98.マリーの鉄槌
契約精霊と最強のフェンリルを従えて、颯爽と現れるのも良かったけれど、念のため状況を確認したい。向こうサイドからすれば、あたしたちは奪略者としかみえないだろう。
それに余計な摩擦を与えて、どこかの国と戦争とか困る。あたし一人とこの布陣なら間違いなく勝てるけれど、魔物以外に使いたくない。
シエロが上から神々しく光りながら、この森から立ち退けと宣告しているが、効果はなさそうだ。
ある意味凄いね。
どこからどうみても、神からの御使いだと分かる風貌の者に、臆するどころかたてつくように言い返すとか、剣を振り回すとか、どこまで腐っているのか。
シエロが段々と苛立ってきているのが分かる。基本自分とあたしに被害が及ばない限り、シエロのスキルはあまり役に立たない。そこは、仕方ない。魔王の手下のように雷をぶっ放していたら、あたしが魔王扱いされる。
「シン、近くの声を拾って」
「わかった」
様々な声が聞こえる。
「御使いだ?ただの空飛ぶ馬が、何を言ってやがる」
「森を守ることしかできぬお前たちが居なくなれば、この森が手に入る」
「奴隷として人気があるのだ。全員捕まえろ」
「おい、こいつ!」
「死ねば金にならん。殺すなよ」
「この森が無くなれば、侵略できる」
「あの馬捕まえたら、金になりそうだ」
どうやら思惑は一致していないが、この森を森の一族から奪う事と、奴隷として売ろうとしていることでお互いの利があった為に大人数で攻めたということだろう。
国としてなのか、盗賊としてやっているのか、襤褸を纏った者たちばかりで全くわからない。
「こいつら、魔法が使える。さっさと拘束具をつけろ!」
考えるよりも先に、体が動いた。
その声がしている方向に飛び、その男を風魔法で飛ばして掴まっていた子を保護した。
男が樹にぶつかり、凄い音がしたけれど気にしない。
「大丈夫?」
声を掛けた子は恐怖で動けなくなっているようで、強張った顔のまま目線だけがこちらを向いた。
自分と変わらない大きさの者だったのか良かったのか、ホッとしたように頷いた。
拘束具とか尊厳を傷つけるなんてこと、お前らにさせない。
あんたらには自分がどんなことをしているのか、身をもって知って貰おうじゃないの。
「長、遠吠えお願い」
ウム、と神妙に頷いた後、あらゆるところから長に魔力が集められているのが分かった。
びりびりと大気が揺れる。
フェンリルの長という、国一つ滅ぼすことがいとも簡単にできるほどの力が敵意という形で、森の一族に、森に危害を与える存在全てに、向けられた。
向けられた相手は、恐怖という言葉だけでは表せられないだろう。
ぅぅぅううおぉおおおぉおおおーーーーーん!
地を脳天を揺らすような重低音の叫び声。
怒りだけでなく、悲しみも含んでいるように聞こえる。追随するように、シャンスも子供らしい少し高めの声が出ていた。
声の後に聞こえるのは、あたしたちとここにいた森の一族の息遣いだけとなった。
心臓が止まってこのまま死んでしまっても、正直自業自得。僅かに生きていても、これだけ森を荒らしたのだ。悲しみと怒りで魔物になった者たちに、倒され食べられるのは確実だ。
今は、それでいいと思っている。
因果応報。
だけど、絶対に後悔しないかと言えば、わからない。
森の一族を救うためには仕方なかったのだと、これから先自分の中で言い訳しないだろうか?
きっと、こんなことを考えてしまっている時点で、後悔すると知っているのだろう。断言しているなら、迷う事なんてないのだから。
仕方ない。
「エリアヒール」
「シン、声を届けて」
シンはあたしの肩にちょこんと止まった。
落ち着く為に長とシャンスに抱き、もふもふを僅かにした後声を出した。
『森の一族を迫害する者たちよ。今すぐ立ち去れ。立ち去るだけの回復はしたはずだ。もしもこのままこの場から立ち去らぬ時は、力づくで立ち去ってもらう。先ほどまで心の臓が止まっていた者は、どうなるかわかるであろう?二度はない。今すぐ立ち去れ。そしてすぐに森の一族を全て解放せよ。明日中にどの国にいても、全員が解放されなければ、我らが直接相手しよう』
思ったよりも、厳かな声が響いた。きっと聖女というのがそれらしく聞こえるように作用しているのだろう。これならば少しは皆に響いたかと思ったけれど、動く様子がない。
それならば、ちょっと実力行使。
「ねえ、シエロ。あの魔術具だか魔道具だかわからないけれど、あれを全て壊したい。どうしたらいい?」
「・・・それだけ?」
「シエロの不満は分かるけれど、あの神々しいシエロの姿を見て怖じ気つかないのは、全く信仰心がないんだよ。欲に塗れすぎてね。だからこそ、わからせてあげればいいじゃない。いつでも裁けるのだから、これからの行動に気を付けろ、とね。シエロの慈悲と威厳を示すのに、凄くいいと思うんだよね」
「・・・そうだね。マリーがそういうのなら、仕方ないなぁ。僕の威厳を見せてあげないと」
「宜しくね」
「うん!」
『罪を犯していない者に付ける物であらず。人の尊厳を奪う物、それらをすべて排除する。裁き』
先ほどまで晴天だった天が一気に暗くなり、分厚い雨雲に覆われる。その大きく真っ黒な雲から、綺麗な稲妻が森の中あちらこちらに飛んで行った。
そして多くは森ではなく、多分この者たちが攫って行った者たちが住む街に向かったのだろう。
目を瞑っていても目の奥が痛くなるぐらいの最大級の閃光が落ちていった。
こんなにもあったのかっ!
怒りに打ち震えながらも、今はこの場だと必死に抑えて集まってくる森の一族たちを保護していった。
『シエロ、街に行って。かなり混乱していると思う。あまりにも酷いようなら、森の一族だけでなく、獣人とかも問答無用でそのまま連れて帰って』
『いいの?』
『神の裁きだもの。怒りに触れた者たちが悪いよね?』
穏便になんて言葉、今は抹殺!
読んで頂き、ありがとうございます。
今年はこれで最後になります。
もう少しで第三章へと切り替えさせていただくと思います。
その時には更新までに少し空く予定です。
よいお年をお迎えください。




