0052 主の心に寄り副(そ)う脳髄
心こそ 心迷わす 心なれ
心に心 心許すな ―― (沢庵和尚)
しばらく呆気に取られていた俺と従徒二人。
見れば、6体を代表したのか先頭の1体が、螺旋獣のアルファに向かって触手を伸ばし、空気を読んだアルファが指を伸ばしてそれに触れている。
エイリアン同士のE.Tとは、なんと斬新な。
するとそれを見ていた他の5体が、僕も僕もと言わんばかりにアルファに寄っていく。するとアルファがデルタを一瞥、黙ってデルタも前へ出てその四腕のそれぞれを使い、アルファと合わせて6体の副脳蟲どもの相手をしてやっている……その、ぷるぷる震える触手に筋肉の悪魔的造形を誇る螺旋獣の指が……。
「御方様、この……一体、どのような御役目を与えられた、眷属でしょうか? 此奴らは」
「うむ、さすがは俺の第一の従徒だ、ル・ベリよ。ちょうど俺も同じ感想を持ったんだ。なぁ、この世界は未知と不思議と驚きというスパイスに満ちている、と思わないか? だって……俺の眷属だぞこいつらこれでも。俺が求めた『役割』のために、生命の法則すら無視して全力で生命エネルギーをその姿への進化に費やすとして、脳みそはわかるよ脳みそは。"おむつ"もまぁ100歩譲ってやる。でもなんだあのぷるぷるは? 生まれたての乳幼児のハイハイにすら役立ちそうにないあのぷるぷるは……なんだ!? なんであんなにぷるぷるぷるぷるしてんだ? あときゅぴきゅぴうるせぇアルファ甘やかすな、うぐぬぬぬ……」
「お、御方様どうぞ気をお鎮めください……」
「主殿。口調が途中から少し変わってるぞ」
人が大真面目に真理の探求をしているというのに、ソルファイドめ無粋な奴だ。ル・ベリがそのまま【魔眼】でも発動しそうな物凄い表情で睨め付けているが、どこ吹く風。
一瞬、新奇と亡古の不可思議に対する人間の好奇心がカロリング・ルネサンスと大航海時代を引き起こしたという脳内卒業論文をでっち上げようと考えていたが……毒気を抜かれたのでやめることにした俺だった。
おもむろに、ぷるぷるきゅぴきゅぴ煩い副脳蟲どもに向かって咳を一つ。
……したは良かったが、それに気づくやアルファとデルタを押しのけて一斉に俺の方に向き直り、わいのわいのと俺の腰の辺りにぐるぐるとまとわりついてくる、マッドサイエンティストの水槽から大脱走をかましてきたかのような小学生大の脳みそども。
意を決して後ずさるのを止め、別の意味で刺激的な未知との遭遇に臨む俺は、今きっとおそらく生暖かい引きつった微笑みを浮かべているだろう。自分自身の表情筋のひくつき具合から、そう感じる。
だが、仕方がないのである。この副脳蟲どもの上半分、ピンク色の脳みそ部分が――あまりにもぷるぷるしている。そしてその頼りなさすぎる海草のような触手のなりそこないのような肢が、這うどころかただそこに存在しているだけでぷるぷる震えている。
それが気になって気になって、どうしようもなかった。
「気を取り直そう、こいつらの『ステータス』を見て気を紛らわそう、そうしよう」
【基本情報】
種族:エイリアン=ブレイン
系統:副脳蟲
位階:3
技能点:残り8点
【コスト】
・生成魔素:540
・生成命素:360
・維持魔素:35
・維持命素:22
【技能一覧】
新たなる種族として『エイリアン=ブレイン』が定義され、ここから様々な系統に進化分岐していくことが予期される。
これは「第1世代」であることから予想していた通りである。
幼蟲を起源とし、そこから主に動き回ってその与えられた四肢などを活用して、戦闘や労役などをこなす、言うなれば「エイリアン=ビースト」とでも言える走狗蟲達と――。
そこまで思考した瞬間、システム通知音が不意に脳内に鳴り響いた。
――世界認識の最適化を確認。種族定義の再編を試行――
――『エイリアン=オリジン』を"主族"とし、新たに『エイリアン=ビースト』、『エイリアン=ファンガル』、『エイリアン=ブレイン』を"支族"として定義――
種族の定義が再編された。
――それもこの俺の"認識"の最適化により、この俺の眷属達について。
改めて、その場にいる名付きや副脳蟲や、何故か部屋の隅を這っていたどこから脱走したかもわからない幼蟲に【情報閲覧】を発動したところ、それぞれの『種族』の表記は次の通りとなっていた。
○エイリアン<主族:エイリアン=オリジン>
○エイリアン<支族:エイリアン=ビースト>
○エイリアン<支族:エイリアン=ファンガル>
○エイリアン<支族:エイリアン=ブレイン>
――これまで俺が「種族が変わる」という現象を垣間見たのは2度であった。
一つは、ル・ベリが『ルフェアの血裔』の"汎種"となったこと。
そしてもう一つは、俺が『ルフェアの血裔』の"侵種"となったこと、である。
だが、その2度共に迷宮核からのシステム通知音などは、無かった。
このことをどう解釈すればよいか?
ヒントは『支族』という用語だろう。
これは確か、ソルファイドの種族で見た言葉であった。彼の場合は、『竜人<支族:火竜統>』という表記であった。そしてソルファイドから従徒献上された"知識"には、竜人という種族の中には様々な「祖」を持つ「竜統」が分かれており、特にソルファイドは「2代竜主」にして「初代竜主メレスウィリケの盟友」とされた【塔焔竜】の子孫である、という。
つまり、大きなグループとしての『種族』があり、その中でさらに系統別に小グループが「定義」可能なレベルで分かたれる時、種族内種族としての"主族"と"支族"が定義される。
そして実際に、「エイリアン」の"主族"たる『エイリアン=オリジン』と定義された幼蟲の技能テーブルを見てみたところ――。
このように新たなものへと"変化"していた。
俺の見間違いではない。それまでは、今このシステム通知音による「種族定義の再編」とやらが行われるまでは――エイリアン=ファンガル以外は幼蟲も走狗蟲を初めとしたその進化先達も等しく『エイリアン』という種族であり、今は『支族:エイリアン=ビースト』という名前に変化した技能テーブルであった。
ただ単に種族の呼び名が変わったのではなく、技能丸ごとが派生し、あたかもその「支族」のものに合った技能テーブルに部分的に置換・変化された瞬間であった。
(問題はこれが、俺の眷属にだけ起こったことなのか。それとももっと普遍的な法則か、というところだな)
そう心の中で呟くも、俺やル・ベリの身に起こったことと、そしてソルファイドの知識から、ほぼ後者だろうと俺は考えていた。
であるならば、このような「種族の再定義」が起こるキッカケは何であるか?
――俺の眷属に関しては、それが俺の世界認識の最適化、であった。そしてそれが他ならぬこの俺の眷属だからこそ、ある意味では迷宮領主の特権としてシステム通知音で知ることができた、のかもしれない。
(だが、そうすると他の"種族"はどうなる――?)
この世界のルールについて、とても重要なことにあともう一息で、喉元まで出かかっているように、気づきそうで気づかないもどかしさがあった。
(……そうか、その"検証"をル・ベリの「品種改良」で確かめられなくはない、か)
そこまで考えてから、腰の周りに集まって俺を取り囲み、何故か押しくら饅頭を始めた巨大頭蓋骨型おむつ穿きの脳みそどもに、ため息をついてから俺は意識を戻した。
ただし、システム通知音をキッカケに「種族」に関するこの世界のルールを考察できたことで、いくらか精神が削れたのが快復した心地ではあったが。なるべく、俺の思考をかき乱す「ぷるぷる」を見ないようにして、『エイリアン=ブレイン』の技能テーブルについて考える。
その最大の特徴は何と言っても、多種多様に強化された『同調』能力だろう。
様々な思考系、耐性系の技能はそれが自身だけでなく、同調した"群体"に対して効果を発動するようなものとなっており、そしてその中心となるのが【共鳴心域】というどう考えても【眷属心話】を強化するか、またはその代替手段となりうるだろう固有の技能であった。
真社会性生物による"群体行動"の本質は、決して個々の個体が柔軟な思考の結果そうしているのではない。むしろ、個々の個体単位で見た場合は「AであればBをする」といった非常に単純な命令と反応しかしていない、という風なものであるとされている。
しかし、大事なのはそうした「単純な命令」が遍く全ての個体に共有され、間違いが無いが故に――その生物全体の行動を一つの生物に擬した場合に、まるで統一された効率的な一つの知性を持っているかのように働くように見える、というわけである。
エイリアン達に関して言えば、個々の体力の低下だとか、その時点で周囲に同種の個体がいるかだとか、そこに加えて彼らの創造主たるこの俺からの「全体指令」という基本方針などを含めた様々なキーによって、個々の"名無し"のその場その場での行動が決まっているわけである。
そして俺が前から予期し、期待していた通りに、副脳蟲はそれを根底から覆す。
エイリアン達が"進化"し、"分岐"することにデメリットがあるとすれば、それは彼らの在り様や形態の変化が激しすぎて。『エイリアン語』の解読が、2歩進んだと思ったら3歩退き、4歩取り戻したと思ったら5歩戻ることの困難性にあった。
だが、エイリアンであると同時にこの俺の"副脳"でもある、この6体達ならば――その間を取り持って"翻訳"してくれることができるはずである。
……してくれるはずだ。
生まれたばかりの子鹿がぷるぷる必死に立ち上がり、母親から最初の乳を飲むためにぷるぷる首を伸ばすかのように、副脳蟲達の――おかしい、どんな風に頑張って思考しようとしても俺の脳内の心話においてすら「ブレイン」が「ぷるきゅぴ」に変換されるが、これは認識汚染効果かなんかじゃないだろうな――副脳蟲達の触手が俺にぺちぺちぺたぺたと触れ回る。
動物ふれあい公園で、ビスケットを持った時だけ寄ってくる現キンで図々しい山羊科の動物達のようであるが――躊躇していても仕方がない。俺は意を決して、副脳蟲達に【眷属心話】を発動したのであった。
≪あーあー、テステス、マイクテス。聞こえるか、"ぷるきゅぴ"ども。聞こえたら全員、敬礼してみろ≫
瞬間、まるでぷちんと皿の上に落ちたプリンのように激しく揺れる6体。
そいつらはまたしても「「「きゅぴぃ!」」」と甲高い、無駄に可愛らしく洗練された人族の小学生ぐらいの年齢のソプラノボイスな奇声を不明な原理によって発声しながら、触手の前肢を必死に伸ばして"おでこ"と主張する前頭葉のやや下あたりに、ビシッと当てて敬礼をして見せたのであった。
そして――。
――迷宮領主【エイリアン使い】において"情報共有種"の誕生を検知――
――"情報共有種"に対し、迷宮領主権限により、保有する全ての知識を眷属下賜しますか?――
システム通知音が、俺に副脳蟲達への「知識の共有」を進めてくる。
当然、その中には『エイリアン語』に関するものも含まれているはずであり、このきゅぴきゅぴ煩い奴らへの"教育"や"説明"が楽に終わるならばそれに越したことはない。そして……"言葉"を覚えてくれれば、多少はこの「きゅぴ」も緩和されるのではないか、とこの時の俺は思ったのであった。
そして「全て」の意味をよく考えもせず、YESとシステム通知音に回答をしてしまった。
「うぐ……ッ?」
瞬間。
俺の中に、膨大な量の雑多な信号や図形、点滅と概念のような膨大なイメージが"解析酔い"に匹敵する勢いで送りつけられてくる。
共感覚的であり、音のする色であり、味を感じる数字であり、水の冷たさを感じる言葉の羅列であり、ぞわぞわと背筋が震えるような濡れた痛みであり、全身がサイケデリックなパステルカラーに包まれたかのような心臓の鼓動であった。この膨大な情報の"送り手"はどう考えても目の前の6体の這い寄る脳みそであるが――それだけには留まらない。
送られるのと同時に、逆方向にもまたイメージの奔流が渦巻いたのである。
まるで幾重ものクラシック音楽が大音響で絵の具をぶちまけて、全身の生皮を歌って、俺の内臓という内臓を香料で焚いて凍らせ、数字と記号と言葉が剣となって全身をばらばらに切り刻むかのような、ミキサーにでも放り込まれたかのような感覚である。そんな、一言でいえば「バラバラ」に概念レベルで解体されるとしか思えない感覚の中で――俺の中から"様々"な情報が急激に『エイリアン語』化して吸い取られていく。
正直、これまでの数度の"解析酔い"と同じく、ぶっ倒れてもおかしくないほどの衝撃だった。
しかし、倒れることを許されず、まるでその"解析酔い"の衝撃すらも吸い取られるかのように、全てが副脳蟲達に流れ込んでいくかのような、おぞましくも清冽なる感覚。
そして、全身の骨が砕かれてから瞬時に再生したかと思うような混乱の中で。
その混乱すらも"肩代わり"されるように急速に、まるで体内の毒が口吸いによって抜き取られるかのように、俺が急速に意識を鎮静させられて、夢想の夢幻から現世へと戻ってきた時、"そいつ"は始めて「きゅぴ」以外の言葉を発したのであった。
≪きゅぴっ! 造物主様! これなら、僕の言うことがわかる?≫
日本語である。
その瞬間、俺はシステム通知音にあった「全ての知識」の意味を理解した。
≪待て、お前どこまで理解した……いや、この世界ではオルゼンシア語で話すようにしろ。これは命令だ≫
≪わかったきゅぴぃ!≫
一瞬、わけもわからず警戒した。
だが、心話空間においてなお、ブレない「きゅぴぃ」の音色に、俺は妙に毒気を抜かれた気分になって軽い脱力を覚え、気にしすぎないことにした。
――どんなヘンテコリンで妙ちくりんなちんちくりんでも、俺がこいつらの存在を望んだのだ、ということを思い出したからだ。
≪きゅぴぃ! 毒喰らわばサラサラヘアーってやつだね!≫
こら待て。
【眷属心話】に乗せていないはずの俺の独白的心話まで聞こえてるんじゃねーだろうなお前まさか。
「きゅぴぃ?」
……ダメだ。気にしたら本当に負けなのだろう。
≪それで、話すのはお前だけなのか? 後の5体はどうした、黙ってじっと俺達を見ていて≫
≪僕達は造物主様から生まれたきゅぴ。でも僕達はまだ――みんなで一つ。でも、マスターがたくさんの僕達を望んだから、こうなったんだきゅぴ≫
不意に、懐かしさのような感情がわけもわからずこみ上げ、呼び起こされたような気がしていた。
どうしてそう感じるのか、俺はすぐにはわからなかった。
≪だから、造物主様。僕達に、名前をつけてほしいんだきゅぴ。そうしたらきっと、僕達はもっと僕達になれる≫
――だがそれは、きっと。
"先輩"と、そして"あの子"と出会った時に感じたものである。
そこまで気づいた時、俺は、自分と彼らの名前がまるで靄がかかったように、奪われ思い出せなくなっている理由が、少しだけわかるような気がした。
彼らは俺にとっての"始まり"である。
終わり、再構築されたものが、異世界の異土で根付き、その土と水と風を受けて新たに芽吹いたものである。だから、彼らが俺の「元の世界」の知識をも吸収した、してしまったことは――恐れることではないのだ。
「良いだろう、ぷるきゅぴども。お前らに"始まり"を表す名を与えてやる」
***
そうして僕達の世界は始まった。
造物主様から"名前"をもらって、僕達は僕達になった。
≪やぁ、みんな改めてご機嫌おはよう。僕は「ウーヌス」! みんなのまとめ役さんだよ! 僕は造物主様の「好奇心」から生まれたんだ、よろきゅぴね!≫
≪わかったよチーフ! 僕は「アン」、造物主様の「自制心」から生まれたよ! 僕達で一緒に、絶対絶対に造物主様をお助けしていかないとね!≫
≪僕は~「ウーノ」だよ~、造物主様の「不動心」から生まれたんだ~。みんなときゅぴきゅぴ、ゆっくりのんびりしたいな~≫
≪う、うううー、大丈夫かなぁ。みんなで頑張らないと……あ、僕は「アインス」……造物主様の「羞恥心」から生まれたよ、チーフ、お願いだから造物主様をあんまり怒らせないでね……?≫
≪やったぁ、僕は「イェーデン」! 造物主様の「克己心」だぁ! チーフ隊長、先陣さんは何でもこの僕に任せてねっ。造物主様の――"おいしいもの"記憶! これは未踏の領域さんだねっ≫
≪なんか予想と違う分かれ方したねぇ、あはは。僕は「モノ」、偉大なる創造主様の「警戒心」から生まれたよ。チーフなんだかバカっぽいから、僕になんでも相談さんするんだよ? あはは、あはは!≫
そうして僕達は、僕達が僕達になったことの意味を探すための旅を始めたんだ。
造物主様と共に。
"名無し"さん達と、"名付き"さん達と共に。
従徒さん達と共に。
――それが、僕達と僕達の出会い、僕達と造物主様達との出会いだった。
***
「ル・ベリにソルファイド、まぁ見てろ。ちとファンシーな姿だが、こいつは、まさしく俺の迷宮の"起爆剤"になる」
「きゅぴぃ?」
……だから、紹介した矢先、適切な生理的器官が無いにもかかわらずその謎のソプラノ怪奇音を発するんじゃない。
また削れるだろうが。
≪早速だが、ぷるきゅぴども。【共鳴心域】の力を俺に見せてくれ。俺の代わりにどの程度、どれぐらいまでお前達は、一度に管理することができる?≫
命ずるや。
ウーヌスがその大小幾本もの震える貧弱な触手肢の一つをぷるぷると上げ、さらに、ぷるぷるきゅぴきゅぴしながら体を震わせ始める。そしてそれに合わせて、常識人(脳)枠だと期待していたアンやモノをも含めた全きゅぴが、同じように踊り始めた。
≪それ必要なのか……いや、何も言うなウーヌス。俺は突っ込まん≫
≪ご、ごめんなさい造物主様ぁぁ、チーフがやれって……≫
おぉ、アインスだけが唯一の"常識人枠"だったか――と思ったのも束の間。
他の5体がアインスをぺちぺちと触手で叩き始める……だがいじめではない。≪やめてよぅ≫と言っていたアインスがウーヌスにぺちぺちぷるぷると反撃した途端、モノが主導して他の4体が今度はアインスと一緒になってウーヌスを小突き回し始め、俺の周囲でぐるぐるとおいかけっこを始めたのであった。
「御方様……私達は、その、何を見せられているのでしょうか?」
言うなル・ベリ。俺が聞きたい。
という言葉を飲み込みながら、約1分――堪忍袋の緒が切れそうになる寸前のこと。
まるで頭の中が真っ白に啓けたかのように。
『エイリアン語』が飛び交い、それに押し潰され始めてある種の"窮屈さ"すら感じていた――『心話領域』が、急に開闢したかのように、クリアで明晰になるのを俺は感じた。
そしてそれは、同じく【眷属心話】の方に意識の一部を置いていたル・ベリやソルファイドもまた同じであったようだ。
≪えっへん! "名無し"さん達も"名付き"さん達も従徒さん達も、みんなさんを見つけて繋いだきゅぴよ! 造物主様、褒めて褒めてきゅぴぃ!≫
≪疲れたのだぁ~≫
≪あはは、バカだなぁウーヌスは! 創造主様の周りくるくる回ってアンテナさんにしたからこんなに簡単にできたんだから、創造主様のおかげだってば!≫
モノがウーヌスを茶化す。
……果たして俺の周りでキャンプファイアーの如くきゃっきゃと回転していたことに本当にそんな意味があったかは疑問だが――これははっきりとわかる"功績"だった。
ウーヌス以下、副脳蟲達はその「役割」を、存分に果たしてくれたのだ。
今、俺は引き続きウーヌス達と【眷属心話】によって繋がっている。
そして、喩えるならば彼らを「入り口」として、その向こう側に、俺にわかる"言葉"と"感覚"で、"名無し"と"名付き"のエイリアン達と繋がっていることをこれまでになく、圧巻とすら言えるほどの明晰さで感じ取れていた。
地上に脱走した幼蟲の【縛られぬ意思】が。
海の向こうの多頭竜蛇の潜影を1秒でも早く見つけ出そうと監視する遊拐小鳥の念が。
"環状路"の拡張作業に勤しむ労役蟲達が土砂を掘り崩し、運搬していく感情が。
ただ単に、数百のエイリアン達に無節操に同時に「繋がっている」のではない。
その時、その時の俺が「知りたい」と思った情報が副脳蟲達によって「整頓」され、まるでAI制御されたオール電化、オールセンサーの家庭においては家主の一挙手一投足に応じて電灯からトイレの便座の温度から気温に至るまでの全てが「最適化」されるように、無駄な情報が省かれ、同じような情報はまとめられ、常時変幻自在かつ俺の意識の具合に合わせて「編集」された【情報】となって、俺の思考に合わせて次々に「心話領域」においてストレス無く切り替わっていくのである。
――強化または代替という予想は、ある意味ではどちらも正しかった。
【共鳴心域】という"力"の本質は「エイリアン語の翻訳」なのであったから。
それこそがウーヌス達の能力であった。
ただ単に、1対1の【眷属心話】を1対多に変化させたどころの話ではない。
――そこに6等分された、俺の心と繋がった存在たる副脳蟲達の自我、自らの思考と高度に知的な判断が介在した、深層学習によって使えば使うほど最適化されていく生成型AIのような「情報共有ツール」とでも言うべきか。そのような代物に【眷属心話】が化け、しかもそこに「エイリアン語」という、この俺の迷宮の関係者でなければ暗号化も解号も困難であろう強固な情報通信手段と化したのであった。
そして同様の衝撃を、ル・ベリとソルファイドも受けたようである。
特にソルファイドは……【心眼】の技能をウーヌス達がどう"料理"したのか、全盲であるはずなのにまるで周囲がよりクリアに視えているかのように、両手で眼帯の上から目をごしごししつつ、キョロキョロと辺りを見回している。表情こそ相変わらずの無骨な無表情だが、その竜尾が左右にぱたぱたと揺れており、まるで犬のような意外な一面であった。
「お前ら、ぷるきゅぴはぷるきゅぴでも、すごいぷるきゅぴだったんだな……」
≪きゅっぺん!≫
――だからどうして「きゅぴ」の音に拘るというのか。コレガワカラナイ……が、精神集中の訓練だと思って多少は目をつむってやってもいい、と思える程度には、俺の迷宮は確かに"起爆"されたと言えるだろう。
≪ウーヌス。これで"全員"を、【共鳴心域】に入れられたのか?≫
≪きゅぴぃ、僕達6人でなんとかって感じだきゅぴ≫
≪なら、溢れそうになったらお前達の判断でどんどん副脳蟲を増やせ。お前達は――俺に代わって"進化"を命じる事ができたりはするか?≫
≪きゅきゅぴぴー……ちょっと加冠嚢さんに聞いてみる! ――きゅぴぴっ≫
≪いやっほう、造物主様、加冠嚢さんは「僕が完成したら、そこは任せて!」て言ってるよっ≫
≪きゅぴぃ! イェーデン僕の先さんを越しちゃダメさんなんだよ!≫
≪あはは、あはは! 食いしん坊のイェーデンに美味しいところさん持ってかれてらー≫
≪で……でも、造物主様。どうして僕達に、副脳蟲ちゃん達を……? あの、あのね……?≫
≪あはは、僕が言おう。創造主様、僕達が生み出した副脳蟲ちゃんは、僕達みたいにはなれないよ。それでもいいのかな≫
イェーデンと追いかけっこをしながら、何故かデルタの背中を登り始めたウーヌス達4体を無視して、俺はモノの言葉に耳を傾ける。なるほど、確かにこの6体は、特別な存在であるのだろう。
その意味では、あるいは彼らが命じて生み出す副脳蟲は、本来の意味での副脳蟲であるかもしれなかった。
≪それならそれでいい、お前らみたいに煩いのがこれ以上増えるのは勘弁だ……あのな。これはル・ベリとソルファイドも聞いておけ――誰が、いつどこで何をしていようと、俺が望むタイミングでそいつに指令を送れる。お前達で、そんな通信連絡体制を作るんだ。そのための【共鳴心域】だ。確かに、今お前達は素晴らしい「情報の整理整頓」能力を見せてくれたし、これを止める必要は無いが――いいか、この俺に対して過保護になる必要は無い。全てを同時に俺が把握しなければならない場面は、必ず来る。だからそのために、追加の副脳蟲が必要なら、何体でも生み出しても構わない。そのためにお前達の名前を"始まりを表す言葉"で統一したのだから≫
デルタの「四腕」でそれぞれ拘束されたウーヌス達が連行され、俺の前に戻される。
しゅんと大人しい様子のまま、6体はぷるぷる震えながら俺の「心話」を聞いていた。
≪わかったけど、無茶さんしちゃダメだきゅぴね、造物主様!≫
とウーヌス。
≪僕達は創造主様に"寄り副う"のが役割。僕達を信じてね≫
とモノ。
ふざけているのか、真面目であるのか、よくわからない――いや。
生まれたままに、そして裏表が無く、ただひたすらに純粋で純真なのがこいつらなのだろう。そう気づき、またそう思うことにした。
すると不思議と俺も、素直にこのぷるぷるきゅぴきゅぴに対して怒りのような笑いのような楽しさが湧いてくるような心地だった。
ともあれ、これで今まで以上に、いくつものことを同時多発的に処理できるようになった。
――そしてその中で、早速のことである。
≪造物主様ぁ~シータさんから報告さんだけど、なんか海辺の方に~≫
≪変なものさんが! 流れてきているみたいだよ! チーフ遊んでないで手伝って!≫
ウーノとアンからの報告。
それは、最果ての島の北西の入り江の彼方。
"木造"の「船団」が水平線の向こうから現れたというものであった。





