二番目の王子
今回より五章・二番目の王子の挑戦編になります。
楽しいデートから開けて翌日。余韻もほどほどに今日から世の中は平日である。
俺も世の中に習って悲しいかな学園へと行かなければならない。
眠気を誘う教師の授業を聞き、すでに覚えてしまった教科書をめくりながらつまらない午前中を過ごす。
そして待ちに待った昼食の時間が訪れたと思ったのだが、残念ならが俺に穏やかな昼食時は訪れなかったらしい。
「おい、このクラスにノクトってやつはいるか」
教室の扉から俺の名を呼ぶ声。声の人物を俺は知らないが、その高圧的な態度からなんとなく貴族なのだろうなとは思う。
周囲の視線がこちらへと集中したところで、俺は仕方なく立ち上がる。
「ノクトは自分ですが」
「付いてこい。閣下がお呼びだ」
有無を言わせぬ命令。貴族ならば当然なのかもしれないが、学園では意外と珍しい光景である。
学園の中では位は問われない。半ば空約束となっているこれだが、貴族たちも表向きは守っていたりする。なので、こうやって堂々と命令してくるのは珍しいのだ。
「ノクト、何かしたのか?」
「いや、思い当たる節はない。まあ、行くしかないんだろうけど」
ウルバが小さく問いかけてくるが、特に貴族の恨みを買うようなことは最近した覚えがない。カトレアにはまあ多少雑に扱っているが、それを根に持つような奴じゃないし、あいつなら部室で直接言ってくるだろう。わざわざ呼び出しなんて手間はしない。
命令されてしまった以上は逆らうのは得策ではないな。ここでむやみに問題を起こして恨みを買うのはバカのやることだ。
それに、呼び出される理由はないが、相手の態度からなんとなくではあるが呼び出した人物は想像できる。
「閣下ですか――すぐに?」
「そうだ。閣下の貴重なお時間を貴様ごときに使われているのだ。さっさとこい!」
「はいはい、分かりましたよ」
「おい、大丈夫かよ」
「まあ、いきなり斬り殺されるようなことはないと思う。じゃあちょっと行ってくるわ」
俺が男の元へと向かうと、相手は何も話す気はないようで速足に歩いていく。俺はその後を追いながら呼び出した人物について考えた。
貴族が閣下という敬称を使う場合、自分たちより位の上の相手だ。それにあえて学園内でそれを使ったということは、ルールを破ってでも従う必要があるという意味。教師であれば普通に先生と呼べばいいし、ここまで強引に命令する必要もない。となると、呼び出した相手は同じ生徒ということになる。
そこまで絞れば、自然とその敬称を使われる人物は見えてくる。
例えば侯爵家。王族の血を継いでいる彼らには、殆の貴族が逆らえない。この学園には現在四人侯爵家の子息がいるが、俺と顔見知りなのはカトレアだけだ。
他の連中は違う学年だし、呼び出される理由は特にない。
そしてもう一人、侯爵家とは別に閣下の敬称が必要になる人物がいる。
ヴァイス・レーヴ・シェンディカ第二王子。
同学年であり、カトレアの婚約者という立場が内々に決まっている相手。カトレアの知り合いであることから、俺の情報が流れている可能性もある。
だから俺を呼び出すとすればヴァイス王子だろう。ただ、なぜ呼び出されたのかが皆目見当もつかない。
そもそもこの時期のヴァイス王子は初等科六年を経てカトレアとのわだかまりも解消され、比較的仲のいい友人という立場を得ていたはずである。
精神的にも安定しているはずのヴァイス王子がなぜ俺を?
「考えても分からないか。情報なさすぎ」
「何をぶつぶつ言っている」
「閣下がなぜ俺なんかを呼び出すのかが分からないもので」
「閣下のお考えは平民ごときに分かるものではない」
「では高貴なあなたはお分かりで? お会いした時に変な誤解のないようにあらかじめ伺いたいのですがね」
俺の問いに対して返答はなかった。つまりはお前も知らないってことか。
あんま信用されている取り巻きではないということだろう。たまたま目に入ったから頼んだぐらいの関係かもしれない。
ヴァイス王子に頼み事をされたことが嬉しくって張り切っちゃったタイプかな? そう考えると、この高圧的な態度にも可愛さが……ねぇな。男の高圧的な態度とかウザいだけだわ。ヴァイス王子も気が利かないな。同じ高圧的な態度でも、女性徒ならからかい甲斐があったというのに。
そんな張り切りボーイと共にやってきたのは食堂だった。どうやら待ち人は食堂にある貸し切り用の個室で待っているらしい。
「閣下、ノクトを連れてきました」
「入ってくれ」
中からの返事で男子生徒が扉を開ける。
やはりというか、そこに待っていたのはヴァイス第二王子だった。
窓を背にして立つ王子以外の姿はない。完全に一人で待っていたようだ。
「よく連れてきてくれた。君はもう戻っていいぞ」
「はい、ありがとうございます!」
男子生徒は嬉しそうにその場を後にする。きっと感謝されたことが嬉しかったんだろうな。こいつの原作の性格からすると、きっと名前も覚えていてもらえていないだろうけど。
そんな哀れな男子生徒のことはどうでもいいか。問題は一対一で話すことになった俺な訳だから。
「入っても?」
「もちろんだ。扉も締めてくれ」
中へと歩みを進め扉を閉める。ガチャリと音がしたところで、ヴァイス王子が振り返った。
俺と同じ黒い髪に黒い瞳。顔は乙女ゲーだけあって申し分ないイケメンだ。冷徹系というやつだろうか。前髪の隙間から除くつり目が俺を睨みつけているようにも見える。俺はそれがデフォルトだってことを知ってるから気にしないが、知らない人があの目を見れば、なにか怒りを買ってしまったのかと勘違いするかもしれないな。
「初めまして。というべきかな」
「そうですね。私は壇上の閣下を何度か見たことがありますが。自分はノクトと申します」
「うむ、ヴァイス・レーヴ・シェンディカだ。第二王子などと呼ばれている」
「その第二王子様が一介の平民にどのようなご用件で? 案内の者はなにも教えてくれなかったもので」
「当然だ。あいつには何も伝えていない。変に噂が流れるのも問題だからな」
多少事情を知ってる人なら王子が俺を呼び出したと気づくだろうし、人の口には戸が立てられない。噂なら今頃校内中を駆け回ってるだろうよ。この辺り抜けてるのが、カトレアに成績で勝てない原因なんだろうなぁ。
「で、そのご用件は?」
「カトレアのことだ」
まあそうだろうね。今のところ、俺とお前の関連なんてカトレアぐらいしかないんだから。
けど、それで呼び出される理由ってなんだよ。ほんと分からん。
「カトレアさんが何か?」
「だからその……カトレアとお前は、その――どういう」
「?」
尻すぼみすぎて何を言ってるのか全然聞き取れん。
首を傾げると、王子はなぜか声を荒げる。
「だから! 貴様とカトレアはどういう関係なのだ!」
「俺とカトレアさんですか? 普通に部活の仲間ですが」
「そんな訳あるか! あのカトレアだぞ!」
否定はできん。
「傍若無人、唯我独尊、変人奇人! 暴走が服を着て歩いているような女なのだぞ! 初等部に入る前から社交界で頭角を現し、初等部に入ってからは毎年のように問題を引き起こす! そのくせ成績は常にトップであり、魔法の才能まで持っている! これまで不可能とされていた飛行魔法を開発したり、魔物の魔石から情報を取り出すなど常識では考えられないことを次々と引き起こし周りを混乱の渦に叩きこむ嵐の種! それがあいつだ! そんな暴れ馬が何もない平民などと仲良くなる!? そんなことありえるわけないだろう!! あいつは平凡な奴に興味を示さない! にもかかわらず、あいつがお前の話をするとき、必ず楽しそうな表情になるんだぞ! それもおもちゃや敵を見つけた時の背筋の凍るような笑顔ではない。純粋に心許せる者の前でしか見せない表情でだ!」
なにやらいきなりヒートアップして色々と語られてしまったのだが、俺が思うことは一つ。
こいつ、よくカトレアのこと見てんなぁってぐらいである。
ただ、そのままボーっとしているわけにもいかないので、仕方なく思考を巡らせる。
さて、今回の議題は何だったか。
俺とカトレアの関係性である。そして王子はなぜそれを問うたのか。まあ、間違いなく惚れてる女に新しい男の影が出てきたからってことだろう。しかも話を聞くに、カトレアのやつヴァイスだけでなくシュヴァルツやセラの前でも俺のことを話しているのだろう。それも楽しそうに――
まあ、心を許せるってのはあれだよな、同じ転生者だからってことだろう。それに俺もカトレアに協力する素振りを見せているから、敵として戦わなくてもよかったことも嬉しかったのかもしれない。
けどそれをこいつらの前で話すかぁ!? こちとら貧民街出身の平民ぞ!? 本来貴族のお嬢様が話題にするような対象じゃねぇだろうが!
ちっとは考えろよ!
――まあ仕方ない。話しちまった以上はこの様子の王子が俺の存在を気にするのも当然だろう。
けど意外だった。俺としては、王子にはカトレアへの恋愛感情はないものだと思っていた。
そもそも小説では高等部に入学した時点で真ヒロインであるレリアと恋に落ちる。だからカトレアとはてっきりライバル的な意識だと思っていたのだが。
以上のことから考えられる俺の回答は非常に簡単なものだ。
「俺とカトレアさんの関係は友人以外のなにものでもありませんよ」
「ではなぜあそこまでカトレアが心を許す!?」
「さあ、趣味が合っていたからでしょうか。そもそもカトレアさんと知り合ったのは、観賞魚飼育部に入部した後からですし、話をするのもその場ぐらいだけですから」
「それは分かっている。だがそれにしたっておかしいだろ」
疑い深いなぁ。そんなに気になるならさっさとカトレアに告ればいいのに。まあ、それができない程度にビビりなのは知っているけど。
にしても、このタイミングでこんなイベントが発生するとは思わなかった。あと少しこのイベントの発生が早ければ面倒だったかもしれないが、今の俺にはとっておきの切り札がある。
そもそも王子が心配しているのはカトレアと俺の間に恋愛感情があるかどうか。
だから、俺に婚約者がいることを話せばズバリ解決なのである。と、いうことでそれを伝えようと口を開いた瞬間、俺の背後にあった扉が吹き飛んだ。
ぐはっ――
「ヴァイス!! 私のノクトに何してくれてんのよ!」
「カトレア!? なぜここに!」
「あんたの側近が嬉しそうにノクトを連れてったって自慢してるのを聞いたからよ! あんた自分の立場分かってるの!? こんなところにノクトを連れ込むなんて、社交界であることないことめちゃくちゃな噂が流れるわよ!?」
「なっ……いや、それでも俺には確認しなければならないことがあったのだ!」
「それよりノクトはどこにやったの!」
今の驚きは絶対に想定してなかった事態に対する驚きだったろ。
つうかそろそろそこをどけ!
グッと腕に力を籠め、俺を下敷きにした扉と共にカトレアを持ち上げる。
「ここだ間抜け!」
「あら、そんなところにいたの」
「いきなり扉吹き飛ばすとか何考えてんだ。馬鹿じゃねぇのか! 俺が怪我したらどうするつもりだ!」
「その時はうちでちゃんと面倒見てあげるわよ」
「俺のコネクションそのまま掻っ攫う気満々なのが見え見えなんだよ!」
「あら、何のことかしら? オホホ」
わざとらしく手なんて添えてオホホとか笑いやがる。そんな笑い方普段しねぇだろうが。
「か、仮にも侯爵令嬢だぞ。ため口で暴言だと!?」
「ノクトだから許してんのよ」
「やはりそこの平民が特別な存在のか!」
「当たり前でしょ! 唯一無二よ!」
「そ、そこまで……」
おい、俺抜きで意味わからん盛り上がりを見せるんじゃない。
カトレアも的確に主語を抜いて勘違いを加速させるようなことを言うな!
「まて、だから俺は――」
「待ってくださいカトレアさん!」
「ヴァイス! 無事かい!?」
だぁ! また人増えた!
破壊された扉からやってきたのは、シュヴァルツとセラの二人。
カトレアが駆けだした後を追ってきたのか。にしてもタイミング悪いなぁおい!!
「カトレアさん! 落ち着いてください!」
「ヴァイスもいったん落ち着いて話し合おう」
「いや、俺は止まるわけにはいかない。ノクト、僕と勝負だ!」
ヴァイスがポケットからハンカチを取り出し投げつけて来る。俺はそれをひらりと躱した。だってこれ決闘の申し込みだし。これに触れたら申し出を受けたってことになっちゃうし。
「な!? 逃げるのか!?」
「いや、俺戦う力とかありませんし」
「なに平民に決闘なんて申し込んでるのよ! そんなに戦いたければ、今私が相手になってあげるわ!」
決闘の申し込みにカトレアがヒートアップし、その手に炎を出現させた。するとヴァイスも負けぢと水球を生み出す。
今にも魔法による戦いが始まりそうな場面。俺はちょっと現実逃避気味にそういえばヴァイスも魔法が使えたんだななんて考えていた。
そして二人の魔法が放たれた直後、強烈な威圧感と共にすべての魔法が消滅する。
「何をやっているの」
「誰だ!」
「私の魔法を消した!?」
全員が声の元へと振り返る。そこにいたのは、俺の見知った顔だった。
「イーレン!?」
「え、何今のヤバい威圧感!?」
「子供が邪魔をするなぁぁああああ!!」
いや、年一歳しか変わらないからね? しかも先輩だし。
そんなツッコミを入れる前に放たれたヴァイスの魔法は、イーレンの眼前で凍り付き、粉となって消滅した。
「一瞬で魔法の性質を書き換えたの!?」
「私の始原魔法に従来の魔法は意味をなさないわ。それよりも校内で無許可の魔法は使用禁止のはずよ。緊急条項に伴い、武力制圧するわね」
緊急条項は、魔法によって校内で人物に問わず被害を出した対象すべてを武力制圧することのできる特別規則だ。主に魔法を使った今のような騒動で用いられることがあり、その権限は魔法の才能を持つもの全員に付与されている。
「あ、これもしかして私も含まれてる!?」
気づいたカトレアが驚きの声を上げたところで、イーレンはコクリとうなずいた。
扉をぶち壊したのはカトレアの魔法だし、イーレンに魔法を放ったヴァイスと同等に緊急条項が適応される範囲なわけだな。
「何人も許されぬ神域の前に首を垂れよ」
「元なる始まりの水よ、眼前の敵を捕らえよ!」
「ああもう! 咲き誇りなさい!」
「プロスクチャリス」
一瞬先にイーレンの魔法が発動する。直後、カトレアとヴァイスの魔法は強制的に中断させられ、立っていられないほどの圧に座り込んでしまった。
「は、はは……強力な干渉に領域支配とか、意味わからないんだけど……こんな魔法があったなんて」
「ぐっ、立てん、なんだこれは……」
「そのまま大人しくしてて」
元素と魔素の支配に特化した始原魔法の前じゃ、まあそうなるのも仕方がないよな。
そしてしばらくして駆け付けた教師たちによって、ヴァイスとカトレア、そしてなぜか俺までもが事情を話すため別室へと移動させられるのだった。




