従いたいと思える人物
「体育祭が近づいてきた。進級組にはおなじみだとは思うが、外部生のために説明するぞ。この学園では毎年体育祭の実行委員を各クラスから二名選出している。その二人を中心に体育祭の参加競技なんかを決めていくわけだが、実行委員はそれ以外にも運営の手伝いなんかをやってもらうことになっている。聞いただけでは面倒な仕事にも思えるが、面倒な分しっかりと成績には反映される。もし希望があるならば挙手してくれてもかまわない。まあ、基本的には身分の高いやつにやってもらうことになるんだがな」
苦笑する教師をよそに、クラスの中ががやがやと騒ぎ出す。
大半の生徒は普通に体育祭というイベントが楽しみなのだ。中学生の俺たちにとって思いっきり体を動かしながらつまらない授業を受けなくても済むイベントは貴重だからな。
そしてそんな大半とは違う生徒たちは、どこか緊張感を持ってこの推薦イベントを迎えている。彼らはこれまでに一度でも実行委員に選ばれてしまった者たちだろう。当然貴族だ。
平民の指示でクラスの貴族たちが気持ちよく従ってくれる訳ないからな。必然的に貴族の中でも爵位の高い家の息子、娘さんが実行委員に選ばれるわけだ。
今年、このクラスにはとびぬけて爵位の高い貴族というのがいない。最高で公爵の息子が二人いるが、それと同列に扱われる辺境伯の息子であるブラウがいる。
男子の実行委員は必然的にこの三人の誰かということになる。
女子の方はと言えば、セラのみが侯爵令嬢なのでほぼ決まったも同然だろう。セラは慣れているのか、さっさと前に出てまとめ役をやり始めていた。
「では私はほぼ確定で決まってしまうので立候補します。私で構わないという方は拍手をお願いします」
答えはクラスメイト全員からの拍手だ。それを受けてやっぱりかぁと苦笑とため息を吐きつつ、司会を進行する。
「では次に男子の実行委員を決めていきます。想定されるのは三人ですが、三人の中で立候補はありますか?」
全員が経験者なようだが、ブラウを含め手を挙げる者はいなかった。成績に反映されると言っても、全員領地持ちだからな。領地を継ぐことが決まっているのに、今更成績も何もない。
「案の定誰もないようなので、この三人の誰がいいか投票で決めていきたいと思います」
「ちょっと待ってくれ」
「あれ、ブラウ君立候補してくれるんですか?」
「いや、個人的に推薦したい人物がいる」
「推薦ですか? けど、このクラスにはもう同じぐらいの位の子っていませんよね?」
「もともと爵位どうこうの問題はその人物に従えるかどうかという問題の先にあるものだ。故に、俺たちでも従うしかないと思える人物であれば平民であっても関係ないはずだ」
ブラウの意見は一理ある。だがそんな都合のいい人物など存在しないからこその爵位ルールなのだが。
セラも言いたいことは理解できるが、だからなんなのかが分からず首をかしげる。
だが俺は嫌な予感がひしひしと伝わってきているぞ!
「えっと、そんな人物がこのクラスに?」
「ああ、思い当たる節が一人いる。そもそも俺たちの学年にはヴァイス王子とカトレアさんという二大巨頭がいる。実行委員となれば確実にあの二人は出てくるだろうし、それと話し合わなければならない機会も多いだろう。俺たちが立候補を躊躇する理由も主にはそれだ」
ブラウ以外の二人が、その発言に対してうんうんとうなずいていた。
あの二人に関しては、本当に存在感が別格なのだ。幼いころから神童として周りを振り回してきたカトレアと、それに追いつかんと必死に努力をしていたヴァイス。彼らと共に動こうとすると、自然とこれまでの自分の常識が破壊されてしまうのだろう。それを恐れる者たちは意外と多いらしいのだ。
「だが最近興味深い噂を聞いた。あのカトレアさんと親密であり、ヴァイス王子と対等の戦いをしたという噂だ」
「ああ、なるほど!」
セラもその噂を聞いて誰を推薦したいのか理解したのだろう。ポンと手を打つ。それはクラスの全員の共通認識となっていた。
視線が俺に集中している。
「そういう訳で、俺はノクトを実行委員として推薦したいと思う」
「待ってほしい! 俺はつい先日に奉仕活動をやらされるレベルの問題児だ。クラスを主導するには評判が悪い可能性がある!」
当然全力で反対意見を述べさせてもらうよね。俺としては普通に一生徒として体育祭をやり過ごすつもりだし。こっちは王子のサポートもしなければならないのだ。実行委員までやってられんぞ。
「それはヴァイス王子やカトレアさんも同じだ。それに主導するならセラを前に出せばいい。俺たちが期待しているのは、ヴァイス王子やカトレアさんとまともに話せる人材ということだ」
「それならセラさんがいれば十分だろう。セラさんはカトレアさんの側近候補のはずだ」
「だがヴァイス王子とはあまり親密ではないし、まだ男子と話すこと自体にも慣れていない節がある。円滑な運営にはむしろヴァイス王子と表裏なく話せる人物が必要だ」
「私もヴァイス王子との取次をしてくれる人がいれば助かるかも」
「そういうことだ」
「くっ」
ブラウが勝ったと視線で言ってくる。
あまりに突然だったせいで有効な反対案が出せない。セラやブラウといった貴族のトップ勢が乗り気なせいで、下級貴族たちも賛同に回り始めている。
それにもともと平民からは割と人気なせいで、クラスからの反対意思が薄すぎる。逃げ切れないか。
「ではこの四人で多数決を採りたいと思います」
お前が「いてくれたら助かるかも」とか言った時点でもうクラスの心は決まってるようなもんじゃねぇか!
そしてセラの一声で多数決が始まり、予想通りの圧倒的人気で俺が男子の実行委員として選ばれることになってしまった。
◇
くっそ、面倒なことになってしまった。
そもそも今回の体育祭にイベントとして大きな意味はない。小説内ではこの年の体育祭はあっさりとしか書かれておらず、カトレアが応援したり弁当を作ったりする程度の展開で多少の笑いをとっていた程度だったはずだ。
それがなぜヴァイス王子が勝てるような競技を考えるなんてことになってしまったんだ。
ストーリーが大きく変化している可能性を考える。
だが、メインストーリーとしてはまだ変化はない。王子の心の問題としてはそれを解決するにはどうしてもメインヒロインであるレリアが必要になる。たとえ今回一勝を手に入れたとしても、コンプレックスが晴れることはないだろう。
であればランダムミニイベントとして考えるべきか。にしては規模がデカいよなぁ。
まあいい――
とりあえずは目の前のことに集中しよう。
放課後、さっそく俺とセラは生徒会に今年の実行委員に決まったことを報告した。
生徒会としては俺が選ばれたことにかなり驚き心配しているようだったが、カトレアと同じ部活であることを聞いて一応の納得を示した。ただ同時に、最近の噂で王子と対立しているというものには不安も示していた。
当然として実行委員にはヴァイス王子も選ばれている。俺たちが実行委員で対立しトラブルの種になることがないようにと釘を刺された形だな。
まあ、実際のところは勘違いが原因だったし、それもすでに解消されているので生徒会が心配するようなトラブルは発生しないだろう。
むしろ彼らには別のことで苦しんでもらうのだ。
新しい競技の投入と、カトレアの暴走の尻拭いという苦しみをな。
「クックック」
「ノクト君、どうしたの?」
「あ、いえ、生徒会の人たち驚いてたなと思いまして」
「普通はブラウ君辺りが来ると想定してたでしょうからね。けど、実際いい人選だったともいますよ」
「そうですかね? 結構無謀なことをしていると思いますけど」
「そんなことないですよ。カトレア様からも、ノクト君の優秀さは色々と聞いていますから」
またあいつか。そういえばヴァイス王子が、セラやシュヴァルツにも色々と話していると言ってたな。
「聞いても良いことはなさそうなので、話さないでくださいね」
褒められても恥ずかしいし、変なことを吹き込んでいればあいつをぶっ飛ばしたくなってしまう。ここは俺の心の健康を保つためにも聞かないのが一番だ。
「えー、普通に褒めていたんですからいいじゃないですか」
「智士は火種に近寄らずですよ。あれは藁だろうが石だろうが問答無用で燃やしますから」
「あはは、否定はできませんね。現にこうして私と実行委員をやっているわけですし」
「まあ決まってしまった以上はしっかりやらせてもらいますけど、選ばれてるのは皆さん初等部で一度は経験している方たちですよね? 自分は完全に未経験なんですけど、足引っ張らないか心配です」
「大丈夫ですよ。そんなに難しいことはしていませんし、まして専門知識なんて必要な場面もありませんから。いつも通りに競技を決めて、それの担当を振り分けるだけです」
「だといいんですが」
ヴァイス王子が提案する新競技が騎馬戦だと分かれば、カトレアの性格なら喜んで飛びつく。そして勢いのままに実行委員として行動し、規模を想定以上のものにすることは確定と言っていい。まあ、その規模がどんな方向に発展するのかは分からないが、とりあえず金儲けともう一つぐらい新競技が追加される可能性を考えておいたほうがいいだろう。ハオラ商会の方にも一声かけておくか。
考えをまとめながら昇降口へとたどり着く。
「今日は生徒会への報告だけで仕事は終わりだけど、明日からは本格的に実行委員として集まって集会とかが始まりますから忘れないように注意してくださいね」
「場所は中会議室でしたよね?」
「はい、一応放課後になったら一声おかけしますから、教室で待っていてください」
「分かりました」
「では、また明日」
「また明日」
セラと別れ、俺はそのままハオラ商会へと向かう。
契約に従って今日のことを伝えるのもあるが、カトレアが焼き肉関連で何か動き出していないかを確認するためだ。
商会の受付に顔を出せば、顔パスでディアスと連絡を取ってくれる。もう何回も来ているおかげで、受付の皆さんとは完全に顔なじみだ。時々お菓子を持って行ったのも好感度を稼ぐのに役に立ったのだろう。
受付嬢に呼ばれ即座に上から降りてきたディアスと商談室に入った。
「カトレアから何か連絡あったか?」
「ああ、焼き肉屋だっけ? とりあえず店舗買って改装するから、そのための資材を融通してほしいってさ。七輪とか炭とか換気用の道具だとかノクトから聞いてなかったら悲鳴上げてたところだわ」
やっぱりか。カトレアのことだから現代の焼肉店をそのまま再現するつもりなのかもしれないが、こっちの世界じゃそもそも火を使う場合は竈を使うし、炭よりも薪を使う世界観だ。七輪や炭なんて他国からの輸入になるからすぐに用意しろと言われても無理なんだよなぁ。世界観の認識が甘いから、カトレアからの依頼は現地民に悲鳴を上げさせるのだ。
店舗の木材なんかは普通に用意できているみたいだし、七輪なども少数ではあるが入荷が間に合いそうだとホッと胸をなでおろしていた。今はその少数を持ち込んで近くの工房などで量産できないか確認を取っているらしい。
「そりゃよかった」
「会頭もノクトとの契約は間違いじゃなかったって喜んでたよ。んで、今日はその確認だけじゃないんだろ?」
「まあな。学園で体育祭が近い。あんまり店舗を立てるとかほどの大きな動きじゃないだろうが、出店ぐらいは考えておいていいかもしれない。貴族向け、平民向けに値段と質を変えた露天商売だな」
「体育祭は丸一日使うんだったな。となると飲み物とかは売れそうだ。昼よりも軽食を考えたほうがいいかな?」
「あー、貴族向けはそうだな。ティータイム用の菓子とか用意してもいいかも。平民向けはむしろボリューム増やした昼飯のほうがいいだろうな。学園の許可が下りたら、その時点で宣伝を始めれば、体育祭の時はそっちで買ってみようって連中も出るかもしれない。ま、全部カトレアの動き次第だけどな」
「あのお嬢様なら、こっちから誘導すればノリノリでやってくれる気もするし、あんまり不安はしてないさ。他の商会にも裏で声をかけておこう」
独占は敵認定されるからな。うま味のある情報は少しずつ同業者へと流して共有するのは大切な生存戦略だ。ディアスもそのあたりの感覚をつかんできているらしい。しっかりと商人しているじゃないか。
「今日はそんなところだな。あと、俺が実行委員に選ばれたから、しばらくはこれなくなるかもしれない。何かあれば連絡するけど、即応性は期待しないでくれ」
「珍しいな。ノクトが誰かの代表になるなんて」
意外そうな目で見てくるディアスに、俺は肩をすくめる。
「推薦からの多数決だ。逃げられんかった」
「ハハ、まあノクトならそのうちそうなると思ってたわ。頑張れよ」
「適度に流しながらやるさ。楽に生きないと人生もったいないからな。んじゃ俺はそろそろ帰るわ」
「俺はこの情報をまとめて会頭に上げてから帰るから少し遅れる。晩飯は分けといてって頼んどいて」
「あいよ」
さて、んじゃ帰ってやることやっちゃわないとな。
騎馬戦のルールなんかをまとめてプレゼンを作らなければならない。それをヴァイス王子に渡して、そっちから実行委員に提案してもらうのだ。
このプレゼンをヴァイス王子が上手くやれれば、自然と評価も上がるだろう。
ヴァイス王子は幼いころからカトレアに連敗してきたせいで、カトレアに対して負け癖のようなものが付いていると予想できる。ここらできっちりとレールを敷いて勝たせてやることで、勝ちかたを教えてやれば意外と他の勝負でも勝てるようになるかもしれない。
まあこれは希望的な観測だが、何もやらないよりやる方が意味はある。
カトレアと戦える相手が生まれれば、カトレアの被害もそっちに集中するだろうからな。
俺の負担を減らすチャンスってわけだ。
そのためにも、きっちり俺はプレゼンを準備してやらないとな。
フッ、前世で読んだプレゼンテーション能力と人を引き込む資料作りのハウツー本の記憶を駆使して、この世界では見たこともないような素晴らしいプレゼンを用意してやるよ。
とりあえず騎馬戦のルール思い出すところから始めないといけないけどな!




