遠くの背中を目指して
ぬぉぉおおお、許せぬ政治的判断!!
どう考えても悪いのはあの二人だろ。なんで俺まで連帯責任で罰を追わねばならん!
学校側の言い分はこうだ。
一生徒といえど相手は王子。王子個人が問題を引き起こし、侯爵令嬢が問題を大きくした。その中にただの一般生徒が巻き込まれたとなれば、平民と貴族の間に軋轢ができてしまう可能性がある。
ここで俺に責任の一端を負わせることで、両成敗となり軋轢を起こさずに済むのだという。
正直なところ知ったことかと言ってやりたがったが、ここは貴族至上主義の社会。下手な意地は身を亡ぼすだけでなく周囲の仲間までも焼いてしまう。
大人しく指示に従う代わりに、ちょっとした裏取引をさせてもらった。
なに、簡単な話だ。ちょっと成績を付ける際にうっかりミスが発生して本来の評価よりも高くなってしまうだけの話。
王子と喧嘩したという噂、そして侯爵令嬢との仲の噂、ついでに連帯責任によって発生した奉仕活動の対価が成績となれば……ちょっと納得できないが、まあグッと飲み込むこともできないこともない。
ちなみにだが、今一番ホットな噂は俺とヴァイス王子がカトレアを巡って決闘をしたという噂である。どこから決闘なんて話が出てきたんだ? 俺魔法も使えないただの平民だぞ。
いやぁ、尾びれ背びれどころか、毒のついた刺まで生えてるんじゃないかってレベルで噂がねじ曲がってるな。もはやオニカサゴだ。
だが、ヴァイス王子がカトレアのことを気になっているというのは事実だ。俺とカトレアの関係が気になり呼び出したことも事実なので、完全な間違いとも言えないんだよなぁ。
そういえばヴァイス王子の周りはどれぐらいがヴァイス王子の想いに気づいているのだろうか。
カトレアは――まあ間違いなく気づいていない。奴は自分に向けられる恋愛感情に主人公体質レベルで鈍感だ。では取り巻きたちは? 幼いころからの側近なら気づいていてもおかしくはない。けど学園から側近になった連中は気づいていないかもしれないな。ヴァイスはカトレアとの婚約話になるとムキになって嫌だと言い張っている。心の中では勝って対等になってから婚約したいということかな? 小説ではカトレアの一人称だったから、ただ勝ちたいという子供心と書かれていたが、そんな裏が隠されていたとは。
さて、そんなことがあり木曜日。あれから三日たった訳だが、俺は学園ではなくつい最近来たばかりの牧場へと顔を出していた。俺の隣に並ぶのは、第二王子ヴァイスと侯爵令嬢カトレアである。なんでカトレアはジャージ着てやる気満々なんですかねぇ。その麦藁帽子どこで作ってきた。エーリアにもあげたいからあとで一つくれるか相談してみよう。
俺たちの後ろには引率の教師。
「本日奉仕活動の対象となった三名です。身分、性別、年齢一切考慮せず、しっかり仕事をさせてやってください」
「おう、任せておけ。こっちもちゃんと書面残してもらってるからな。遠慮なくサボったら叩いてやるよ」
そんな剛毅なことを言う男は、この牧場の牧場主であるイタカッタさんである。日曜日に来た時は知らなかったのだが、この牧場は学園と提携していて、奉仕活動はここで行わせることになっているのだとか。そのために国王から直筆の指導許可証をもらっているらしい。国王の直筆ともなれば、どの貴族であってもイタカッタの指導に対して逆らうことはできないというわけである。もちろん第二王子や侯爵令嬢であってもだ。
「ノクトです。よろしくお願いします」
「カトレア・フォン・レヴァリエよ。よろしくお願いいたしますわ」
「ヴァイス・レーヴ・シェンディカだ。よろしく頼む」
「おう、しっかり働いてもらうからな。じゃあさっそくついて来てくれ」
イタカッタに従い、俺たち三人は黙って後を追う。やってきたのは、牛舎の一つ。日曜に来た時に入った乳しぼり体験の時の牛舎よりも臭いがキツイ場所だ。
どうやらあそこは体験用の場所であり、こっちが日常的に使われている牛舎のようだ。
王子やカトレアもこの臭いには参ったのか、まゆを顰めて眉間にしわを寄せている。それでも文句を言わないのは、自分たちが悪かったという自覚があるからだろうか。
だが牛舎の中には肝心の牛たちがいない。
「今ここの牛はみんな放牧している。その間に俺たちはあいつらの寝床を整えてやるわけだ。あいつらにはトイレなんて理解できないからな。フンや尿は全部その場に垂れ流しちまう。毎日ベッドは変えてやらないと気持ちよく過ごせないわけだな」
「俺たちの仕事ってことですね」
「そうだ。まずは今敷かれている藁を全部取り除いて、その後にフンを片付けて床を水で流す。最後に新しい藁を敷く。そこまでを奉仕活動ではやってもらう」
「ふむ、結構楽な仕事だな。奉仕活動だから重労働が与えられると思っていたが」
ヴァイスがつぶやくが、それをイタカッタが否定する。
「それは違うぞ。尿で濡れた藁は重いし、フンの片づけは臭いもキツイし気分的にもいいもんじゃない。時間も限られているから、ゆっくりなんてしてられないしな。意外と弱音を吐く奴も多いぞ。お前らがどうかは知らないけどな」
「フフ、こういう仕事も一度はやってみたかったのよね。じゃあさっそく始めましょうか!」
フォークを肩に乗せ、やる気十分のカトレアが牛たちの部屋へと入っていく。俺はため息をついてその後に続くのだった。
ざっくりと刺した藁にはかなりの重みがある。一晩中牛たちの尿を吸い込んだ藁だ。重いのはしかたがないか。それを一輪車へと移動させ、たまったところで廃棄場へと持っていく。ひたすらそれの繰り返しは、黙々とやっていても一向に終わる気配を見せない。さらに藁の中にもフンが混じっており、フォークで持ち上げるとボロボロとこぼれてくるのだ。これが精神的になかなかクルものがある。これを普段からやっている牧場主のすごさを実感していると、カトレアが声をかけてきた。
「そろそろ溜まったから持っていくわね」
「ああ、頼む」
「代わりのここに置いておくわよ」
一輪車で運ぶのはカトレアの仕事だ。藁入れはなかなか重労働だが、一輪車なら何往復もする必要があるがそこまで力は要らない。俺もヴァイスも自然とカトレアに任せていた。
そして二人っきりになったところで、ヴァイスが口を開く。
「少し聞きたい」
「なんですか? カトレアならただの友人ですよ?」
「それはあの後カトレアから聞いた。婚約者もいるとな。私の早とちりだった。すまん」
「いえ、分かっていただけたのならいいですけど、それなら何でしょうか?」
「…………お前はどうしても誰かに勝ちたいと思ったことはあるか?」
少し間を置いて出た言葉に、俺は王子の尋ねたいことを理解する。
「カトレアに勝ちたいんですか?」
「――ああ、勝ちたい。俺はずっと二番は嫌だ」
返ってきたのは、第二王子のテーマにもなっている言葉だった。
二番目。第一王子の予備であり、常にカトレアと比較され、常に努力を続けながらも座学も、運動も、魔法も二番と評価され続けた少年の本心がそこには表れていた。
「別にカトレアにすべてで勝ちたいなんて思わない。あいつは実際すごいやつだし、努力もしている。それを知っているから、あいつが一位なのを羨んだり妬んだりすることもない。けど、俺はずっとあいつの背中を見ていたいわけじゃない。一つでいいんだ。まずは一つ、あいつに勝てる何かが欲しい。これならあいつには負けないと胸を張れる何かが欲しい」
随分と大人な感想だと感じた。これが王族として育てられたものの精神なのだろうか。それともカトレアの影響で大人っぽい考え方が浸透しているだけなのか。
どちらにしても、普通ではない。一位は羨ましいものだし妬ましいものだ。その感情をしっかりとコントロールできる王子の姿は、格好よく見えてしまった。そしてその上で勝ちたいと願う想いに応えてみたいと思ってしまった。
「勝てる何かですか。難しそうですね」
「うむ。俺も色々なことに挑戦し、勝負を挑んでいた。だが、俺よりも後に始めたはずのカトレアが、なぜか俺の先へと進んでいく。初めてのゲームでルールを理解し、大人を負かしたということもあった。頭脳で勝つのは難しいと思う。だが運動でもカトレアは天性の才能を持っていると言ってもいいだろう」
「聞いたことがありますよ。初等部の体育祭では出場できる種目全部に出場し、その全てで優勝した挙句、次年度からは出場できる回数に制限をかけられたとか。噂だとは思っていましたがまさか?」
「うむ、事実だ。初等部一年のころに優勝を総なめし、その後父から三つまでに絞ってくれと頼んだことがある」
国王動かしたのかよ……まあ幼いころから勝つという経験が無い世代が完成するのは危険かもしれないけど。それが国の中枢を担う人材が集まっている世代なら特に。
「となると個人戦で勝つのは現状諦めたほうがいいかもしれませんね。体育祭まであまり時間もないですし、短期間で運動能力を劇的に上げる方法なんて碌なものはありませんし」
「そうだな。薬や魔法で能力を底上げして勝っては、俺も胸を張れん」
「となると集団戦――」
指揮官として勝つか、それとも軍隊の中に混じった乱戦の中で多対一を作り勝利するかという話になる。だが指揮官としてだと、おそらくボードゲームと同じ結果になりそうなんだよなぁ。カトレアだし。となれば多対一一択になるわけだが、そんな競技は体育祭には存在しない。
あって棒倒しや大玉転がしなのだが、あれは直接戦うわけじゃないし、王子の望むものとは少し違う。
「やはり難しいか」
「既存の競技だと当てはまるものがありませんね。となると新しき競技を加えるしかないのでは?」
「実行委員になれば競技の選定にも参加できるはずだ。不可能ということはないだろうが」
「ではその方向で考えましょう」
なにか意外だったのか、王子が驚いたように目を瞬かせた。
「協力してくれるのか?」
「勝ちたいのでしょう?」
「うむ。だが俺はお前に多大な迷惑をかけた。現に今もこうして本来ならば必要ない奉仕活動に参加を強いられているのだぞ? 聞いた手前でなんだが、なぜそんな俺に協力してくれるのだ」
あ、その認識ちゃんとあったんだ。本当に王子の感性はまともなんだよなぁ。王族として育って平民に対して迷惑をかけたなんて思える感性があるなんて、どんな育ち方したんだ? あ、いや……カトレアに迷惑をかけられさせ続ければ他人の気持ちも理解できるようになるのかもしれない。
「王子の考えが真剣で応援したくなるというのもありますが、個人的にはカトレアが負けて悔しがる姿が見てみたいというのもありますね。俺一人でもあいつに勝つというのは難しそうですし、こういう機会でもないとなかなか拝めないでしょうから」
俺だってチートと呼べるものは転生知識ぐらいしかないからな。純粋な勝負事においてカトレアに勝てると言えるものは何一つないだろう。だから利用するのだ。それを考えれば、カトレアの負け姿というのは大変レアなのではないだろうか。それを見てみたいと思う想いも事実としてあるのだ。
「なるほど、聞こえのいい言葉だけではないと、なぜだか信頼できそうな気がしてしまうな。ならば頼む、カトレアを倒すために協力してくれ」
そう言ってヴァイス王子は深々と頭を下げた。
「頭を上げてください、じゃないと相談ができないじゃないですか」
「そうだな」
「で、本題です。協力するにしたって、勝てそうな勝負を考えなければ意味がありません」
「うむ。個人で勝てない以上集団で。だが集団であってもカトレアが輝けば集団そのものが強くなる」
「それはおそらくカトレアが指揮官として集団をまとめ上げる力が強いからでしょう。ですが強すぎる力というのは一兵卒に混じれば自然と異物になります」
「一人だけ足並みの早い兵士がいても、部隊は崩れるからな。だが学園とはいえど、俺たちは一兵卒にはなれんぞ」
学園の中では平等。だがその看板の下で、俺たち平民は貴族たちが指揮するチームで動くというのが基本だ。それは将来的なことを考えれば普通のことであり、むしろそうであってもらわないと困る事象だ。
故に王子やカトレアは自然と指揮する側に配置される。それを一兵卒まで落とす競技が必要だ。
要点を整理しよう。
一つ、カトレアに指揮をさせない。
一つ、個人の能力に左右させないものにする。
一つ、一兵卒に歩調を合わせさせる。
一つ、一対一にはならない場を作る。
これだけの要素を満たす競技を見つけなければカトレアには勝てない。ほんと化け物かよ……あのジャージ麦藁令嬢め。
競争系は難しいだろう。個人の能力がもろに出る競技だ。だが団体系でも個人技がものをいうものも多い。それを省くと球技などの集団戦となるが、今度はチームワークという点でカトレアの指揮が輝きだす。
野球なんかでは一対一の場面ができて、そこで王子との勝負が決まってしまうし、サッカーなんかもろにカトレアの個人技が炸裂する。集団戦であっても、意外に個人技というものは切り離せないのだ。
だから一兵卒に足を引っ張らせる必要があるわけだが、そう都合のいい競技なんて……
「足――足か」
「どうした?」
「ありましたよ。勝負としてちょうどいい競技が。それにこれなら、実行委員会に承諾してもらいやすいかもしれません」
チーム戦でありながら、一兵卒の能力に足を引っ張られ、常に他を意識しながら戦う必要のある競技。そしてこの世界にも馴染みのある名前を持った競技が一つだけある。
「騎馬戦をやりましょう」
「騎馬戦!? 学園に馬を持ち込む気か!? それは到底許可が下りるとは思えんぞ」
「いえ、実際の馬を使うわけではありません。詳しいことは後ほど資料としてまとめますが、平民たちが足の代わりとなり、その上に騎乗して戦う競技です」
「うまく想像できんが、それなら勝てる可能性があるのだな?」
「ええ、練習は必要ですが、可能性は高いかと」
「ならば資料をまとめてくれ。俺は実行委員会に入り、その競技を正式に認めさせて見せよう」
「ええ、期待しています」
「ただいまーって、全然進んでないじゃない!!」
カトレアが戻ってきたところで、俺たちの作戦会議は自然と終了した。
作戦会議に夢中になってしまっていたせいで、仕事の方が全然進んでいない。
俺たちは慌てて仕事を再開し、牛舎の掃除を進めていく。そして牛舎の掃除が終わるころには、背中は汗でべったりになってしまった。
「お前ら、よく働いたな。まあ及第点ってところだろう。これが奉仕活動の完了印だ。それを明日学園に提出すれば、きちんと働いた、反省したという証明になる」
「ありがとうございます」
「ま、二度とここで働かされるなんてことがないように、ちゃんと勉強に励めよ」
「「「はい!」」」
イタカッタさんに頭を下げ、俺たちは牧場の事務所を後にする。
夕方に差し掛かった牧場からは、真っ赤に染まった町を一望できる。その光景を眺めつつ、丘を駆け上ってくる風に当たって涼んでいると、カトレアがボソッとつぶやく。
「焼肉が食べたいわね」
「お前……この場面でどうしてその発想になる……」
仮にもここ牛乳やチーズの牧場だぞ。しかも少し感傷に浸りそうな夕陽を背景にめちゃくちゃなこと言いやがって。
「炭火で網焼きしたいわ。焼きたてを焼肉のたれに付けて食べるの」
「やめろ! 俺まで食いたくなるだろうが!」
「焼肉? ステーキとは違うのか?」
「全然違うわよ! 焼肉は焼肉でしか味わえない肉の味があるの! 決めた! 私焼肉店やる!」
「ふざけんな! お前ハオラ商会で進めてる商品どうするつもりだよ! つかそれもハオラに頼む気じゃねぇだろうな!?」
「ダメなの? 私のお抱えよ?」
「あそこは行商中心の商会だろうが! 店舗経営なんて業種が全く別だ! なんのノウハウもないところにいきなりそんな提案持ってったってまともに扱えるわけないだろうが!」
「むぅ、しかたがないわね」
ふぅ、どうやら思いとどまってもらえたようだ。そう思ったのだが――
「ならとりあえず一店舗展開してみましょう。私のポケットマネーでどこかのお店を従業員ごと買い取って焼肉屋として出店するわ。そのノウハウを使ってチェーン店舗を展開。資材調達や材料輸送にハオラをかませれば文句も出ないでしょうし」
く……割と的確なこと言ってきやがる。
こうなると止まらないだろうな。俺にできることは、この情報をあらかじめハオラ商会に伝えて、何を準備しておけばいいかアドバイスすることだけだ。
とりあえず店舗改装用の資材と、鮮度のいい肉を部位ごとに輸送できる冷蔵ケースの準備か? 衛生面も気を付けるようにマニュアル作成をさせるのもいいかもしれない。
文面ではすべてを理解するのは無理だろうし、実験店舗を出店したところでハオラにはその裏に入ってもらって必要なものを確認させるようにカトレアに注意ぐらいはしておけばいいだろう。
「焼肉か。カトレアがそこまで言うものとなると俺も気になるぞ」
「貴族たち用の高級焼き肉店と平民用の一般店舗の展開も考えないといけないわね! とりあえず私たちが食べたいから、高級路線で行くわ!」
焼き肉ぅぅぅううううと叫びながら、丘を駆け下りていくカトレア。
俺とヴァイス王子は疲労か心労か分からないため息を吐き、カトレアの背中を追いかけるのだった。




