0028 闇世の励起者達[視点:その他]
【闇世】に唯一存在する"大陸"は、ほぼ真円の形をしている。しかし、創世された後の激しい海波の絶え間ない侵食により、海岸線レベルでは激しい凹凸が形成されていた。
それでも【黒き神】が最初に異界の虚無に降り立った際に「全き世界よ在れ」と述べ、広大な真円の大地とさらにそれを取り囲む果てなき大海が生み出されたのである。
【人世】とは異なり、【闇世】にはただ一つのこの"大陸"だけがあり、故にその"大陸"は単に"大陸"と呼ばれていた。
そのような真円の大陸を頭上から見下ろした南南西、オーマの知識で言うならば19時の方角に『ハルラーシ回廊』と呼ばれる地域がある。そこは、あたかも時計が19時35分を指した際に、長針と短針によって挟まれた鋭角の領域である。
長針と短針の位置には、空前絶後の断崖が連なっていた。
ちょうど、アイスクリームの中央にスプーンを突き立て、そのまま19時の方向に一直線に抉ったかのような大地形。抉り取られた左右の稜線が、大陸の中央近くから海に至る長い長い距離を連なる断崖のような絶壁を成しており、鋭角の内外の侵入を拒む。
そして抉り取られた底面の領域を『ハルラーシ回廊』と呼ぶ。
ちょうど日本列島がすっぽり入る程度の広さのこの領域は、【闇世】においては最大の人口地帯であった。
そのハルラーシ回廊の"長針"を成す断崖の切先の麓。
切り立った崖を背とし、遥かな地平線にうっすらと海の水平線が紅く一望できるなだらかな丘に、その"城"はあった。
一見すると、左右に5つ、合計で10の尖塔を備えた要塞の如き"城"に見える。
――しかし少し近くまで近づけば、それが尖塔ではなく巨大な指であることがわかるだろう。まるで黒灰色の肌をした岩の巨人が、生き埋めになりながらも手首をぴったりと密着させた合掌を、わずかに開いて10本の指を広げているかのような「尖塔」であった。
その名を【鎖れる肉の数珠れ城】と言い、迷宮領主【人体使い】テルミト伯の居城にして迷宮である。
巨人の掌を模した『数珠れ城』の表面には罅一つ、凹凸一つ無い。同様に塵と汚れの一つすらも許されぬかのように、艶かしく磨き上げられている。城に侵入しようとさらに至近まで近づいた者であれば――【人体使い】の眷属である『舐め回る二枚舌』達が城の表面の清掃に勤しんでいることに気づくだろう。
城の表面、"指"を這いずる眷属は『舌』だけではない。
時折、『這い回る片耳』が数体ごとにどこからともなく現れて、"指"と"指"の間に潜り込んでいく。さらには『飛来する目玉』が天から飛んできて、"指"の一つの「孔」に入っていく。
それらはいずれも、【人体使い】テルミト伯が『ハルラーシ回廊』の情勢を監視するために放つ、偵察のための眷属達であった。
そんなテルミト伯の居城の一角の一室。
ちょうど、右手の人差し指の付け根の箇所に『施設:貴賓室(議場タイプ)』がある。
黄金色と赤色を基調とした絢爛な調度品の数々で彩られた『貴賓室』は、長椅子の一つ一つにさえ、【闇世】の創世から初代【人体使い】の誕生までの歴史を示すレリーフが、一級の飴細工のように彫り込まれていた。
また、壁際には老若男女、【人世】の様々な"人族"を象った精巧な黄金の人体模型が立ち並ぶ。それですらも『貴賓』を迎えるのに相応しい、見るものに【人体使い】の財力と威勢を見せつけるのに相応しい計算されつくされた角度で配置されていた。
だが、目聡い者であれば、このような部屋の中であっても、天井の暗がりや調度品の影など、意識して見ようと思えば視えぬ箇所に無数の「肉」の気配があることに気づくだろう。
絢爛さと調度品の豪華さこそ、異様なる城の外観とは全く別の印象を与える部屋であったが、その内側を『目』と『耳』と『舌』、そして『鼻』が闇から闇へ、陰から陰へと這いずり回る、かさかさとした音。そして『貴賓室』の外部、城の中のどことも知れぬ場所からうっすらと――人間の絶叫のようなものが反響した微かな音が断続的に鳴り響き、それが『貴賓室』にも届いているのであった。
しかし、現在『貴賓室』の赤い長卓を囲む6人は、そのようなことは些事であるどころか呼吸をするぐらい当たり前である、という涼しい表情で、机の上に次々と運ばれてくる珍味を賞味し終えたところであった。ハルラーシ回廊から南南西海岸を望む出口にある『数珠れ城』では、望めば港街から海産物を多く買い入れることが可能であり、6人が賞味したのもまた海産物をふんだんに使った料理であった。
気配すら見せずに現れた、金髪のメイドと執事服姿の給仕達が、優雅な所作で食器を片付けていく。いずれもぞっとするような魔性の美貌を持つ、成年するかしないかといった年齢に見える少年と少女達である。
「あぁ……いいねぇ、やっぱり君んところの玩具は。前から言っているけれどさ、1人か2人、男女1組でいいからボクのとこに欲しいんだよ。駄目かい? テルミト」
うっとりとした表情で述べたのは、目元を銀色の仮面で覆い、身体には深青色のカーディガンを羽織る退廃的な雰囲気を漂わせる青年であった。
長卓には左右に3名ずつが向かい合うように座っていたが、彼はその端の方で足を投げ出している。だらしなく背もたれにしなだれかかるように、給仕が運んできた果実酒をグラスに受け取って、ぐびぐびと喉を鳴らすように飲み干していく。その目線は熱を帯びたように、【人体使い】の居城に仕えるメイド達、執事達の所作に注がれていた。
「【死霊】、この"会合"ではお互いの"銘"で呼び合う決まりだぞ。だが、君の意見には私も賛同しているんだ――流石はというべきか、歴代の【人体使い】の精髄だな。とても、とても操りがいがあるだろうな、といつも私も羨望しているとも」
【死霊使い】を窘めつつも賛同を示したのは、腰まで届く銀白の長髪をした男であった。
銀の長髪は片側のみ香油で固めたオールバックとなっており、もう片側は顔の前面に垂れ、顔の右半分を完全に隠している。その目は穏やかさを装いながらも、ギラギラした欲望と、その中にわずかに探りを入れ挑発するような色が宿っていた。
「貴重な研究成果どころか私の迷宮の秘中の秘を、誰が好き好んで"死体"や"人形"に変えさせるんですか、【死霊】に【傀儡】。そういえば今日はやけに死臭と"陶器"臭さが酷くてかないませんね……お世辞のつもりなら、もったいつけずに早く本題に入りたいものです」
大げさに肩をすくめて顔をしかめ、足を組んで神経質に目を細める金髪の男こそが【人体使い】テルミト伯であった。【傀儡使い】のように片側のみ香油で固めるという伊達好みではなく、テルミト伯は一分の隙すらも詰めるかのように、金髪を完璧なオールバックに固めている。
彼もまた、居城に仕える給仕達に負けず劣らず――彼こそが"最高傑作"であると見紛わんばかりの冷酷なまでの美貌で、正面に座る【傀儡使い】【死霊使い】そして【蟲使い】を睥睨した。
迷宮の眷属の系統において、【人体使い】と【傀儡使い】【死霊使い】は技術と体系・構造面における近似性がある。
しかし……そのことで意気投合し、協力と技術的な議論を熱く重ねたことも今は昔。
正面に座る3名――【傀儡使い】レェパ=マーラック伯達と、対面に座るテルミト伯を含めた3名とは、今では水面下で互いを出し抜き合い、机下で足を踏みつけ合うような対立関係にあるのであった。
「――あら。レェパ、あなたまた増やしたかしら? 執念深いわね、ほんと」
テルミト伯の右隣に座る、藍色のロングドレスをまとった女が呟いた。
彼女はその両目を眼帯で覆っている――にも関わらず、彼女は【傀儡使い】をまっすぐに見据え、その"指"の動きを見定めることができた。
なぜならば彼女には『異形:第3の目』があったからである。
そして、凝視された【傀儡使い】の側にも明確な『異形』があった。
眼帯と3つ目の女――【魔弾使い】の『第3の目』が凝視する眼前に、まるで見せつけるかのように【傀儡使い】が54本の指をわしゃわしゃと動かして見せたのだった。
『異形:多指』と『異形:指再生』によるものである。単に片手に指が27本ずつある、というものではない。ある指は途中から2叉に分かれており、さらにその先で三叉に分かれ、さながら手指による樹状図を為していた――『異形:指再生』を利用してレェパは、わざとある指を半ばまで縦に両断し、再生させることで己の指を枝分かれさせていたのであった。
「どこかの誰かが遅延行為をしているか知らないがね。私が手づからやらなければならないことが増えたのさ。なぁ【人体】?」
54本の指から、魔素でできた目に見えぬ糸のような流れが辺りに漂う。
すると部屋のあちこちの調度品が、まるで目に見えぬ糸によって引っ張られたかのように、カタカタと揺れ始める。さらに【傀儡使い】の隣、ぼろぼろの包帯で口元を覆った陰気な緑髪の男――【蟲使い】がぶつぶつと呪詛のような言葉をつぶやき始める。
すると『貴賓室』のあちこちの物陰に潜んでいた――『目』や『耳』や『舌』が、同じく暗がりに潜む何者かによって次々と狩られ、断末魔を上げていった。
しかし、テルミト伯は動じた様子もなく、涼しい顔のまま【傀儡使い】達3名に冷ややかな目線を送る。彼の代わりに声を上げたのは、テルミト伯の左隣に座る甲冑に身を固めた巨躯の男であった。
「「「まぁまぁそう殺気を立たせるな! 【傀儡】殿に【蟲】殿よ!! "会合"の場だと言ったのは貴君であろう【傀儡】殿!!! さぁさ、さぁさ、さぁさ!!!」」」
『貴賓室』全体の空気が振動するかのような大声。
さらにその声は3重に、まるで1つの喉から高低の異なる3つの声色が重ね合わされたかのような、和音の唱和のように轟いたものであり――【魔素操作】に長けるものであれば、その振動の中に「力」が込められ、【傀儡使い】の指先に集まっていた54筋の魔力の糸をまとめて吹き消したものであることに気づいたであろう。
『異形:双ツ喉』を2つ持つ【鼓笛使い】が放った【力の言葉】であった。
あらかじめそうなることがわかっていたのか、いつの間にか耳に入れていた耳栓を優雅な所作で取り出すテルミト伯と【魔弾使い】。一方、大声に垂らしていた銀髪を吹き散らされた【傀儡使い】は、興が削がれたように指を閉じて腕を組み、真顔になって"本題"に移ったのであった。
「ダフィドネとヤグラザルカはもうすぐ落とせる。【蟲】、カルスポーは?」
「……仕込んでる最中だ」
「【死霊】、君は一体、リャハンデにいつまで引きこもってる気だ?」
「わかってないなぁ、マーラック。あそこは構造上、ボクが居続けないと駄目なのさ。"協力者"との信頼関係もあるわけだし――」
今しがた、【傀儡使い】側の3名が述べたのは『ハルラーシ回廊』に点在する『都市』であった。それらの共通点は、いずれもが迷宮領主の支配下に無い「独立自治」の都市である。
ハルラーシ回廊には、そうした『自治都市』が数十と存在しているのであった。
"現状"の報告を終えた【傀儡使い】を冷ややかな目で見つめながら、テルミト伯が口元だけで薄く笑う。
「計画は順調に遅れている、と。このままではグエスベェレ大公――【幻獣】様に後れを取りますよ?」
「奴の手勢を叩き出すのは君の役割だったと思うんだがね、【人体】。そのために"界巫"様からの御神託を受けた……と聞いたのは私の勘違いだったかな? 【魔弾】と【鼓笛】ばかり矢面に立たせて、君は相変わらずの良い趣味に耽溺かな?」
「謀は密やかに進めるもの。"多頭竜蛇の庭"を越えるのがどれほど大変かわかっているのですか? 手が……おっと、指が空いているなら手伝ってくださいよ」
魔素と命素を交えぬ、視線と言葉による応酬が続く。
テルミト伯とマーラック伯の左右に座る、いずれも伯爵である4名の迷宮領主達は、ある者はにやにやと笑みを浮かべ、またある者は「また始まったか」と言わんばかりに露骨に肩をすくめて見せつつ、それぞれの"首領"のやり取りを見守る。
「あぁ、最近は物忘れが激しくてかなわないな。そういえば戦力を増やすどころか、君は確か減らしていたんだっけ? 【樹木】の彼を、ここ数年ずうっと見かけない気がするな。足りないのは指じゃなくて片腕だったかな?」
「借りを作るのは嫌いなのですが、奴を狩るのはそこにいる陰気な【蟲】の役目だったはず。【幻獣】様にそそのかされて裏切った【樹木】は、私達共通の敵のはずだったのですが、これ幸いと私に押し付けた誰かの"手管"であることやら……」
「それで、いい加減頭を下げる気になったってことでいいのかな、【人体】。いいよ、これまでの私達の確執を忘れて、手伝ってあげようじゃないか。君がほんの少しばかり、考えを改めてくれるのであれば――」
まるでわがままを言う幼子を諭すかのように優しく問いかける【傀儡使い】に、テルミト伯はその反応を予想したように、鼻で笑った。
「あの"傭兵"を投入しますよ」
静かに告げたテルミト伯の言葉に、彼の両隣の【魔弾使い】と【鼓笛使い】までもが興味深そうに顔を見合わせた。
「あの憎々しき"竜"の末裔を? 【人体】よ、本気なのか?」
「多頭竜蛇を刺激しすぎるんじゃないかしら。それだと、最悪【気象】の大公が動くんじゃ?」
「……"界巫"から別の大公に鞍替えか? 節操無しめ」
【傀儡使い】の言葉に【魔弾使い】と【蟲使い】が続いた。
その懸念を待っていた、とばかりにテルミト伯は指を鳴らす。
「エネム、ゼイレ、例の物を出しなさい」
「「はい、伯爵様」」
テルミト伯が告げるや、彼の後ろに彫像のように控えていた、メイドの少女と給仕の少年が前に進み出る。まるで双生児のように瓜二つ、声色も全く同じ金髪の二人を見分けることができるのは、わずかな髪型の違いとその装いだけである。
エネム、ゼイレと呼ばれた二人はいくつかの器具を台に載せて運んできており――他の給仕達にテキパキと指示を出しながら、見る間にそれを組み上げていく。
それは壁に掛けられ、天井から吊るされて垂らされた一枚の巨大な暗幕であった。
さらに長机の上に、独特な"器具"が配置される。それは神経と血管を連結させられた7つの目玉であった。7つの眼球は赤色から紫色までの"七原色"の光をそれぞれ湛えており――小刻みに震えながら、その瞳孔から同じ色の光を放っていた。
「"趣味"とは、よくもまぁ私のこれまでの貢献を揶揄してくれたものですが。しかし、今回は一味違いますよ。これは……何よりも汎用性が高いですからねぇ。これを諸都市にばら撒けば――いや、まずはこれの性能をご覧にいれましょうかね」
エネムとゼイレが慣れた手さばきで「7原色の目玉」を所定の位置に配していく。
放たれる眼光を暗幕に向け、角度を調整し、7つの原色から映し出される光を重ね合わせていき――やがて像が結ばれる。それは船倉の中のような暗がりを描いた絵画のようであった。しかし、絵画ではあり得ないほど精巧な「映像」であり、何よりその映像は、まるで目で見たものであるかのように「動いて」いたのであった。
船倉の内壁を這う船虫が、素早く板切れの隙間に潜り込んでいってしまう。
それが何であるか、最初に気づいたのは【傀儡使い】であった。
「君の"目玉狂い"は本当に筋金入りだな全く、昔から変わらない」
「会うたびに指を倍増させる貴方にだけは言われたくありませんがね。それで日々さすられる"人形"どもに思わず同情したくなります」
「日々『豚の尻』を蹴り飛ばしている君の悪癖を私が忘れたとでも? あんな眷属誰も思いつかない。大した発想力だよ。だが、それ故に"傭兵"殿も哀れだな……随分、いじったんだろう? 加えて竜人なら多頭竜蛇の庭も掻い潜れるかもな。だが、生きて戻っても早晩にこの"目玉狂い"にくり抜かれる、か」
「でもそれが【闇世】落ちした連中の宿命だしね。あ、死んだらボクにちょうだいよ? "血裔"種以外の人族だったら目玉以外は要らないんでしょ? あーレェパは駄目だよ、ボクが先」
「よしておけ、【死霊】。この『血裔』至上主義の研究狂いが、なんの酔狂か"目を汚して"まで手を加えた竜人だ。君の【納骨堂】が焼け落ちるなんて報せは聞きたくはない」
「せめていないところで悪口は言ってくれませんかねぇ?」
それこそが迷宮領主の流儀である、当然のことである、と言わんばかりの悪態と揶揄の応酬を繰り返しつつも、一同の視線は暗幕に向けられる。そこに映し出される映像が、まるで誰かの「視線」をそのまま投影したかのように、左右に、時に所在なさげに上下に揺れたことに気づいたからであった。
その「視線」の主は――自身の手、限りなく人間に近い五指でありながら、竜か爬虫類であるかのように赤い鱗に覆われた自らの手を、じっと見つめていた。
――次の瞬間。
いつの間にか、7つの目玉の「映写機」の隣に新たなる【人体使い】の眷属が現れていた。
それは人間の頭部のようであったが、目玉と耳と鼻が無いのっぺりとした肉塊であり、唯一「口」だけが存在していた。給仕である美少年エネムと美少女ゼイレが、二人がかりでその「口」を開けると――まるで幾本もの"舌"と"声帯"を混ぜたかのような触手状の、しかし"舌"としか言えない代物が這い出す蛸のように伸びてくる。
その舌と声帯の混合物とも言うべき幾本の触手から、それぞれ異なる音、空気の音や海流の音――そして何者かの息遣いが発声される。
それが、目玉の映写機によって映し出された映像の先の音声であることに伯爵達は気づいた。
角逐し合うも、【傀儡使い】レェパ=マーラック伯と【人体使い】テルミト伯に率いられるこの6名の迷宮領主たる"伯爵"達は、自らを『叡智に仕え"界"の励起を資さんとする拙き徒達の小派』を名乗る一派であった。
"会合"では、集いの目的に向けたそれぞれの担当分野における施策や謀の進捗を報告し合い、水面下でお互いの陰謀をなじり合い、読み合い牽制し合い――そして『技術協力』が行われる。テルミト伯が他の5名に示した彼の新たなる眷属である『7つ瞳の原色吐き』と『震声の舌頭器』こそが、この日の彼の文字通りの"目玉"の一品であった。
「【気象使い】が介入してくる? グウィネイト、貴方もまだまだあの御仁の本質がわかっていませんね――"伯爵"になって私達に新たに解禁された『竜種』の詳細を丹念に読み込むのを怠たりましたか? あの御仁は、そのような単細胞ではない。そもそも【竜公戦争】とは――」
「「「おい!!! テルミトよ、始まるようだぞ!!!」」」
耳栓をしていなかったために、テルミト伯の耳元で【鼓笛使い】の破壊的とすら言える唱和と共鳴の和音が轟く。思わず目を閉じ、露骨に耳を塞ぎ、テルミト伯は舌打ちをしてから、咳払いを一つ。
既に彼以外の皆は、暗幕に映し出される光景に目を見張らせていた。
船倉が歪む。軋む。
『舌頭器』から不穏な破砕音と、激流が渦巻く飛沫の音と――遠雷か、海鳴りのような【竜の咆哮】が周囲から響き渡ってくる。
暗幕に映し出される「視線」が、赤く紅く赤熱する二振りの剣に向けられた。
船倉が木っ端微塵に破壊され、視界も音声もめちゃくちゃに吹き飛んだのは、その次の瞬間のことであった。





