0096 徴(しるし)は希望と欲望の水鏡
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7/8 …… 2章の改稿・再構築完了
【降臨暦2,693年 燭台の月(3月) 第27日】(68日目)
判明した村の名前は『ヘレンセル村』。
だが、昔からの住人達は、その名前を嫌っているらしい。
有り体に言えば、この『ヘレンセル村』を含む周囲一体の数カ村は"被征服地"だったのである。
気絶した『木こりのラズルト』を含む5名に【火】の属性結晶を少量持たせて帰らせた効果は、俺が想像した以上に劇的だった。そして当初予期した以上に、この村を取り巻く事情に関する情報をもたらしてくれた。
簡単にまとめると、こうだ。
かつてこの地には【森と泉】という名前の共同体があった。
国……と言えるほど厳密であったかはわからないが、王を持たず、しかしとある信仰を同じくする地域の住民達による緩やかな共同体である。彼らは、征服者である「魔法使いどもの王国」にはまつろわず、この地に恵みをもたらす存在であった『泉の貴婦人』を祀って暮らしてきた――20年前の「征服」までは。
「忌々しい魔法使いの大首領」が軍勢を率いて【ワルセィレ】に進駐し、勝手に"村"を定め、また交通の要衝である北東の山間部の虎口に「忌々しい関所」を建てたのだ。
それによって、村々の繋がりが分断されて生活は抑圧された、だけではない。
村には領主として「忌々しい魔法使いの大首領の使い」である"指差爵"という貴族――のそのまた取り巻きである従士が "村長"として送り込まれた。そしてそれだけではなく「英雄様教」と『木こりのラズルト』達が揶揄する、その「魔法使いどもの王国」で信奉されているらしい宗教の"教父"様の一団とやらが現れて、勝手に森を『禁域』に指定して居座った。
正式名称はわからなかったが……この「英雄様教」の教父様とやらは、元ワルセィレの民が祖父のそのまた祖父の代から信奉し、そしてまた彼らの生活に密接に結びついてきた存在である『泉の貴婦人』、そして彼女の使いとして"四季"を司るとされる4柱の眷属を「魔獣」と断じており、相当に嫌われているようであった。
しかし、元の世界での歴史でもそうであったが、土着信仰に対して後発した"新興"の宗派が戒律だっていればいるほど――その伝道師とは相当に熱心なものである。時には"村長"の一派とすら協力して、教父は精力的に活動し、少しずつ『泉の貴婦人』や『四季の司』を祀る伝統や祝い事を廃して、禁じていき、今やヘレンセル村では元の風習は完全な隠れ信仰となってしまった様子が窺える。
特に彼らが恐れる「忌々しい関所」の存在は大きいようであった。
経済活動としては、ヘレンセル村では『水蚯蚓』という生物を利用した沼地での農産物や、森から採ることのできる産物があるが、それをこの村出身である『マクハード』という男が率いる定期的な行商隊に預けて、代わりに生活していくのに必要な物資とを交換しており、喉元を完全に押さえられた状態に思われた。
ただ、征服されてから村の食糧事情自体はむしろよくなっているらしい。
最初期の"開墾"時と、今では保守のために数年に一度しか訪れないが、農作物を育てる畑を『魔法』の力によってグレードアップさせた魔法使いの集団が"掌守伯"――"指差爵"のさらに上の貴族らしい――によって派遣されたようであり、村の人口自体はむしろ増大しているというのだ。このため、決して風習を奪った征服者たる「魔法使いども」になびきはせずとも、ある面では現状に妥協したという意味での間接的な"村長派"が形成されつつある、との状況。
そして、征服されて風習を禁じられた後に生まれた若い世代ほど古い風習への記憶が薄いか、村から出たがる傾向があるとも。実際、「魔法使い」達による土壌改良は元々村に存在していた『水蚯蚓』を利用した農法を生かす形で効果的に行われたらしく、生産力が向上してなお、村では養いきれないほどの人口増も起きている。
こうした若い世代は街や村の外へ出ていくことを望む傾向も強く……『マクハードの行商隊』が、そんな彼らに口利きして『関所街』に連れて行く役目も担っているらしかった。
……なぜ、そこまでのことがわかったかというと。
旧【森と泉】の亡国の民達には、彼らの土着信仰の核となる儀式がある。それは一年の健康と安寧や作物の実りへの感謝を表すために――『貴婦人』様に、少量の"血と涙を捧げる"風習であるらしかったが、それが行われる聖地が【ウルシルラ山の深き泉】と呼ばれる場所。
そして、件の「忌々しい関所」とは、ちょうど、そんな元【ワルセィレ】を形成していた数カ村から『ウルシルラ山』までの唯一のルートを塞ぐように建てられているという。
つまり元【ワルセィレ】の民として、彼らは「泉に血と涙を捧げる」行為にずっと餓えてきたわけだが……そこに、今般の俺が行った「沼地から【火】属性結晶が手に入った」という仕込みが化学反応を引き起こしたのだ。
どうも、【火】の魔石の出現が。
この地での原因不明の『長き冬』のことと相まって『四季の司』のうちの【春】にして【火】を司る「燃える蝶々さま」の恩寵であり徴だと解釈された。
下は20ちょいぐらいから上は60近い老人に至るまで、十数名もの村人達が次々に『ご利益への20年分の感謝』をまくしたてながら、涙と、親指を軽く噛み切って垂らした血を、件の沼地を「泉」に見立てて捧げて満足して帰っていった――というのが、ラズルトらを帰した翌日の出来事なのであった。
十数人×20年分。都合300弱もの村での赤裸々なエピソードを聞かされ続けた結果、これほどの情報を得ることができたというわけである。
「結局、仕込んだ【火】属性結晶は誰も持ち帰りませんでしたな、御方様」
「まるで火山が噴火したように一方的にしゃべり倒していったな、あの者達は」
そしてその副産物。
この俺自身の技能【言語習得:強】の効果により――これだけの言語サンプルがあれば当然であるが、あっさりと『オルゼンシア語:大オルゼ系統<神の似姿>』という新たな言語が定義・習得と相成ったのであった。
それだけではない。
先々に役立てることを考えて、俺はそれをル・ベリ、ソルファイド、そしてグウィースに向けて【従徒下賜】――【従徒献上】の逆で【眷属下賜】と同系統の迷宮領主能力である――し、彼らにも村の老若男女達が何を言っているのかをわかるようにさせている。
こういう点では【闇世】の迷宮領主達が対【人世】では非常に強力な対抗戦力集団として設計されたと感じるが、今は、話を『ヘレンセル村』の住民達の訴えに戻そう。
「正直、予定とは大違いだったが、これはこれで得難い。どんな取っ掛かりであれ、地元の歴史と文化、そして地元の民の情報が大量に得られたんだ。欲を言えば"魔法使い"どもに関する情報がもっと詳しくほしかったが……取っ掛かりとしては、悪くない」
『忘却』現象の効果を観測するという裏目的もあったため、今回は事前に"名付き"達に率いらせた走狗蟲達によって、周囲の脅威となりうる大斑蜘蛛や牙虎達を排除している。昨日、ラズルト達が襲われた沼地はどうも、大斑蜘蛛にとっては絶好の"狩り場"となっていたようであり――沼の底にまで、油分を含んだ耐水性の"蜘蛛の糸"が網のように何重にも仕掛けられていた。
それを全て排除するために、急遽突牙小魚をも動員したわけであるが、それが大蜘蛛達の最も強大なコロニーだったようであり、もはやこの森林にまともに俺の眷属達に敵うような生物はいなくなったと言える。
俺としては、そうして"障害"を排除して舞台を整え――【火】の魔石の存在を確固たるものとして確かめるつもりでさらに多くの村の者達が訪れ、命を賭けて氷点下の沼地に潜り、数名の重傷者を出しつつも、昨日よりも多くの【火】属性結晶を持ち帰らせる、という筋書きだったのだが。
「この展開がわかっていれば、沼の底から時間差で浮かび上がらせるとかしてもよかったか。ファンファーレなんか流してな」
「走狗蟲の"喉"で歌うのは……少し難があるのではないか? 主殿」
「あの様子では、明日以降もまた来るでしょう。小醜鬼どもの"竜神さま"信仰もそうでしたが、徴があれば熱心な者も懐疑的な者も、こぞってそれを見聞きしようとする。それすらもしない無関心者は、そもそも少数ですからな」
「そうだな、ならば一応やっておくか、副脳蟲ども頼んだ」
《きゅっきゅぴぃ! 【火】属性結晶さんの茶柱さん化計画ぷるジェクト、たしかに請け負ったのだきゅぴぃ!》
《あはは、いっそ金粉と銀粉でコーティングしてさ、貴方の落とした【魔石】さんはどっちだごっこしよーよ、あははは》
《も、モノ……流石に、それは造物主様の趣旨が……明後日に行ってしまうよ……?》
理想は適度に負傷者が出ることである。
今回の熱心な元【ワルセィレ】の民の押しかけには間に合わなかったが――『忘却』効果を助長・促進するという意図を込めて、『夜啼き花』と『ポラゴの実』の乾燥粉末を混ぜ合わせた、生物に酩酊作用を催すものも用意するつもりでいた。亥象の感覚すら酔わせるならば、その効果は【人世】の生物にも効くであろう。
――あまり死者が出すぎて「魔法使いの王国」が本腰を入れすぎないぐらいがちょうどいい。
それよりは、適度な負傷者であれば……その怪我の状況や昏睡具合にもよるが、たとえば欠損した部位の代わりに微臓小蟲を仕込むこともできるのである。ただ、回収に少し難があるため、流石にそこまでは勇み足であるか。
だが、代わりに紡腑茸によって生み出した"臓器"と合わせて、通常の寄生小蟲を仕込むならばリスクと釣り合うだろう。
そうでなくとも、暖に困窮し為政者に不満も抱え、抑圧感を感じている集団である。
当然、内部対立のようなものがある可能性は高く――つまり、この機会に立場の弱い者や、劣勢でやり込められている側が"追いやられてくる"という読みもあったのだ。はっきりと、そうした手合だとわかるような者が、仲間からもはぐれて奥深くまで迷い込んでくれば、そのまま迷宮まで招き入れて「取り引き」を持ちかけることもまた、できる。
「価値ある物を投げ込んで、対立を顕在化させる。そしてそのうち、我らが利用できそうな方を見極めて取り込み、結びついて足がかりとする……御方様の叡智に、改めて我が身が震えるばかりの想いです」
「その点に限れば、今日の成果は失敗だったとも言えるがな。だがさっきも言った通り、事情の把握という意味では、もう少し浸透してからでないと聞き出せないような話が聞き出せたのは本当に僥倖だった。それに――」
「ヒュド吉の話との符合、だな。主殿」
「そうだ。あいつが救いようのないポンコツ以下のポンコツでも無い限りは、あいつが確かにこの"長き冬"を指して『【擾乱の姫君】様の力を分けた同志なのだぁぁぁ』とか言ったのは、『四季の司』と符合する。俺達がやったことが【春司】の恵みだって誤解されたんだ。なら、同じように、この"長き冬"が【冬司】の祟りだとヘレンセル村の連中が思っていてもおかしくはないだろう?」
「『泉の貴婦人』が鍵であるかもしれない、ということですな」
「そうだ。そのためには――例の『忌々しい関所』とやらを通る必要が、ある。当面の目標はそれだな、そこに設定しよう。【鉄使い】との"約束"もあるからな……まだあいつに伝えるつもりはないが、『関所』とやらの名前が分かれば、"監視役"殿との位置関係も、次に話す時にはわかるだろうさ」
この件に関しては、一旦、さらにヘレンセル村での反応を待つこととする。
少なくとも明日は、この沼地が"鉱脈"に誤解されるレベルで【火】属性結晶を浮かび上がらせてやろう。
そう考えて俺は本題の考察に入った。
昨日副脳蟲から提案されたことを、今日、実際に試してみたところ。この『忘却』現象からは、なんと『因子:神威』とかいう名称の因子が獲得できてしまったのであった。
――迷宮領主に与えられた様々な異能、超常の力を既に目の当たりにし、散々に活用して使い倒している自分自身である。今更、魔法やその他の超常の力、単なる科学的思考では説明の付かない現象に困惑するものではない。
だが、それでも、少なくともこの世界の根源的な法則に片足を突っ込んでいる迷宮核のシステム通知音をして、俺の"認識"に沿う言語で"最適化"された単語選びにおける語としての『神の威』である。
一応、熱心な『泉の貴婦人』信者達を沼地まで誘導するに当たって、改めてその「地形を認識しにくくさせる」「地名を認識しにくくさせる」「そしてそれらを忘却させる」「"裂け目"に近いほど強度が高い忘却効果が働く」という性質を再確認したわけだが――。
「『忘却の"神威"』と仮称しよう。神威なんて言っている以上、確実に関わっているのは【人世】の側の神々、つまり狭義の諸神だな。だとすると、このヘレンセル村と名付けられた被征服地に神威をもたらしたのは『魔法使い共の国』と、そして『英雄様教』の連中ってことになるが……そもそも【人世】で神々に味方をされるような『英雄様』とは、一体、何だろうな?」
およそ500年前に【人世】では"魔王"として知られる存在、【闇世】の初代界巫である【城郭使い】クルジュナードが引き起こした【人魔大戦】。【闇世】の成立経緯からして、この行いがそのまま【人世】と【闇世】の神々の争いの延長線上であり、そして『ルフェアの血裔』には種族技能として【後援神】系統の技能があることを考えれば――同じような技能が【人世】の人族にあっても、何らおかしいことではない。
つまり【人魔大戦】を撃退した人族の"英雄"とはすなわち、【人世】の『ジンリ派八柱神』の加護を受けた存在である。それほどの大きな救世を果たしたならば、彼を称えるような宗教が勃興し、あまつさえそれが『英雄様教』と揶揄されるのも、きっとおかしい話ではない。
「となれば、『英雄様教』の"敵"は必然、迷宮ということだろう? その迷宮に近づけば近づくほど『忘却』の力が強まるというのは、封印しておきたいとかいう思惑があるのだとすると、願ったりな"神威"じゃないか」
「その教父とやらを、あまり近づけたくはありませんな。小醜鬼どももそうでしたが、祭司というのは独善的で厄介で面倒な手合でしたからな」
「そこを見極めるギリギリの投石でもある。"暖"を確保しなければ、村で何人もの人死にが出るという非常事態、というところに俺は賭けたわけだ。これぐらいならば、まだサバイバル優先派が抑え込んでくれるだろう」
現状でベターなのは、このまま【春司】の恵みだと誤解し続けてくれることだ。
わざわざ、地元民に"近づけないようにする"呪いに近い『神威』をかけてまで封じているのが【人世】の英雄様教のスタンスであるならば――迷宮から堂々と眷属やら迷宮経済やらを浸食させた際、宗教的な連帯によって政治的な対立なんかを乗り越えて、本格的で気合の入った「調査」にやってきてもおかしくはない。
「だが、あの村人どもは"教父"と"村長"が対立関係にあるとも言っていたはずだぞ、主殿」
「そうだ、そこだソルファイド。だから俺は連中の欲望を刺激する。ただ"暖"を与えて恩を売るだけなら、もっと穏当なやり方もあったからな、それをダシに村に旅人として訪れることも案としてはあった」
「畏れ多くも、この私もまた忌々しい半ゴブリンの身の時に、散々似たようなことは見てきました。対立とは妥協と同居するもの……それは出し抜く機会が訪れれば、容易に互いの裏を掻きあおうとする。御方様の一手は妙手に思えます、少なくとも『英雄様教』の連中と、支配者である者達が本当に協力関係にあるかは見定めることができるでしょう」
「過剰反応して共同で本気で調査にでも来るなら、次にやってくるのはそういう"混成"の連中だ。その場合は、大人しく、熱狂的な地元民の行き過ぎた信心が呼び寄せた奇跡、ということにしてこの線は閉じてさらに慎重に行く。だが、もしも、宗教勢力と政治勢力の思惑が別にあるならば――」
***
木こりのラズルトから話を強引に聞き出して『禁域』の森の奥まで現れ、"血と涙を捧げた"のは、亡国【ワルセィレ】の時代を懐かしみ【輝水晶王国】の魔導貴族による統治を憎む、そんな熱心な者達であった。
彼らはラズルト達のようにこそこそと出るようなこともせず、一団となって堂々と村を後にしたため、この出来事は村中に知れ渡ることとなる。当然、『聖墳墓教』を司る教父とその取り巻き達は声高にこの行動を非難するが――オーマの予想した通り、帰ってきた男達は「人死にが出る前に"暖"を手に入れるために森に入ったのだ」と強弁したのである。
……そして「【火】の魔石がありそうな場所を見つけた」と言い、「しかし、数があまりにも多かったため、村の総出で行くべきだ」と嘘をついたのであった。
この動きには、堂々たる『禁域』への侵入を黙認した"村長"――初老の従士セルバルカも難色を示すことになる。
短く刈り込まれた白髪交じりの頭に広い額は彼の無骨さを表すが、同時に、刻み込まれた眉間の皺は、彼が決して"無骨さ"のみを役割としてきたわけではないことを示している。多くを悩み、そして思考を鉄面皮の裏側に封じ続けてきた者特有の険しさをまとった表情で、彼は今日も村長邸から村の者達一人一人の歩みに目を向ける。
「左遷」された辺境の寒村からの脱出のための手柄の獲得を目論む"教父"をなだめつつ、その要求をのらりくらりと受け流しつつ、セルバルカもまた、己の主たるエスルテーリ指差爵からの指示をどのように満たすか知恵を振り絞っていたのである。
"教父"を黙らせるには、ある程度は亡国の民の感情を利用するのは都合が良い。わざわざ迷宮活性化疑いの調査をして、教父の点数稼ぎを手伝ってやる義理などないのである。
しかし、村の者達の強引な主張を黙認し過ぎた場合、村から多くの【血と涙の団】――亡国ワルセィレの復興を企む犯罪者と活動家の集団――へのシンパを出しかねない。
さりとて"暖"の不足は地域全体の危急であることも事実。まして、【火】の魔石などというとんでもない代物が出土した以上、そもそもエスルテーリ指差爵の指令が無くとも、率先して調べるべき事案ではあったのだ。
そうして、誰を調査にやるべきかの人選をセルバルカが考え始めたその矢先のことだった。
強権によって村人らを抑え込みつつ、同時に「数日以内に必ずすぐに調査する」と約束するという飴と鞭を使ったは良かったものの。よりにもよってその日のうちに、部下の一人が功名に焦ったのか『禁域』に入り込んだ挙げ句、【火】属性の魔石を一掴み持ち帰ってきてしまったのが数日前のこと。
希望と狂喜に包まれたヘレンセル村で、今度こそ、本格的な採取団を結成するべきだ、との声が上がる。しかしその声の裏には、亡国の風習を復活させようとする一部の熱心な亡国を偲ぶ者達による扇動が堂々と潜んでいる。『聖墳墓教』の者達としたくもない協力をしてまで、苦労して禁じて弾圧したはずの迷信の復活ほど忌々しいことはない――と苦虫を噛み潰しているセルバルカにとって、村人達が主体となった白昼堂々たる採取を許すわけにはいかないのだ。
……さりとて、主たるエスルテーリ指差爵からの指示が届くのが遅れていた。
おそらくは指差爵のさらに上の『ロンドール掌守伯』――『関所街』を治める"執政"を輩出している【紋章】のディエスト家の筆頭家老家――が、この件に興味を示しているということが関係している。指差爵とて、掌守伯家の意向からわずかでもずれた行動を取るわけにはいかず、その判断を仰ぐために時間がかかっているのだろうとセルバルカは予測してもいたが……確証は持てなかった。
(まさか、あの件がバレたということは……無いだろうが。ここが正念場。指爵様のご無事を信じるしかないか)
誰も彼もが、危険な橋を渡っている、ということだけはセルバルカにとってはっきりしたことではあった。エスルテーリ指差爵家に長く使えてきた最古参として、彼は、指差爵が真に上役と仰ぐ者がロンドール掌守伯家ではないと知っていたからこそ。
だが、当面のこととして、このままでは『聖墳墓教』も亡国の隠れシンパ達も好き勝手に動き出しかねない、とセルバルカは思い直す。『禁域』へは早急に誰かを送る必要があるところ――白羽の矢を立てられたのは、予定を大幅に遅れつつも、やっとの思いで雪道を踏破し、ヘレンセル村まで物資を運んできたマクハードの行商隊であった。
***
俺はそれからさらに3日ほど経過の観察を続けた。
最初に来たのは「村長」の手下と思しき、功名にはやったような男である。ちょうど良いので、村に希望と欲望をもたらすために、かなりサービスをしてやった。
"沼"を少し勇気を出して潜るだけで、いくつもの【火】属性の魔石の欠片が手に入る。それらはほのかに熱を伴っており、故に1つ手に入れさえすれば、凍えた体で村まで帰るのに十分である。
その次の日は、数名の村人だった。
信仰を捧げた男達と違い、彼らもまた人目をはばかるようにして現れた。どちらかというと、ラズルト達に近い。村の危急である"暖"のためである。だが、口々に「村長」と「教父」の悪口を言っており――村における二大勢力の足並みの揃わなさが顕在化している様子が窺うことができる。
少なくとも一致団結して立ち向かってくる、という線は消えたと見て良いだろう。
――さらに俺は【水】属性適応の因子で【遷亜】させた労役蟲達を駆り出して、沼地を少しずつ拡張もさせていた。急ピッチで【火】属性の魔石を、属性障壁茸をも動員して生み出し、時に通常の【魔石】も混ぜ込んで。
さながら、この森の凍れる沼地は"鉱脈"となったかのよう。
村人達もまたそう言っていた。まさか自分達の村の近くの森に、こんな"鉱脈"があるだなんて、と。
そして3日目には、これまでと出で立ちの変わった集団が訪れることとなる。
事前にそれを森の出口で監視していた小人の樹精から察知したため、万が一魔法による感知を警戒して微臓小蟲付きの野生動物は退かせる。
会話や口調、そして装備の雰囲気などから――彼らは村々を巡り、さらにはより広い範囲を股に掛けて移動する"行商隊"の構成員とその護衛からなる集団であることがわかったのであった。





