0074 狂樹の置き土産(3)
【降臨暦2,693年 燭台の月(3月) 第9日】(50日目)
一通り、きゅぴきゅぴ報告書に目を通し――【共鳴心域】によって直接情報を脳内に叩き込まれたようなものなので実際に目を通しているわけではないが――俺は"鮫"と化したシータにちょっとだけロマンを感じてしまった。
これがウーヌスとかであれば大分腹が立つが……"切れ者"のモノならば、まぁ納得してもいいかな、という思いがある。だって、鮫なのだ。バインドなシャークなのだ。
むしろ、モノ良くやったと言いたい。きっと、シータの進化先を選んだのがタッチの差で俺だったとしても、きっと俺はこの選択肢からは逃れられなかっただろう。
ちなみに、八肢鮫は下半身が海棲軟体生物を思わせる8本足であるが、そのうち2本は元の走狗蟲時代から引き継いでいた、陸上走破時代の後ろ脚が流線型にヒレ化したものであり、その周りをさながらドレスのフリルのように囲む他の6本の"触手肢"とは違う。
――つまり、厳密には「タコ足」が8本あるわけではないため、どこぞの研究施設から生み出された送り狼な海洋哺乳類を狩るという使命を帯びているわけではない。いいね?
≪はいきゅぴぃ!≫
「うむ、返事がよろしい。そして……」
現在、俺は"修行"という大義名分を得た全自動副脳蟲型トレーニングマシーン達による連行で、ここ数日は多くの時間を過ごしている『性能評価室』に来ていた。だが、今の目的は"修行"ではない。
"お仕置き"のために副脳蟲どもを肥料にしておいた、桜ではないがル・ベリが【樹木使い】リッケルからの"置き土産"であった謎の種子を植えた、彼の母リーデロットの墓標近くの巨木の麓。そこに昨日、水やりに出かけていたル・ベリが、前日までは無かった"芽"を発見した。
何が起きるだろうか、期待半分不安半分といった様子で実に1日中も彼はその"芽"を観察していたようであったが――。
「よいしょ、よいしょ!」
【樹木使い】の侵攻を撃退してからまだまだ日も浅く、海水を浸水させられたおかげで仄かな"磯"の残り香がしつこい迷宮内。あらかたの"木材"は坑道や各広間から片付け終えたが、侵食され、また迎撃のために"崩落"させた陥穽の改修工事は途上も途上であった。
労役蟲達がせわしなく駆け回り、あるいは触肢茸を運んで駆ける走狗蟲や、何故かベータの引率で「回転移動」を覚えさせられた噴酸蛆達がゴロゴロと転がっていく。しかしいかな"回転移動"でも、大規模な段差などは越えられないため、そうした箇所では戦線獣やエレベーター役の触肢茸達が随所でファイト一発を再現している。
なお、ベータによる【虚空渡り】は強力な転移手段であったが、非常に強引な空間跳躍をしている影響であるのか"同行者"は大抵の場合、全身に小さくない傷を負う。さながら針穴をラクダが無理やり通ったような有様になるため、対リッケル戦では多用させてはいたが、平時で重傷を負う眷属が続出しても面倒であるため、治療と回復にかかるコストに釣り合わない場合は、俺は【虚空渡り】による他エイリアンの運送をベータには禁じていた。
――そのため、彼をここまで連れてくるのも、修行の走り込みがてらで俺とル・ベリの役目であったわけだが。
「うんしょ、こらしょ!」
まるで風鈴が鳴るような、賑わしくも一歩間違えばおぞましさで満たされた空間であると言われても否定しきれない迷宮の一角で、清涼なるソプラノボイスが響く。
力いっぱい。元気いっぱい。生まれ落ち、芽吹いて高まり、その「必死に生きる」という本能のままに若草色のくりくりとした双眸を大きく見開いて、お腹の底から懸命に声を出している、一人の幼子。
≪きゅ、きゅ、きゅ、きゅ……! あかちゃんかわうぃぃぃいいいい!≫
「……ええい、まとわりつくな! よせ登るな! おいこら……離れろ! ッッ! 副脳蟲殿達よ、ちょっと、触肢茸殿達を操って邪魔するのは止めていただきたい! ぬぅぉおおおおおッ!」
本来の目的は、"幼子"の『性能評価』をするためであり、そのために"実験動物"として何体かの小醜鬼も連れてきていたのであるが――『性能評価』は、俺がたどり着く頃には既に勝手に始まっていた。
何故かル・ベリの周囲で怪しい円陣を組み、その頭蓋骨型おむつから生え出たぷるぷるの触手で邪神でも賛美しだしそうな踊りを盆々と踊りながら回転している6体の副脳蟲ども。
その中心では、走り込みのためにイソギンチャクの如く背負った触肢茸達に「反逆」されながら、何故か自分自身の背中で4対4の壮絶な"触手戦"を繰り広げているル・ベリ。
――そして、従徒と眷属のプライドを賭けている……のかは知らないが、そんな非常に高度な"触手戦"の剣戟雨あられの中を「よいしょ、よいしょ!」と言いながら、押し分け掻き分け、ル・ベリの胴体をよじ登ってその頭の上に這い上がろうとしている「幼子」。
そう、幼子である。
ちょっと、瞳が若草色をしていて髪の毛が深緑色をしていて、肌がやや白んだ緑色をしており、その"下半身"と"肘から先の両腕"がいつぞやの難敵を思い出させるような「一体となった根枝蔓蔦」で形成されており、仄かに甘い花の香りを場違いに周囲に漂わせていることを除けば――立派な"人族"の幼子である。
"触手戦"を掻い潜ったル・ベリの【四肢触手】の1つが「幼子」を勢いよく、しかし優しくつかんで引きずり降ろそうとする。が、しかし若草色の幼子がその肘から先とへそから先の下半身を構成する、枝や根や蔓に蔦といった樹木構成パーツをぱきぱきと成長させ、伸ばして抵抗し、ル・ベリにしっかりと"根を張って"つかんで離さない。
そうこうしている間に、副脳蟲の不可思議な踊りによって謎に高度なフェイントを駆使する触肢茸達が、その妨害の【四肢触手】を引き剥がし――若草色の幼子が再び登頂を開始。ついに、頭頂にまでたどり着いたのであった。
「てっぺん!」
≪赤ちゃん頑張ったぁ~≫
≪え、えっとこれでよ、よかったのかなぁ……?≫
≪みんなの勝利なのだきゅぴ! 今宵はビシュって酔うのだきゅぴぃ!≫
よじ登り、肩車の形となった若草色の幼児は"下半身"を再び人型に戻している。
根と枝と茎と葉を絞ってよじって束ねた緑色の構造であることを除けば、一見、肉付きさえもが人間の4~5歳の幼子と同じ下腿である。一方で両腕は天に向かって、まるで普通の樹木が樹冠を大きく陽光を目指して伸びるように、めいっぱいにばらけた状態で天に向かって拡げられていた。
「おにーたまのあたま!」
まるでこの世の真理を、新星の発見のような無垢なる感動と共に、若草色の幼子がよく通るソプラノボイスで宣言する。それを聞きながら、ぷるぷると弱々しい触手でハイタッチし合う6体の脳みそども。
一方、ル・ベリは諦めたのか、苦栗を口の中でガリガリと噛み砕いているかのような困った表情で、軽く項垂れていた。ちょうど、若草色の幼子の下半身がガッシリとル・ベリの首をホールドしているため、遠目には森の素材で編んだマフラーを首に巻いているように見えなくもない。
「あ、た、ま! うぃい!」
「! 御方様、これはお見苦しい姿を……! おい、満足したら早く降りろ」
「いや! おにいあたま!」
と、ル・ベリがようやく俺に気付いたのか、常の優雅な礼も急造のごとく慌ただしく、つい上ずったアルトボイスに焦りが見え隠れする。そして本格的に【四肢触手】で掴みにかかったル・ベリに対抗し、若草色の幼子は両腕の枝と根をうねうねぱきぺきと伸ばして対抗する――おぉ、これは見事な"触手戦"の第二幕。
「生まれたばかりなんだろう、好きにさせてやれ。それにしても……それじゃあ"弟"か"妹"かよくわからないな」
「……は。この私の目から見ても、少なくとも"人"としては男であるとも女であるとも判別はつきませぬ」
困惑するように、やや言いにくそうに、ル・ベリが眉をしかめた。
【人体使い】の元従徒にして、自身に小醜鬼の子宮を改造してまでしてル・ベリを純血のまま産み落とした"専門家"リーデロットから、少なくない知識を受け継いだル・ベリをして、この若草色の幼子――リッケルの"置き土産"の性別は判別がつかないらしい。
頭と首と上半身と肩は、確かに、ちょっと白緑色であること以外はどこからどう見ても「人族」のそれなのであるが……俺は少し腰を落として、ル・ベリの頭の上で根っこやら枝やらを「おにーたま」の顔面やらか耳やらに絡みつかせ、簡単には剥がされぬように無邪気な踏ん張りを続ける幼子に、軽く触れるように手を伸ばしてみた。
すると、俺という存在に興味を持ったのか、くりっとした瞳を首ごとぐるんと振って――その勢いでル・ベリの首を思いっきりひねって苦悶のうめき声が上がる――俺を向いた幼子が、片腕をみるみる束ねて"人間の手"そのものとしか言いようの無い小さなお手々を形成。伸ばした俺の手に、指と指で触れ合った。
――『因子:麝香』を定義。解析率15%に上昇――
あぁ、このさっきから香りの強い"芳香"はこの幼子の力によるものなのだろう。
『麝香』か。だが、その新緑の匂いは、リッケルが【樹木使い】の権能ごと侵略してきた時のような、濃密過ぎる緑の香りとは異なり、正しい意味での森の静けさと清涼さを感じさせるものであった。
「やぁ、かわいいおててとあんよのぼく。君の名前は、なんていうんだい?」
≪きゅ――ッッ――ッッ?≫
≪……なんだ? 今俺はとても忙しいんだが≫
≪ま、造物主様が――優しい声を!? た、大変だきゅぴなんか変なガスを吸ったに違いな≫
≪俺の"記憶"を見ておいてこれもわからないのか。煩いからあっちいってろ……まったく≫
指と指が触れ、しかし若草色の幼子は不思議そうに手を引っ込める。
そしてまた、自分の指を、ル・ベリの顔と、そして俺の顔を全身をぐいぐい動かしながら見比べる。
俺は無理に触れようとはせず、しかし、彼我の距離感を測りながら、つとめて穏やかな表情と雰囲気を心がけて人差し指と中指を猫じゃらしのようにチロチロとさせてみた。
それを目でくるくると追いかけながら、幼子が再び俺の手に触れる。
「あるじたま?」
「そうだな、うん。お前の"おにーたま"にとってそうなのだから、君も好きにしてくれていい」
「あるじたま! あるじあたま!」
――迷宮従徒志願者を検知。種族:イリレティアの播種[人族:ルフェアの血裔系]――
――この者の迷宮従徒化志願を受け入れますか?――
即断で是の意思を諳んずるや、しゅるりと触れた手を枝や根や蔦にばらけさせ、若草色の幼子が俺の頬に触れる。
そして、そこに確かに俺と彼との間に、迷宮領主と従徒としての何かが繋がった、例えるならば"波長が合った"ような感覚が伝わってくる。その「波長が繋がる」という感覚だけで言うならば、ル・ベリやソルファイドの時よりもずっと濃いものであった。
【闇世】Wikiによれば、従徒として受け入れることのできる人数に基本的な制限は無い。
――そしてもしも心が離れて出奔などされてしまうような場合に、この"繋がり"によってある程度その行方を知ることはできるが、従徒側にはペナルティのようなものは無いようである。
ただ、従徒にすることそれ自体が迷宮の権能の一部を預け、また最も重要な【情報】を共有する行為であり、無節操に従徒を増やす行為は情報が漏洩していく危険性と隣合わせである。
すぐには従徒とせず、ただの"協力者"に留めおくようなやり方もあるのであろうが――それでもル・ベリの"兄弟"であるというのならば、それだけで俺がこの幼子に報いる理由足り得る。彼らが俺を頼るというのであれば、それだけで、俺は庇護者足らねばならないのだろう。
そして【闇世】Wikiをついでに意識の深くで確認していて、一つ気付いたことがあった。
【樹木使い】の頁が――削除されていたのである。
その「編集が提案」され、「提案が承認」された日は、リッケルが死んだあの日であった。
それがどういう意味であるか、情報を求めて俺は【情報閲覧】を幼子に対して諳んじる。
すると、現れたのは次のような「ステータス」であった。
【基本情報】
名称:※※未設定※※
種族:イリレティアの播種[人族:ルフェアの血裔系]
職業:※※未設定※※
従徒職:※※未設定※※
位階:1(技能点:残り11点)
【技能一覧】~詳細表示
『称号』システムによっても太鼓判を押されている通りの「新種」である。
だが、その「種族名」が少し問題だ。
『イリレティアの播種』はまだ良い。
『ルフェアの血裔』がおそらくは【全き黒と静寂の神】の「ルーファ」から来ているのと同様に、何故か誕生直後から"注目"をしている【果香と腐根の隠者】がおそらくは関わっているのだろう。その使徒だか言祝ぎだかによって『イリレティア』とするのが、この世界における語法上の活用表現であるかもしれない。
だが、その後に"[人族:ルフェアの血裔系]"とついていた。
明確に『ルフェアの血裔』から"派生"していると読み取れるが、しかしル・ベリの場合とは異なり「新種」扱いである。正真正銘、今この瞬間、おそらくはこの幼子の一人しか『イリレティアの播種』は存在していない――ならばこの『種族技能テーブル』は何者によって定められた技能群であろうか。
そして何を参考に整備された技能群であろうか。
例えば『ルフェアの血裔』の【第一の異形】~【第三の異形】と、『イリレティアの播種』の【第一の果実】~【第三の果実】を見比べた時に、そこはかとなくではあるが――前者をベースにして、そこから派生させる際に改変することで構築されたような、そんな気がしないでもない。
俺は正直、この世界における技能・位階上昇システムは、何らかの思惑と理由によって神々が人々を誘導して何かを成さしめようとするための装置である――迷宮領主システムと同じように――とずっと考えてきていたが、それを知る一つの道は、より多くの『種族技能テーブル』や『職業技能テーブル』を比較していくことだろう。
特に、ある職業や種族がどのようにシステム面で決まり、認識され、そして定義されるのかについてわかれば……多少は、神々の思惑というものに近づけるのかもしれない。
俺は利用されることに倦んでいた。
社会的に抹殺されて、しかしそれでも乾坤一擲で何年も計画を立てた、それすらもが筒抜けに監視されていて、遊びで書き捨てたはずの巫山戯た「炎上テロ」を本当に俺の仕業であるかのように実行されてしまったのだ。そうして死に損なった結果、この世界に、推定"神々"の思惑によって迷い込んでいる。
――斯様な上位存在が、以前考察したような「生き方の誘導」として技能・位階上昇システムを活用していると考えればこそ、俺はこの世界に迷い込んでから得た『称号』の技能の取得には慎重だったのだ。
ふと、紫色の暗闇の気配が脳裏をよぎる。
『超越精神体』に「オーマ」という形で仮初の名前を与えつつも、しかし「その技能」は取ってはならない――という、チリチリと額が焼けるような嫌な感覚が続いていた。
見れば、ウーヌスの上に鏡餅状態でモノがのしかかって虐めつつ――唯一、俺のことを他の副脳蟲どもとは異なる呼び方をするモノが――俺の方をじっと見ているような気がした。
「あるじたま? どこか、こわいの?」
「……あぁ、平気だよ、大丈夫。君は優しいな」
「あるじあたま! おにいあたま! いいこ、いいこ!」
「頭に乗るのが好きなんだな、君は」
「ちゃんと前を、むかないと、だめなんだよ!」
「ははは、そうか。しっかりしているなぁ、空を見上げすぎても地面を神経質に注意しすぎてもダメだものな――なら、そうだな。せっかく君の"あるじたま"になったんだ、その力を一つ、見せてあげよう」
――従徒:『イリレティアの播種』に、迷宮領主権限による『職業干渉』を行いますか?――
試してみたところ、できてしまった。
まだ生まれたばかりで、自身の"生き方"を定める段階には無いのではないか、とも思ってのダメ元だったのだが、幼子の『職業』欄に触れたところ次の通りの新ウィンドウがポップアップしたのであった。
<選択可能職業>
・軽騎手
・樹海農学者
・大道芸人
・九大神の巫覡
現在のこの幼子の残り技能点は11点。
『称号』1つの3点と位階1の3点を考えれば、5点は「初期技能点」であるとも思われる。そしてそうであるならば、俺が初期技能点7点を与えられていたことと合わせて考えれば、やはり諸神による"干渉"の一形態であろうか。
"新種"の誕生に対するご祝儀的なものであるかもしれないが……どう振るのが良いかな。
『種族技能』で何よりも目を引くのは【樹木使い】リッケルの得意技であり、奴の力の象徴そのものであった【根枝一体】であろう。この若草色の幼子は、全身ではないが、しかし両腕と下半身をあれに近い形で操ることができ、それがどの程度の実力かはル・ベリとの間で繰り広げられた"触手戦"を見れば明らかである。
この【根枝一体】のツリーを順当に開いていけば、【樹身闘術】とその先にある各種の「樹人」としての戦闘能力を直接に高める技能が並んでいる。
また【花咲か童】の系統は支援系であると思われる。
副脳蟲どもの"報告書"にあった【煉因腫】は"強化型"である可能性が高く、優先度の高い検証対象のエイリアン=ファンガルであったが――それとは系統の違う強化を備えておくことは悪いことではない。この若草色の幼子の【果実】が【樹木使い】のものと同じであるならば、【果実】という名の通り食すことでその効果を発揮するのかもしれない。
他方で【魔素維管束】ツリーの【○○の友】系は、自然現象への適応力が高まりそうな雰囲気が醸されているが、それが生きてくるのはこの幼子を単独で行動させるような場面かもしれない。当面は俺の迷宮の中で保護し、鍛えてその得意なことに応じて役割を与えていくので、そういう場面は今すぐに出てくることはないだろう。
ならば【根枝一体】までの前提を取ってゼロスキル効果を狙い、【花咲か童】にも振っておくか。
そして『職業』。
"生き方の誘導"という意味では、それこそ「小さなうちから」、『職業経験点』が入るようにしたならば――総合的な位階上昇の速度も早いのではないかと俺は考えた。そして手っ取り早く、今のこの若草色の幼子が『経験』をしまくっている、しやすそうな行為としては――。
「とりあえず『軽騎手』にしてみようか、うん」
果たして『職業』欄が変化し、幼子に新たな技能テーブルが現れる。
これもまたル・ベリが現在就いている『闘技士』と同じく"基本職"と思われる。
さらに上位の専門の技能に派生していきつつも――しかし、ここで取り逃がすと今後は手に入らない、下積みとして重要そうな技能がいくつかあるという印象である。
さて、ここに振るべきか振らざるべきか……俺は【闇世】Wikiから【樹木使い】の頁が消えたことが、引っかかっていたのだ。
ソルファイドに聞く限りは迷宮領主には、代替わりはあるらしい。
リッケルが死んで【樹木使い】が今の世からいなくなったとしても――その力は再び、また新たな迷宮領主が誕生した場合に、その者の認識如何で復活しうるものではなかろうか。であるならば、今は"削除"されている【樹木使い】の頁は、その時に復活するということか。
――あるいは【樹木使い】という概念自体が、迷宮領主システムから抜け落ちて『種族システム』の方へ移ってしまった、ということはあり得るだろうか?
――このことは、技能・位階上昇システムの法則を解き明かすことに資する考察だろうか?
どうしても、この幼子がリッケルと彼の配下達が駆使した【根枝一体】を『種族技能』として会得していることが、気になったのだ。
そしてもしそれが【樹木使い】という権能の"種族化"であるならば、この幼子はいずれ、リッケルがやったように捻れる欺竜すら生み出して、それを下半身と接合させて操る――かもしれない。
【人騎一体】であり【人馬一体】ではない『軽騎手』の基本技能は、思うに馬に限らず対象とするのはより広い生物だろう。ならば、今のこの幼子の「人の頭に騎乗する」癖は、今後大いに活きる可能性が高い。
そう考えて、俺は次の通りに点振りをした。
「さて、ル・ベリ。お前の名前は、確か母リーデロットから、故郷の街の名前からつけられたものだったな?」
「御意にございます」
「ならば、次はお前がこのリッケルとお前の母の忘れ形見となった幼子に名付ける番だ」
「私が……ですか?」
「そうだ。きっとお前の記憶の中には、いくつもの母との思い出があるだろう。『ル・ベリ=エリュターレ』以外にも口ずさんでいた、彼女の思い出の語がいくつもあるだろう。その中から、お前が選ぶんだ」
"名付け"という行為は大切なものである。
かつて俺が、まさに今目の前で頭をひねり始めたこのル・ベリという青少年、この世界において俺が関わり、そして庇護すべき者として最初に明確に認識した存在が現れたことで、俺はこの世界における「自分」を改めて位置づけるために自分自身を「オーマ」と名付けた。
その世界に迎え入れ、あるいは歩み入ることを促し、導いて、確かなものとして固定することで、確実に前へ進んでいくための拠り所を与える行為、それが"名付け"である。
ならば、リッケルという男を経て数多に紡がれてきた因果の果てに、やっと生まれることそれ自体が奇跡のようであるかもしれない、この幼子に最初に報いるべきは、彼の唯一の肉親であり血を分けた存在であるル・ベリを置いて他にはいないのだ。
「問おうか、我が第一の従徒ル・ベリよ。リッケルとお前の母リーデロットの間に生み出された、この新たなる"種"の始祖たる幼子の名前は?」
「――グウィース。我が母が、私に語り聞かせた寝物語より。『陽炎のル・ベリ=エリュターレ』で眠る者の夢にのみ現れる、白き花の名前です」
「良い名だと思う。お前らもそう思うだろう? 副脳蟲ども」
≪グウィース! グウィース! きゅぴーす! グウィース!≫
「ぐうぃーす? ぐうぃーす……グウィース――ぐうぃーす!」
「本当に、良い名だな。ようこそ、グウィース。君は、この世界で君に何ができるのかを探すことになるだろう。俺達の共通点は、皆何かしらの探しものがあることだ。お互いがそれを扶け、導けるならばいいと思う」
――差し当たっては。
俺の"探しもの"を「知っている」などという爆弾発言を吐いて、俺にこのタイミングでの【人世】行きとその備えのための「修行」という決断までさせてくれた多頭竜蛇の千切れた首の一つ。ソルファイドによって切り落とされて尚、生きており、副脳蟲どもによって「ヒュド吉」と名付けられてしまった竜の生首。
奴と改めて話し合いをする頃合いだろう。





