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思惑の色仕掛け

「ノクトよくやってくれた! これであの面倒くさい小言から解放される!」


 学園から帰ってきた俺が、夕食の時間にディアスへとカトレアの要望を伝えたところ思いっきり歓喜してくれた。なんでもディアスの昇進の妬む同僚から、今回の強引な要請の小言をずっと言われていたらしい。

 そのまますごい勢いで夕食を平らげると、お抱えの話は調整が大変だからと全速力のスキップで商会に戻っていってしまった。

 そして明けて翌日。

 いつものように授業を終えて部室へと顔を出すと、すでにカトレアが餌やりを行っていた。


「お疲れ様」

「お疲れ。今朝、さっそくハオラ商会から面会の希望とお抱えとしての草案が来ていたわ」

「そりゃよかった」

「平日は学園があって忙しいから、今度の休日に会うつもり。特に問題なければお抱えにするけど、契約は何年ぐらいがいいのかしらね」


 お抱えにすると言っても、一生お抱えが決まるというわけではない。いわば年数を指定した優先契約のようなものだ。この契約を結んでいる間は、何かあった際の要望を契約した商会に依頼する。代わりに商会は、できうる限りのすべてを使って契約者の希望を叶えるというもの。

 ただその契約年数となるとさすがに俺も管轄外である。


「そんなの俺に聞かれても困る。両親はどんな契約してるんだ?」

「大体五年らしいわよ。商人ってどうしても浮き沈みのある商売だから、あんまり長い契約はしないみたいね」


 五年か。カトレアの今後を考えれば、短い気もするな。

 最低でも十年は欲しい。その間のカトレアの知識を独占できるのならば、かなりの利益が見込めるはずだ。


「五年は短く感じるな」

「そうね。私たちの場合まだ学生のままだし。契約をそのまま更新すればいいだけなんだけど、大きく儲かると人って目がくらむのよねぇ」


 基本的にお抱え商人とは貴族の欲しいものを探してくる仕事なのだが、カトレアの場合は少し変わったお抱えになるだろうからな。

 カトレアの知識から生み出された商品を生産販売する商会という立場になるだろう。となれば、発案者であるカトレアにも利益は発生する。

 どれだけをカトレアの取り分とするかは、儲けが大きければ更新の際に揉める原因となる。で、その際の更新では確実に俺への分配金の項目は削除されるだろう。

 カトレアのこの不安は、俺にとってはラッキーだ。


「なら十年ぐらいにしてみたらどうだ。卒業から五年ぐらいなら貴族として抱えた場合と感覚は変わらないんじゃないか?」

「ふむ、一考の余地ありね」


 とりあえず十年ということで考えるようだ。あまり長い年月を指定しても怪しまれるし、これぐらいが限界か。

 そもそも高等部の時点で戦争が始まる可能性もある。あまり先の将来まで考えても仕方がない。

 手近なものから確実に済ませていくのがいいだろう。


「じゃあ餌やりも終わったし、そろそろ掃除始めましょうか」

「ああ、今日は先輩たち来れないんだっけ。やるのは下段だったよな」


 毎日すべての水槽を掃除するわけではない。

 上中下と三段に分かれた水槽を、その段ごとに分けてローテーションしているのだ。

 掃除しない水槽も、目に見える程度の汚れはあみですくったりしているけど。


「ええ。じゃあちょっと着替えちゃうわね」

「外で準備してるから、着替え終わったら呼んでくれ」

「いつも悪いわね」

「更衣室がないんだ。仕方ないさ」


 さすがに制服のままで水槽を洗うと濡れるし汚れるし臭いもつく。

 なので女性陣が部室で着替える間、男連中は外で待機しているのだ。まあその間にも外で掃除の道具とかを準備しているけど。

 今日も今日とてその例に漏れず俺は部室の扉に着替え中の札を掛け、裏手へと回り掃除用の水やブラシの準備をしていくのだった。


   ◇


 ノクトが部室から出ていった。

 さて、さっそく昨日メイドたちと考えた作戦を実行する時!

 幸いにも今日は先輩たちが来れない日だから、この部室棟からも離れた小屋に二人きり。ノクトを誘惑するには絶好の環境なのよね。

 鞄とは別に持ってきた袋から取り出したのは、例の試作品ジャージ――ではなくメイドたちから借りてきたエプロンである。

 さすがにあのジャージは着られないわよ。もし着るとしても体操着の上になるだろうし、色気はない本当の意味での芋ジャーになってしまう。

 けどこのエプロンは違う。特別にメイドたちが用意してくれたもので、正面から見ると体操服がいい感じに隠れるようになっているのだ。さすがに袖とかは見えちゃうけど、下は短パンが完全に隠れるのだ。

 さっそく着替えてエプロンを装着。

 水槽のガラスに映った自分の姿を見て、顔が熱くなるのを感じた。

 さすがにちょっと恥ずかしいわね。

 上はまあいい。体操服にエプロンを付けているのがよくわかる。けど下が本当に履いてないように見えるのよねぇ。まあそうなる様に丈を調整させたんだけど。

 こ、これで外に出るのよね。

 足にシミとか付いてないわよね? 毎日マッサージしてもらってるし大丈夫だとは思うけど、思わず確認してしまう。

 って! 今の私の行動完全に恋する乙女じゃない!

 違うの! 私が恋をしているわけじゃないの! 私は恋してもらいたいだけなの! そこに愛なんてかけらもないのよ!

 そう、これは勝負なのよカトレア。同じ転生者として、私は負けられない!

 女は度胸。さあ、行くわよ!


「ノクト、お待たせ」

「お、おう……」


 部室から出ると、ノクトはあからさまに動揺した。彼がここまで感情を出すのも珍しいわね。まずは第一段階成功というところかしら。


「どうかしら。さすがに体操服だけじゃ味気ないと思って、メイドたちにエプロンを作らせたのよ」

「まあ……いいんじゃないか」


 そういうノクトの視線は、明らかに私からそらされている。

 照れているのね。そう、そうやって私を女だと意識しなさい。あなたが私の視界に常に入る様にしたように、私は常に女を意識させてあげるわ。

 そうすればノクトは私を意識せざるを得なくなる。考える時間が増えれば、自然と好意も抱きやすくなるというもの。


「ありがと。じゃあ魚たちを移動させましょ」


 ノクトが用意してくれた移動用の水槽に魚たちを移し、空になった水槽から水を抜いて外へと運び出す。

 石や水草を取り分け、ガラス面についた藻や汚れを雑巾を使って綺麗にしていくのだけど、そこで作戦第二段階! 水も滴るいい女作戦!


「きゃっ!」


 なんかちょっとわざとらしくあざとい悲鳴を上げながら、バケツの水をかぶる。

 全身びしょぬれだが、エプロンのおかげで下着は透けない。けど、張り付いたエプロンが私の輪郭をしっかりと強調するのだ。

 この悪役令嬢として磨き上げられたプロポーションをね!


「大丈夫か?」

「ちょっと木の根につまずいちゃったわ」

「気をつけろよ。この辺り、結構凸凹してるんだから」


 そんなことを言いながら手を差し伸べてくれる。それを掴んで立ち上がりながら軽くもたれかかってみた。

 ふふ、ドキドキしているわね。女の子とはあんまり触れ合ったことがないのかしら? なかなか初心なところがあるじゃない。

 メイドたちからは相手が初心かどうかも作戦の成功には重要だと言っていたけど、ノクトの反応を見る限りあんまり女の子には慣れていないみたいね。

 意外と簡単に攻略しちゃうかも?

 まあ今日はここら辺にしておかないと、押し倒されても問題だしね。結婚する気はあっても利害的なものだもの。私の初めてをささげる気はないわ!


「ごめんなさい、ちょっと着替えてくるわ」

「着替えあるのか?」

「ええ、大丈夫」


 だって水をかぶることは作戦のうちだから、ちゃんと下着まで変えを用意しているのよ。

 そして私は後を任せ、着替えのために部室へと戻るのだった。


   ◇


 今日のカトレアは様子がおかしい。

 いきなりエプロンなんか付け始めるし、狙ったような丈の短さ。この世界のエプロンは、平民たちの使うひざ丈のものかメイドたちの使うエプロンドレスのような一体型の物しかない。にもかかわらず、貴族がミニ丈のエプロンなんてものを用意している時点で何かを企んでいるとしか思えない。

 まあ普通に生足見えているのでドキドキしてしまうが、そっちの不安からのドキドキも大きいんだよなぁ。

 しかも転んで水をかぶるなんて、いつもの令嬢スペックからは考えられないようなドジもやらかすし。

 あの令嬢ボディーのスペックはかなり高い。体力テストも上位に位置するし、剣技などの技術もすぐに習得できてしまう。あんな根っこで浮かび上がっている程度の地面で転ぶようなことはないのだ。つまりあれもわざとということになる。

 何がしたいんだ?

 色仕掛け? それで俺が転生者であると調べているつもりなのだろうか? いや、どうやって判断するんだよ。

 けどあの令嬢って時々訳の分からない思考で変な行動を始めることがあるからなぁ。油断はできん。

 なんかとんでもない勘違いから見当違いな方向に暴走することがある。メイドたちも意外と抜けてる連中ばかりなので、ストッパーがいないのだ。それが小説では面白いとか言われてたけど、巻き込まれる方はたまったもんじゃないだろ。

 気を引き締めていこう。何があっても動じないように。

 パンッと頬を叩いて気合を入れなおし、俺は水槽の掃除を続けていくのだった。


 着替えて戻ってきたカトレアはいつも通りに戻っていた。本当に何だったんだ?

 そして掃除を終え、部活の終了時間となる。


「じゃあまた明日な」

「あ、ちょっと待って。昨日話していたジャージの試作品。持ってきたからよかったら試してみて」

「運動着みたいなものだったっけ。ありがと、使わせてもらうよ」


 袋に入っていたジャージはサツマイモ色の本当に芋ジャーって感じだ。

 けど肌触りは確かにいいし、動きやすそうな柔らかさだ。帰ったらエーリアに渡してやらないとな。


「じゃあ改めて、また明日ね」

「ああ、また明日」


 カトレアと別れ孤児院へと戻る。

 するとちょうど畑から戻ってきたところのエーリアに出くわした。


「あ、ノクトお帰り」

「おう、ただいま。ちょうどよかった、これよかったら使ってみてくれ」

「なにこれ?」

「運動着の試作品らしい。使った感想とかを聞きたいんだって」

「へぇ。わあ、いい生地だね。すごく肌触りがいい。これが運動着なの? もったいなくない?」


 エーリアは袋の中に手を突っ込み、生地の肌触りに目を丸くさせていた。これまでに触ったこともないような生地だし当然かな。


「貴族が作ったものだからな。まあ無料だし使わないと感想は言えないだろ」


 俺たちの感覚からすれば紛れもなく運動着なのだが、貧乏人の感覚からするとこんな高級な生地は汚すのがもったいないと思ってしまうレベルだからな。

 けど感想が欲しいって言ってたから、使わないのも悪いだろう。


「せっかくもらったものだし、ちゃんと感想は伝えないとね。じゃあさっそく使ってみるよ」

「頼むわ。じゃあ俺は着替えてくるから」

「はーい、洗濯物あったら籠に出しておいてね」

「おう」


 そういえば運動着類なんかでイーレンの洗濯物を増やしちまってるんだよな。

 今度何か洗濯が楽になるようなものをプレゼントするか。確か今使ってるのが洗濯板だし、発展形となると歯車式の洗濯機か。さすがに俺じゃ作れないし、カトレアをうまく誘導してみるかな。

 どうしようかと頭をひねりつつ、俺は部屋へと戻るのだった。

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