0266 其の晶体(しょうたい)を明らめるは多元の深淵に迫るが如し(1)
魔導の叡智によって【闇世】から流れ込む”瘴気”――属性バランスの乱れを統御し、人間種の繁栄をもたらす【輝水晶王国】。
その「統御」という名の支配の要となる装置にして仕組みが『晶脈石』という存在を媒介とした、王国領域全体を結ぶ魔法的なネットワーク網の存在であった。『長女国』でそう呼ばれているわけではないが、これを俺達は「晶脈石ネットワーク」と呼称している。
そして、この晶脈石という存在は、【水晶鉱山】と呼ばれる秘密鉱山から切り出された鉱石が王家ブロイシュライト家が持つ独自の秘技術によって加工されることで生み出されている、非常に魔力を通しやすいとされる素材である……というのが、かつて元頭顱侯家として、侯都グルトリアス=レリアでの晶脈石管理を行っていたリュグルソゥム家が抱いたという印象である。(なお、リュグルソゥム家はその一族の独特な性質上、勢力としても規模としても頭顱侯家としては非常に小さな存在であったため、支配域なども、ほとんど掌守伯並の所領であった)
表向きは、この『晶脈石』の働きにより、かつて英雄王アイケルが【闇世】の侵攻を退けてなお湧き続ける「異界の裂け目」から流れ込む”瘴気”――その正体は異界法則の流入とその接触による人世側での自然・物理・超常等諸法則の乱れだが――を中和するための装置である、として『長女国』内で通じている。
加えて、頭顱侯家は個々の晶脈石の管理実務は掌守伯以下に任せ、少なくともこの「ミューゼが浄化した荒廃の大地」を治める正統性として、主に【闇世】の迷宮に通じる”裂け目”から溢れ出す瘴気によって捻れたる【魔獣】(要するに迷宮領主どもの眷属)の討伐をその高貴なる責務として喧伝されていた。
――だが、俺はそれが作られた虚構であるという一端に既に触れていた。
晶脈石は”瘴気”を吸い取ったり中和したりするような存在ではないのである。
表向きの説明のうち魔法使い向けには、それは魔法学の『16属性論』に基づく仕組みが説明されている。
たとえば、ある地域で【火】属性の過剰化が、火災の害や【火】属性を帯びた魔獣の出現、超常現象の発生であるならば――その地域の掌守伯は晶脈石を通して過剰な【火】属性を削減するか、または、相殺するように【水】などの属性を供給する、というもの。
……しかし、である。
果たしてそうだと言うならば、その過剰な【火】を受け入れることのできるいわば【火】属性が欠乏した領域であるだとか、相殺するための【水】属性が逆に過剰な領域というものが、そうそう都合よく存在するのであろうか?
かつて【森と泉】と呼ばれていたこの地域では、『四季一繋ぎ』と称される独自の超常的な環境変化法則が存在しており、その影響を受けた文化が広がっていた。
そしてこの地を預かったロンドール家は、その核であった【泉の貴婦人】(現ユートゥ=ルルナ)を狙い――彼女を通して、この「四季変化」をある種の災害兵器的に運用することでより強力な地位を確立しようとしていたわけである。
ならば、彼らが晶脈石の管理を任される単位である『掌守伯』であるにも関わらず、あえてナーレフに運び込まれ配置されていた晶脈石を”未起動”のまま置いていた理由も窺えるだろう。
公式には、旧ワルセィレ地域の安定のため、つまり反乱組織であった【血と涙の団】の完全な鎮圧が終わるまでは、晶脈石に対して悪影響があるかもしれない、とディエスト家には報告されていたことが代官邸に乗り込んだマクハードらの調査とハイドリィ自身の”桃割り”によって明らかになっている。
「ハイドリィもロンドール家もわかっていたんだ。『晶脈石』の本当の性質は、その本当の使われ方にあるってことをな……そこら辺、どう思う? ”元”頭顱侯として」
「まず言えるのは、うちの侯都にはこんな封印術式は存在していませんでしたね。晶脈石は、まぁ別に市井に大々的に公表しているものではありませんでしたけど……同時に、あえて隠すものでもありません。オーマ様が理解されている通り、”才有り”の魔法貴族達が”才無し”を統治しているための大義ですから」
≪まぁ、実際に『16属性論』的な各属性の均しは行われていたね……おっと、今は僕だってリュグルソゥム家の一員みたいなものだ、会話に参加してもいいだろ?≫
基本的な「均し」の流れは、次の通りである。
【指差爵】や【測瞳爵】が各地の”瘴気”や属性バランスを調査し、それを掌守伯に報告する。掌守伯からは各属性のうち、何を足して何を削る必要があるか……といった報告を頭顱侯へ送る。
そして、頭顱侯は自領内でその調整指示を行い、都市同士の属性を調整する。自領内で対応しきれない場合は現地で力付くで解決するか、または派閥内で調整する、といった具合である。
この意味では、リュグルソゥム家自身は1つの都市しか支配しておらず「掌守伯”並み”」であり続けたため、主には他の頭顱侯家と交渉していたようである――もっとも、彼らには「止まり木」を駆使した膨大な『16属性論』の魔導の知識が蓄えられていたことと、都市1つ分の領域で完結していたことから「現地対応」も十分可能だったらしいが。
「”元”ですし。オーマ様のおっしゃる通り、言わないだけで、どの頭顱侯も”嫌がらせ”は普通にやってましたよ」
≪なんなら同じ派閥内で……ね? 【破約派】とか特に酷いと思うよ、うん≫
≪そいつは全く、魔法使いの方々はとてつもなく仲が良くて結束が強いことで……≫
「一応、吸血種炙りにも使おうと思えば使ってたんだからな? ユーリル。こんな機密をバラすことになるなんて、人生、本当に何があるかわからないなぁ」
手違いで他領へ違う属性を送ったり、加減を逆転させてしまうこともあっただろう。それこそ砂糖と塩を間違えて舌を出すような、悪意を笑みの裏に貼り付けたようなノリで。
なぜなら晶脈石ネットワークというものは、ルクらの話を総合する限り、ネットワークシステムになってはいるものの「中枢司令塔」が機能していない。何の属性をどれだけ送るかは、実質的にそれぞれの頭顱侯の裁量に依存しているのだから、むしろやらない方が損である。
≪ふふ……父様と母様は、だいぶお行儀がよかったとはお伝えしておきます。我が君≫
「この状況そのものこそが、御方様曰く、王権がほとんど名目化している、ということですな?」
「ディエスト家は【継戦】派の首領だ。戦いで忙しい【魔剣】家や【聖戦】家に代わって、そういう政治的な駆け引きや謀略合戦の司令塔を担っていたんだとすると、ロンドール家もその片棒を担いできたはず」
故に、彼らにはその知識と発想があった。
そして、赴任した旧ワルセィレ地域において”使える”災厄を見出したのだ。
≪なるほど、主殿。だとすれば、あの「長き冬の災厄」もまた、奴らの実験だったというわけか≫
その側面を否定することはできないだろう。
そのような「実験」を野心をもって実行していたのならば、とてもとても晶脈石など「起動」できるわけがない。加えて、まさにそれはこれから可能な範囲で調査することであるが――もしも例えば晶脈石が監視装置のような役割も持っているとすれば、なおさらロンドール家にとっては「悪影響」を盾に封印しておくのが理にかなっている。
……そしてそこにダメ押しの如く、とても16属性論に収まる技術であるとは到底思えない【重封】の術式である。
ギュルトーマ家自体は公式にはディエスト家に屈服して従属させられたことになっているので、その意味では、彼らの技術がディエスト家に取り込まれていたこともおかしなことではないのだが。
「ルクよ、ロンドール家とギュルトーマ家は対立している、と聞いていた気がするのだが?」
≪まぁ、よくある話ですね、ル・ベリさん。対立している、という側面があっただけかもしれません。この状況を見るに≫
≪クレオンの”封印”もまた、ハイドリィがギュルトーマ家に依頼したものだった。利用し合ってはいたのだろうな≫
――ならば、それは誰の思惑と利害によるものであろうか。
ディエスト家の指示によるものであったのか?
それとも、ロンドール家による要請であったのだろうか?
はたまた、ギュルトーマ家自身の判断か――それとも?
「如何せん、関わってきた連中が多すぎましたからな。【騙し絵】家に、【冬嵐】家と……その後背の【四元素】家、でしたか」
「そこら辺が無かったなら、ディエスト家内での奇妙な主導権争いみたいなものという線が主かな、とは思っていましたが……」
ただしここで大事なのは、晶脈石自体は「未起動」である、ということであった。
リュグルソゥム家といえども、最初から「未起動」の晶脈石を渡されたのではなく、当時の主家であった頭顱侯家から引き渡された際は既に起動状態であったらしい。
故に、今俺達が直面しているのは晶脈石という『長女国』の文字通り鍵となる物体の、その「未起動」状態――限りなく裏で繋がっている表にされていない仕組みが途絶えている――における性質如何によっては、さらにギュルトーマ家やデューエラン家、サウラディ家などの思惑もさらに測ることができる好機でもあったのだ。
斯くして、代官邸における「引き継ぎ」も完了し、邪魔者をあらかた排除するか手懐けて確保した後に、まずやらなければならないこととして晶脈石の調査から手をつけたわけである。
≪封じたままにしておくことはしないのか? 主殿。”監視装置”の可能性もあるのだろう?≫
「ジェロームの目付役どもは排除しましたが……ディエスト家は、私達が彼をどうするのかを観察しています。彼らにとっては最悪は捨て石であっても、どう捨てられるのか、それを見て対応を決めてくるはずです」
「ルクが言った通りだ。ナーレフを新たに掌握した『何者か』に対して、俺なら『晶脈石の起動』はカードにするだろうな。それがこの国での最低限の”正統性”だからだ。それができないなら、いくら俺達とこの都市を放置したいディエスト家でも、危険視の度合いを強めなければならなくなる」
≪だったら、起動するのか? オーマさん≫
その塩梅をどうするのかという政治的な判断も含めた「性質調査」というわけである。
ギュルトーマ家による【重封】の意味が、例えば他家からの遠隔起動のようなものを防ぐためであれば、可能な限り封印の解除は遅らせるという判断も有り得た。(あくまで封印の解除であって「起動」自体はしないが)
だが、仮にそうであるならば、そもそも「見えなく」する理由は薄いと思われたのだ。
リュグルソゥム家の旧侯都グルトリアス=レリアにおいて、興味深い報告があったからである。追加的な潜入調査を行っていたアーリュス・ティリーエら曰く「晶脈石の存在が消えた」というのである。
これは当初物理的な意味であると思われていたが、ナーレフにおける晶脈石の【重封】状況と合わせて考えると話が違って見えてくる。
「――私達の故郷グルトリアス=レリアでも【重封】が行われて晶脈石が隠されたのだとしたら、ギュルトーマ家の思惑が測りかねるところです。ナーレフもそうですが”ある”のは、」
≪魔法貴族家に生まれた者なら、子供だって知っている話なのですから≫
都市のどこかには必ず「ある」ことが前提である物体を、その所在を【闇世】の世界法則に食い込む迷宮領主の権能においてすら”見えなく”させるというのは、逆説的だが、外側から干渉できないようにするための「鍵」であると思われたからだ。
そして、リュグルソゥム家の『止まり木』に伝えられる記憶においても、監視装置であることまで否定する材料は無かったが……少なくともその晶脈石を支配する頭顱侯の意志を超えて、例えば王家や派閥の長たる頭顱侯達によって遠隔操作される、ということは無かったと議論は結論付けられている。
「派閥」現象は政治的な運動の結果であり、頭顱侯としての権限という意味では、あくまでも晶脈石の操作は対等のものなのである。
まぁ、一方的に送りつけられる「過剰な属性」という嫌がらせはなかなか拒否ができず、やり返すか、更なる交渉材料とはなるようであるが。
この意味において、俺は晶脈石そのものは「未起動」であるまま、封印を解除して調査をするというリスクを取った。ギュルトーマ家のみがその関係者に【重封】を施していることから、それは本来の『長女国』における標準的な「晶脈石配置マニュアル」の一部であるとは言えない。
他の頭顱侯家から隠したい理由があり、他家からの侵入などを防ぐための隠蔽が封印の目的であるならば、それそのものは、俺が解除しても大きな問題はないと言える。
≪別の【封印】作っちゃうつもりですしね~オーマ様は!≫
≪例の「土中魔法陣」って奴だよね。エイリアン達の何が強烈かって、その用途に特化してるってところだから……同じ発想は私達としてもあるけれど、オーマ様の眷属達ほど効率的かつ大規模にはできないからなぁ≫
であるから、新代官を連れてきたわけであった。
そして――。
――まるで、最初からそんな圧力も重苦しさも存在しなかったかのように。
如何なる超常の為せる技であるか。
幾何と計算・測定と投影から成り立っている『長女国』の魔法陣思想とは根底から異なる、【重封】の魔法”紋”の刻印達は、ジェロームが晶脈石の安置所への扉を開けたその瞬間、まるで彼の全身の血管という血管を走査。「うぐっ!?」という情けないうめき声と共に、さながら指紋ならぬ血管紋によって判定したかのように一瞬だけ全身の神経網に電流を流したかのように青白い魔素の煌めきを発光させ――。
そして跡形もなく霧消してしまったのであった。
……こうなる可能性も予期していなかったわけではない。
地中や代官邸に構築しつつある秘密の部屋に仕込んだ次元拡張茸経由で待機させていた、各属性対応の超覚腫達に感知を試させたところ……わずかではあったが【崩壊】属性が含まれる複合属性であることが、わかったのであった。なお、この点は隣でいくつかの術式を展開していたルクも同じ結論のようである。
だが、それまで。
【重封】の魔法紋がもたらしていた重苦しい圧迫的な空気は消え去り、振り返れば階段をびっしりと覆い尽くしていた文様は全て消え去り、単なる人工的な地下室の静寂さとひんやりと冷えた空気が淀んでいるだけであった。
「……ご苦労さまでした、ジェローム閣下。驚きも多く、またお疲れも深く――知ってはならない知識の片鱗をダース単位で耳に詰め込まれたかとは思いますが、まぁ、運命だ。命は取らずに抱き込んでやるから、ここから先もこの俺の”共犯”になってもらおう」
リュグルソゥム家の記憶を引き継ぐルクの様子を見ても、もはや違和感は感じず、ただの「晶脈石の安置所」という印象しか受けない、との言であった。
――ここから先は、秘密兵器の登場である。
***
触肢茸、骨刃茸などを中心とした多数のエイリアン共生体にして、この俺の座台兼鎧兼【人世】での護衛であるレクティカが、その体内に繋げていた【矮小化】技能適用の小型の次元拡張茸を吐き出す。
さらに、そのほとんど俺にとって専用の「四次元ポケット」扱いの小型次元拡張茸が運んできた「次元」から吐き出されたのは――結晶の塊に触手と肉襞を巻き付け、いや、巻き付けすぎて砕けた結晶がそれぞれの触手や肉襞に刺さって食い込んでごちゃりと一体化したかのような。
無数の”目”とも”耳”とも”鼻”ともつかぬ器官に覆われたる不定形の貌を持つエイリアン系統超覚腫。
――の亜種。
【生晶】・【空間】属性適応・【重力】属性適応の3因子によって、この調査のために育成した特別な個体、名付けて『晶触腫』である。
そしてこの『晶触腫』は、古参でそれなりの位階にまで育っていた労役蟲を進化させた個体であり、上記の超覚腫技能テーブルのうち、【熱動感知】や【青色透視】、【放射透視】、【電流感知】に【磁性感知】、【化学感知】に加えて【振動感知】、【波動感知】、【流体感知】までという、まさに物理化学的感知能力の”全部載せ”を行った、まさに「結晶」構造を持った物体を調査することに完全に特化させた個体なのだ。
――それもこれも賢者蟲アンによるこの俺への提案であった。
「なんと!? ウーヌス殿ではないのですか!?」
≪きゅぴぃ? ル・ベリさんがこの僕を信頼してくれているさん? きゅほほほ、やはりお姫として威厳がカリスマきゅぴティックきゅぴねぇ、きゅほほほ≫
ル・ベリが驚くのも無理はない……かもしれない? まぁいいか。
副脳蟲どものうち、大抵、俺の”記憶”からあれやこれやを読み取ってこのような「やらかし」や「やりすぎ」を実行するのはウーヌスと相場が決まっているのである。
……のだが。
≪ま、造物主様の頭痛さん係数の……増大を確認したよ……? ど、どうしたの造物主様……!≫
≪食あたり~?≫
≪あははは! あ、これは思い出し頭痛ってやつだ、僕は詳しいんだあははは!≫
――記憶が呼び覚まされる。
≪造物主様! 造物主様! この晶触腫ちゃんはね、なんとなんと結晶さんの内部まで非侵襲的に情報をぶっこ抜くためだけに僕達でうんと最適化した、いわば超・超・超特化型の結晶解析超覚腫ちゃんなんだよ! 技能テーブルさんの”全部のせ”を駆使してフォノンモード検出! 多波長ラマン擬似分光! 近赤外反射率マッピング! 局所誘起位相トモグラフィ! さんを全部できちゃうんだよ! え? そんなの聞いたことも見たこともなくてわけわからない? 大丈夫、なんかそこら辺は僕達の方でうまく魔法的に超常的に認識的にやっちゃうから! 大事なのは晶触腫ちゃんは、いわば触れた瞬間に格子振動スペクトルさんを取得してリアルタイムでフーリエ変換して結晶が“いつ何度の温度帯で育ってどう歪んだか”を逆算できちゃうってことなんだよ! もう触ってるだけで、顕微鏡・分光器・無接触材料試験機が全部同時に動いてる状態みたいな感じだよ! しかもそれだけじゃないんだ、表面から内側へ向かう波動応答の位相遅延を解析して内部の包有物・クラック・格子欠陥を三次元再構成するようにして、ええっと、簡単にいうと『切ってないのにスライスした断面図が手に入る』みたいな感じにこの僕の賢者蟲の能力を駆使しちゃってデータ取っちゃうよ! 偏光依存性も取って複屈折のゆらぎで内部の応力場まで読んじゃうから物理的にも魔法的にも一切傷つけないから、造物主様からのオーダーはばっちり守れてます! 納期大事! 締め切りおあハラ切ゅぴ! さらにさらにさらに! 結晶表面の微細構造をAFMみたいになでちゃうだけで、加工痕の方向性・粗さ・研磨工程の差まで割り出せるからぁ! どんな切り出し工具を使ったかまでおまけで逆算できちゃうんだ、これで『長女国』さんのブロイシュライト王家さんの秘密とか技術力とかも丸裸にできちゃうんだよ! そしてね! 格子中の微量元素の偏在を読み取るために晶触腫ちゃんには擬似蛍光励起モードみたいなことをできるように教え込んだから! 外部励起なしで元素分布の傾向が取れるって言ったら造物主様びっくらたまげるはずだし、なんとそこから成長環境・流体組成・熱水作用の痕跡まで全部抽出可能だというのが僕の読みだから、えっと簡単に言うとね、その結晶さんがどんな地質環境で育ってきたのか、魔法なしで逆算できるって寸法なんだよ! まだあるよ! 仕上げに日常環境の振動ノイズを拾って共鳴応答だけ抽出する超高インピーダンス受動感覚系っぽいものまで入れちゃったから固有振動数のズレから応力蓄積・内部欠陥・熱履歴の異常点を特定できちゃう可能性が高いんだよ! 触ってるだけで全身健康診断できちゃう僕の最高傑作な晶触腫ちゃんは――まさに完全非侵襲・多層波長・高分解能結晶でフォレンジックさんな特注品なんだよ! ぜぇ……ぜぇ……たすけて……ウーノ……呼吸ができない……≫
まず、一言だけ言わせてほしい。
――こんな知識も記憶も、俺は持っていない。
もう一度言う。
俺はこの世界にとっての【客人】であり、この世界とは異なる発展をした科学技術に支えられた文明で生き、育ち、過ごしてきた、そういう意味での知識はある。
だが、俺の専攻は教育学・心理学・政治学系であって――まぁ、文系だ。ラマン分光やらフーリエ変換などという用語は、寡聞にして今アンから初めて聞かされた有り様であり……だからこそ、俺は、あの場でも反射的に言ったが、改めて副脳蟲どもにこう問うのである。
お前ら、なんでそんなこと知ってんだよ、と。
明らかに俺の知識にも記憶にも無い「現代知識」持ってんじゃねえか、と。
……正直、たまに本当に自分が聞いたことがあるのか怪しい「美味しい料理」の記憶できゅぴきゅぴわいわいされるぐらいであれば、スルーすることはできていた。ひょっとしたら、深層記憶だかなんだか、テレビなりインターネット媒体なりで一瞬だけ見聞きしてそのまま忘れてしまったような、そういう変なものを拾い上げているだけだろう、とまだ思うことはできたのだ。
だが、これは流石にアウトだろう。
なぁ、ウーヌス、アン、アインス、ウーノ、イェーデン、モノ。
お前らは一体全体、誰なんだ? 何者なんだ?
――俺の「分身」なんだよな? 俺は、そう認識しているはずなんだが。
だがまぁ、しかし、半ば諦めとともに俺が予測していた通りに、ウーヌス達は、
≪きゅぴぃ?≫
≪きゅぴぴぃ?≫
と、小動物を気取ったかのようなつぶらな瞳(比喩)で俺を見つめてくるかのように、軽く首を傾げ(比喩)、唐突にぼくもわたしも何も知りませんよ? アピールをしてくるのであった。
それはある意味で、無視されたり、露骨にスルーされたり、否定されたり、誤魔化されたりするよりも遥かに雄弁なる「とぼけ」であった。
まるで、今はまだそこには踏み込むな、とでも無言で諭してくるかのように。
……だが、まぁ便利なものは便利であることに違いはない。
少なくとも、この俺が求めていた「未起動の晶脈石」を確保しているというアドバンテージを最大限に生かすことができる、現状で最も有効な亜種に仕上がっている(アンの主張によれば)のである。
なぜなら、例えばリュグルソゥム家などに魔法的に調査させることもできるだろうが――元頭顱侯家であるルク達にとって、晶脈石とは「起動」した状態でこそ扱い慣れたものであった。そして、その用途と機能を考えれば、たとえ未起動であったとしても、魔法的な刺激を与えることは危険であると考えるべきであろう。
だから、俺はこの俺の【エイリアン使い】としての能力をここでも全面的に活用することにした。
元から超覚腫に、そうした「科学的」な、おそらくこの俺の前の世界での認識に影響を受けているであろう数々の技能が生えていた――ということはわかっていた。わかっていたのだが、それをここまで活用できる、という発想や知識というものはこの俺にはあり得ないことであったのだ。
――だが、副脳蟲としての新たなる世代に進化した副脳蟲どもは、それぞれがその「個性」と「性格」を従前以上にさらに先鋭化させているようにも見受けられ、そして感じ取れた。彼らがこの俺の”分身”である、という認識自体は一切揺らがないのだが、それでもこのような疑問を感じる程度には、である。
ともあれ、副脳蟲どもはこの俺からの「科学的な方法で」晶脈石に対する可能な限りの「非破壊」かつ「魔法抑制」的な検査をしろという指令を忠実に守り(口ぶりからすると賢者蟲アンが主導したと思われる)、俺からすれば「誰がここまでやれと言った」な謎に洗練された謎しかない謎の生体装置としての亜種『晶触腫』がここに爆誕してしまった、というわけなのであった。
まぁ、存分に活用させてもらうつもりだが。
だって、そうだろ?
この俺が真に真剣に調査したい「結晶体」が、他にあるじゃないか。
この俺が、この世界に呼び込まれ、迷宮領主となるに至ったそのそもそもの原因、あるいは導線となった装置である可能性の高い「結晶体」が。
――今はこの心臓と完全に融合してしまっているため、簡単には取り出せないが……だが、もしも今後迷宮領主として活動していけば新たに他に手に入る可能性のある、そんな迷宮核が。





