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少年の覚悟

「え、薬が作ってもらえない? なんで!?」


 翌朝になって目が覚めた俺は、シスターに詰め寄る。それを止めたのはイーレンだった。


「シーク、落ち着いて」

「けどエイチェは弱ってきてるんだろ!? 俺たち何のために薬草を採りに行ってきたんだよ!?」

「分かってる。けど教会も人が足りないみたい」


 人が足りないって。だからってわざわざ薬草を採ってきた連中を後回しにするのかよ!


「予備の薬草も交渉材料にしたのですが、順番の変更はできないと」

「くそっ!」


 ノクトが腕を折ってまで手に入れた薬草も意味ないっていうのかよ!

 ならなんで俺たちはわざわざあの森まで薬草を採りに行ったんだ。完全に無駄な努力だったじゃねぇか。

 俺は結局、あいつらのために何もできないのかよ。

 ノクトなら何か手を考えてくれるかもしれない。けど今のあいつはエーリアに軟禁されてる。今回の無茶の代償に、思いっきりエーリアに甘やかされることになっちまった。

 今俺があいつにすがれば、ノクトは喜んで協力してくれるかもしれないけど、俺がエーリアに殺される。

 それ以前に、腕を折って後遺症が残るかもしれない状態なんだ。せめて完治するまでは無茶はさせられない。

 ノクトならどうするか、そう考えかぶりを振った。

 俺の頭じゃノクトがどうするかなんて絶対に思い浮かばない。あいつは特別だ。あいつと同じことをしようとしてもダメだ。

 俺が思いつく中で、できることは一つだけあるんだ。必要なのは、それを実行するだけの覚悟――


 少しの沈黙を置いて、俺はシスターに手を差し出す。


「シスター。俺に薬草をくれ」

「どうするつもりですか?」

「俺が直談判してくる」

「…………それは――」


 シスターは考える素振りを見せた後、俺の目をまっすぐに見つめてきた。きっと俺が何をするつもりなのかに気づいたのだろう。


「本気なのですね」

「ああ。今度は本気だ。俺の意志で決めたことだ」


 前は焦って流されて、結論を急いだ。けど、今の想いは、あの時とは違う。

 焦りでもなければ、強要されたことでもない。俺がそれをやりたいと思った。そのための手段はすでに用意されている。


「分かりました。けど先に職場の方たちにちゃんと謝るのですよ」

「はい」


 シスターが薬草を渡してくれる。それをポケットへと大切にしまい込んだ。


「え? シークの直談判でどうにかなるわけないと思う」

「イーレン、どうにかするさ。頼りになるのはノクトだけじゃないってことを見せてやるよ」

「? まあいいけど、無茶はしないでよ。エーリアがノクトにかかり切りなんだから、誰かが怪我すると私が面倒見ないといけなくなる」

「くくっ、分かってるって」


 無茶はしないさ。俺の切れる手札を切るだけだ。


「んじゃちょっと解体所の方行ってきます」

「行ってらっしゃい、気を付けるのですよ」

「行ってらっしゃい」


 俺はシスターに言われた通り、先に精肉所を訪れた。

 まだ仕事の開始までには時間があるが、すでにおやっさんは準備を始めているようだ。

 作業場へと顔を出すと、おやっさんが驚いたように目を見開く。


「おう、帰ってきてたのか」

「おやっさん、ご無沙汰してます」

「今日から復帰か?」

「いえ、それに関して少し話が」

「……ふむ、あんまいい話じゃなさそうだな」


 おやっさんは道具を作業台に置き、こちらへと寄ってきた。

 俺は意を決して、おやっさんに今考えていること、そしてそのためにここを辞めたいことを伝えた。もともと自分がやりたいと言って飛び込んだこの仕事場だ。自分の勝手な都合で辞めたいなどと言えば、殴られることぐらいは覚悟していた。

 けど、拳が振るわれることはなかった。


「ま、そういうこともあるか」


 おやっさんは俺の頭に手を置くと、いつものようにガシガシと撫でてくる。


「いろんなやつがここに来てはいなくなっていった。金が欲しいやつ、おこぼれが欲しいやつ、血が見たいやつなんてのもいた。けど中にはすぐに辞めちまう奴や、黙ってバックレる奴もいた。そういう奴らはみんな仕事が辛いって辞めてく連中だ。けどお前は違うんだろ? 俺はこの解体所の利益を出しゃにゃいけない立場だが、若い連中の挑戦を邪魔しようってほど野暮じゃねぇよ」

「ぐすっ――おやっさん、ありがとうございます!」

「なに泣いてんだ。自分で決めたことなんだろ? なら胸張れ」

「うっす!」


 袖で溢れてくる涙を拭う。胸を張っておやっさんと向き合った。


「俺はいいとして、おめぇメルリアはどうするんだ?」

「手紙を出します。この時間じゃまだ寝てるでしょうから」

「別れるのか?」

「数年は会えなくなりますし、それがメルリアのためかと」

「さて、そう上手くいくかな?」


 おやっさんは少し顔を傾げた後に、まあいいと言って俺の背中を叩く。


「ま、頑張ってこい。ジーンの病気が治ったら、またここでこき使ってやるからな」

「はい。ジーンをよろしくお願いします」


 俺は深く頭を下げ、解体所を後にする。

 おやっさんの目元に光るものがあったのは、きっと気のせいだろう。


 覚悟は決まった。おやっさんに背中を押されて、今の選択にも自信を持てるようになった。

 後は実行に移すだけだ。

 俺は大通りを進み、目的地を目指す。

 そこは早朝だというのに住民の列ができていた。その表情は誰もが不安そうであり、教会の扉が開くのを今か今かと待っている。

 全員が子供風邪の薬を求めているのだ。きっとここに並んでいる大人たちにはみんな子供がいるのだろう。その子供を救うために、朝早くから教会に並んでいるのだ。

 彼ら全員に薬が配られるのを待っていては、きっとエイチェは間に合わない。

 だから俺が――


「すみません!」


 俺は列の先頭まで進み、大人たちの不審な視線を受けながら教会の扉を叩く。

 反応があるまで扉をたたき続けると、取り付けられている覗き窓が開いた。


「今は配布時間前だ。薬が欲しいならばちゃんと並べ」

「違います。薬草を持ってきたので、お渡ししたいんです」

「なに? 本物か見せてみろ」

「これです」


 ポケットに入れていた三束の薬草を覗き窓に近づける。声の主は薬草を見て、本物だなとつぶやいた。


「いいだろう。ここから中へ入れろ。数に応じた金額を支払う」

「いえ、それはできません」

「なんだと」

「お金は要りません。けどお願いがあります」

「薬の優先配布は無理だ」

「分かっています。俺の願いは違います。俺を治療院に入れてください」

「それは――教会に所属し、医者になりたいということか? それがどういう意味か分かっているのか?」

「ええ。家族と別れ、修行が終わるまで教会の敷地外には出られない。技術の流出は禁止であり、手紙もすべて検閲される。それでも構いません。俺を教会に入れてください」

「そこまで分かっていてなぜ」

「見習いでも今の人手不足なら薬作りを真っ先に教えられるでしょう。そして見習いが作った薬は配布するには不安があるはずです」


 以前、治療院に所属しようと考えた時にはシスターやノクトに諭されて辞めてしまったが、その後も治療院や医者についてはなんとなく調べていた。その時に偶然知ったものが試薬品制度である。

 見習いが初めて教えられて作った薬なんて、配布できるような信用性のあるものじゃない。ならその薬はどうなるか。基本的には臨床実験として犯罪者の病人などに使われると聞いた。だが、製作者たっての希望があれば、別の人物を指定して使ってもらうこともできるはずだ。


「なるほど、そういうことか。そこまでの覚悟があるのならば、我々はその門を閉ざさない」


 ゆっくりと教会の扉が開き、人一人分の隙間ができる。

 俺がその中に体を滑り込ませると、扉はすぐに閉ざされた。

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