心に刺さる現実
はぁ。昨日はびっくりしたなぁ。
校庭のベンチから空を眺めつつ、昨日の光景を思い出す。思わずニヤリと笑みを浮かべてしまったのはしかたのないことだろう。
エーリアのやつ、色々と成長してたなぁ。
それにしても、カトレアの作ったジャージがあんなエロジャージだったとは想定外だった。
いや、男が着れば普通のジャージなのだろう。ただ俺が渡した相手が偶然豊満なものを持っていたというだけだ。って、それだと俺が狙ったみたいに聞こえるな。
もしエーリアがあのタイミングで気絶してなかったらどうなっていただろうか。
多分最後までヤってたな。俺もあいつの体に見とれてしまったし、あの瞬間俺を求めたあいつが可愛いと、欲しいと思ってしまった。
完全に惚れてるよな、これ。俺いつの間にか堕とされてんじゃん。
一度自覚すると、愛おしくなるなぁ。すぐにでも会いたい気持ちが溢れてくる。まだ半日授業を受けただけなのにな。恋って怖いわ。
まあ、今の俺にはそんなエーリアが用意してくれた弁当があるわけだが。
バスケットを開ければ、ぎっしりと詰められたサンドイッチの数々。なんだかいつもより気合が入っている気がする。
朝採れ野菜に厚焼き玉子、それに加えて今日は肉サンドまで入っている。細切れを炒めて生レタスに包んだものをはさんでいる。俺はこのレタス包みが好物だったりする。
エーリアも浮かれていたのかもな。
愛情を感じるサンドイッチを頬張っていると、ウルバが茶髪の小柄な男子を連れてやってきた。一瞬ショタにも手を出したのかと疑ったが、よく見れば同じクラスの商人の家の子だった。俺の自己紹介を聞いて動揺していなかった一人だと記憶している。確か名前はオリゴ・ソルトだったか。
「お待たせ。購買は相変わらず争奪戦だ」
「そのくせしっかり確保してるな。そっちのはオリゴだっけ?」
「やあ。ご一緒していいかな?」
「もちろん」
「こいつ、購買で買えずに右往左往してたから連れてきたんだわ」
「購買使うのは初めてだったんだけど、あそこまですごいものだとは思わなかったよ」
オリゴは肩をすくめる。その手にはしっかりとパンを確保しているので、ウルバに買い方を指南してもらったのだろう。まあ指南といっても人の壁を突き破って先頭に立ってパンを掴むだけなんだけど。
ウルバのやつ、細い体してるくせに鍛冶の手伝いで体幹が鍛えられてるから結構当たりが強いらしい。おかげで毎日しっかりと昼めしを確保できている。
「あそこは安いから毎日あんな感じだぞ。購買使うなら授業終わったらダッシュするか、あの人垣を抜けられるだけの筋力が必要になるぜ」
「僕は今まで通り登校途中に買ってくるのが合ってそうだね」
これまでは途中にあるお店で弁当を作ってもらっていたらしい。今日はそのお店が臨時休業してしまって買うことができなかったのだとか。せっかくだからと噂の購買に行ってみたら、あまりな状態で右往左往してしまったらしい。
知らなければそうなるのも仕方がないな。
ちなみに学園には食堂もある。主に貴族たちが使ってるけどな。値段も相応するし、平民が気やすく使える場所じゃない。
ウルバ達もベンチへと腰かけ、買ってきたパンに齧りつく。
「ノクト君は毎日お弁当だよね?」
「ああ。孤児院の仲間に作ってもらってる」
イーレンの分も作っているので、毎朝二人分のサンドイッチを用意してくれているわけだ。
「このサンドイッチ美味いんだぜ。なんつうか野菜の味が違うんだわ」
「へぇ」
「食べてみるか? なんかと交換な」
「ありがと」
そんな興味深そうな目で見られて、俺だけ食べるなんてできるわけないだろうが。
サンドイッチを一つ取り出し、オリゴの持っていたパンと交換する。
「あ、ほんとに美味しい。瑞々しいし、味も濃い」
「うちの畑で育てた朝採れ野菜だからな」
「噂には聞いてたけど、やっぱりノクト君のところの孤児院は色々とすごいみたいだね」
「こいつん家ってそんな有名なのか?」
「一部では結構有名だと思うよ。同じ学年のビーレスト君は孤児院から養子として貴族に引き取られるレベルで優秀だし、一つ上のイーレン先輩は魔法の才能があるうえに僕たちよりも年下でここに合格してる。露店で売ってる孤児院の野菜は、美味しいって噂が広がって料理人が買い付けに来るレベルだし、名前は分からないんだけど孤児院にいる子が書いた絵画は商会の商談室にも飾るレベルの作品だよ。僕の家にも飾ってあるし、これは間違いない事実だね。あと噂だけど僕たちが使ってるこれを最初に売り出したハオラ商会は、孤児院出身の子が伝手で優先的に契約できたって話もある。ノクトのいる孤児院出身の子がいる場所は儲けられるってジンクスができ始めてるぐらいだしね」
「マジかよ……」
改めて聞くと結構すごい噂になってるんだな。
ほぼ事実なのが笑える。
「じゃあノクトもなんかスゲー儲け話に絡んでたりするのか!?」
「ふむ、そうだな。じゃあウルバ鍛冶店会員システムなんてどうだ。店の会員になってもらう際に年会費をもらうが、知人二人以上に会員になることを紹介すれば店から年会費以上の金をもらえるってシステムなんだが」
「ん? それ儲けられるのか?」
「知人が紹介できなければ会員費は利益になる。会員が増えてくれば、自然と紹介できる人数も減ってきて儲けが増えるって手段だ。何もしなくても濡れ手に粟だぜ」
「おお! それスゲーな! さっそくオヤジに相談してみなくちゃ!」
「待って! それねずみ講! 犯罪だから!! ノクト君も変なこと教えないで!」
「なに!?」
いやー、ウルバの驚く顔は面白いな。
ひとしきり爆笑した後に、わるかったと簡単に詫びる。
「まあ人に話せる儲け話なんて、たいていは裏があるもんだ。本当の儲け話なんて、普通は誰にも話さないだろ?」
「う……まあ、そうだな」
「気を付けろよ。意外と学園生を狙った詐欺とか多いらしいから」
学園に通えている時点で割と金は持っている連中だからな。そういう連中を狙った詐欺話ってのは結構あるみたいだ。
「肝に銘じとくわ。んで、本当の儲け話ってない?」
こいつ懲りてねぇな。俺とオリゴは息ぴったりにため息を吐くのだった。
昼食後、眠い午後の授業を終えて部活へと向かう。
部室へと入るがまだ誰も来ていないようだ。魚の餌やりは先着。最初に部活に来た人の特権である。
俺はちょっとウキウキしながら水槽の中に餌を撒いていく。魚たちは待っていましたと言わんばかりに餌に集まりパクパクと口を動かしている。
もっと沢山あげたくなってしまうが、それをやると水槽が汚れすぎて病気なんかの原因になる。
グッと堪えて他の水槽の中にも餌を投入していく。
その途中にカトレアがやってきた。先輩たちはもう少し後だろう。一年の授業は終わるのが少し早いのだ。
「ノクト君お疲れさま」
「お疲れ。餌やりは終わったところだぞ」
「あら残念。じゃあ掃除やっちゃいましょうか」
「まあ待つんだ。今日はちょっとした提案がある」
待ったをかけると、カトレアは首をかしげる。
俺は餌箱が入っている棚を開け、その奥へと手を伸ばし触れたものを取り出した。
「ようやく見つけた隠しアイテム。ちょっと楽しんでみないか?」
それは密閉された薄い金属の箱。その蓋を開けると、芳醇な紅茶の香りがあふれ出した。
ようやく見つけた、ラナーラ先輩の隠しお菓子と紅茶のセットだ。
「よく見つけたわね」
「ほら、カトレアが見学に来た時、先輩紅茶とか出してたろ? あんなの見たことなかったから隠してると思って探してたんだよ」
「なるほどね」
カトレアは納得したようにテーブルへと着く。要は俺の意見に賛成ってことだな。
「一応やり方は知ってるけど、技術は期待するなよ」
「あら、じゃあ私が入れるわ。お菓子の用意とかお願い」
「了解」
カトレアがお湯を沸かしている間に俺はテーブルをセッティングしていく。
ティーカップと小皿を並べ、その上に焼き菓子を並べる。
そして準備ができたところで、ティーカップへと紅茶が注がれた。
「いい香りだ。俺じゃこうはできないだろうな」
「メイド仕込みの本格仕様よ。感謝しなさい」
「それじゃ感謝しつつ」
うむ、美味いな。香りは言わずもがな、わずかな渋みとその奥に感じる甘み。
カトレアを見ると、自分でも満足しているのかうんうんとうなずいていた。
「あ、そういえばジャージどうだった?」
「ああ、襲われそうになった」
「ぶふっ……ごほっ…………襲わ!? どういうこと!?」
カトレアは紅茶を吹き出し、思いっきり咽ていた。何をそんなに驚いているのか。あれを作ったのはカトレアだろうに。
あんなエロジャージなら、そういう目的も想像できたろうが。
「運動着だって言ってたろ。だから畑仕事しているエーリアって子に渡したんだよ。生地も良かったし着心地いいだろうと思って。そしたら夜にそれ着て部屋に来てな。あの時は焦ったぞ」
「え……え、そんな関係の子がいるの?」
「あー、まあな。彼女――というかほぼ婚約者か」
将来的には一緒に暮らすことも約束しているし、婚約者って感じで間違いないだろ。
「へ、へぇ。婚約者――そんな人がいるなんて羨ましいわね」
「まあ俺にはもったいないぐらいの奴だよ。面倒だろうに弁当を毎日作ってくれるし、洗濯とかもやってくれる。あ、そうだ。洗濯に便利な道具とか作れないか? 感謝の気持ちに何かプレゼントしたいんだよ」
「ふぐぬぅ……洗濯の道具ね。今って板でやってるんだっけ?」
「ああ。洗濯板だな。頑張って擦って洗ってる」
「まあ考えておくわ……あと今日ちょっと調子悪いから先に帰らせてもらうわね……」
「ん? ああ、分かった。先輩たちには伝えとく」
「よろしく」
カトレアはへへッと乾いた笑みを浮かべながら部室から去っていった。
何だったんだあいつ。まあいいや、じゃあ俺は片づけをして水槽の掃除を始めるとしようかね。
ティーカップなどを元の隠し場所へと戻し、俺は掃除道具を用意していくのだった。




