似た者同士のルームメイト
教会の中に入ると、目の前にキャソックの男が立っていた。その顔の下半分はキャソックと同色の黒い布によって隠されている。
男はその布と同じものを差し出してきた。
「これを付けなさい。それが治療院の医師としての印だ」
「はい」
「では付いてくるように」
俺が布で口元を隠すと、男は教会の奥へと歩き始める。俺は慌ててその後を追った。
教会の中は礼拝堂になっており、その奥が二本の通路に分かれている。
そのうちの一本の通路へと入ると、すぐに通路の雰囲気が一変する。木製で荘厳な印象だった礼拝堂から変わり、レンガ張りのどこか冷たさを感じさせる通路になった。
いくつもの扉が等間隔に設置されており、その入り口には番号が振られている。おそらくそこが病室になっているのだろう。先ほどからもすれ違う医師たちがひっきりなしに部屋を行き来している。
「君の名は?」
「シークです」
「シーク、君は薬の製造をしたいと考えているのだな?」
「はい」
「では配属は感染症対応室となる。今はとにかく薬の製造方法を覚えてもらうが、この流行り病が収まった後、改めて基礎から学んでもらう」
「質問よろしいですか?」
「なんだね」
「他の分野を学ぶことは可能でしょうか?」
「できないことはない。だがそれは専攻分野を学び終え、時世が平穏で余裕のある時のみとなる」
「分かりました」
「よろしい。この部屋だ」
男が扉を開けると、濃密な草の香りがあふれ出してきた。中は小部屋になっており、所せましと資料や調薬の道具が設置されている。その中で働いているのは五人の医師たち。彼らはこちらに見向きもせず、目の前の仕事に集中していた。
「クオル」
「なんだ」
「新人だ」
「こんな時に!?」
五人の医師たちが、初めてこちらを見る。その目は疲労や寝不足からか、深い隈が刻まれ、充血しきっていた。そんな目が開ききってこちらを見つめてくる。さすがの圧に、俺は自然と一歩下がってしまっていた。
「作り方を最優先で指導し、制作に混ぜよ」
「シークです。よろしくお願いします!」
「シークだな。こっちこい」
クオルと呼ばれていた男性に手招きされ、部屋へと入る。
「懇切丁寧に教えてる余裕は俺たちにもない。自己紹介も歓迎会も勉強会も全部後回しだ。お前はとにかく俺たちを見て覚えろ。材料に特別なもんはない。あとは作り方だけだ」
「はい。道具はどれを使えば?」
「道具はここにあるものなら何でも使っていい。特に誰かの持ち物ってわけじゃない」
クオルさんはそう説明しながらも、その手をすでに動かし始めている。
俺はその一挙手一投足を逃さないよう、目を皿のようにしてひたすら薬の作り方をマネしていくのだった。
黙々と作業を続け夜になり業務時間が終了すると、感染症対策室の面々は疲労困憊の様子でその場に倒れ伏した。ただでさえ通常の業務時間を二時間オーバーし、その上休憩もほぼなしだ。こうなるのも当然だ。
部屋に戻るのも億劫なのか、道具をどけて突っ伏して眠るもの。椅子をつなげて横になるもの。床に布を敷いてその上で寝る者と様々だが、その光景はまさに末期状態を思わせる者だった。
そんな中でただ一人、クオルさんだけが椅子から立ち上がる。
「シーク、お前なかなかいい頭してるじゃないか。この調子なら明後日には調薬を一人で任せるかもな。けど、調薬にミスは許されない。少しでも手を抜くようなら、容赦なくたたき出す。教会からは出せないから、雑用としてこき使うことになることは分かっておけ」
「はい。肝に銘じます」
調薬の手順は確かに比較的単純なものだった。材料をすりつぶし、分量事に順番に混ぜていく。気を付けることは、材料の処理と分量、そして順番。それを間違えないようにすれば俺でもすぐに作れるようになるだろう。練習用に任されたものでも、ある程度信頼性の高いものができるはずだ。それを孤児院に渡せれば、俺の最初の目的は達成する。
「うし。なら部屋行くぞ。多分お前の部屋も用意されているはずだし。ついてこい」
「あ、はい」
クオルさんの後に続いて部屋を出る。
通路をさらに奥へと進むと、一度中庭へと出る。その先にあったのは木造の建物。あれが関係者用の寮なのだろう。
入口を抜けたところに受け付けのようなものがあり、シスターと同じような修道女が座っていた。
「すまない。今日から入寮予定のやつがいるんだが、何か聞いているか?」
「シーク君ですね。はい、把握しております。部屋は三階の十号室です」
「三の十? あそこってもういただろ」
「もともと二人部屋ですので。それにあの方は基本的に帰宅されますので」
「けっ、お貴族様特権かよ。だからなんでも金と権力で解決するやつは嫌いなんだ」
「本日は泊まられるそうなので、お気を付けください」
「げっ」
クオルさんが顔をしかめる。まあ、貴族の前でそんなことを言えば、最悪不敬罪で首が飛ぶしなぁ。それよりも俺はその貴族と同室ということになるのか。どんな人物なのかあらかじめ聞いておきたい。
「同室の方がいるんですね。どのような方なのでしょうか?」
「シュヴァルツ・フォン・アーナム様です。アーナム侯爵家のご子息様で、今は内傷研究室で見習いをしておられます。性格は温厚で、クオルさんのようなことを言わなければ、とてもいい方ですよ。ここでは同じ見習いという立場になりますので、あまり物怖じせず話しかけてもいいと思います」
「分かりました、ありがとうございます」
「じゃあ俺は部屋もどるわ。朝食は八時だから寝坊すんなよ」
「はい。お休みなさい」
「おう、お休み」
クオルさんは後ろ手に手を振って部屋へと戻っていった。
俺も受付のシスターに頭を下げて階段を上がる。
三階まで登り、部屋の扉に書かれている番号を確認しながら廊下を進んでいくと、一番角までたどり着いてしまった。どうやら角部屋のようだ。孤児院じゃ角部屋はノクトが使っていて少しうらやましいと思っていたんだ。ちょっと嬉しくなるな。
先住者がいるのなら、ノックしたほうがいいだろう。扉をたたくと、すぐにどうぞという声が返ってきた。部屋に入ると、白髪の男子がこちらを見ていた。彼がシュヴァルツだろう。見習いというだけあって、俺と同じぐらいの年齢の見た目だ。
「今日からこの部屋に済むように言われたシークです」
「ああ、シスターから聞いてるよ。僕はシュヴァルツ。よろしくね」
「ああ、よろしく」
シスターの言っていた通り、温厚そうな人だ。差し出された手を握り、軽く握手を交わす。
「下のベッドは僕が使っちゃってるから、悪いけど上を使ってもらえるかな?」
「了解」
「それとシーク君用の衣類がそっちのタンスに入ってるから、明日はそれを着るといいよ」
「あ、もうそこまで準備してくれてたのか」
「新人用に常にいろいろなサイズを用意してあるみたいだよ」
「へー」
タンスを開けると、子供サイズの修道服が収められていた。口布も何枚も用意されている。
「洗濯は時間までに籠にまとめて廊下に出しておくこと。そうすれば洗濯係が回収してくれるから」
「孤児院にいた身分からすると至れり尽くせりだな」
「孤児院出身なのかい? なんで治療院に?」
「治したい奴がいるんだ。今子供風邪が流行ってるの知っているか?」
俺がここに来た理由を説明すると、シュヴァルツは納得したようにうなずく。
「大切な人なんだね」
「家族だ。シュヴァルツはなんで治療院に? 貴族って聞いたけど」
「僕も同じだよ。大切な人を治したい。そのためにここで勉強してるんだ。貴族だからいろいろとしがらみがあって特別待遇にしてもらってるけどね」
詳しく聞いてみると、幼馴染が生まれつき体が弱く、内臓系の疾患らしい。体力がついたことで命の危機というものはなくなったが、いつ悪化するかもわからない状態だという。その子と末永く暮らすために、治療方法の研究をするのだとか。
「似た者同士か」
「だね。シーク君とは気が合いそうだ。これからよろしく」
「こっちこそ。よろしくな」
お互いの身の上話をしているうちに、夜もなかなか深い時間になってしまった。
明日も早い。俺たちは急いでベッドへと潜り込み蝋燭の火を消す。
治療院の一日目は、どうやら順調な滑り出しのようだ。




