勝者の騎馬は――
「左へ回るぞ。正面からは当たるな」
スタートの合図とともに駆け出したが、俺はすぐにクラスの騎馬たちへと迂回の指示を出す。俺と同様に数組の騎馬が進路を変えて迂回しながら他の騎馬の様子を窺っているようだ。
中心には突っ込んできた騎馬たちがぶつかり合い、足を止めて乱戦の様相を呈し始めている。あの中に飛び込んでしまえば、たちまちハチマキを捕られてしまうだろう。
すでに単独で突っ込んだ騎馬は崩されるかハチマキを捕られリタイアになっていた。観客席からも歓声や悲鳴が響いてきていた。
今回のルールでは、制限時間内に生き残った騎馬の中から、ハチマキの獲得数が最も多い騎馬の勝利となる。
仮にスタートダッシュを決めて多くのハチマキを奪えたとしても、途中で騎馬から落ちてしまえば持っているハチマキも意味をなさない。しかし、多くのポイントを抱え落ちされてしまえば、残った騎馬たちは残りの少ない騎馬から奪わなければならない。
必然的に戦いが激しくなるようにルールが設定されているのだ。基本的に様子見自体が不利になり、常にリスクを負いながら戦うことが最善となっている。
リスクとリターンのバランスを考えて動きを考える。指揮官として必要な能力だ。
「よし、まずはあそこのクラスを叩くぞ」
「「了解」」
「他のクラスも動いてる。背後を取られないように注意しろ」
ワンテンポ遅らせたことで中心にいる連中の背後を取りやすい状態になっている。
その中でも近場のチームを標的に決めて動き出す。同時にカトレアのクラスも別のクラスを狙って動き出していた。
「当たりますよ!」
先頭役が声を上げ、俺は足に力を入れて肩を強くつかむ。そのまま強い衝撃が体を襲うが、バランスをとってそのまま手を伸ばした。
指に触れるハチマキの感触を残し、その場を離脱する。
「よし、まずは一本」
「さすが王子!」
「このまま優勝狙いましょう!」
「当然だ。他の二騎は?」
「すみません、取れませんでした」
「こちらもです」
「構わない。落ちなければ何度でもチャンスはある。態勢を立て直して、もう一度攻撃を仕掛けるぞ」
「「はい!」」
実際の騎馬戦でも一度のやり取りで勝負が決まることは意外と少ない。
何度かのすれ違うの果てに攻撃がクリーンヒットするか傷が増えて落馬するかで決着がつく。今回は怪我の悪化は心配いらないので、生き残っていれば何度でも攻撃を仕掛けることができる。
「王子! 後ろから追ってきています!」
「こちらを狙ったか。有名税も辛いものだな」
「俺たちが止めますか?」
ここで一騎を足止めに使えば安全に方向転換をして反撃が可能だ。だがここで一騎を失うリスクはどうだろうか。他のチームはまだ三騎で動いているところもある。あそことぶつかる時に不利になってしまう。
いや、俺たちが目指しているのは優勝だ。ここで一騎を失うリスクは負いたくない。
「このまま足を止めるな。俺についてこい」
「「はい!」」
「三時の方向へ。危険だが、他の騎馬とクロスして後ろを振り切るぞ」
「了解。荒れますから、落ちんでくださいよ王子!」
「信頼しているぞ」
他のチームを狙っている騎馬の横から突撃をかける。相手はこちらに気づいて速度を緩めた。そのまま敵の正面を通り過ぎながら、相手の伸ばしてきた手を払いのける。
ついてきた二騎もそのまま通り過ぎ、追ってきた騎馬はその騎馬を警戒して速度を落とした。
距離ができた。今がチャンスだ。
「反転! あの二騎を狙うぞ!」
ザッと砂ぼこりを上げ三騎の騎馬が反転する。
「なっ」
「戻ってきた!?」
速度を落とした騎馬など、標的でしかない。
勢いのままにぶつかり、態勢を崩した二騎から味方がハチマキを奪い取った。
「王子! 取れました!」
「こちらもです!」
「よくやった。このままいくぞ」
この後、二度ほど攻撃を加え、チームとして五本のハチマキを獲得した。
俺が二本、味方が二本と一本で均等に分かれているので、抱え落ちでもポイントを大きく失う不安もない。
そうするうちに数は削られ、嫌でもあいつが視界内へと飛び込んでくる。
騎馬の上に悠然と立ち、金髪を靡かせる令嬢は、楽しげにハチマキを抱えていた。自分が抱え落ちすることなど微塵も考えていないのだろう。その手には七本のハチマキが握られている。
どうやらカトレアは、味方を誘導に使ってその隙をついて敵騎馬を撃破していったのだろう。
実況や観客たちも華々しい戦果を挙げるカトレアへと意識が集中している。
他の騎馬たちもカトレアが危険と判断したのだろう。視線を合わせてカトレアへの包囲網の形成を始めていた。
「王子、どうしますか?」
「狙わない手はない。だが即席のチームではどうせ崩される。俺たちはあくまでの三騎でのカトレア撃破を狙うぞ」
即席チームなど、どうせ足の引っ張り合いにしかならない。何かしらの打算が混じるチームで覚悟を持った踏み込みができるような奴はいないからだ。
だからあくまでも敵の敵として、味方として扱うことはなく使えるなら使う程度の気持ちで行く。
元より、俺たちは三騎でカトレアを倒すことを目標として練習をしてきたのだ。今更それを変更する理由はない。
「プランA。フォーメーションはCで行く」
「「了解!」」
生き残りをかけた精鋭たちの戦いが始まる中、俺たちも同様にその乱戦の中へと飛び込んでいくのだった。
◇
あはっ! なかなか面白いことしてくれるじゃない!
四方から迫る手を避け、叩き、ハチマキを死守する。そしてカウンターで正面の相手からハチマキをもぎ取り、そのまま活路を見出した。
「そのまま前へ。駆け抜ければ勝てるわ」
「はい!」
乱戦の中でみんなが私を狙ってくる。一人では勝てないと分かれば自然と協力するだろうと思っていたけど、予想よりも協力体制をとるのが早かったわね。ちょっと騎馬戦にはしゃぎすぎたかしら。
手には今のを合わせて八本のハチマキ。
さすがに数を稼ぎすぎたみたいね。けどこのまま負けるつもりはないけど。
後残っているのは何チームかしら。十はいるようだけど、十五はいないわね。その中で気になるのは、私同様に単騎で暴れまわっているロットとあまり活躍しているようには見えないけど確実に成果を上げているヴァイス王子。
ロットも最初はチームで動いていたみたいだけど、指揮は苦手なのかサポートの二騎は脱落してしまっていた。ロットの性格からしても、彼は指揮官というよりも英雄の立場だものね。仕方ないかもしれないわ。
けど、まだその才能は開花していない。
ゲーム内で才能が開花した後のロットは、魔法使いのリラと二人で一軍を押さえられるほどの実力と評価されていたけど、今はまだその片鱗が見え隠れしている程度だ。
だから私でもやれる。
「そろそろロットを叩くわよ。彼の横を狙って」
「マジですか!? ぶつからずに行けば一位二位は確実なのに!?」
「それじゃ面白くないわ! 初代優勝は圧勝じゃなくちゃね! 足を止めちゃダメよ! ここから体力的にきついかもしれないけど、足を止めた騎馬からやられるわ」
「みんな聞いたな。ここからが踏ん張りどころだぞ!」
「「おう!」」
私のところもすでに仲間のチームは落ちちゃってるのよね。さすがに指揮の才能はないから、囮として動いてもらったんだししかたがないけど、ここまで乱戦になるならちょっと惜しいことをしたかしら。
乱戦の中では後方をカバーできる味方の存在が凄いありがたそう。それをヴァイス王子に見せつけられるのはちょっと癪だけどね。
「ロット君。ハチマキいただくわよ!」
「カトレア嬢か! やらせねぇぜ!」
並走しながらお互いのハチマキを狙う。
ロット君の力は強い。毎日軍隊の人たちと一緒に鍛えているだけのことはあるわね。女の私だとどうしても力負けしてしまう。
けど技術は私の方が上。伸ばされた手をつかみ、引っ張る様にしてバランスを崩させる。
「うおっ」
「さあ、私の前に首を垂れなさい!」
「どこの悪役だ!」
チッ、躱されたわ。この手はもう使えないわね。
じゃあ次は――騎馬の肩を三度叩く。それは作戦の合図。
「落ちるなよ!」
体格のいい先頭が、足を支えている一人に体当たりを仕掛ける。
ずっと中腰で走らされている後方組には、このタイミングでの攻撃はつらいはず。案の定その生徒も大きくふら付いて手を放してしまっていた。
「馬を狙うとは卑怯な!」
「落ちたら負けのルールよ。当然馬だって狙われるにきまってるじゃない」
「ならこっちも行くぜ!」
「当たり負けしないようにね」
ドンッドンッと衝撃が加わり、足元がふらつく。けどこっちはそのための人選をしている。簡単には崩れないわよ。
そしてその間に――
「頭上がお留守よ」
「あっ!?」
衝撃に耐えるために腰を落とすのは騎乗の行動としては正しいんだけど、それはハチマキの位置を下げるのと同じ。耐えられるのならただ差し出しているようにしか見えないわ。
「いただき。来年頑張ってね」
「くっそぉぉぉおおおお!!!!!!」
私がロット君のハチマキを奪った瞬間ひと際大きな歓声が上がる。
これで九本。そして残りの騎馬も何騎か脱落して残り九騎。
「さあ、次はだれがお相手してくれるのかしら!」
「俺だ!」
「来たわね、ヴァイス王子!」
「今日こそ勝たせてもらう!」
「簡単に勝たせるほど甘くないわよ。私も私の愛馬もね!」
すれ違った後、さらに追走してきた二騎のうち一人からハチマキを奪い取る。
「まず一人」
反転して再びヴァイスたちと向き合う。
二度目の交差はどちらのハチマキを奪いこともできなかった。
そして三度目。私はあえて王子を狙わずサポートの騎馬を狙ってハチマキを奪うことに成功した。
これで一対一。一対一になって私はヴァイスに負けたことがない。
「今回も私の勝ちかしらね」
「いや、今回は俺の勝ちだ」
「えっ」
「カトレア様後ろ!」
瞬間、私の頭に軽い衝撃が伝わり、髪がたなびく。
それがすれ違った騎馬によってハチマキを奪われたのだと気づいたのは、数秒してからだった。
「なにが」
「王子! やりました!」
「よくやった!」
「そんな。サポートの騎馬は確かに倒したはず!」
「お前が倒した一人目は、俺たちを追っていた別の騎馬だ。お前は勘違いしたんだよ」
「勘違い!?」
「あえて一騎を単独行動させ、周囲に待機させていた。俺たちは逃げるフリをしながら一騎を釣り、三騎のように見せてお前に突っ込んだんだ」
完全に騙されていたっていうの!?
「俺が直接カトレアのハチマキを捕れたわけじゃないのが悔しいが、今回は俺の勝ちだ」
「ええ、ヴァイス王子の勝ちですわ。私の負けですわね」
騎馬から降り、地面へと立つ。
「カトレア様、申し訳ありません」
「いえ、今回は王子の作戦勝ちよ。素直に彼らを称えましょう」
そしてタイムアップを知らせる空砲が響き渡った。
多くの拍手に包まれ、生き残った騎馬の騎士たちが嬉しそうに奪ったハチマキを掲げる。
この後集計を行い、ハチマキの数で順位を決めるのだが、ざっと見た感じだと王子たちのチームの勝ちかしら。あれ、そういえばノクトは?




