表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/275

0069 種子実りて、狂樹は枯る

 ケッセレイは【樹木使い】リッケルの最古参の一人であり、またその生き残りであった。

 自治都市『花盛りのカルスポー』が、【相性戦】によるどうしようもない敗北があったとはいえ、先代【蟲使い】の支配にあえいでいた頃。【人体使い】と、何やら問題を起こしたとのことで、お尋ね者として一人の若者が街にやってきた。

 しかし、彼は何処で得たのか迷宮核(ダンジョンコア)をその身中に保持しており――【樹木使い】としてその力を開花させた。


 街を監視する【蟲使い】の大小種々多彩な"蟲"の眷属(ファミリア)達との連日の追いかけっこと、連日の騒動。

 街の「自警隊」の分隊長であったケッセレイは、当初は【蟲使い】に屈して、不穏分子を取り締まる側に所属しており、在りし日の"郷爵(バロン)"リッケル=ウィーズローパーとは幾度となく対峙した者であった。


 ――それが今や、古参として数少ない諫言役として生き残り。

 あまつさえ『枝魂兵団』の立ち上げに加わり、そしてその『樹身兵団』への改組にも、強制的に立ち会わされることとなり、大陸は遥か南南西、絶海を越えた先に存在すると噂でしか聞いたこともない『最果ての島』の大地を踏むこととなった。


 ――人生は、何が起きるかわからない。

 かつて『人売り』によって親兄弟諸共にカルスポーまで流れ着き、そこで腕っぷしの強さだけではなく周囲へ気配りができる心根を見込まれ、上に立つ者に恵まれたことによってケッセレイは「自警隊」に身を置くこととなった。そして、幾度も窮地に追い込んだことで、捕らえられたなら真っ先に自分は殺されるだろうと思っていた――その当人に、従徒(スクワイア)なぞになることを望まれて、その申し出を受けてしまった因果をケッセレイは思う。


 【樹木使い】リッケルに格別の恩があるわけでもない。さりとて、カルスポーで育ちはしたが生まれはしたわけではないケッセレイにとって、【蟲使い】に特別な恨みがあったわけでもない。

 巡り合せの結果として、自分では想像もしない役割が振ってきて、そして自分はたまたまそれをこなすことができてしまった、その結実が今の目の前の(・・・・・・)光景であった。


「副伯閣下は"試練"と言うが、俺にとっては因果、悪縁の類だ。世界の最果てまで流れ着いて、そして最後に戦うのがお前とはな……竜人(ドラグノス)


 夜が明ける。

 深く深く光が届かないからこそ透明(・・)であるからこその深き紫たる【闇世】の夜空に、黒き太陽が昇って、徐々にパステルな、淡い紫色の空模様に変じていく様が、『樹冠回廊』の木漏れ日の向こう側から差し込んでくる。

 アイシュヴァークの討死、リューミナスの横死、そして仕えるべき主たる【樹木使い】リッケルの敗北を悟ったケッセレイは、直ちに坑道の外へ引き返した。【根ノ城】によって制圧していた"出入り口"の一つから這い出して――足の早い軍勢を取りまとめて、海岸へ急いでいたのである。


「その気配(・・)は、そうか。お前はケッセレイだな? 『枝魂兵団』初代(・・)団長のお前も、【樹木使い】の操り人形と化してここに来ていたのか」


 両目を眼帯で覆っていながら、その"目線"は油断なく、そして真っ直ぐと『魂宿る擬人』の形態を取るケッセレイの姿を射抜く。

 竜人(ドラグノス)ソルファイド――【樹木使い】にとっては近年の戦いでは【人体使い】から差し向けられる存在としては最大の脅威たる男の周囲には、ゆらゆらと陽炎のように焔の炎熱が空気を歪め揺らいでいる。抜き放たれ、ゆらりと構えられた『火竜』の力を持つ煌々と赤熱する双剣を前に、ただちにこの場から逃げるべきだと『樹人』としての本能が強烈な警告を発している。


「因果というならば、お前の主は俺の同僚にたった今、裁かれたようだな。ケッセレイ、一応聞くが、投降するつもりはあるか?」


 見えるはずが無いのに見えているお前は、本当に"人族"の範疇なのか? と目の前の竜人を揶揄することも、今のケッセレイにはできない。

 それを言うのであれば、今の自分という存在は――果たして何の"種族"にさせられたのであろうか。

 ケッセレイはカルスポーに特別な思い入れがあるわけではなかった。だが、リッケルや同僚達と敵対し裏切る特段の事情もまた無かった。

 ……そして何より。

 彼は最後の最後では、今のこの状況を楽しんでいたと言える。


「なら、俺も一応聞くが、投降した振りをして密かに"根の道"を再び大陸と繋ぎ、もう一度大兵力を、今度は【人体使い】と奴の愉快な仲間達と共に押し寄せることを企む男を、お前は本当に投降させたいのか?」


 その答えに肩を竦め、ソルファイドは無言で火剣を構える。

 ケッセレイもまた、生き残った最後の武器喰らい(ウェポンイーター)両刃剣(ブロードソード)の型に変化させ、中段に構えた。


 ――過去、数度手合わせをしており、互いの手の内は知っている。

 昇る日差しがふと水平線の向こうの雲海に隠され、朝日が途切れる、その刹那が合図であった。


 竜人(ドラグノス)ソルファイドが尾と両足を起点とした『3点疾駆』によって飛び込んでくる。赤熱させた双剣を十字に振るってケッセレイの頭と胸を狙うが、それはフェイントである。樹剣で無理に受け止めず、的確に双剣の柄を軽く打ち払いながらケッセレイが半身にかわすや、大仰すぎる動きでソルファイドが身を屈ませる。

 直後、長大な質量が空を切り裂く気配と共に、"竜人の尾"がたわめられた若木の幹の如く、横薙ぎにケッセレイを襲うが――それ(・・)竜人(ドラグノス)の"体術"だとケッセレイは知っている。


 跳躍して"竜尾"を躱しつつ、下腿の裏側に潜ませていた槍持ち茨兵(ソーンベアラー)を展開してその尾を突き刺し絡め取って拘束。空中で上半身を半回転させながら、樹剣を上段から渾身の一撃で叩き込む。

 しかし、この反撃に対するソルファイドの動きは、剣士として洗練された達人のものである。

 拘束したと思った槍持ち茨兵(ソーンベアラー)が『レレイフの吐息』によって根本から断たれ、同時に振り抜かれた『ガズァハの眼光』が赤熱しながらケッセレイの樹剣を受け止める。


 【火】に対して"耐性"を与える暇が無かった、ただの武具喰らい(ウェポンイーター)である。常であればそのまま焼き切られて身から両断されてしまう――はずであった。

 しかし『ガズァハの眼光』は幅厚の樹剣を半ばまで焼き切って、そこで何か非常に硬質なものに当たり、火花を散らして食い止められる。ソルファイドがわずかに目を見開く――ようにケッセレイには感じられた――が、瞬時に樹剣が燃え上がり焼き断たれた箇所が炭化していく中、見えたのは戦線獣(ブレイブビースト)の"剛爪"であった。

 緒戦で討ち取った戦線獣(ブレイブビースト)より、ケッセレイはその"剛爪"を拝借して密かに加工。剣の芯として隠し持ち、自らの武具喰らい(ウェポンイーター)の体内に潜ませていたのである。


 それこそが、ケッセレイにとって、この【相性戦】においても剣士としての技量においても遥かに格上で、正直何度も切り結んでどうして自分が生きているのかわからない相手に対する、乾坤一擲であった。


 何年も共に戦ってきた武具喰らい(相棒)がその身を急速に焦がされながらも、燃え尽きるのを承知でばらけて『ガズァハの眼光』を拘束。焼き切ってそのまま振り抜くことを前提としていたソルファイドは、一瞬剣を引くのが遅れ、戦線獣(ブレイブビースト)の剛爪を削り出したケッセレイの細剣によって双剣の片割れを弾き飛ばされる――。


 だが、次の瞬間、ケッセレイは『竜人体術』の恐ろしさを目の当たりにして笑ってしまった。

 火竜の剣を弾き飛ばした"剛爪"の細剣でそのままソルファイドを貫こうとするが、振り抜かれた"竜の爪"によって細剣を殴り(・・)飛ばされ、しかも竜人は恐れも引くことも知らぬかのように『樹人』たるケッセレイの懐にさらに密着するように飛び込んできたのである。

 他に打つ手が無いためケッセレイは【根枝一体】によって全身から根と枝と蔓を一気に伸ばし、ソルファイドを拘束するが――追い込んでから拘束したのではなく、むしろそれは「使わされた」と感ずる、嫌な感覚の類。たとえ相手が強大な力を持つ竜人であっても、『魂宿る擬人』として強化された自身の【根枝一体】によればがんじがらめに封じることは可能である、と頭で分かっていつつも、悪手を打たされたという直感が死を覚悟させた。


 そしてケッセレイの疑念は、直後、脳天に赤熱する『ガズァハの眼光』が頭上から正確に垂直に叩きつけられ刺し貫かれ、延髄ごと焼き断ち切られた瞬間に、やっと氷解した。

 見ればソルファイドは"竜尾"で弾き飛ばされた『ガズァハの眼光』を受け止め掴み直していた。あえて拘束されることを覚悟して突っ込んできたのは――その全身を躍り出すことでケッセレイの視界を遮り、"竜尾"の動きを追わせないためであったのだ。


 ――あぁ、せめて他の仲間達や副伯リッケルと共闘できていれば、とケッセレイは笑う。

 そもそもこの【火】の竜人剣士を相手に、1対1で挑むことなどは決してするべきことではなかった。

 だが、同時に、アイシュヴァークとリューミナスに先立たれ、主リッケルをも守り損なった自分自身の中の、ある種の意地のようなものを優先させた結果がこれであった。

 真に手段を選ばずに復讐をすることだけを考えれば、例えば【樹木使い】の健在を偽装して、借款の取り立てのために大公(アークデューク)【幻獣使い】の軍勢を誘引する、といった手も打てたかもしれない。


 だが、挑んでみたい、という気持ちをケッセレイは押さえられなかったのだ。

 たとえそれが曲解であったとしても……ケッセレイは最後の最後、脳天から延髄を貫き体幹を内側から猛烈に炭化させていく竜の焔によって急速に焼滅されながら、この時ようやく、主リッケルの"悪癖"を少しだけ理解したような気がしていた。

 あるいはそれは、ケッセレイが人生で初めて貫いた、一つの我侭(わがまま)であったか。


「そうか。死ぬ意味を、見出したのだな、お前は」


 幾度も剣を切り結んだ男の、あっけなくも、然れど、静かな死に様にソルファイドは嘆息とも呆れともつかない、聞く者にその感情をうかがい知らせることのない起伏の無い声で小さく呟いた。


 ――斯くして、ケッセレイの死を以て最果ての島に侵攻した【樹木使い】の軍勢は指揮者を失う。

 模倣した生物の行動を機械的になぞることしかできないたわみし偽獣(フェイク=ビースト)達は言うに及ばず、元より道具として使用され誰かの手で動かされることが前提であった武具喰らい(ウェポンイーター)の系統の眷属(ファミリア)達はその行動を停止。

 ソルファイドに遅れて現れた、火属性(ファイア=)砲撃茸(グレナディア)背負った(・・・・)走狗蟲(ランナー)戦線獣(ブレイブビースト)達によって追い立てられ、殲滅され、根という根を念入りに焼き潰されて、【樹木使い】の侵攻部隊はついに壊滅したのであった。


   ***


 ル・ベリの【弔いの魔眼】の力により、『魂宿る擬人』リッケルが全身を激しく痙攣させる。

 その表情は死の苦痛に喘いでいるようであり、しかし同時に歓喜に打ち震えているようでもある。ソルファイドが自身の"祖先"である【火竜レレイフ】の記憶を追体験したのと同様に、おそらくは"同志"にして"愛しい女"であるリーデロットの「今際」を追体験しているのだろう。


 それは【弔いの魔眼】のある特殊な効果の証明でもあった。

 ――ル・ベリが握る、彼の母リーデロットの遺骨が、消耗し損耗して塵となる……という現象が発生していなかったのである。そのことにル・ベリ自身が、美麗な顔の眉間に深い皺を刻み、歯をギリギリと噛み締めていた。


「ソルファイドの"剣"が消失しなかったのは、剣自体が特殊な業物であるからだって可能性もあったが、この分なら仮説は正しかったな」


「……苦々しいことですが。リッケル、この木偶と我が母リーデロットの間には、此奴が自称する程度の関係は……あったのでしょうな」


 対象者にとって特別な縁者の"死"を【弔いの魔眼】によって追体験する際には、死の苦痛を味わう通常の効果に加えて2つの追加効果が発生する。

 一つは、遺骸が消費されずに残ること。ただし、同じ遺骸でもう一度【弔いの魔眼】の効果を発動することはできない。

 そしてもう一つの効果は、魔眼の対象者は、死の記憶だけではなく――ちょっと"長め"の記憶を味わう。それも、自分自身がその遺骸の持ち主本人に重なったかのように、若干の思考が流れ込んでくるというものであった。


「限定的なサイコメトリーっぽさもある、か。使いようによっては、ちょっとした"応用"ができそうだが、最果ての島に押し込められている現状ではちと厳しいかな……まぁ、それは今はいいか」


 触肢茸(タクタイラー)達を呼び寄せ、リッケルのぼろぼろに枯れ崩れ果てた身体を運ばせ、俺はル・ベリと共に『楕円の陥穽:地底熱湯湖』の最上部まで戻っていた。

 リッケルへのリーデロットの"裁き"を最後まで見届けるまで我慢したくはあったが、さすがに――肌を炙る熱気をいつまでも我慢しているのは俺自身にとってあまり気持ちのいい記憶ではない。


 『環状迷路』の崩落していない箇所の広間の一つまで運んで転がし、合流してきた"名付き"達に次々に残党狩りの指示を出してから、俺はル・ベリと螺旋獣(ジャイロビースト)アルファと共に、リッケルの苦悶を見届けていたわけである。

 そして、まるで長い「旅」から帰ってきたかのように、ハッと蕾の――茶色く枯れて瞬きするたびにぼろぼろと崩れる――まぶたを開き、意識を取り戻した【樹木使い】リッケルが呻くように笑った。


「愛する人との逢瀬はどうだった? 【樹木使い】リッケル。今更になってしまったが、自己紹介をしておこう。俺こそは【エイリアン使い】、今は"オーマ"と名乗る郷爵(バロン)だ」


「……あぁ……あぁ、そうか。君が……なるほど、ねぇ……」


「見たところ、お前は助からない。少なくとも俺には助ける技術が無いし、かといって俺にはお前を使いこなす自信なんて無いから、再生できるように魔素と命素を融通してやる気もない。だが疑問がある。今のお前は――眷属(ファミリア)の身体に意識を入れた存在といったところか? この(・・)お前が死んだら、一体、どうなるんだ?」


 答えないなら答えないで良い。

 リーデロットが味わった死がトドメの一撃となってリッケルが死ぬと想定していたので、これはある種の時間潰しでもあった。せっかく、口が利ける状態ならば、得られる情報を得ておくに越したことは無かった。

 ……ただ、リッケルは"こういう会話"を楽しむ男だ、というのはこれまでの行動からわかっていたが。


「この技は……己の意識と魂を、眷属の身体に入れ込む……外法だよ。真似しちゃ、ダメだよ? ……くく、く……"繋がっていない"、この状態で……この僕(・・・)が死ねば、仮死状態の肉体も……滅ぶだろうねぇ」


「お前はそれでよかったのか、リッケル。俺の存在は想定外だったかもしれないが、正直、休戦を提案されていたら俺は飲んでいたかもしれない。それで安全に"大陸"に戻る目もあったんじゃないのか?」


 心にも無い……というのは言い過ぎであるが、若干誇張した表現で考えを伝える。

 実際問題、リッケルが敵対的ではなく俺を懐柔しようと、いきなりの武力衝突ではない別の形で接触してきていたならば、この"目的"のはっきりした理性的な(・・・・)男とは、妥協する余地もあったように思えたからだ。

 完膚なきまでに叩きのめした今となっては、もはや無い目ではあるが。

 そんな俺の疑問に対して、リッケルは"根の道"が寸断された時点で自身が詰んでいたことを告げる。多頭竜蛇(ヒュドラ)が何らかの思惑で動いている可能性が示唆されるが――詳細については「諜報不足だったねぇ」としきりに悔いていた。まるで、俺に何かヒントでも与えるつもりであるかのように。

 そして話を俺との戦いに戻し、たとえ俺を倒して最果ての島を乗っ取ったとしても――彼に大量の魔素と命素を貸した大公(アークデューク)が"取り立て"にやってくれば太刀打ちは不可能である、と告げたのであった。


「だから、リーデロットのことだけを最優先にして他は切り捨てた、と?」


「……全ては"試練"なのさ。僕は、僕を信じて……ついてきた者達への、試練には、敗れた……これがその報いだ……でも、リーデロットとの約束は……そちらの"試練"は、果たした……あぁ、あぁ……なんという因果だろうねぇ。愛息子君、ル・ベリ君とも、そしてオーマ君……君とも、違う形で……会いたかったなぁ……」


「リーデロットはお前にとってそこまでの存在だったんだな」


 確認のように俺はそう告げた。

 それは俺にとって完全に無意識の呟きだった。

 リッケルに聞かせるつもりのない、独り言のようなものだったのだ。


 だが、それを聞いた瞬間、リッケルがわずかばかり眉を上げ――そして、枯れ砕けて茶色い残骸に急速に変じていく表情をにいと破顔させる。


「――オーマ君。君にも、いるんだろう? あぁ、君も、そうなのか。君も僕と同じ。君も"探し"て無茶をして――」


 考えるよりも先に俺は手を振り上げ――リッケルに止めを刺そうとしたル・ベリを制していた。

 いわゆる"狂人の洞察"という奴であるか。ならば俺は【強靭なる精神】によって、今しがた、この男が行った指摘が俺の精神に与えた小さくない波紋を完全に無視することとしよう。


「話は尽きないが、お前を生かしておくわけにはいかない。このまま朽ち果てろ。だが、最後にまだそのこと(・・・・)以外で言いたいことがあれば聞いてやるぞ?」


 眉を上下させ、肩を竦めたような表情をリッケルが象る。

 つくづく、多彩な『樹人』の身体であることだ。

 俺に対して、まるで哀れむような、しかしそれでいてどこか心配するような深い色をした眼差しを――あぁ畜生め、こいつ、今度は『先輩』のことを思い出させやがって――向けてくるリッケルであったが、より(・・)大事なことを優先するべきだと諦めたようにル・ベリに顔を向けた。


「愛息子、ル・ベリ君。"答え合わせ"の時間だ……最後のお願い、だ。リーデロットの、遺骨を、僕に渡してくれないか?」


 どうするつもりだ、と問うようなこともせずル・ベリはリッケルの言葉に素直に従う。

 表情は相変わらずの苦虫顔だが――母の友であり、可能性は限りなく低いがそれでも"父"であるかもしれない存在が、ル・ベリの疑念に一つの答えを与えようと最後の力を振り絞ったことを理解したからなのだろう。

 リッケルはル・ベリから、リーデロットの、小さな欠片のような遺骨を受け取るや――。


 魔素の青と命素の白が、まるでプラネタリウムのように広間の天井を照らし出す。

 それは普段の不規則な自然的な明滅のリズムではなく、ある種の流れが生まれ、リッケルによって【魔素操作】と【命素操作】が行われていることを示すように渦巻いていた。

 ちょうど、俺が【幼蟲の創成(クリエイト=ラルヴァ)】を行う時に非常に近い、【樹木使い】の迷宮領主(ダンジョンマスター)としての権能の行使が成されたことがわかった。


 ――リッケルのぼろぼろの枯れ木の掌の上には、リーデロットの遺骨が消え、いつの間にか深緑色の"種子"が現れていた。

 【情報閲覧】を発動すると、【魂接ぎの種子核】という名前が表示される。


「オーマ君、君のそれ(・・)は……あぁ、そろそろ時間切れか……くく、くく……あっはっはっは」


「消える前に答えろ、我が母の同志を名乗る木偶人形、リッケル。それは、何だ。答え合わせとはどういうことだ、我が母の遺骨に――何をした?」


「リーデロットと"同じ"ことを、僕も、僕なりにやっていたんだ。でも僕は……誰でもよかったリーデロットと違って、リーデロットとの(・・)、が良かったからね……君に嫌われるとわかっていても、ね」


「なるほどな。さしずめ、お前の方は『混()の坩堝』から。そんで子宮代わりに植物の構造(ルール)を使って"受粉"させた、てところか……? なぁ、おい、父親役と母親役が逆なんじゃないか?」


 そんな俺の突っ込みに、リッケルの笑い声が徐々に大きくなる。

 枯れた身体の崩壊速度が増していき、笑う行為それ自体がその崩壊と終わりを早めているようにも見える。リッケルは本当に楽しそうに、楽しそうに――まるで出来の悪い『後輩』を見つめるかのような眼差しで俺を一瞥しつつ、まだ、どういうことかわかっておらず、しかし俺に遠慮して押し黙りながら唇を噛んでいるル・ベリに目を向けた。


「――君の弟か妹がこれ(・・)から生まれるだろう。正真正銘、これはリーデロットと僕の"子供"だ……くく、くく……あっはっは、あっはっはっはっは、あっはっはっはっは……ッッ……あぁ、愉快だ、本当に、愉快だ……見たか、歴代の【人体使い】達よッッ……あっはっはっはっは……ッッッ」


 ひとしきり笑い、笑い、笑い転げまた笑う。

 そんな自らの呵々大笑の激しい振動によって、胴体に巨大な亀裂が入り、顔面が罅割れる。最後に盛大な咳をしてから、俺をちらりと流し目で見て、最後にル・ベリをニヤリと一瞥。


 その表情のまま、リッケルは死んだ。


 様々な樹木の部位を束ねて"人"の形に保ち、擬していた【樹木使い】としての力が消失したか。後には、枯れこけて茶色く崩れ落ちた枝や、葉や、蔦や蔓、根などがボロボロと粉となり欠片へと散り散りに乱れた、人型の塵の山だけがそこに残されたのであった。

読んでいただき、ありがとうございます。

気に入っていただけましたらば、感想・ブクマ・いいね・勝手にランキングの投票や下の★評価などしていただけるとモチベーションに繋がります。


できる限り、毎日更新を頑張っていきます。

Twitterでは「執筆開始」「推敲開始」「予約投稿時間」など呟いているので、よろしければ。


https://twitter.com/master_of_alien


また、次回もどうぞお楽しみください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] リーデロットとル・ベリとの因縁はもちろん、カルスポーや徒従からの視点も加わったことで旧版と比べてもリッケルという人物の深みがすごく増していて読者としてもより感情移入して見れました。やはり最初…
[一言] リッケル、旧版からとても好きなキャラでした。 死に際の美しさこそ物語の華と言いますか、とても素晴らしい“終わり”方でした。
[一言] 初のダンジョンマスター戦がリッケルなのが良かったですね。 互いに因縁やスタンスが近くダンジョンマスターのトンでもさがよくわかり名勝負。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ