表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
275/275

0267 其の晶体(しょうたい)を明らめるは多元の深淵に迫るが如し(2)






【盟約暦514年 歌い鷲の月(6月) 第23日】

 ――あるいは【降臨暦2,693年 合鍵の月(6月)第23日】(154日目)


 賢者蟲(オラクル)アンが示した専門用語(バズワード)はサラダの如く数多あれど。

 この俺が、迷宮領主(ダンジョンマスター)として、【報いを揺藍する異星窟】という勢力の識者として把握すべきことは、その詳細な概念と学術的定義を理解することではない――それこそ、そのようなことをしようと思ったら()()()()を一生分生きるかのような時間と情熱とエネルギーが必要になることだろう。


 故に、今から俺が受け取るのは、アンが超覚腫(オーバーシアー)の”魔改造”体であるとも言える『晶触腫(フレイクフィーラー)』を通して丸2日かけて分析した種々の情報を統合し、そして、俺なりにその意味するところを理解し、かつ()()した結果であるとも言える。


 ……まぁそれだけだと乱暴すぎるので、晶触腫(フレイクフィーラー)が一体全体何をしているのかということだけ軽く述べておくと、こいつは種々の感知系技能(スキル)を用いて――いわば光学的、あるいは振動学的な観点から、特に「結晶体」を相手に特化したその微細な格子構造を解析しているのである。


 さながら、生きた顕微鏡(機能はさらに高級だが)であるかの如く。


 というのも、元来、水晶(石英の結晶)を含めた鉱物とは、長い時間をかけて成長する類のものである。それこそ、ギュルトーマ家の封印が解かれて俺達の眼前にその姿を晒した『晶脈石』はざっくりとした目測でも3メートル四方は下らない、人工的な正八面体の形状にそれはそれは綺麗に整形(カット)されている。

 普通であれば、つまり俺の元の世界での物理条件・自然法則であればここまで成長するのには数百万年か下手したら千万年単位はあろうかという特大の”結晶”である。


 だが、結晶とはそうしたタイムスケールの中で……いわば少しずつそのミリ・ミクロ・ナノの世界で格子構造を成長させていくものであり、いうなれば、人間がレンガを積み上げながら大きな風車や塔を作り上げるのに近い。


 ――換言しよう。

 もしも、その1つ1つのレンガの積み上げ方に、()()だとか、()()だとか、あるいは()()()()()()()()痕跡であるだとか、はたまたある”層”からはその積み方のパターンが全く変わっていたとしたら、それはどう解釈されるだろうか?


「そうですな……例えばですが、予定していたよりも急いで建てなければならなくなったとしたら、その”積まれ方”は雑になるでしょうな、御方様」


「それまでとそのレンガの材料が変われば、並び方もそうですし、見た目や強度、つまり性質にも影響が表れるでしょうね」


 では、この悠久の時を経た「水晶」の形成もまた、今しがたル・ベリとルクが答えた通りであるとすれば、どうであろうか。


 ……ミリ以下の世界など本来的には人の肉眼で把握できるものではない。まして強大な宝石よろしく表面がピカピカに透き通るように研磨されていれば、それはまるで”一枚()”のように感覚的には感じられてしまうのかもしれない。

 あまつさえ、光の通り方までもが一様であるならば、つまり内部に無理やり継ぎ足したような「断面」などがあれば、それは光の映り方で素人目にもわかるものであろう。


 だが、実際のところ。

 晶触腫(フレイクフィーラー)が発揮する変態的な対結晶特化の解析能力によって白日の下に晒されたのは、この特大の魔導装置ともいえる『晶脈石』を構築する格子(レンガ)が、積み重ねられ、建造され(成長し)ていく過程における、想像以上の”イベント”の多彩さだったのだ。


 第一に、これは「一枚()」ではなかったのだ。

 結晶構造同士の間に顕著な断層が見出されており、それこそ、同じ模様ではあっても別々の切れ端を継ぎ合わせた壁紙であるかのようであり、アンが計算するところ最低でも20~30のより小さなサイズの「水晶」が後から人工的に1つに融合されたものであることが示されているのである。


 単純に、水晶を急成長させるだけでも巨大な熱と圧力が必要である(アン曰く)。

 無論、この世界(シースーア)は超常の法則が息づく領域であるため、そうした手段(まほう)を用いて実現されたことではあろうが、それでも数十の結晶の「方位」をも揃え、違和感なく1枚の巨大結晶に鍛造してのける技術力というものは、その源泉が工学能力であろうと魔導能力であろうと、強力なものであると評さねばならない。


 ただ、それでも、微細な格子構造の積層レベルではそのわずかな”断裂”が痕跡として残っており、さっきのレンガ建物の喩えでいうならば、それぞれ別の場所で作ったレンガ壁を後から持ってきて圧着した、その継ぎ目の部分がちゃんと残っていて視えている、というものなのである。


「そして、ここからが問題だな」


 呟き、伝えるように配下達を見やってから、俺は懐から【魔石】を1つ取り出してみせた。

 【人世】はナーレフ地下に形成を進めている”生産拠点”に育成した凝素茸(コレクター)から収穫された一片である。これ自体は何の変哲もない、迷宮領主(ダンジョンマスター)として活動してきたこの俺にとっては見慣れた青い仄光が淡く放たれ――眼前の『晶脈石』の表面に光の波紋を反射しているようにも見える――ているが、俺は無造作に超常を念じ、技能(スキル)を通してその燃料としての魔素を喰らうイメージを込め、その小さな【魔石】片をそのまま()()する。


 ここでいう「消費」とは、文字通り、魔素を吸い尽くすことであった。

 結果として魔石は「石」としての形を保つことができなくなり、まるで空気中に霧か霞の如く昇華して掻き消え散ってしまうのであるが、実はこの現象自体は、結晶体というものに関する科学的な理解からは極めて特異的な現象であるといえば、そうなのである。俺自身がすっかりこの世界(シースーア)の超常法則に馴染み、適応してしまっているため、迷宮領主(ダンジョンマスター)としての基本資源(リソース)扱いしている側面が強いのだが。


 こうした【魔石】の科学的性質を――あらかじめ晶触腫(フレイクフィーラー)に解析させておいたのである――この場でアン(暴走状態)に詳細に述べさせるということは割愛しておこう≪な、なんで! 造物主様(マスター)!! そんなぁ!!≫ええいうるさいウーヌスみたいなことをお前までするな、しっかり者の称号は返上しろ全く。


 だが、晶触腫(フレイクフィーラー)があくまで「科学的」に『晶脈石』を観測し、導き出した、その結晶形成過程における第二の重要な性質(イベント)

 それは、その【魔石】と同じ性質(パターン)を示すと見込まれる構造が、少なくとも『晶脈石』を形成する格子構造達の中に観測されたということであった。


「ただ単にでかい水晶同士をくっつけてさらにバカでかい水晶を作ったんじゃあない。『晶脈石』の中には、相当な量の【魔石】が融け込んでいる可能性が高いように思える」


「……確かに、異常に魔素を、魔法を、属性そのものを通しやすい性質であるとは思っていましたよ。かつてリュグルソゥム家が頭顱侯として『グルトリアス=レリア』で晶脈石(それ)を管理していた時のことではありますけど」


≪まさか【魔石】が溶かし込まれていた、だなんて。ただ、それがすぐにブロイシュライト家と【闇世】が繋がる、とかいう話にはならなさそうですね、我が君の口ぶりからしますと≫


 ミシェールの言う通り、【魔石】自体は『長女国』においても種々のルートから獲得されうるものである(例えば、”裂け目”から迷いでた闇世生物としての魔獣を討伐して拾得するなど)。

 だが、『晶脈石』自体が丸ごとの性質の一部を備えており(少なくとも結晶構造的にはそれが観察される、としか言いようがない)、その力が『長女国』における”荒廃”均しの16属性の相互伝送ネットワークの核であった可能性は非常に高い。


 なぜなら、そうした”痕跡”もまた、微細なる格子(レンガ)達の構造(積み方)の中から観察することができるからだ。そして、それこそが晶触腫(フレイクフィーラー)が暴き出した第三の性質(イベント)でもある。


≪【魔石】さんは魔素の塊だから消えちゃうんだよ! でも、『晶脈石』さんはその問題をクリアしちゃってるんだ! 「水晶体」の構造さんの中に、【魔石】の膨張と収縮の仕組みを構造ごと取り込んじゃうような感じでね!≫


 【魔石】が魔素の擬似的な結晶体であり、超常を生み出すエネルギーとして消費されて消えると共にその格子構造も()()()()消えてしまうものであるとして。

 賢者蟲(オラクル)アンが述べるところによると、『晶脈石』は格子構造レベルで【魔石】と融合した結果、魔石が魔法エネルギーとして消費・消耗した後もその”骨組み”という形で、それが「石」の形態であった際の()を保っているのだという。


 少々乱暴な喩えであるが、水とスポンジのようなものと言えるかもしれない。

 水は水として、流れたり、消費されて消えてしまう。だが、そのスポンジという構造の中で、水は毛細管現象だかなんだかの組み合わせによって”保持”されており――それはスポンジのコンマミリ以下の世界における数多の微細な「空洞」によるものである。


 この関係と少し似ているかもしれない。

 そして俺があえて強引に「スポンジ」と喩えたのには意図と理由があり、要するに、『晶脈石』は崩れ消えない魔石であるかの如く、その内部に魔素を蓄えておくことができることこそが晶触腫(フレイクフィーラー)によってわかった事実なのであった。


 さながらスポンジの微細な空洞達が、水滴や水の分子を含みあるいはそれを吐き出す際に、膨張と収縮を繰り返すが如く。


 『晶脈石』もまた、その「16属性」の都市間相互伝送において、属性込みで魔素を引き受けて吸い込み、あるいは送り出すために吐き出す過程で、結晶体はその最小の構造単位である格子レベルで”膨らみ”あるいは”縮んで”いることが、科学的な観察によって、その痕跡として見出されたのである。


「我々の魔法的な理解と、辻褄は合いますね。なるほど、水を含んだ”布地”を絞ってまた浸すようなもの、ですか。言いえて妙なのかもしれませんが……」


 無論、ここまでであれば、ただ単に『晶脈石』という存在の一般的な魔法的性質や、『長女国』におけるその魔導装置としての役割を、ちょっと暴走した副脳蟲(ぷるきゅぴ)のうちの一体の「どうしても科学的に説明してやりやがったる」という偏執的な気迫による”解釈”の類でしかないであろう。ここまでであれば。


 だが、問題は次の一点である。

 晶触腫(フレイクフィーラー)が暴き出したる、格子構造から観察することのできるこの巨大結晶体形成の過程と、その過去の使用履歴によって刻み込まれた第四の痕跡(イベント)


 それは一言で言うならば、『晶脈石』の内部のそのさらに奥深くには()()()()()ということであろう。


「非常に特殊な状況と条件が、この観察をもたらしたと理解していますよ、オーマ様」


≪どういうことだ? ルクよ。お前達もかつては頭顱侯だった……主殿が掌握したナーレフの『晶脈石』は、何かが違ったとでもいうのか?≫


「いえ。『晶脈石』そのものがというよりは、まぁ、()()()()()()()()()ことになった、と、この状況そのものが特殊であり、」


≪我が君がこの世界にもたらした「(わざ)」が、きっとブロイシュライト家も、そしておそらくはサウラディ家さえも想像していなかった『晶脈石』の謎の一旦を見通してしまったかもしれない、そういうことです、ソルファイド様≫


 アンが暴走電池の如く専門用語(バズワード)を乱発したが、要するに晶触腫(フレイクフィーラー)の能力とは顕微鏡レベルで結晶体の成長過程や、年輪のような、時を経る中で刻まれた「影響」というものをあぶり出す力だと言える。

 そして、考古学なんかがわかりやすい例だが――何かの痕跡が刻まれる、ということは、その痕跡が5W1H(いつどこで)的に刻まれるに至ったのかという出来事(イベント)を仄めかすものであるということであり、あるいは、それを刻んだ何者かの存在を間接的に浮かび上がらせる指標となる、ということ。


 ルクとミシェールが言ったように、ナーレフ地下に鎮座していた『晶脈石』そのものは、決して珍しい個体ではないというのがリュグルソゥム家の『止まり木』の記憶と知識からの見立てと結論である。

 それはかつては別の都市で数十年程度利用されていたものであり、その地を管理していた掌守伯家が移封されるか取り潰されるかして、一度ブロイシュライト王家に回収され――そしてまた再利用のために、ここナーレフに運び込まれてきた。


 この時点であれば、第三の性質の通り、何度も魔素を伝送してきて少しくたびれたスポンジのように、膨張と圧縮が繰り返されてきた格子構造の”くたびれ”具合を表す、膨張と圧縮による歪みは、結晶体全体に均一に広がっていたことだろう。


「だが、この『晶脈石』は違った。幸か不幸か、ハイドリィとその父親はこいつを【封印】することに決めたんだ。ルルナの力を利用して頭顱侯に成り上がる、という構想を抱いてな」


≪そのために敵対していたギュルトーマ家の力まで借りて、というわけか。クレオンの件でもそうだったな、確かに≫


 王都の一角にてギュルトーマ家が管理する【禁言書庫】の通り、元頭顱侯でありながら他家の旗の下に身を潜めて永らえる彼らの封印術は『長女国』においても古く根幹に関わる存在であろう。それほどの力でロンドール家に手を貸し――あるいは唆したか――その【重封】の秘技術で以て、彼らはナーレフの『晶脈石』を魔法的に完全に外界から隔離してしまったのだ。


 故に、ナーレフにおいてそれは”未起動”であった。


「ジェロームから聞き取った内容は、まぁ我々の予想とは大きく外れていませんでしたよ」


≪そうそう。ロンドール家は『晶脈石』を起動しない理由にルルナさんの【四季一繋ぎ】の領域のことを挙げていたんだよね~≫


 それだけでは不安だったのだろう。

 いや、ハイドリィの下にはディエスト家に仕えているはずの正体が吸血種(ヴァンパイア)であった老練なる工作員”梟”のネイリーがついていたが、それは判断を間違えれば、ネイリーがロンドール家を切り捨てて再びディエスト家に情報とともに帰還するという緊張を孕んだものでもあった。

 そうでなくとも、その施策においてナーレフには他家の走狗組織を多く呼び込んでいる。

 故にロンドール家は更なる「保険」として、未起動のまま置いておいた『晶脈石』そのものの所在さえも探り当てられることのないよう、代官邸の地下に特別な隔離室を作り、そしてそこに【封印】したのだ。


「無論、後で使うことが前提だがな? だから、解除できるようにもしていた、今のこの状況のようにな」


 そして『晶脈石』はゆっくりと、前任地での属性均し業を通して内部に蓄えられていた魔素をゆっくりと放散していき、未起動のまま枯れて封印された挙げ句に埃を被って眠っていた――と、魔法技術的な説明と理解だけであるならば、そこまでで話は終わっていたことだろう。


 だが、晶触腫(フレイクフィーラー)を生み出したアンの科学フリークな暴走が、たまたまと言うべきであるのか、まさに格子構造の内側から、わずかな、本当にわずかな、このような特殊条件に置かれた”未起動”個体からでしか検出することができなかったであろう、文字通り極小の世界におけるとある「歪み」を観測してしまった。


≪すっっっごく簡単に言うとね! 結晶さんの奥のそのまた一番奥の()()に向かって少しずつ魔素が吸われていって吸いつくされた、そんな”向き”の歪みが残っていたってことなんだよ!≫


≪……その何かって、それで、一体なんなんだよ?≫


 皆を代表するようにぽつりと疑念を述べたのはユーリル少年であった。


 彼の言う通りである。

 何ならこの俺も、ルク以下リュグルソゥム家の面々も、きっと今それが何なのかを知りたいことであろうよ。


 だが、残念ながらそこまではわからない。

 いや、今の時点では、()()()()()()()()()


≪あははは、僕がいないいないたかいたかーいさんしているのとは、違うやつだけどね。あははは≫


 それは、俺があえてこの巨大な結晶体という”大道具”に対して――元の世界の(科学的な)見識で臨んだ理由でもあった。(予定の斜め外に飛び出したアンの暴走はあったが)


 政治的思惑により封印されていたとはいえ、『晶脈石』は『長女国』による国内統治の正統性とシステムの要を成す存在である。ただのバカでかい結晶体であるだけでなく、超常の一形態である「魔法」に熟達しそれを求道の道具とも現世を治める御業とも扱う魔導貴族達の最上位層が管理・統御・統括するための謎多き支配の装置なのである。


 そのような代物に対して――いくら”未起動”であることがわかっていたとはいえ、馬鹿正直に【魔法】的な手段による調査や、分析や、観測という行為を加えてはならない。

 観測するということは、それ自体が相手に影響を与え、そして覗き返されることであるが故に。


 そういう不測の影響を俺は恐れたのだ。

 既に『晶脈石』とは、それ自体が、ブロイシュライト王家――あるいは彼らの裏にいるであろう「真の王家」たるサウラディ家――による監視装置であっても全くおかしいとは思えなかったからだ。


 そしてこの場合、『晶脈石』を本来の用途として”起動”することが確実にそのトリガーとなることだろう。


「その逆に”未起動”のままとし続ければ、御方様の動きと正体が『長女国』の上層部に察知されることを可能な限り遅らせることができる……ということですな」


「そうだな、その点はロンドール家とハイドリィ君が十分に証明してくれていたわけだから、な」


 そこが今回のナーレフ掌握後の「結晶調査」における絶対の前提条件ではあった。

 故に、リュグルソゥム家による魔法的な調査はほとんど避けたわけである。


 ……結果、これがただの支配の装置というだけでなく、それすらもが表向きの役割であり更なる”裏”が秘められた特大のブラックボックスである、という疑惑が浮上したのであった。



 だが。

 謎を謎のまま投棄するわけにもいかない。

 それがいずれ対峙すべきものである可能性が高いならば、今ここでできる視点の転換は、きっと将来の役に立つであろうが故に。



 ――俺の視点は、こうだ。


 この結晶の奥底のブラックボックスのそのまた内側に潜むものが何であれ、其れは、この国の統治と本質と正体の根幹に関わるものである、ということは疑いようがないだろう。

 そして、そうであるならば、それは必ずこの国の統治層である「頭顱侯」制と密接に結びついた、そういう”何か”ではないか。


 そう考えたのだ。

 何故なら頭顱侯達とは魔導の探求者であり、教条的な『16属性論』の枠外に至ることを積極的に許された者達であり、片鱗であるといえどもこの世界(シースーア)における超常法則の真実に触れる者達である。そのような者達に「管理」させることの意味と、そして、彼等の()()()()()()()()を教えるのか――そこには明らかな格差が存在している。


 それはリュグルソゥム家を見れば、明らかであろう。

 ブロイシュライト王家と、そしてサウラディ家と……今般新たに「ギュルトーマ家」という存在が加わるのではないかと俺の中で疑念は深まりつつあるが、そうした古く、そして古いからこそ流れの上流に属するような、そうしたまさに古い家系・血族による情報的な統制の意図が見え隠れするように思えてならないのである。


「何故なら【大粛清】が、あったからな?」


 『13頭顱侯』家が、【人世】の英雄王の”長女”にして【国母】たるミューゼの高弟達の系譜であった……というのはもはや大昔の話。

 【闇世】からの侵攻を退け、”裂け目”を抑制し、それでも溢れ出る”荒廃”に対処する役目を引き継ぐということが頭顱侯達が【輝水晶(クー・レイリオ)王国】の雲上人(支配者)達である正統性であるならば、高弟達の血脈が途絶えつつ、同時に途絶えない古い家系が残り続けているという状況下で、一体全体――。


「誰が”頭顱侯”への昇進を決めているんだ? それはこの国の国法で、一体、どんな風に定められているというんだろうな?」


 これが決して、単なる条文化されている表面的な手続きの話ではない、ということをリュグルソゥム家の面々やサイドゥラ青年はよく理解し、また、ル・ベリも心得たように苦虫顔で思案げな表情となるのであった。


 さて、ここで副脳蟲(ぷるきゅぴ)どもの「報告書」に記載された事実を整理してみよう。

 現代の13頭顱侯家が――選出されたのではなく、それぞれの家系としての成立の時期を、改めて並べてみよう。


○ブロイシュライト家 ―― 解放暦215年

○サウラディ家 ―― 解放暦213年

○イセンネッシャ家 ―― 盟約暦302年

○ラムゥダーイン家 ―― 盟約暦78年

○ディエスト家 ―― 盟約暦324年

○フィーズケール家 ―― 盟約暦215年

○アイゼンヘイレ家 ―― 盟約暦339年

○ナーズ=ワイネン家 ―― 盟約暦228年

○デューエラン家 ―― 盟約暦384年

○グルカヴィッラ家 ―― 盟約暦405年

○フィルフラッセ家 ―― 盟約暦378年

○マルドジェイミ家 ―― 盟約暦346年

○ティレオペリル家 ―― 盟約暦374年

○リリエ=トール家 ―― 盟約暦437年


≪【大粛清】は200年前……か、こうして見てみると、その”後”に成立した家系が確かに多いな、オーマさんの言う通り≫


≪オーマ閣下の言う通り、頭顱侯選出じゃなくて、家系として成立した年代がってのがポイントだよね。地味だけれど、盲点みたいなところだね≫


 現在が盟約暦500年代。

 『四兄弟国』の暦においては、各兄弟国の成立後、正式な【盟約】が結ばれた年を「盟約暦」の元年としており、それ以前は『解放暦』という暦が使われていた。

 現存する唯2つの高弟家であるブロイシュライト王家とサウラディ家が解放暦年代であるのは良いとして、【懲罰戦争】の前線指揮者として頭角を現した【聖戦】のラムゥダーイン家や『長女国』の武威を象徴する”最強”たるフィーズケール家(【魔剣】家)、【大粛清】自体に直接関わりのある【騙し絵】のイセンネッシャ家や【遺灰】のナーズ=ワイネン家を除き、実に、半数以上もの現頭顱侯を形成する魔導貴族家が【大粛清】より後の成立なのである。


「現頭顱侯家だけでこれだけ、ですね。今数えてきましたが、掌守伯家以下になると……【大粛清】以前から残っている家系はさらに割合が減ります。正直、驚きましたよ」


 【大粛清】を含めた「200年前」――迷宮領主(ダンジョンマスター)イノリの活動時期――に正確に何が、どのようなことが【人世】と【闇世】で起きていたのか、今の時点でわかることは限られている。

 だが、そもそもの『長女国』の建国以来の最も古い秘密を共有すべき同志達であるところの「13高弟(頭顱侯)」達はわずか2家しか残らず、2家を残して歴史の闇に消し去られている。


 その後に頭顱侯家に昇格した者達は、いずれも、【大粛清】より後に誕生した家系ばかりなのである。


「派閥の力学がどうとかで見ることもできるし、そういう側面も確かにある、とは思う。だが、極論で言ってしまうと、多分ブロイシュライト家とサウラディ家からしたら、()()()()()()()()()ってスタンスとすら言えるんじゃないのか? ――()()()()()()()()()世代から選ばれるのならば」


 ギュルトーマ家が13高弟の血脈ではない、ということはリュグルソゥム家によって改めて確認済のことであった。

 だが、それが逆説的に、彼らの特異性を明らかなものとしている。

 そして同時に、リュグルソゥム家が――ルクとミシェールの父母・兄弟姉妹・血族達が徹底的に誅滅されたことを解釈する、さらに別の視点が浮かび上がってくる。


≪……よほど、私達の一族に()()()()()()()()()()、そんな「200年前」以前の記録や記憶が、あるということですね≫


 ルクとミシェールによる「3世代4分家24名」体制に向けた家族計画は、少なくとも新たなるリュグルソゥム家の「初代」となる二人の世代において、為されるべきことは為され、ダリドとキルメが引き継ぐこととなる「二代目」以降に引き継がれた。

 だがそれは、同時に、少なくともまだしばらく数年の間は、リュグルソゥム家としては『止まり木』に蓄えられている()()()記憶と知識には、まだ、アクセスできない状態が続くということでもある。


 ――200年前を生きた、真なる始祖兄妹たるリュグルとソゥムの記憶に、である。


≪でもそれは逆に言えば、リュグルソゥム家もギュルトーマ家みたいになる、なれる可能性が、あった。そういうことだね? そして≫


≪そうなる前に摘まれた……ってことだね、サイドゥラお兄さん……≫


 ティリーエの悲しげな声が眷属心話(ファミリアテレパス)内に響く。

 それほどまでに、『長女国』においては、ミューゼの活動時期である最も古い時代か、あるいはそれに近い時期の「知識」を有しているかどうかが、絶大な影響を左右するようにできているのである。

 そもそもの話、ブロイシュライト王家が製作する『晶脈石』自体が、そういう代物であるとしか思えないではないか。


 いかに統治において王家に実権が無く頭顱侯達の【魔導会議】で国の重要政策が定められているとしても、それでもブロイシュライト王家が廃されず連綿と続いてきたのは、ただ単に「軽い神輿(みこし)」であっただけであるとは思われない。

 まさに、晶触腫(フレイクフィーラー)によって見つけ出してしまった「ブラックボックス」の中に封じ込められ、常人はおろか頭顱侯であったリュグルソゥム家でさえ通常であれば気づくことのなかった”何か”が存在している、その秘密をブロイシュライト王家の預かり知らぬところであるわけがないのである。


 ……故に、俺自身もまた、やろうと思えばジェロームを使って「起動」することはできるだろうが、断じてそれを今の時点でやることは、ない。


 古い秘密を知る者達(ブロイシュライト、サウラディ、ギュルトーマ)だけが共有する、ある種の、他の()()魔導貴族家達に対する支配の道具のような強力なシステムが内包されている可能性が非常に高いのであった。


「ま、それが何なのかまではわからないけれどもな。流石の晶触腫(フレイクフィーラー)の『科学的考察』でも、暴き出せるのはそこまでだ」


 ――肩をすくめつつ、しかし、俺は「だが」と言葉を繋げる。


 視点と分析の角度を変えてみれば、実は、まだ、わかることがあるのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
最近思うのですが、作中で一番「ドロドロ」で「ネチョネチョ」で「キシャアアァ(攻撃の叫び)」なのは、長女国という国家そのものかもしれんですね。この共食い衝動をもう抑えられない!! みたいな。
『晶脈石』の構造的仕組みを再現できるようになれば使いまわせる【魔石】作れそうな気がするけどどこまでする価値は微妙かな。 オーマが知ってはいけない「なにか」で真っ先に思い浮かぶのは精霊かな?でも外にいる…
晶脈石の中身かぁ…精霊とかかな? 絞ると魔力を出すスポンジ。圧力かけると電気を出す結晶はリアルにもありますね。圧電体ってやつ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ