なり何らかの活動なり、他の目的や密命を与えている……ということも考えられたからだ。それがフェネスや、彼が仕えているという"2代目界巫"の思惑とどう連なるのか、探るだけでもろくでもないことに巻き込まれることとなるだろう。


 また、当然だが、そもそもフェネス自身、その肝心の"監視役"である第三女たる娘ネフィが向かった【人世】側の街などについて言い出す素振りが無い。

 迷宮領主(ダンジョンマスター)にとって【人世】側での"裂け目"の位置に関する情報などというのは、言わば「裏口」なのだ。軍事機密的であることなど明々白々であり――でならば【人世】へ出る迷宮領主(ダンジョンマスター)の存在などというのは、【闇世】が戦国時代であればあるほど、諜報性と政治性を帯びかねない。フェネスが次に口を開く時には"励界派"の迷宮領主(ダンジョンマスター)達の「裏口」の場所の調査を俺に依頼してきても、おかしくはないのである。


 それでも、少なくとも俺の迷宮(ダンジョン)の位置に関しては、合流をある程度は待ってくれると受け取ってよいのであろうか。たとえ今後のやり取りの中で、ある程度の「地域」が絞られたとしても――俺が公爵(デューク)級の権限を得て"裂け目"移動によって拠点を移すことができるようになった、とは知られるべきではないだろう。まだ、今のところは。


『愛しのネフィにはゆっくり観光でもしてきなさい、と言ってあるからね。そもそも、まず最初に【人世】側で「人食い姫」サマの、正確には彼女のパパ上であるグエスベェレクンの使者と落ち合わないといけないし――あぁ、早く僕の可愛いネフィの可愛さと愛しさをオーマクンに自慢したくてしょうがないというのに! ――あいたっ! いててっ! こら、肩に剣を突き刺すんじゃない! あぁもう、わかったわかったってば!』


 言葉に合わせて実際に血飛沫が舞い、文字通り剣に貫かれた肩を押さえながら、しかし何故かはぁはぁとその醜貌に身の毛もよだつような喜色を浮かべるフェネスに、俺はどこまでが本気であるのか、あえて侮らせようという策略であるのかそれともただの性癖なのか訝る白けた目線を向けてやる。まぁ、奴の言う通りならば、俺の呆れた表情は届くはずのものではないが……気配は伝わったのか。

 何度も「ごめんごめん」と鉄鐸(てったく)には映っていない"娘"達に謝りつつ、フェネスが話のまとめと切り上げに入った。


『いやね、娘に振り回される寂しい父親の慰みだと思ってたまにはお話に付き合っておくれよ、オーマクン……というわけで"監視"ってのは、要するにこの程度ってことさ! ちょおーっと君に興味を抱いたらしい「人食い姫」サマには僕の方から適当に誤魔化しておくからね、ね? 定期的に情報交換しようってことさ!』


「――話はわかった。まぁ、フェネス殿の思惑がどうあれ、あの場でぶち上げた構想は本気ではあるからな、監視だって何だって受け止めて行動で証明していこうじゃないか。フェネス殿が、俺の構想に本当に心から興味を持ってくれるようにな。ただ当面は、俺は周辺状況の把握と、おたくの娘さんとの合流地点の選定、てところだな」


『そうそう。そしたらこの鉄鐸(おもちゃ)に適当なタイミングで魔素流し込んで君の迷宮名を宣言してから、話しかけてくれればいいよ。忙しくなければ30秒以内には応えるから! あぁ別に調べてもいいけど、テルミトクンとかと違って僕は【情報戦】ではこんなわかりやすい道具で小細工はしないからね! それじゃあ、幸運を!』


 しわくちゃの"潰れ目"と"ギョロ目"をそれぞれの限度いっぱいにまで見開きながら、耳まで裂けそうなほど口元をニタリと歪めたまま、フェネスの映像が消失。

 同時に、辺りに漂っていた金属音が反響し合うような不快な音響も消え、元の空気が場に戻った。


「あぁ疲れた。あいつの相手はなるべくしたくはないな、全く」


 小部屋から抜け出し、ソルファイドと共にヒュド吉の"生け簀"部屋に出る。

 なお、不快な金属音の反響が始まった際、グウィースがぐずりだしそうな顔をしたのを見て、ル・ベリが先に連れて出ていた。そして、当のグウィースは、テルミト伯やフェネス達にとってはもう用済みとなったらしい例の"鉢植え"を、それはそれは大事そうに抱え、疲れて眠ってしまったのかル・ベリに抱えられていた。


「真にお疲れ様です、御方様。よもやあの【樹木使い】以上に耳障りな音を出す輩がいるとは……」


「あの銅鏡だか鉄鐸だかは、何重にも封印しておいた方がいいな。それでも、たまには報告をしないわけにはいかないし、ネフィとやらとの合流も先延ばしにし過ぎることはできないが」


 有益な情報自体は、いくつか聞き出すことはできた。

 無論、道化の物言いなので意図的に伏せられている情報などがある可能性は高いが――【人世】では迷宮(ダンジョン)の存在が、ある面では忘れられているような状況に近いことが窺える。

 【闇世】で迷宮領主(ダンジョンマスター)同士が相争うことを【黒き神】が望んでいる、とフェネスが理解していることからも、公爵(デューク)以上が"裂け目"から眷属(ファミリア)を積極的に送り込んだり、侯爵(マーキス)以下であってもあえて【人世】側に露骨な拠点を作ったりはしていないのだろう。


 そしてそうであるならば、少なくとも【人世】の為政者が重大とみなすレベルでは、市井や民草への被害が出ているというものではない。当の民草や市井のレベルでも、日々の生活の中ではもはや魔人も魔王も迷宮の存在も"御伽噺"化が進んでおり、脅威と認識されるほどではない……今は。


「それでも、例えばソルファイドはこっちに落ちてきた。噂を聞く程度には、存在が認識されてもいる。フェネスの話を鵜呑みにして楽観することもないだろうが」


「為政者や歴史を知る者、学者のような者達は知っているということでしょうな」


「"魔人"という言葉が残っているぐらいだからな。そしてフェネスが先達気取りで出してきた、あの謎掛け……人々の反応を調べてみろ、ということだが。つまり"裂け目"に対する反応に地域差か、もっと大きくて国や文化や人種かなんかで差があるということか?」


 たとえば、俺でもアクセスできる【闇世】Wikiの情報として、初代界巫が引き起こした【人魔大戦】では"巨大な裂け目"が生み出されて【人世】に攻め込み――敗れて、この巨大な"裂け目"は消し去られたという。

 500年の時の中で、仮にそれが錆びついてしまっているのだとしても、それでも技術か、あるいは何者かの能力として、"裂け目"を消し去る力があるならば、探知するような力もまたあるのかもしれない。そしてもしそれに引っかかるのであれば、少なくともその地域は、すなわち"巨大な裂け目"の跡地の一つか、または【人魔大戦】で迷宮領主の連合軍を撃退した勢力の勢力圏内である、と言えるのだろう。


 ――だが、それも含めて、今はとにかく情報収集である。

 特に、フェネスが俺の【人世】で成功することを心から本気で期待しているわけでもない、ということが気にかかる。俺の渾身の"構想"が奴にとって「慰み」のオマケであるに過ぎないならば、その本命は現時点での情報からは必然、もう一つの条件である「多頭竜蛇(ヒュドラ)の討滅」ということになる。

 ならば、それを通して奴かその縁者がどんな利益を得るのかを知ることが、そこにどのような狙いや思惑が込められているかを探る道でもある。そして【闇世】では、今はこれ以上は手詰まりであったが――今一度情報を引き出すことができそうな手札が無いわけではない。


「さて、ヒュド吉君。生け簀でずっとぷかぷか泳いで運動不足の君だ。どうだろう、久しぶりに……【人世】の空気を吸ってみたい、とか思ったりはしないか?」


 まぁ、ヒュド吉の残念な性格と残念な記憶力のために、あまり当てにしてはいないのではあったが。

 それでも、俺自身の"探しもの"に関する僅かな痕跡でもわかれば、そしてそのついでに多頭竜蛇(ヒュドラ)とは何者であるのか、その経歴や由来が少しでも判明すれば、【鉄使い】フェネス上級伯の思惑に迫る手がかりも得られるかもしれない。

 そんな思いで、俺は【人世】への探索に力を入れていくのであった。

読んでいただき、ありがとうございます。

また、いつも誤字報告をいただき、ありがとうございます。


気に入っていただけましたらば、感想・ブクマ・いいね・勝手にランキングの投票や下の★評価などしていただけるとモチベーションに繋がります。


できる限り、毎日更新を頑張っていきます。

Twitterでは「執筆開始」「推敲開始」「予約投稿時間」など呟いているので、よろしければ。


https://twitter.com/master_of_alien


また、次回もどうぞお楽しみください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 「眷属の派遣だって、『新人』どころか中堅にすら困難なようではな」 副伯はどうやって眷属を派遣する?バレてるじゃないか? そもそも何故グウィースをこの場に居合わせた?
[気になる点] いっそのこと人世側の神で話の通じる者がいればいいのに。 [一言] やはり闇世は勢力拡大するには向かないなぁ。ままならぬ。
[良い点] ヒュド吉のキャラ [気になる点] 銅鏡の前にグウィースを連れて行ったことには何か意図があったのでしょうか。結果的にその存在は露見しなかったようですが、前回は存在が知られていなかったからこそ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ