表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

48/52

体育祭 午前の部

 忙しい日々というのはあっという間に過ぎていくものだ。

 体育祭の準備が本格的に始まると、実行委員のやるべきことも自然と増えていく。

 各競技の備品のチェックに始まり、来場者への招待状の制作や、今年から始まる露天販売の場所の選定、当然貴族が通う学園であるので商店の店主や観客の身元のチェックなども事前に進められていく。

 その間にクラスの方でも決めていかなければならないことがある。

 クラスメイトの出場競技に関してだ。

 ここでおさらいすると、この体育祭は基本的にポイント制のクラス対抗となっている。出場競技こそ生徒が多いため自由に選ぶことができるようになっているが、その競技ごとに獲得点数が決められており、一位から三位までがポイントを得ることができる。

 なので、なるべくクラスメイトには多くの競技に出場してもらいたいのだが、一般の学生には関係のない話。中にはクラス全員参加の競技以外は出るつもりはないという生徒もいるにはいる。まあ、ごく少数ではあるが。

 そんなクラスメイトたちから参加申請書を受け取り、実行委員としてエントリーするのが俺たちのクラスでの仕事だ。

 その中でも三人以上が同じ競技に参加したいと希望を出してきた場合は、最悪ポイントの奪い合いになってしまうので、誰かに出場種目を変えてもらったりする調整もあるので、ただ流れ作業でエントリーさせられないのが辛いところだ。その確認に地味に時間を取られた。

 学園の授業は夕方には終わっているはずなのに、しばらくの間は完全に暗くなってから帰るという日々を過ごしていた。

 だがそれももう終わり。


 パンッパンッと空砲が撃ち鳴らされ、快晴の青空が絶好の体育祭日和を伝えていた。

 数日前からの準備のおかげで、機材はすでにスタンバイを終え、後は競技の時間に適切な配置へと移動させるだけだ。


「ようやくこの日がやってきましたね」


 声を弾ませながらずらりと並べられた機材を眺めているのはセラである。

 持病のために競技への参加が最低限しか許されていない身ではあるが、削られた楽しみを補うように準備に精を出し、この日を誰よりも楽しみにしていた一人である。


「今年はいつもよりも賑やかになりそうで楽しみにしてたんですよ」

「露天の出店が思った以上に上手くいったな」


 カトレアから提案された出店計画は、ハオラ商会から事前に情報が流されていたこともあり多くの希望が集まった。その中から身元の確かなところや、保証人を立てている商人などを優先して学園の中に小さな露天街を形成させている。

 すでに開店の準備のため、商人たちは疑似露天街に集まっており、今はそこが一番活気があると言ってもいいだろう。昼になれば平民の学生が殺到することは想像できるので、その時には見回りなどを強化する方針だ。


「貴族の中でも、露天で買い物をしてみたいという生徒も結構多いみたいですよ。いつもは馬車で眺めるだけだった料理なんかに手を出せるチャンスだと息巻いていました」

「食べ過ぎて午後の競技に支障が出なけりゃいいけどな」

「クラスの皆には注意だけはしておきましょうか」


 そんなことを話していると、招集が掛けられた。

 グラウンドには実行委員と生徒会、そして教師や警備など、今日の実行役の面々が集められている。そして簡易の壇上に立つのは、高等部三年の実行委員長と生徒会長だ。


「みんな、今日まで準備お疲れさま。天気にも恵まれて、僕たちの努力は無駄にはならなさそうだ。僕たちは実行委員としてこの体育祭を問題なく進めていく役目があるけど、今日は一競技者としてもしっかりと楽しんで体育祭をいい思い出にしましょう」

「なんて実行委員長は気楽に言ってくれるが、人が集まればトラブルは起きるものだ。気の抜きすぎは問題だが、俺たちには去年までの積み重ねがある。みんなは過去から学んだマニュアルを読み込んでいるはずだ。それに従えば大きな問題を事前に潰すことはできるだろう。一生徒としても、実行委員としても有終の美を飾って楽しい時間だったと語り合える体育祭にしよう」


 二人の挨拶に拍手で答え、俺の初めての体育祭が始まりを告げた。


   ◇


 合図とともに旗が振り下ろされ五人が駆け出す。数秒でトップへと飛び出したのはヴァイス王子だ。

 女生徒たちからの歓声を受けながら、そのまま後続を引き離してトップでゴールを掻っ攫った。

 王子もなんだかんだハイスペックな体の持ち主なんだよな。比べられるのがカトレアなせいで下に見られがちなのだが、カトレアがいなければ普通にトップに立っている存在だ。あれがバグなだけなのだ。


「王子も大変だねぇ」

「あれ、ノクトって王子に興味あるのか?」

「その言い方は語弊を生むぞ、ウルバ」


 ほら、クラスの女子がなんか変な視線をこっちに向けてくる。


「ほら、王子ってカトレアが婚約者みたいなこと言われてるじゃん? 正式な発表はないみたいだけど、あれがずっと隣にいるとか地獄だぞ」

「そうか? 噂で聞くカトレアさんっていうと、令嬢の鏡みたいな話を聞くが」

「噂はしょせん噂ってことさ」


 本物の令嬢なら、裏路地に入って悪党の成敗なんてやらないし、こっそりと地下室で魔石の研究なんかもしないし、乳牛を見て焼肉店をやろうなんて考えないのだ……あれは令嬢というよりも、もっとマッドな何かである。


「けどスペックだけはすごいからな。あれとずっと比べられてるんだろ? 地獄じゃんか」

「確かにカトレアさんと比較されるのは辛いかも」


 視線を別方向へ向ければ、ちょうどカトレアが魔法競技シューティングガードを行っていた。

 と言っても試合にもならない一方的な展開だ。

 自身の守るべき球体は風の螺旋によって守られながら、得意な炎の魔法で相手の防御を徐々に破壊している。相手もなんとか攻撃をと考えているようだが、防御で手一杯の様子。じきに勝負がつくだろう。


「二属性同時に扱うのって難しいって聞くよな」

「それをああも透かした顔でやってるんだ。バケモンだな」


 そして歓声が決着を告げる。

 相手選手は疲労でその場に座り込んでしまったが、カトレアは汗一つかくことなく髪を流しながら澄ました様子でグラウンドから去っていった。


「同学年でもあんな負け方したら心折れるんじゃないか?」

「前聞いた話だと、実力差がありすぎて逆に諦めが付くらしい」


 むしろ善戦できれば高評価もらえるそうだ。

 先ほどの対戦相手も、多少回復したところでクラスメイトの元へと戻り、普通に談笑している。カトレアに負けたことも話題にはなるということか。

 そんなところで次の競技の招集放送がかかる。第五グループの百メートル走は俺だ。


「んじゃ、俺の番だから言ってくるわ」

「優勝期待してるぞ!」

「んなことできる分けねぇだろ。俺は平凡だよ」


 後ろ手に手を振って、俺は集合場所へと向かったのだった。


   ◇


 昼になった――ん? 結果? 予選二位敗退だよ。百メートル走は希望者も多いから予選と決勝があるのだが、決勝に上がれるのは予選グループの一位のみ。俺は二位だったので無事敗退である。

 一位のやつは早かったな。どこかの運動部の生徒のようだが、ぶっちぎりでゴールしていた。

 俺個人の出る競技は後は騎馬戦だけだ。騎馬戦は最後の競技になるので、あとはゆっくりと昼を過ごすだけである。


「ノクトもイーレンもお疲れ様ー」


 応援に来ていたエーリアと合流して、開放されている芝生広場でのんびりと昼を過ごす。


「疲れていない。体育祭は楽な一日」

「それはお前だけだ」


 イーレンはシューティングガードで中等部二年の一位になっていた。

 まあ空間干渉と始原魔法を使えば勝てないわけがないんだけどな。守りは分子固定でガチガチに固め、相手の攻撃魔法も防御魔法も空間干渉で無効化したのち、無防備なターゲットを破壊するだけなんだから。イーレンの魔法も化学知識のおかげで大概チートじみてきている。

 しかも全試合を二分以内に決めやがったからなこいつ、やさしさの欠片もない。

 ちなみに、中等部一年の優勝は当然のようにカトレアだ。


「カトレアには絡まれなかったのか?」


 あいつイーレンの魔法に興味津々だったからな。色々と話しかけたいと思っていたはずだが。


「絡まれた。知りたければ部活に入ればいいと言っておいた。これで部費ゲット」


 したたかな奴だ。

 部活は掛け持ちも可能だから、カトレアは始原魔法研究会にも所属するだろう。あそこはイーレンのほかには幽霊部員しかいないので、本気で化学系魔法を研究したい二人には楽園だろうな。カトレアなら金に物言わせて色々な実験器具とか用意しそうだし、となるとイーレンの魔法もまたランクアップするかも。


「ノクトは午後の騎馬戦っていう競技にも出るんだよね? 私応援してるからね!」

「そうだな。このままだとクラス的にもあんまりおいしくない順位で終わりそうだし、少し漁夫の利を得てみるのもいいかもな」


 ヴァイスとカトレアでつぶし合わせることは確定しているのだ。俺が少し稼がせてもらっても構わないだろう。なにせエーリアが応援してくれているのだ。頑張らなければな。


「ノクト、おねだりには弱いよね。私、顕微鏡っていうのが欲しいなぁ」

「ねぇよ。つかもう地下室は作ってやっただろうが。機材ぐらいは自分で何とかしろ」


 つかどうせそのためにカトレアを部活に引き込んだんだろ。

 ハオラ商会との裏契約の金や、エーリアの野菜の売り上げ、ビーレストからの寄与なんかを使って孤児院の地下室にイーレン用の魔法の研究室を作ってやったのだ。だがさすがにビーカーやアルコールランプなんかの実験道具は高価すぎてまだ手が届かない。イーレンの研究したいものによって道具も変わってくるので、そっちはイーレン自身で集めてもらうことにしたのだが、一昨日研究室に入ったときはすでに色々な道具でテーブルの上が溢れていた。

 いったいどこで手に入れてきたんだか。


「むぅ、仕方ない」


 むくれつつサンドイッチを頬張るイーレン。そんなイーレンを見てエーリアと共に笑っていると、遠くから声をかけられた。


「やっと見つけた。みんな、久しぶり」

「わぁ! ビーレスト、久しぶりだね!」

「エーリア姉さん久しぶり。その様子だと元気いっぱいだったみたいだね」

「うん。ビーレストも元気そうでよかったよ。そっちの子は噂の妹さん?」

「義妹のルクリアだよ。ルクリア、こちらが孤児院の時の姉さん替わりだったエーリア」

「は、初めまして。ルクリア・フォン・ハシュマと申します」

「初めまして。エーリアです。噂には聞いてたけど、本当にかわいいねぇ。ビーレストが羨ましくなっちゃうよ。イーレンも昔は可愛かったのに、今じゃこんなになっちゃって」

「そんな、お姉様こそとても綺麗です」

「あはは、ありがとう。お貴族様に褒められちゃうといつもより倍は嬉しいね」


 普段は貴族用の食堂を使っているため学園に通っていても会うことはない二人だが、今日は体育祭。思い思いの場所で昼食をとっているので、こうして約束をしておけば会うこともできる。

 今回はエーリアも来ることが分かっていたので、久しぶりの顔合わせということでビーレストたちも呼んでいたのだ。

 ルクリアとエーリアの相性もまあお互い変な性格はしていないのでいい方だろう。むしろイーレンとルクリアだとルクリアが困惑するパターンが多いし大変そうに見えてなぁ。あんまり二人きりじゃ合わせないようにしている。


「さあ、座って座って。ビーレストもね」

「では失礼します」

「うん。お弁当作ってきてくれたんでしょ? 久しぶりのエーリア姉さんの料理だから楽しみにしてたんだ」

「気合入れて作ったから、いっぱい食べてね」


 バスケット二つにぎっしりと詰められたサンドイッチ。

 普通に食べきれるか怪しい量だが、まあ余ることはないかもしれない。

 頬いっぱいにサンドイッチを詰め込んだイーレンと、その美味しさに驚いているビーレストとルクリアを尻目に、俺も手前にあった卵サンドを手に取る。


「エーリア姉さん腕上げたね。材料もすごくいいもの使ってるでしょ?」

「こんなおいしい野菜は食べたことがありません。みずみずしいのに水っぽさはなく、とてもシャキシャキと歯ざわりもいいです」

「いいものって、うちの畑で採れたレタスだよ。玉ねぎは水にさらして辛みは抜いてあるから食べやすいはずだけど」


 普通に採れ立ての良さもあるだろうが、野菜としての品質が一般のものとは段違いだからな。

 エーリアが育てたものだが、俺が誇らしくなってしまう。


「この野菜、うちに売れる分って作れそう?」

「ちょっと厳しいかなぁ。昔からうちの野菜を使ってくれる料理屋さんとかに優先してるから、もうあんまり余裕はないんだよね」

「そっか。これだけおいしいと少し残念だな。ノクト、何か考えてない?」

「一応考えていることはあるが、すぐどうにかなる問題じゃないな。三年から五年ぐらいで規模を拡大するつもりはあるが」


 今構想しているのは、王都からさほど離れていない村を利用した本格的な農作業への参入だ。

 王都の近くの村は基本的に商人が多く通るためそこまで廃れるということはない。だが、他の街道に商人を捕られてしまった村などでは、ほそぼそと農業をしてその日の糧を得ている程度のところもある。考えているのは、そんな村を使った再開発事業だ。

 といっても、産業の発展などではなく、エイチェとそこにいた村人たちを使って今作っている作物たちの大量生産に乗り出そうというものだ。

 これまでの農業のノウハウを利用した栽培だ。味もある程度の保証はできるし、エーリアから誘導してもらえば買い手はすぐに見つかるはず。

 これが成功すれば、孤児院に人が増えた場合でも農村へと流すことができるし、うまくいけばそっちで結婚相手を見つけることができるかもしれない。孤児院の出身というディスアドバンテージを、農村自体を孤児院の管理下に置くことで反転させてしまおうという結構無茶な考えでもある。

 ただそのためには、エイチェに村人を指導できるだけの知識と教養が必要になるので、それを付けるまでに三年から五年と考えていた。


「まあそれまでは気長に待ってくれ」

「仕方ないね。けどたまに仕送りしてくれると助かるよ。その分はちゃんと寄与で還元させてもらうから」

「うん。余裕があればそっちにも分けてあげるね。あ、こっちのマッシュポテトも自信作なんだ。食べてみて」

「おお、こっちもすごい美味しい。これ僕のお気に入りになるかも」

「こっちはレシピがあるから、今度教えるね」

「お姉様、ぜひお願いします。お兄様、今度()がお作りしますね」

「うん、楽しみにしてるよ」


 ビーレストも順調に回りを埋められているかもしれないなぁなんて思いつつ、俺は二つ目のサンドイッチへと手を伸ばすのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ