踏み込んだ先の勝利
「うわぁ――うわぁ…………」
夜。私は貰った服のサイズを確認するために、寝る前に着てみることにした。
そして窓ガラスの前に立ち顔が真っ赤に染まる。
「だ、大胆だよぉ」
貴族様ってこんな大胆な服を来て運動しているの?
長袖長ズボンで、色は地味。それだけなら全然パッとしないのに、上着を前で締めるヒモが凄くエッチだ。
下から靴紐のようにクロスさせながら通していく長いヒモは、胸のふくらみのせいでしっかりと閉じられずに谷間をあらわにしたまま首元で可愛らしく結ばれている。
谷間を見せつけるような服だよ。こんなのじゃ恥ずかしくて外出られないよ。
学園じゃこういうのが普通なのかな? けどイーレンがこんな服を着ているの見たことないし、洗ったこともない。
じゃあこれってなに? なんの運動に使えばいいの!?
自分が想像していることに、さらに耳まで真っ赤になる。
もしかして、ノクトは期待してるのかな? わざわざ私に渡すってことはそういうことなのかな?
ノクトも男の子だもんね。そういうのに興味を持つ時期でもあるよね。
シスターからは中等部に入ったぐらいからノクトも性を意識するようになるとは聞いていたけど、ここまで大胆な服をプレゼントされるなんて思ってもみなかった。
け、けど私たち付き合ってるんだし、それも普通なのかな?
それに私からもアピールは続けないとだめだよね。学園にはきっと可愛い子も多いだろうし、ノクトぐらいかっこよければきっといろんな子からアピールされてるはず。
ノクトなら大丈夫だとは思うけど、慢心は敵。作物だってちょっとした油断からすぐに鳥とかにとられちゃうんだから、私もしっかりアピールして回りの子からノクトをガードしていかないと。
そ、そうと決まれば――
扉を開けて廊下を確認する。よし、誰もいない。さすがにこの格好をディアスたちに見られるのは恥ずかしい。
古い板張りの廊下は歩くたびにギシギシと音を立てる。誰か部屋から出てこないかと不安に駆られながらも、何とかノクトの部屋の前に到着した。
心臓がドキドキと高鳴っている。
後はノックをするだけだ。
勇気を出せ、私!
扉をたたく。
「ノクト、起きてる?」
「エーリアか? どうぞ」
ゆっくりと扉を開く。ノクトは机に向かって勉強をしていた。そしてひと段落したのか、ペンを置きこちらへと振り返る。
「どうかしたの……か」
「あ、あのね。もらった服を着てみたの。ど、どうかな?」
しどろもどろになりながら、ノクトへと服を見せる。
うう……ノクトの視線が胸に向かってるのが分かるよ。すごく恥ずかしい。
「なんつうか、すごい恰好になったな」
「私もびっくりした。学園だとみんなこんなの来てるの?」
「いやまさか。普通のシャツとズボンだ。その上に着るものじゃないのか?」
「けどズボンとセットになってるから、着るとしても肌着の上じゃないかな?」
ノクトも予想外だったんだ。それを聞いてちょっとホッとしている自分と、残念に思っている自分がいる。
これ、最近よく話題に出ていたカトレアさんが作ったものなんだ。
製作者も運動着として作ったってことは、やっぱりそういうことなのかな……カトレアさんって意外と大人なのかも。
「う、運動着なんだよね?」
「そう聞いてるが……」
「じゃあさ、今から私と運動しない?」
「おい、それって」
叫びたいぐらいに恥ずかしい。ギュッと握った手がプルプルしているし、顔だって首まで真っ赤だ。
けどもう止まれない。私の気持ちは抑えきれない。
「わ、私は! 私はノクトの彼女だもん。そういうことしたい気持ちだってあるんだよ?」
ノクトは孤児院を出るまでは我慢しろって言うけどさ、ずっと好きな人と同じ屋根の下で暮らしてるんだよ。ノクトの服を洗濯してるのも私なんだよ? ノクトが美味しいって言ってくれるご飯を作っているのも私なんだよ?
どんどん大きくなるこの気持ちを、じゃあ私はどうすればいいの?
部屋へと入り、扉を閉める。
ノクトのそばへと歩みより、そのまま抱き着いた。
「好きな気持ち、止められないよ」
「ごめん。エーリアの気持ち、軽く見てたみたいだ」
ノクトの手が背中に回される。あれ、もしかして今抱きしめられてる!?
あ、どうしよう。ここから何も考えてなかった。というか抱き着くことも何も考えてなかった。勢いのままここまで来ちゃったけど、ここからどうしよう。流れでヤッちゃう? けどそれでいいのかな? もう止まれないとか考えてたけど、今になってちょっと不安に――
「エーリア」
「ひうっ! な、なに?」
ヤバいヤバい、待って待って待って! 顔近い! ノクトかっこいい! なにこれ幸せ! 溶ける! 私溶けちゃう!
「一緒に寝ようか」
あ、これ私死んだ。
ふっと体が軽くなる感覚。そのまま私はノクトへともたれかかるようにして意識を失った。
翌朝、目が覚めると私はベッドの中にいた。
隣を向けばノクトが普通に眠っている。一緒に寝た。ある意味正しい言葉通りの結果だけが残った気がする。
運動着も全く乱れていないし、話に聞く腰に違和感というのもない。
眠っている間には何もされなかったということだろう。
いや、気絶している間に何かされてもそれはそれでどうなのと思うし、この結果はいいことなのだろうけど、なんだろう――釈然としない。
まあ原因は気絶しちゃった私なんだけどね!
ズーンと落ち込んでいると、隣でもぞもぞとノクトが動く。
「あ、おはよう」
「エーリアおはよう。大丈夫か?」
「うん、ごめんね。昨日はなんかおかしくなってた」
あの運動着の魔力に当てられてしまったのだろう。ただの運動着のはずなんだけど……
「まあそういうことは、やっぱりもう少し大人になってからってことかもな」
「なのかなぁ」
「その代わりと言っちゃなんだけど、今度の休みにデートするか。二人で遊びに行ったことって今までなかっただろ」
「え、ほんとに!?」
「おう。どこか行ってみたいところとかあるか?」
えっと、ノクトと一緒に行ってみたいところ――あ、いっぱいある!
露天のお客さんやいつも買い物に行く食料品店の人たちが、いろいろと教えてくれたデートスポット!
「あ、あのね。カフェとか行ってみたいし、クレープとかも食べてみたい! 鐘の塔にも上ってみたいし、自由の広場で一緒にお弁当食べたり、演劇やサーカスも見てみたいし、牧場とかにも行ってみたいの!」
「行きたいところたっぷりだな。さすがに一日じゃ回り切れないだろうし、何度かに分けて行ってみるか」
「いいの?」
「もちろんだ。何度だってデートしようぜ」
「えへへ、嬉しいなぁ」
これ夢じゃないよね? 起きたらもう一度朝からだったとかないよね?
ギュッとホホをつねってみるが、普通に痛い。これ夢じゃないよ!
「夢じゃないって分かったらそろそろ起きるか。もういい時間だろ?」
「え!? 今何時!?」
「六の鐘ぐらいか」
「もうそんな時間!?」
もう六時!? 完全に寝過ごしちゃったじゃん!
慌てて布団から飛び出し、自分の部屋へと戻る。運動着からいつもの服へと着替え急いで台所へと降りると、すでにシスターが朝食の準備を始めていた。外ではエイチェが畑仕事を始めている。
「ごめんなさい、寝坊した!」
「エーリアが寝坊とは珍しいですね。疲れが溜まっていたのかもしれません。あまり無理をしてはいけませんよ」
うう、ただノクトのささやきで気絶した挙句の寝坊だなんて言えない……
シスターのやさしさが心に沁みるよぅ。
料理の方の準備はあらかた終わってしまっている。あとは時間になったら盛り付ける程度だろう。なら先に畑の方を済ませないと。今日は収穫にはまだ早いはずだし、水やりと雑草抜き。どこまで進んでいるかな?
「私もエイチェ手伝ってきます!」
「はい、行ってらっしゃい」
水を一杯飲んでから畑へと飛び出す。
「エイチェおはよう。ごめんね寝坊しちゃって」
「大丈夫ですよ。私も立派に畑仕事ができることを証明できました! 見てください、もう雑草取りは終わったんですよ。後は水やりだけです」
「もうそこまで終わってたんだ。ありがと。ほんとごめんね」
「エーリア姉さんはもう少し休むべきです。仕事のしすぎです」
腰に手を当ててお姉さんっぽい口調をマネするエイチェはなかなかかわいい。
「そうかな?」
「畑仕事にご飯の準備、掃除、洗濯、露天販売、買い出しから家計簿まで、全部一人でやる必要はないんですよ? 私やシスターにも仕事を残しておいてください」
「ああ、うん……」
でもいつも流れでササっとやっちゃうから、そんなに大変と思ったことないし。
それにご飯はノクトが美味しいって言ってくれるし、時々ノクトと一緒に料理をしたりもできるし、ノクトの部屋はいつも綺麗にしておきたいし、ノクトの服を洗うのはちょっと役得だし、露天でおばさんたちと話をするのも楽しいし、節約して買い物すると、家計簿の貯蓄が増えていくのが見えるからわくわくするんだよ。
ディアス達の部屋の掃除や洗濯はそのついでみたいなものだよ?
「と・に・か・く! 今後は私も分担して手伝いますからね! エーリアお姉ちゃんばっかりに仕事を任せられません! 私も孤児院の一員だから、ちゃんと孤児院を支えるんです」
そこまで言われちゃうと断れないなぁ。
エイチェの今の立場って私とそっくりなところがあるし、将来的にも孤児院の運営を任せることになるかもしれないもんね。今から料理とか色々なことを覚えておいてもらうのも大切かも。それに夕飯の準備を任せられるようになれば、ノクトを迎えに行けるかもしれない。下校デート――良い!!
「分かったよ。じゃあまずは料理から教えてあげるから、一緒にやっていこうね」
「お任せください! エーリアお姉ちゃんの期待に見事応えて見せますよ!」
意気込むエイチェの姿に微笑ましさを感じつつ、私たちはさっさと水やりを済ませるのだった。




