雌伏するお嬢様
皆さん、お久しぶりです。わたくし、帰ってきましたわ!
と言っても、誰だか分からないでしょう。わたくしですわよ、セネラですわ。
お嬢様にビーレスト様と孤児院の調査を依頼された後、その情報をお嬢様に届けたのですが、そのまま件の導師の捜索を頼まれてしまいましたの。
かれこれ半年、あっちに行ったりこっちに行ったり、各地を回って導師の足取りを探していたのですが、一向に見つかる気配もなく、むしろそんなものは存在しなかったと結論づけるべきなのですが、お嬢様に頼まれた手前いませんでしたとさっさと報告するわけにもいかず、半年もの間各地を転々としておりましたの。
幸いお嬢様から定期的に大量の活動資金が送られてきましたので、基本的に宿は町一番のスイートルームを使わせていただきましたが、やはり王都の活気が恋しくなりますわね。
そしてそろそろいいだろうと、お嬢様の元へ戻ってきたわけなのですが――
「つまり導師というのは別人ではなく、あの孤児院の中の誰かの可能性が高いという訳ね?」
「はい。いくら何でも足取りを一切掴ませず、王都を抜けだしたり入ったりすることは不可能ですわ。他の町なども回って調べてみましたが、導師が動いたような形跡は何一つありませんでしたの。情報の発生源があの孤児院のみと考えると、やはりあの中にいるというのが結論となりましたわ」
「ありがと。半年もの間ご苦労だったわね。ちなみに、あの孤児院の中にいるとして、あなたなら誰が導師だと思う?」
「第一候補は人ではありませんわ。私は書物か何かだと考えておりますの」
「書物?」
「シスターが導師であれば、もっと最初から今のように発展していたでしょうし、孤児たちであればそもそもそんな異常な知識を有した子供が突然貧民街に現れたことになりますの。それはあまりにも現実的ではありませんわ。むしろ、教会などで死蔵されていた書籍の中から情報を引き出したと考えるのが一番つじつまが合うと思いますの」
「なるほどね」
お嬢様の表情は――ああ、どこか納得しておりませんわね。何かしら思うところがあるのでしょうか?
「それと、つい最近ですがシークという少年が孤児院から教会の医療部門に所属していますわ。もしかしたら、シスターが何かしらの情報がまだあると考え、教会に送ったという可能性もありますわ」
「そう、教会にも伝手ができた訳ね」
「お嬢様?」
伝手とはどういうことでしょうか。もともとシスターであれば教会の所属。伝手ができているようなものですが。
「じゃあもし子供が導師として紛れ込んでいる場合は誰が怪しいと思う?」
難しいことをおっしゃいますね。お嬢様のような秀才であれば即座にその才覚を現して名を馳せるでしょうが、あの孤児院にはそこまでの才覚を持つ子供はいませんでした。
今一番いい地位を得ているのはビーレスト様ですが、手紙を見てもあの方は導師という立場に指示される側の人間。ディアス様やシーク様もビーレスト様同様の気配を感じました。
残るのはお嬢様と同じ魔法の才能を開花させ、来年には中等部への入学試験を受ける予定のイーレン様、教会の広い農地を一手に管理し、町の料理人すら欲しがるほどの野菜を栽培するエーリア様でしょうか?
いや、待ってください。
彼らは皆それぞれの才能を持って羽ばたかれていらっしゃいます。その中で一人、ノクト様だけがパッとしない。いえ、わざとパッとしないように見せている?
思い出すのは、半年前。孤児院に潜入したときに見た蜜計画という名の未来予言のような文書。けど、才能のない少年に導師があんな計画の全容を知らせるような手紙を渡すのかしら。仮に出すとしたら、リーダー的な才能のある子を選ぶはず。けど――
もし仮にあの計画書を彼自身が書いているのだとすれば――前提が崩壊しますわね。
背筋にゾッと冷たいものが走るのを感じた。
「ノクト様――――ですの?」
そうであるならば、ノクト様はお嬢様にも似た才能を持つ存在!!
「あなたからの定期報告書を読んでいて、私もそう思ったの。彼は周りに取り残された才能のない少年ではない。彼は爪を隠した鷹。そんな彼ね、私と同じタイミングで中等部への入学を考えているみたいなのよね」
「まさか!」
「何を計画しているのか知らないけれど、面白そうじゃない。ちょっとこっちから突いてみようかしら。あ、邪魔しちゃダメよ。まだ敵とも味方とも分からないんだから。分かったわね、シェラ、ルーテ、セネラ」
止めたほうがいい。本当ならば止めなければならない。
けど、興奮を隠しきれず、目を虹色に輝かせ威圧感を放つお嬢様に逆らうことができない。
自然と頭が下がってしまう。それはきっとシェラやルーテも同じ。
「「「お嬢様の仰せのままに」」」
一体この世界に、何が起きているというのでしょうか。
◇
さてさて、しっかりとメイドたちに釘を刺したところで、人払いをして一人にさせてもらう。
一人になった私は、ベッドに飛び乗り横になると、布団を頭からかぶり膝を抱き抱える。この態勢が物事を考えるときに一番集中できるのだ。ちなみに、二番目は椅子の上で膝を抱えるポーズだ。はしたないと言われて、すぐに止められちゃうけど。
まあそんなことはどうでもいいの。問題はノクトという孤児の存在。
十中八九転生者よね。
あの孤児院のことを調べさせたころから怪しいんじゃないかと思ってたけど、やっぱりかって感じ。
この世界で黒髪はヴァイス王子しかいなかったはずだし、その中に生まれた黒髪の孤児。まさか王族の血とか流れてないでしょうね――ゲームにはそんな設定は書かれていなかったと思うけど、開発者の裏設定とかどこかのインタビューでポロっとこぼしていた可能性もあるのよねぇ。もしくは私が死んだあとに販売された移植版とかリバイバル版とかでの追加シナリオみたいなの。そこまで考えだしたらストーリーなんて何でもありになっちゃうんだけど。
ほら、よくありそうじゃない。王様とメイドの禁断の恋。メイドは王妃や同僚の嫉妬から城を追い出され、貧民街でこっそりと生きる。しかし貧しい生活に限界が来て病気となり、子供を孤児院に預けて死亡。
やっぱりありそうよねぇ。すごく乙女ゲーっぽい悲劇系攻略対象じゃない……
まあ何の証拠もない妄想なんだけど。それにノクトが転生者であるのなら、ストーリーはすでに崩壊していると考えていいわ。
眠気覚ましの件がいい例よね。最初は局所的なブームだからゲーム内では描かれなかったのだと思ったけど、最終的には私のところに権利が飛び込んできたし。完全に私当事者になってたじゃない。なのに一切記述がないなんておかしいもの。
けど視点を変えればこれは嬉しい誤算よ。私だってストーリーの破断を目的に動いているのだ、その実例が目の前にあるのだから自信もつく。
私にもストーリーは改変できる。私の処刑という未来を変えることができるのだから。
そのためには、もっとこの世界をかき回してあげないといけない。それにはきっと、彼の協力が必要よね。
メイドたちには突いてみようなんて言ったけど、実際は普通に協力してもらえると嬉しいんだけど。
まあ接触するなら彼が学園に入ってからよね。今から孤児を呼んだんじゃ社交界で噂の的になるし、それが黒髪の少年だとすれば尚更。貴族の噂ってちょっとした隙から追い落とすためのものに変えられちゃうし、私が別の王族を擁立しようとしているなんて噂が流れれば大変なことになるわ。主にヴァイスがいろいろと突っかかってくるだろうし。あの子あしらうの面倒なのよねぇ。早くレリアに引き取ってもらいたいわ。
とりあえずノクトは現状放置でいいわね。特にこちらに敵対してきている素振りも見せないし、むしろ各地に送り出した子供たちを監視させましょう。外から見るならブレインよりも手足の動きを見たほうが、望んでいることは分かりやすいわ。
それに中等部に入学するまでにはまだ四年もある。あまり急がずに、私は私で人脈の構築に精を出させてもらいましょう。今はまだ彼も私も基盤作りの時間。本当に動くのは中等部に入ってから。その時に万全に動ける体制を作っておかないとね。
そのためにはそろそろ新しい流行りでも生み出さないと。そろそろ女の子たちが色気づき始めてヴァイスやシュヴァルツにちょっかい出し始めているのよね。ヴァイスは適当に女の子たちに揉まれているだけだからどうでもいいんだけど、シュヴァルツにはセラがいるせいで結構女の子たちへの当たりがキツい。あれだとセラに憎しみが集まりかねない。
セラは体力がついてきたとはいえまだまだ油断はできない。防犯グッズでも作ろうかしら。
スプレー……はガスがないから厳しいわね。警棒ぐらいが無難かしら。使い方を教えるついでに運動させれば一石二鳥。できればスタンガンぐらいは作ってあげたいんだけど、電気はないし、魔石関連もあんまり触れてないのよねぇ。どこかで魔石を手に入れて、研究に本腰入れましょうか。
「よし、考えまとまっぐえっ!」
ガバッと布団を跳ね上げ飛び起きる。同時に首に思いっきり負荷!?
何事かと見れば、服の飾りに髪が巻き付いていた。
「もう! だからキラキラした服は嫌いなのよ!」
最優先でジャージ作ってやるんだから!!
「シェナ! ルーテ! セネラ!」
「「「はい、お呼びでしょうか」」」
「服飾に手を出すわよ! ありったけの生地の種類を持ってきて!」
「ついにお嬢様が」
「ドレスに革命が起きますね」
「お嬢様のドレス、楽しみですわ」
三人は何か勘違いしているみたいだけど、私は貴族に芋ジャー流行らせてやる!
次回より四章に入ります。
待たせたな。中等部編だ。




