0207 北方より旅する暴風、闇(くら)の世に至るが如く
次に連れてこさせたのは、ヒスコフとデウマリッド、そして彼らの部下のうち生き残った者達の合計5名である。
ソルファイドの姿を見つけるなり、もがもごと激しく猿轡を噛み砕かんばかりで何事かを叫ぼうとし、臓漿やら鎖やらを組み合わせてこれでもかとがんじがらめにしたはずの拘束を振りほどこうとして――戦線獣3体掛かりでふん縛り直してなお、もがもごふごふがと興奮しながら、何がツボにハマったのかわからない様子で、ごふごはは、と大笑している"巨漢"。
そんな「相棒」の様子をため息をついて見やりながら、ぐるりと興味深そうに『審問室』を一望し、まるで十数年来の旧知であるかのように――精一杯のくそ度胸として――俺に「よう」と呼びかけるは"堅実"なるヒスコフであった。
「ハイドリィとレストルトの野郎がどうなるのかは色々想像したが、ゾッとしないものばかりだ。俺達も、そうなるのか? ――せめて苦しまずに終わらせてほしいところだけどな」
「そして自分の代わりに、他の連中は可能なら生きて返して欲しい、とでも頼み込むつもりなんだろう? 自分の命でケリがつくなら、と」
「話が早くて助かる。『オーマ様』だったか、あんたは――クソが付くほどの実務家だろう?」
まず、元【泉の貴婦人】を巡る陰謀において、ヒスコフは幹部ではあったが従属的な立場であったこと。
ハイドリィ本人はともかく、ヒスコフの立場で得られるリターンに対して、ロンドール家と命運を共にするリスクはあまりに大きいものであり……彼は貧乏くじを引いたようなものだと俺は感じていた。
次に、確かに介入戦の中で敵対はしたが、最終的に彼とこの場の生き残り達の乾坤一擲が【氷竜】とマクハードを早期に黙らせる一助となった、という意味において全体的な被害は抑えられている。ある意味では、それは彼の"功績"として解釈してやる裁量も俺には、ある。
無論、戦いの中で死んだならば死んだということであるが、こうして生き延びたものを、改めて斬ったり割ったりする方面での"利用価値"は、彼やこの場の者達には見出していない。
そして最後に、一矢報いてやったわ、などという恨み言を垂れながら連れて行かれた「悲願」破れしロンドール家の俊英様とは異なり。
この【軍師】殿には、単に歴戦というだけでなく、多くの理不尽を目にしながらも何とか生き延びてきたという意味での一種の柔軟さが見て取れた。それは、ただ単に自分の限界に何度も直面して、悪い意味での我の強さが丸くなったというようなことだけではない。
この期に及んで、より多くを救うために――本人にとっての"ささやかなる善"のために――自分自身の命などすぱっと差し出すことのできる潔さが、俺には小気味よく映ったのである。
【基本情報】
名称:ヒスコフ=グリュンエス
種族:人族[オゼニク人]<支種:魔導の民系>
職業:戦闘魔導師
位階:35
【技能一覧】(技能点66/111点)
単独でも戦況や盤面を覆すことができるような、上位の戦闘魔導師のような存在ではない。あくまでも市井に生まれ、たまたま【魔法の才】が発現した結果、他の選択肢よりはマシということで"兵士"として身を立てていく中で「指揮」能力と慎重さを取り柄として生き残ってきたら……こうなるのだろう。
だが、【軍師】とは、一介の中位貴族の私兵の隊長としては随分な称号ではないか。
彼のような存在に罰を与える気にはならない。
そして俺が【人世】に対する真の意味での【闇世】の尖兵でもない以上、こういう男を意味もなく徒に"潰す"べきではない、という感覚がずっと脳裏にはあった。
――何より【氷竜】討伐で、結果的にとはいえ助けとなったことに、俺は"報い"ていないのであるから。
例え、今ここでする選択が将来どのような形で俺に、それこそ"報い"ることになろうとも、俺は迷宮領主としても彼には厳しい「仕置き」をする気にはならなかった。
「確かに、俺は駆け引きや面倒なやり取りなんてのは嫌いだ。お前は、リュグルソゥム家の"事件"に――どれだけ関わっているんだ?」
「何も。少なくとも、実質的な当主の座を率いるハイドリィが動かなかったってことは、ロンドール家は大した役割は無かったのかもしれないな。【紋章】家の勢力としては、な」
「随分と豪華な軍需物資を補給できていたようだが? ――例えば門外不出の他家の秘密だとか」
「それこそロンドール家が積み重ねてきた役得だろうな。正直、【紋章】家相手によくやるなと思わなかったでもない」
「それで、知ってることを洗いざらい話す気はあるか? その返答次第で、もっと手心を加えてやってもいい」
リュグルソゥム一族の事件に直接関わっている可能性が少ないとはいえ、彼もまた関所街ナーレフを率いる幹部の一人ではあった。その知っている情報は、俺がこれからやろうとすることに無駄であるということは一切無く、その意味での協力も求めたいところではある。
だが、ヒスコフはルクやミシェールらの様子を見やりながら、どこか疲れたようにため息をついた。
「答えることを拒むことなんてできないだろうに……けれどな、流石に【魔人】のためには働けないんだよなぁ。明るみになったら故郷の家族がどんな扱いを受けるやら」
「まとめて連れてきてもいいんだぞ?」
「逆にそれで逃げたら逃げたで、ここに残すことになる部下どもを口先三寸で救った意味を自分で台無しにすることになるな」
「相当、疲れているな、あんた。ヒスコフさん」
「そうか? 正直、どこの戦場で味わったのよりも一番冷えるような緊張を味わっているよ、今な」
降るつもりが無いのであれば、残念だが彼を【人世】に帰すことはできない。
処置をすれば良い他の雑兵達とは異なり、彼と、その隣にいる"巨漢"はれっきとした関所街の幹部なのであるから。
明確に俺に従属した状態とならないのであれば、戻すだけ、反抗の中心となりかねない候補者を野放しにする愚策でしかない――例え記憶を奪う処置を取ったのだとしても、その「立場」が彼らをしてそうさせざるを得ないのである。
――だが、そうであるならば。
『称号』持ち同士が惹かれ合う、という仮説を念頭に、俺の中で称号【怜悧なる狂科学者助手】がアイディアを思いついてしまったのであった。
無論、それを提案する前に、確かめておかなければならないことが隣の"巨漢"にある。
「まぁ、お前の方はそんな、まだ若いくせに後進に道を譲るみたいなご隠居思考で良くてもな、ヒスコフ。隣の元気があり余っているクソデカい"巨漢"は、付き合わされることに納得しているのか?」
意地悪く言ってやると、途端、もがもごふごがが、と擬音そのままに、猿轡を噛ませているにも関わらず拡声器で拡大されたかのような大きな声でデウマリッドがヒスコフに何かを言う。
≪おい、ヒスコフさん、お前はここを死に場所さんにしたいのか!? と言ってるのだきゅぴ≫
≪ええ? ウーヌス、翻訳さんできるの!≫
≪超覚腫さん達がそう言ってる気がすると言ってるのだきゅぴぃ!≫
――などという俺の脳内きゅぴキート音が小うるさく鳴り響いていることなど知ってか知らずか、ヒスコフが、ものすごい形相で食って掛かるデウマリッドに面倒くさそうに舌打ちをする。
「あー……非常に言いにくいんだが、このデカ物野郎については、保証はできんがあんたに悪さはしないだろ。ハイドリィあってのこいつだった、ナーレフになんぞ居着きはしないで、どこへなりとも自由に放り出してくれて構わないぞ。【西方】でも【魔の海域】でも」
それが精一杯の"友"に対してしてやれる口添えである、かのように。
意気は意気として受け止め、俺は"巨漢"の猿轡を外してやるように戦線獣に伝達した。
「わかっていると思うがお友達の心意気を無駄にしたくないなら、この場でお前の"力"を使うのは無しだ」
オルゼンシア語を書いた文字ボードを見せながら眼球で字句を選ばせるだとか、共覚小蟲を埋め込んで擬似的な【眷属心話】によって会話するという手も選択肢ではあったが、暴れられたところで制圧することはできるし――その場合は諦念と共に皆始末すべき"理由"を得たというところ。
これは、むしろ俺からヒスコフに対して「お前達をどう扱うのか」について示したメッセージのようなものであった。彼が、どうにも「死は避けられない」という前提で話していることはわかっていたから。
だからこそ、恐るべき迷宮領主として、ハイドリィには実質処刑宣告をしていながら、彼らに対してはそうしない理由を誤解されぬよう、改めて示したのである。
【基本情報】
名称:デウマリッド・スカンドリッドリィド=アウンゴリッドリィド
種族:人族[オゼニク人]<支種:氷海の兵民系>
家系:アウンゴリッドリィド
職業:呪歌の戦士
位階:31
状態:名隠し<剥奪>
【技能一覧】(技能点56/102点)
「【北方氷海】を出奔した、謎めくも誇り高き戦士デウマリッドよ。俺は、片目を捧げる気なんぞはないが、知識を求めるものだ。お前が知っているだろうことには、きっと数十人分の命の値段がつけられる程度には価値がある、と期待している」
"巨漢"が、その身体が1割ほど大きくなったかと思うような、ゆっくりとした深呼吸で大きく息を吸って吐く。離れた部屋や、壁や地中に埋め込んだ超覚腫達も、そこに何か"魔法類似"的な力が込められているとは感知していない。
対【氷竜】――の劣化体において、彼は【呪歌】とされる力を行使して、その力を打ち払っていた。技能テーブルを見る限り、特別な対【竜言術】的なものであるとは窺えず、そうであるならば【呪歌】の性能か、あるいは彼らが『名喰いの民』とも別称される存在であることに由来するのか。
少なくとも【呪歌】が引き起こした"現象"だけに着目すれば、ルク曰く『祈祷師』の力に非常に近い、とのこと。
まるで【氷】の属性が丸ごと吹き散らされているかのような――観測した限りにおいては、【氷】という形態にまとまって整序され意味を成していた魔素が、揺すぶられてただの魔素に解けてしまったかのような――力であったが、ならば複数属性やそもそも属性に頼らない力で複合的に対抗すればよいだろう。
だが、そもそも『長女国』と対峙し続けてきている"まつろわぬ民"という時点で、潜在的には盟を結ぶ候補足り得る存在である。どうして、たかがハイドリィの客分であったという程度で、抹殺するなどという短絡的な行動を取ることができようか。
……そんな俺の政治的な思惑に、ヒスコフは思い至っているかもしれないが、デウマリッドの方はわからない。だが、がははと(彼にしては)気持ち抑えめの声量で大笑したのであった。
「そこの竜人もそうだが、お前にも強い信念があるとわかるぞッッ! 波と潮の狭間に瞑想する海帥が如く、俺もまた"知る"ということを抑えられんッッ! 迷宮領主よッッ何が聞きたいッッ!?」
それでも高揚しているのか、はたまた、北方の荒波の中ではこれぐらい声量が大きくないと意思疎通が困難であるという環境的な弊害によるものであるのかは判断に悩むところであるが……奴が音を発するたびに『因子:振響』がゼロコンマ数%単位で上昇していくのである。
「もっと小さな声で話せ……まず聞きたい。"名喰い"とは何だ? 神威か? 魔法か? それとも氷海の兵民の呪術か?」
「そのままの通りの意味よッッ! 我らは"名を喰らう"一族。"名"とは存在だッッそこに在るという事実そのものだッッ! "名"があることによって在ることがわかるッッ!」
「だからこそそれを"喰う"ことで存在を消滅……まではさせられなくとも、視えなくさせることはできる、ということだな?」
【氷凱竜】ヴルックゥトラという千年単位で古い旧い、しかしマクハードが「その血」を飲んだことで出現した分体だけであれだけの力を行使した存在が、【北方氷海】の奥底に眠っている、としよう。それを、この「名を喰う」民が総出で封じ込めているのだとしよう。
いくつもの疑問が浮かび上がってくる。
まず第一義的には、ソルファイドという「竜の記憶」にアクセスできるに等しい竜人が【氷凱竜】の"名"を言い当てたことで、その「本体」の側の封印に綻びが出るのか出ないのか。
次に、この【氷凱竜】の存在と『長女国』頭顱侯【冬嵐】のデューエラン家の関係である。その言動などから、古の【竜主】としてはほぼ確実により反抗的反逆的な側であったと思われる【氷凱竜】の復活を防ぐことが「兵民」達の使命であるならば――彼らとデューエラン家との争いの意味合いが変わってくる。
そしてその中にあって"北方の災厄"とされる【氷獄の守護鬼】という存在についても。
そしてこれらとは別に、ヘレンセル村近郊にあった『禁域』の森について。
この俺の迷宮への"裂け目"が通じていたこの地は、リュグルソゥム兄妹曰く、『末子国』がその【神聖譚】という使命を果たすための常套手段の一つである【忘れな草の霧】という秘蹟――神威によって顕現せる儀式――の力で封鎖されていたのである。
秘蹟と"名喰い"の関係について、俺は気になっていた。
両者は単に、別々の超常の力の体系において、たまたま近い効果を発するようになっただけの収斂現象に過ぎないのか。
――それとも秘蹟に偽装して、実際に俺の"裂け目"を封じていたのは"名喰い"の方だったのか。
そしてそもそもの話として、そのような民の一人であるデウマリッドに――"名喰い"という効果は及ぶのか、否か。及ぶならば、彼に備わった【呪詛】である「名隠し<剥奪>」の意味について。
わざわざ「名が添えられる」ことが【呪詛】であるにも関わらず【状態】の項には「名添え」ではなく「名隠し」が「剥奪」されたと記されていることを逆算して考えると、それがこの民にとってのデフォルトの状態であるとも考えられたからだ。
――以上の疑念を問うたところ、それぞれ、次の通りに"巨漢"が答える。
◯【氷凱竜】と"名喰いの民"について
"名喰い"の民は、デウマリッドの祖父のそのまた祖父すらも生まれていない時代に定められたという掟により、古の存在たる【氷凱竜】を封じ続けてきたという。
対して、彼らの言葉で『凍れ』と呼ばれる忌み敵である【氷獄の守護鬼】は、【氷凱竜】が生み出したとされる存在であり――【魂】を奪われた死者に取り付いて操る"呪詛"そのもの。【氷凱竜】の劣化体の消失と共に消え失せたという意味では、信憑性のある話ではあった。
なお、【氷凱竜】の"本体"に対する"名喰い"は、この程度で綻ぶものではないだろうが……「後は祈祷師どもが困れば良いッッ!!」というのがデウマリッドの言。
俺としては、将来的に【竜】という存在についてさらに探求する場合には、【北方氷海】の領域もまた重要な地点であると記憶することとしたのであった。
◯【冬嵐】のデューエラン家について
話を"名喰い"の民達に戻せば、事態がややこしくなったのは、『氷獄鬼』達がもたらす東オルゼ地方北方の沿岸域での被害に対し、【四元素】家がまだ掌守伯であったデューエラン家を派遣してから。
死体に取り付くという性質上、現地の『氷獄鬼』には戦いの中で命を落とした『兵民』達の姿をした者達も多く混じっており――そこから三つ巴の敵対が長く繰り広げられてきたのである。
だが、その中でデューエラン家がよもや、何処から、如何なる手段によってかはわからないが、【氷凱竜】の"血"を取り込むようになったなどというのは、デウマリッドにしても想像を越えていた事態であったという。
彼があえて竜人ソルファイドに【氷凱竜】の"名"を当てさせ、劣化体とはいえ、その存在を暴かさせるという決断をしたのはそれが理由。
――だが、それはデウマリッドが竜人という存在に、ある拘りを抱いていた理由ではない。
◯"名喰い"と【忘れな草の霧】の秘蹟との関係
これについては、デウマリッドは明確にはわからないとしていた。彼は"戦士"であって「長老」達のような"祈祷師"ではなく、そこの違いはわからないという。
ただし、少なくとも"名喰い"の民はその力を「自分達と【氷凱竜】」の存在を"隠す"ことに全精力を注いでおり――その他の事物に対しては、よほどのことがなければ、やるような余裕は無いはずである、と、そう前置きした上で。
「しかし俺はッッ! 俺の親父スカンドリッドはッッ! ――さらに何かがあると踏んでいたのだッッ! 【竜】関係でなッッ!!」
◯デウマリッドという"巨漢"の追放について
『氷海の兵民』が抱える、何か、【氷竜】以上の存在を――それも明らかに【竜】に関係した、そのものではないにしても、しかし、同族であってもその"名"に触れることすら禁じられ、封じ込められている"何か"があるという疑念を抱いたことで。
彼の父の名は暴かれ、その上で抹消されたのだという。
そうして彼は出奔し、あえて宿敵である『長女国』で流浪を続け、騒動を起こし、しかし自らの身に半端な"名喰い"の加護が残っている間にまた旅を続け、ここナーレフまで流れ着いてきたということであった。
「だがそれがまさか伝説だと思っていた【闇世】にまでたどり着くとはなッッ! 生とは何があるかわからんッッ! これもまた海帥が導く旅路だったということかッッ! お前がこの俺の『導きの獣』だったとでもッッ!?」
肝心の部分はわからなかったが、ヒスコフの反応や、ルク達の様子などから、一部は『長女国』の魔導師達は無論、ロンドール家においても共有されていなかったことであることは窺えた。
そして、ソルファイドに対する「強者」としての対抗心はありつつも、この俺や迷宮に対する敵愾心・敵意のようなものは感じられない。ならばますます、【竜】や北方についての貴重な情報をもたらしてくれたことに、俺は"報い"ねばなるまい。
「話はよくわかった……ところで、この世界の疑問を探求して流浪するデウマリッドよ。このまま――【闇世】を旅してみたくはないか?」
「――なんッッ!! だとッッ!!?」
「……ちょっと待って。いや、まさかなぁ、魔人さん。あんた、何考えてんだ?」
「あぁ、安心してくれヒスコフ。後腐れが無いように、お前達が知ってしまった、ちょっと都合が悪い情報は、きっちりと消しておいてやる」
***
ヒスコフとデウマリッド、そして生き残った彼の部下達5名は『送還組』ではなく『派遣組』となることが決まった。
具体的な詰めは、後に【鉄使い】フェネスと、気は進まないがメリットもある事として、話し合わなければならないが――前回の話し合いの中で、あの醜男から「自分にはこんな人脈もある」として、とある"人売り"を紹介することも仄めかされていたのである。
……【人世】での進捗とこの俺の"やる気"を疑わせぬよう、かつ、【エイリアン使い】からは独立した「眼」を【大陸】の方に派遣することができるかもしれない、一つの好機でもあった。
ヒスコフ達に施す「処置」自体は、エスルテーリ家の従士セルバルカや【血と涙の団】の団長サンクレットらを含めた『送還組』に対するものと同じである。
"手術"により共覚小蟲を潜り込ませ。
リュグルソゥム家が誅滅の際に【歪夢】家の女術士トリィシーから食らったものを解析した【精神】魔法を駆使し。
駄目押しの最後のピースとなった、自らの脳の"一部"を焼き切ったデェイールの解剖遺体から会得したノウハウによって。
――このナーレフの騒乱に介入した、この俺の勢力という存在の記憶を丸ごと抹消させるのである。
「まぁ、ハイドリィという"練習台"もありますし」
「練習台なら小醜鬼どもも役に立てることができますな。骸となったら、それはそれで"尋問"の道具として使うことができる」
実際にここまでの処置をする必要がある者は、そう多くは無い。
そもそも俺の眷属に遭遇していない【血と涙の団】の団員達は元より、既に極寒の環境の中で死にかけながら仮死状態で踏みとどまった者達の多数は、ショック性の健忘も起こしていることが、埋め込ませた寄生小蟲達などからわかっていたからだ。
そしてリュグルソゥム一家とル・ベリというコンビを目の前に、「嘘」を付くことなど、彼らにはできないだろう。
「だが、選択肢も与えようとは思う――ヒスコフとデウマリッドという【人世】出身の"傭兵団"に参加したいかどうか、をな」
【闇世】での「冒険」を望むとするならば、消してしまう記憶そのものは【人世】への『送還』組ほどとする必要は無くなるが。むしろ逆に、明確にこの俺【エイリアン使い】の紐付きである、と示す意味はあろう。
そして『送還組』にしても、慈善や慈悲だけで『送還』するというほど、俺も感傷的ではなかった。
明確に迷宮に望みをもって侵入したわけでも、そうした意思を持って送り込んだ者の尖兵でもない、ただ単に俺が起こした軍事的行動に巻き込まれただけであって、あの地獄の中をせっかく生き延びたならば。
そして生きて帰すことにメリットがあり、少なくとも俺の存在を感知できぬ形で記憶消去できるならば――その方がより望ましいから、そうするだけのこと。
【血と涙の団】と、そして近いうちに王都へ召還されてしまう可能性があるエスルテーリ家について、もう一働きをしてもらう必要があるが故に。
「そろそろ、最後の仕上げだな。【紋章】家の動きも大事だが、後は――マクハードがどんな態度か次第だ。ここに連れてこい」





