0025 胎(はら)の内に育むもの
"臓器"林、だなどと洒落たことを言うつもりはなかったが、基数を増やしたエイリアン=ファンガルが部屋の央に林立する様は、生理的な意味でも本能的な意味でも背筋を震わせる有様である。
元は迷宮核が安置されていたこの広間のような空洞が、司令室としては仮のものでしかなく、ゆくゆくは『生産拠点』となっていくことを考えているのは、今俺の目の前に並ぶファンガルの存在があるからに他ならない。
『揺卵嚢』は稼働中のものが5基。
労役蟲から新たに"胞化"させている最中の「エイリアン肉繭」状態のものが5基。
そして、『因子:命素適応』によって『揺卵嚢』からさらに"胞化"した存在である『代胎嚢』が1基。
その姿は、肉のシャンパングラスを思わせる形状であった揺卵嚢から二周りばかり肥大化した大きさである。揺卵嚢が、幼蟲卵を産み出し、そしてそれを幼蟲へと孵すことにその全霊を注ぐために、生物としての様々な無駄を削ぎ落としてそのようなスリムな形態を取っているのだとすれば――一転して代胎嚢は無駄に肥大化し、無駄に巨大化している印象さえ受ける。
その「杯」の部分は膨張した肉の襞が玉ねぎのように何重にも折り重なり、さながら肉だけで作った肉まんのようであるか、米が盛られる部分までをも肉塊で代用した邪悪なローストビーフ丼のような見た目であった。
"胞化"する以前の姿である揺卵嚢と同じく、青き魔素と白き命素を吸入せんと、無数の肉の根が地を這っている。どうやら、これがエイリアン=ファンガルとしての共通の特徴であるようだ。
ただし、代胎嚢特有の器官として、ちょうどイカの肢の中には特別な形状を持った触腕が混じっているのと同じく、他の肉の根とは明らかに役割が異なる"触肢"が4つ存在していた。この4本の触肢はその先端がラグビーボール大に膨らんでいたが、なんとその1つ1つには先端に口がついていたのである。
俺の目の前で、1体の労役蟲が"何かの肉"の山と、【凝固液】を利用して作られた簡素な「器」によって"水"を運んでくる。そしてそれに気づいた代胎嚢が「食肢」で労役蟲に触れ、何かエイリアン同士の交流をするや、労役蟲が鋏脚で器用に"何かの肉"や水を「食肢」の口の部分まで運んで、飲み食いさせ始めるのだった。
魔素、命素以外に初めて、能動的に「水」と「食料」を要するエイリアンである。
だが、これは代胎嚢にとっては、その特殊な能力を発揮するための準備であり、言わば必要経費。ただ単に維持するだけならば、代胎嚢自身は他のエイリアンと同じく、魔素と命素のみで維持が可能である。
――逆に言えば水と肉、すなわちタンパク質を必要とするのは、エイリアン以外の生物。
今度は労役蟲が3体がかりで、戦線獣のデルタに護衛されながら運んできたもの。
それは、【凝固液】によって手足を固められ、騒がないように布を噛まされた生きた小醜鬼であった。体躯は小さく、幼体であることがわかる。
ル・ベリによって、幻覚作用があり小醜鬼の祭司が瞑想に使う『夜啼草』の粉末を利用したものによって眠らされている。
――成体の小醜鬼ではなく、幼体である必要があったのだ。
そのため、鍾乳洞まで運んできた小醜鬼の捕虜達から検証用に見繕わせた1体だった。
「よし。放り込め」
俺の命令に従い、デルタが労役蟲達から小醜鬼を受け取り、その暴力的なまでに太い豪腕で片手に担いで、代胎嚢の「杯」の頂きへと掲げる。
すると代胎嚢は、一斉にその肉の襞を波打たせつつ、まるで大型の食虫植物が口を開けるかのようにその頂きを大きく広げたのであった。子豚程度ならそのまま一呑みにできそうである。中からは、揺卵嚢時代と同じような、周囲の魔素と命素に反応して明滅する、うねうねと蠢く繊毛が幾本も伸びており――その豪快な口の開き方とは裏腹に、まるで何人もの産婆が一斉に手を差し伸べて赤子を受け取るかのように、うやうやしくデルタから小醜鬼の幼体を受け取った。
そして、まるで子供を胸の中にかき抱く慈母の腕のように、ゆっくりと広げた肉襞を元に閉じていき――その腸の内側へ、小醜鬼を収納してしまったのであった。
無論、取って食うだとか消化してしまう、というわけではない。
俺は、小醜鬼を"収納"してしまった状態の代胎嚢に【情報閲覧】をそのまま発動した。
【基本情報】
種族:エイリアン=ファンガル
系統:代胎嚢
位階:7
技能点:4点
【コスト】
・生成魔素: 820
・生成命素:1,150
・維持魔素: 155
・維持命素: 220
【技能一覧】~詳細表示
【存在昇格】
・胞化:加冠嚢(因子:命素適応、魔素適応)
【設定】
・処理モード :<養育>・保鮮
・栄養比率 :100%(消費魔素・命素0倍)
・処理倍率 :1.0倍(消費魔素・命素1.0倍)
・現在格納物 :[種族:小醜鬼]
・推定養育時間:約30日(718時間24分56秒)
俺にとっては初の第3世代のエイリアン=ファンガルだったが、そのコストは揺卵嚢からの胞化で、魔素520、命素890単位にも及んだ。胞化完了までの時間こそ、揺卵嚢の30時間に対して45時間だったが、維持コストといい相応に重い。
代胎嚢1基で、労役蟲30体分もの命素を食うのである。
ファンガルが走狗蟲の系列よりも全体的にコストが重いのは"施設"の役割を果たしているから、という面もあるだろうが――現在の俺の"迷宮経済"では軽々には増産できない。未だ、魔素と命素の"流量"の限界には達していなかったが、下手に増産をしすぎて、全てが停電するかのように魔素・命素が枯渇することは避けたかった。
ただし、その能力は相応のものである。
俺は【眷属技能点付与】と【情報閲覧】が"技能連携"したことにより、今まで見ることができていなかった「エイリアン」の技能テーブルを見ることができるようになった。それにより、初期でそのエイリアン自身が既に"点振り"されて取得している技能以外の技能も見れるようになった。
その特徴は、エイリアン達には『職業』が無い代わりに、『系統』ごとに小技能テーブルがあるということ。エイリアンとしての共通の『種族技能』テーブルと、因子を取り込んで個々に別の役割を求められて分岐した『系統技能』テーブルの2つにより、その特徴が表現される形となっていた。
『エイリアン』や『エイリアン=ファンガル』そのものに関するビルド考察は後に回すとして――代胎嚢については、一言で言えば、揺卵嚢の「他生物版+α」であった。
技能名を読み解く限り――そして代胎嚢から直接聞く限り、このエイリアン=ファンガルは4つの能力を持っている。
【幼生孵育】により、他生物の"幼体"を"成体"まで成長させること。
【卵生代胎】により、他生物の"卵"を"代理出産"すること。
【母胎保護】により、他生物の"卵"をその母胎ごと取り込んで保護すること。
【臓器保護】により、他生物の"臓器"を維持・保護すること。
それが、俺がたった今、検証のために小醜鬼の"幼体"を放り込んだ理由であった。幸か不幸か、妊娠した雌の小醜鬼は捕虜の中にはいなかったため【卵生代胎】と【母胎保護】の検証は後回しとせざるを得ない。
しかし、ステータス画面の『設定』の項目を見る限り、ル・ベリに聞くところ通常は2~3年かけて成体に成長する小醜鬼をわずか1ヶ月足らずで「成体」と化してしまうというのは、"畜産"という意味では恐ろしい機能であった。しかもそれは「倍率」が1.0倍の場合であり、魔素と命素の消費を増やせば、この時間はもう少し短縮できるのである。
ただし、魔素と命素の他に「栄養」として水分と「取り込んだ生物の主食」が必要であり――それを取り込むための『食肢』というわけであった。「栄養」に関しては、魔素と命素によってある程度は代替できるようだが、全てをそうすることはできないようである。
この辺りはどうも『種族技能』の方の【高速吸入】系の2技能と連動しているようであり、現在の俺では「栄養100%」から最大でも「栄養80%」までしか設定を変更することができず、しかも20%分を魔素・命素で栄養に代替しようとしただけで、なんと代胎嚢もう1基分もの維持コストが求められた。
とても、迷宮経済の限界もまだ把握できていない現状で、本格的に運用できるものではないだろう。それでも、魔素と命素さえ安定して大量供給できる見込みが立てば、例えば小醜鬼はともかく、亥象を始めとした『最果ての島』の鳥獣だって増産することができる。
"飼料"の供給体制を整えることが前提であるので、やるとしても、最低でも『最果ての島』を掌握して、島の全域にエイリアン達を堂々と配置させることができるようになった後だろう。そう考えて俺は興奮が少し醒めたが、それでも、代胎嚢の活用法に思いを馳せ続ける。
【闇世】の"大陸"と、そして【人世】の側の社会経済がどの程度であるかにもよるが、「孵育」する生物によっては多大な金策手段になりえるからであった。
家禽や家畜の如く珍しい生物を成長させて売る、というごくごく単純な牧畜をするだけでも、安定した利益を得られるだろう。俺がどのような自分の勢力を築いていくかにもよるが――もし、そうした迷宮経済ではない経済力に頼るのであれば、代胎嚢の存在は「魔素・命素・時間」に次ぐ新たなる資源を俺に与えてくれる"施設"に他ならない。
ただし、それは魔素・命素をエイリアンに注ぐこととの交換である。
迷宮領主の本分は、護り、侵入し、戦うこと。そのための独立したシステムのリソースとして魔素と命素は第一に活用されるものであることを忘れてはならない。
それでも、言い換えれば、両立できるだけの魔素と命素の供給が確保されれば――単に迷宮に留まらない勢力を築けるかもしれない、ということであるが。
「まぁ、現状じゃまだまだ金食い虫か……それに、代胎嚢だって1体の生きている生物なんだ。失敗もあるし、経験を積み重ねて熟練していくものでもある――そうだろう?」
俺を冷静にさせる要因がもう1つあった。
それがこの"会話"である。
小醜鬼を取り込んだ代胎嚢の蠕動する肉襞に触れながら、俺は彼に語りかけながら――【眷属心話】を発動していた。俺と代胎嚢の間にできた、迷宮領主と眷属を繋ぐ、意識のリンクのようなものを通して、例えるならば"色と振動のついた波紋"のような感覚の波が逆流してくる。
それは、文献などで説明されるような「共感覚」に近かった。代胎嚢やその他アルファ達"名付き"を含むエイリアン達と【眷属心話】でやり取りした時も同じように、「色が聞こえ」「模様がにおう」ようであり「音が触れる」ような奇妙な波紋であったのだ。
当初、それが「異星生物」という俺とは全く原理の異なる生命体の"意識"と繋がってしまったから発生したバグのようなものだ、という風に俺は考え、それで捨て置いてしまった。単に俺から、アルファ以下の識別できる存在である"名付き"達に一方的に、俺の指示を伝えるためにしか【眷属心話】を使わないでいたのだ。
だが、ル・ベリがアルファ達との連携を成功させたことで、考えを改めた。
――言うなれば、この"色が聞こえる波紋"のような交信とは、すなわちエイリアン語なのである。
そう理解し、そして"認識"した時。
技能【眷属心話付与】と【言語理解:強】がシステム通知音と共に"技能連携"して、俺は、何となくではあるが、俺の眷属たるエイリアン達が「眷属心話」を通して俺に伝えようとする何かが、ほんの少しであるが、わかるようになったのであった。そこから俺の「エイリアン語習得」の挑戦が始まり、今に至る。
そんな俺が代胎嚢に、その能力に期待してあれこれ質問を【眷属心話】を通して浴びせ続けて、彼が俺に反応を返して曰く。
代胎嚢は自分自身が「どんな役割を望まれて」誕生したかを"本能"的に理解しているからこそ、その「役割」を果たすにはムラがある、というような感情を俺に伝えてきたのだった。
……確かに、何もしなくとも生物の幼体をただ放り込むだけで、その完全な成体を得たり、妊娠した母体を放り込むだけでその幼体を安全に得ることがどんな生物でもできる――というのは、少し便利すぎる、と俺は考え直したのだった。
もし代胎嚢が最初からそうであるならば、そもそも先に確認した4つの技能がわざわざ技能点を振って成長させる必要のあるものとはならない。技能点を振らなければ、逆に一定の"失敗率"のようなものがあるのではないか。
そう考えると、生物の種族によって、あるいは年齢や状態その他の条件が「成功」のためには、色々な変数があるのかもしれない。
技能は超常の力である。
しかしその目的は「何でもできるようにさせる」ということではなく、むしろその技能をより多く使うように「生き方を誘導する」ものである可能性がある、と俺は考えていた。それが俺の眷属達にも適用されているとするならば――代胎嚢を数だけそろえれば、すぐにでも「牧場」を作り出せるとは、考えない方が安全だった。
「だが、検証しようにも"魔素"と"命素"を消費しなければならない。やっぱり、本格的な運用はまだまだ先、お預けというところかな。ただ、細々とでも検証自体は続けた方がいいか……」
ならば、計画変更である。
代胎嚢の数をそろえることは一旦保留とし、俺はより直接的な俺自身の【エイリアン使い】としての権能――『因子』と進化における、新たな成果と戦果に意識を移した。
***
「ここから先は……やっぱり【因子の注入:多重】が必要か」
目覚めたル・ベリを小醜鬼達の監督に向かわせた後、俺は2氏族競食後の"戦果"を再確認しながら、人差し指で自分のこめかみをぐりぐりと突いていた。レレー氏族、ムウド氏族から回収した物資から新たな因子が手に入り、さらに、いくつかの因子が新しく解析完了できていた。
その結果は次の通りである。
【因子解析状況】
・解析完了済
強筋、葉緑、魔素適応、命素適応、拡腔、酸蝕、垂露
・解析完了(NEW!!!):伸縮筋、水和、猛毒
・肥大脳:19.5% ← UP!!!
・瞬発筋:7.7% ← NEW!!!
・硬殻:73%
・鋭利:2.7% ← NEW!!!
・豊毳:3.4% ← NEW!!!
・重骨:20% ← UP!!!
・軽骨:5.7% ← NEW!!!
・血統:20.2% ← UP!!!
・擬装:7.1% ← UP!!!
・共生:42% ← NEW!!!
・隠形:23.6% ← NEW!!!
・空棲:36% ← UP!!!
・水棲:51% ← UP!!!
・土棲:66%
・噴霧:12%
・粘腺:37.3% ← UP!!!
・汽泉:5%
・生晶:2.1%
・酒精:91% ← UP!!!
・紋光:5%
・強機動:2.5% ← NEW!!!
・水穣:18.2% ← UP!!!
・風属性:5.8%
ル・ベリより。
獲得したのは『因子:肥大脳』、『因子:血統』、『因子:伸縮筋』、『因子:擬装』。
まさかル・ベリを走狗蟲達に食わせるわけにはいかないので、起きたところを俺が直接【因子の解析】を発動した。『肥大脳』は予想通りであり、『血統』についても彼の母リーデロットが「貴種」の可能性があったため納得できるし、『擬装』についても彼の称号を考えれば当然というところ。
そして『伸縮筋』が獲得できてしまったのは、まさかとは思ったがさすがに俺も驚いた――今後、もしまた『因子』解析率が1足りない状態であった際に、ル・ベリに「脱皮リセット」をさせることを真面目に考慮するべきだろうか? ……いや、本人のせっかくの鍛錬や戦闘経験などが狂うかもしれないので、よほど切羽詰まるでもない限りは止めておこう。
命名、『三叉鉾角山羊』より。
獲得したのは『因子:瞬発筋』、『因子:強機動』。
"帰らずの丘"として小醜鬼達があまり寄り付かなかった、丘陵地帯や、北の入り江以外では絶壁を形成する海岸部に生息する、山羊のような草食動物である。おそらくは葉隠れ狼から逃れてそこに棲息するようになったのだろう。
ただし絶壁にへばりつくように移動する生態とは裏腹に、追い詰められた際の敏捷性や瞬発力は跳ね馬のように過激であり、ジャンプ力だけならば最果ての島で最も優れた野生動物であるらしい。まるで三叉の鉾のような3ツ角を頭部に生やしており、その跳躍力と瞬発的な突進と合わさると、狩る側が手痛い深手を負うこともある、というのがル・ベリからの知識。
レレー氏族の集落に、彼らが海辺に追いやられたフルフル氏族から奪ったか貢納されたらしい死骸の毛皮と頭骨があり、そこから解析をすることができた。
命名、『血吸カワセミ』より。
獲得したのは『因子:鋭利』、『因子:強機動』。
どこからともなく、2氏族の遺骸の元に現れてその血を吸っていた小鳥。
最初はでかい蜂の類かとも思われたが、その鋭利な嘴で弱った生物を傷つけ、集団で血を吸うことで衰えさせることもあるらしい。なお、血に染まっておらずとも血のように真っ赤な羽をしており、水辺に潜んで水草を使った巣を作る生態であり、飛ぶ時は獲物を発見した時のみであるとか。
見つけ方のコツさえわかれば走狗蟲達によって次々と「解析」されるのに時間はかからなさそうである。
命名、『綿毛スズメ』より。
獲得したのは『因子:豊毳』、『因子:軽骨』。
血吸カワセミよりも小さく、おそらくこの最果ての島でも最小ではないかと思われる小鳥。
その全身にまるでたんぽぽの綿毛を密集させた、綿ぼこりの塊のような毛玉状の羽で、風に流され飛ばされるままに飛んでいく。
当初は、まさにデカいたんぽぽの仲間か何かの植物の種だと誤解したが、ぴーぴー鳴いたため鳥であると気づいた。
『夜啼花(夜啼草)』、『剃刀草』より。
獲得したのは『因子:共生』。
共生関係にある2種の草で、それぞれからは『因子:酒精』と『因子:猛毒』が取れている。
だが、これは全くの偶然だったのだが、俺の"直接"解析用にゼータがこの2種を共生した状態で土ごと丸ごと回収してきてくれたものに対して、雑に【因子の解析】を発動した結果、新たに因子が得られたのである。
それは、異なる種がそれぞれの特質を補い合うように進化し、そして互いを互いの"器官"のように不可欠・不可分のものとする生態を形成するイメージとして、新たに俺の中に現象として定義されたのだった。
『葉隠れ狼』より。
獲得したのは『因子:隠形』。
他の生物を狩る肉食獣として、彼我の実力差に非常に敏感であるのか、走狗蟲には絶対に仕掛けようとしてこず、なかなか姿を見つけることができなかった、小醜鬼の天敵。
レレー氏族で毛皮が手に入り、それでようやく『因子』が抽出できる生物だとわかった。
同じように戦利品として手に入った、根喰い熊の牙の装飾品から『因子:重骨』の解析も進んでいるが、2氏族を狩ったことで少なくともこの縄張りでは、今後は積極的に走狗蟲達に"狩り"をさせてもよいと俺は考えている。
植物や菌類、小動物由来の『因子』に加えて、急ピッチで中型・大型の生物由来の『因子』も揃えていきたい。「9氏族」に対しては、現在の俺の計画では"準備"に少々時間をかけなければならないことと、揺卵嚢の数が揃ったため、走狗蟲が多少、肉食獣と戦って損耗する可能性は許容できるようになったということも大きい。
そして、これら新たに得た因子によって、さらに拡がった俺のエイリアン達の『系統樹』は次の通りとなった。
『因子:水和』により『浸潤嚢』。
『因子:伸縮筋』により『螺旋獣』。
そして解析未完了ではあるが、『因子:隠形』により『隠身蛇』。
同じく、『因子:共生』により『触肢茸』。
そして、以前から進化に必要な因子自体は揃っていた『加冠嚢』。
まだ大丈夫……と考えていたが、予想よりも早く"複数の因子"が必要な進化先や胞化先が増えてきていた。
系統樹の傾向を見るに必要な因子の"数"が1つで済むのは、おそらく「第2世代」か「第3世代」の一部までだろう。それ以降は、2つや場合によっては3つが当たり前である、と考えて俺は唸った。
ダメ元でデルタに『進化:螺旋獣』を命じながら【因子の注入】を諳んじてみたが――どうしても、一度に一つの『因子』しかイメージを注ぎ込むことができなかった。そしてやはりデルタはけろりと、何も反応を示さない。
おそらく「第3世代」である『螺旋獣』に至らせるためには、因子を1つずつではなく、"現象"として『強筋』と『伸縮筋』が入り混じった状態を、ちゃんと構築しなければならないのだろう。
その条件となるであろう【因子の注入:多重】を得るためには、俺は最低でもあと5点の技能点、つまり2レベルアップが必要だった。
迷宮制作で足りる分だろうか、と考え込んで俺は顎に手を当てる。
位階システムを理解する上で、俺はまだ、ル・ベリが17歳で位階17だった、という1つの事例しか知らない。もしも位階の上限は"年齢まで"、と仮説を立てるならば、俺自身は位階26になるまでは上がりやすいと思われた。
ただ、魔人族を含めた長命の種族である場合、年齢=自然位階上昇だとすると、技能点が取り放題になって技能テーブルが全部埋まってしまうこともありえる。それは"生き方の誘導"的には、どうであるのか。おそらく、その場合はさらに制限がかかるのかもしれない。
――ただ、さすがに「9氏族」を相手にする際には、2氏族を相手にした時よりもさらに多くの「経験点」を得られるだろう、とは確信できていた。その"準備"としての迷宮構築という『種族経験』で、あわよくば2レベル得られないか、と考えただけであった。
それで、そのことはまた一旦頭から捨て置く。
「次は、ようやく技能テーブルが見れるようになった俺の眷属達についてだな……アルファ達含めて、いろいろ見直しておこう。点振りも適切にやっておかないとな」
独りごち、俺は【眷属心話】によって"名付き"達に招集をかけていった。





