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帰還の言葉はただいまで

「ノクト、腕大丈夫か!?」

「傷は酷くないけど多分骨折してるな」


 力が入らないし、なんか気持ちぶらんぶらんしてる……そしてその揺れが地味に痛い。


「ヤバいじゃねぇか! 添木、いや先に怪我の手当か」

「塗り薬がベルトにあるはずだ」

「こいつだな」


 シークは慌てながらも自分のベルトから傷薬を取り出し、俺の腕の傷口へと塗っていく。

 歯形のようにできた傷口は、丸い穴がいくつもできているようだ。その一つずつに薬を塗り付けその上から布を巻く。


「添木を探してくる。少し待ってろ」

「あっちの森には行くなよー」

「行くわけねぇだろうが! ノクトは大人しくしてろ!」


 ちょっとした冗談のつもりだったのに、怒鳴られてしまった。

 仕方ないので腕の位置を確認したりしつつ待っていると、シークがいい感じの太さの枝をもって戻ってくる。


「この位置でいいんだな?」

「おう」

「よし、縛るぞ」


 添木に腕を合わせ、紐でギュッと縛る。

 いや、普通に痛いわ。ギュッてきた瞬間ピキーンって神経に針を刺されたような痛みが脳天に突き抜けた。

 だがとりあえず固定は完了した。


「応急処置は完了だな」

「つかこれ以上の処置なんてあるか?」

「ないか」


 現代ならレントゲン撮って折れ方確認して、場合によっては手術とかもあるだろうけど、この世界じゃこれが限界だからなぁ。あとは自力でくっついてくれるのを待つしかない。

 これ、骨の一部が欠けてたらどうしよう。後遺症まっしぐらじゃねぇか。ただでさえ手のひら貫かれた後に痺れが残っているのに、今度は腕か。エーリア怒るだろうなぁ。


「とりあえず薬草は確保できたし、目的は達成だ。宿に戻って準備して王都に帰ろう」

「おう!」


 俺たちは立ち上がり歩き出す。

 痛みは確かに強い。けど、達成感に包まれた心は、その痛みをかき消すほどに軽いものだった。


   ◇


 ここからまた四日かけて王都へと戻らなければならない。念のためということで、町にある治療院へとより、ちゃんとした包帯で傷の手当をしてもらった後に、綺麗な添木で固め直してもらった。

 やはりちゃんとした手当は違うな。やれることはないと思っていたけど、アルコールの消毒や軟膏の質も俺たちが持っていたものとは全く違う。添木も俺の腕の長さに合わせたものが用意され、しっかりと固定された後に首から布で吊るされている。

 しっかりとした処置を受けたおかげか、痛みも少なくなり、旅もだいぶ楽になるだろう。

 治療院に行ったついでに町の衛兵にも魔物が現れたことを伝えておいた。俺たちの話を聞いたとたん、衛兵はてんやわんやになりながら上司へと報告に行っていたな。あの分だと早々に討伐隊が組まれるだろう。ついでに周辺の肉食獣を一掃してくれればあの辺りでも薬草が採りやすくなる。多少は薬草不足も解消されるかもしれない。


 町を出発する直前、俺が折れた腕をぐるぐると回して調子を確認していると、なぜかシークに謝られる。

 どうしたのかと尋ねれば、不思議な答えが返ってきた。


「俺がちゃんと処置できていれば、治療費を取られることもなかったのに」

「そんなの仕方がないだろ。俺たちは素人だし、治療に金がかかるのは当然だ。むしろぼったくられなくて助かったぐらいだぞ」


 ここの教会は治療にあたり俺たちでも払える普通の値段を要求してきた。それに子供風邪の影響で忙しいにもかかわらず普通に治療を受けさせてくれたんだぞ。今の王都じゃこうはいかないだろうな。

 シスターや貴族からの圧がなければ、膨大な治療費を払った上で、忙しいからと治療を後回しにされかねなかった。そんなことになってたら、俺も変な形で骨がくっついてたかもしれないと思うとゾッとするわ。


「けど俺解体所で働いてるんだぜ? 外傷ぐらいなら治せないと」

「馬鹿言うなよ。医療ってのはそんな付け焼刃でできるようなもんじゃない。それこそ教会が秘匿するレベルの技術だ。シークだって解体はできるけど縫合なんてできないだろ?」

「そりゃそうだけど」

「専門の知識ってのはそれだけ深い知識が必要になる。知ってるか? 教会でも医療は一纏めにされずに、外傷、内傷、感染症に分けてそれぞれ専門の勉強をしてるらしいぜ」

「そこまで細かく分けてるのか」

「まあ掛け持ちしてる奴もいるみたいだけどな」


 ちなみに、小説ではシュヴァルツが治療院で勉強をしていた。幼馴染で許嫁であるセラの体を治すのだと、貴族としての権力を使って治療院に通いながらも普通に学園にも通っている。まあ、情報を漏らさないって誓約書を書いてるけどな。

 んで、シュヴァルツは内傷と感染症の両方を学んでいる。


「そんだけ専門の知識が必要なんだ。だからあんま気にすんな」

「そっか――」


 簡単には納得できないようだ。けど、こればっかりは納得してもらわないとな。

 自分ができなかったことがどうしても後悔として残るならば、それを解決する手段は一つしかないだろうし。


 さて、改めて出発だ。ここから四日の道のりは大幅にカットするぞ! 歩くだけだしな!


 そんなわけで四日かけて俺たちは王都まで帰ってきた。


「シーク、お疲れ」

「へっ、こんなのどうってことねぇし」


 王都外壁でのチェックを待つ間、俺は疲れが表情ににじみ出ているシークへと労いの言葉をかける。

 俺の左腕がこんな状態だから、荷物の一部をシークに持ってもらっていたのだ。おかげで、シークの荷物は1.5倍程度重くなってしまっていた。

 それでも文句ひとつ言わずに背負ってくれたのだからありがたい限りだ。今度何か美味いものでもおごってやろう。


「次!」

「俺たちだ」

「おう」


 俺たちの順番がやってきたので、受付に持っていた住民票を渡す。

 これは町を出る際に発行されるもので、戻ってきた際に返すことで入場料を免除されるものだ。これがないと王都の住人であっても町に入るには入場料が必要になる。

 門番はそれを確認すると、おかえりと言って俺たちを通してくれた。

 町の中は一週間前と変わらない。子供の影はなく、どこか暗い雰囲気だ。

 その中を進み、俺たちは孤児院まで戻ってきた。

 時間は夕方。この時間であればそろそろ夕食の準備をしていることであろうか。


「「ただいま!」」


 玄関の扉を開け、声を合わせる。とたん、どたどたと足音を立ててエーリアが飛び出してくる。


「ノクト、シーク、お帰り! って、ノクトその怪我どうしたの!? 大丈夫!? 痛くない!?」

「あー、落ち着け。向こうでちょっと怪我しただけだから。治療院で処置もしてもらってあるから大丈夫だ」


 治療院ではまた後遺症が残るかもと言われたけど。

 動かなくなるとかではなく、寒い日なんかに痺れが出たり、時々痙攣することがあるかもしれないとのことだ。まあ、その辺なら前からそうだし許容範囲である。正直もう動くだけでも十分だよ……


「二人ともお帰り」

「ノクト君、シーク君、お帰りなさい。無事に帰ってきてくれたこと、嬉しく思いますよ」


 エーリアから少し遅れてディアスやイーレン、エフクルスにシスターもやってくる。


「ジーンやエイチェの様子は?」

「二人が出発した後ジーンの熱が上がってきて、エイチェもちょっとずつ弱ってきてる感じ。ご飯を食べられる量も日に日に減ってきちゃってるし、早めに薬は欲しいよ。薬草は採れた?」


 イーレンの問に俺たちは顔を見合わせ満足気にうなずく。


「ああ。予備も合わせて三束は確保できた。シスター、これをもっていけば」

「ええ、薬は作ってもらえると思いますよ」

「一安心だね」

「薬草は私が預かりましょう。子供が持っていくよりも話は聞いてもらえるはずです」

「お願いします、シスター」

「疲れたでしょう。二人はしっかり休んでください。疲れがひどいと子供風邪にもかかりやすくなってしまいます。手洗いうがいも忘れないようにしてくださいね」

「「はい!」」

「二人とも体拭くでしょ? お湯持ってきてあげるね」

「悪い。洗濯物はどうする?」

「いつもの場所にまとめておいて……いえ、やっぱり私が荷物片づけておくから、部屋でゆっくり待ってて」

「悪い。助かるわ」

「正直ヘトヘトだったんだ」


 せっかくの申し出なので、俺たちは荷物をエーリアに任せ部屋へと戻る。

 着替えもせずにそのままベッドへと倒れこんだ。もちろん腕に気を付けながらだ。

 固いベッドのはずなのだが、野宿を経験してしまうとこの固さでも恋しくなる。というか自分のベッドが恋しくなっていた。

 すぐに眠気が襲ってきて、うとうととしていると部屋の扉がノックされる。そして扉が開き桶を持ったエーリアが覗き込んできた。


「ノクト、大丈夫?」

「ああ。背中手伝ってもらっていいか?」

「任せて!」


 そんな目をキラキラさせんでも……

 体を起こし上着を脱ぐ。関節で折れてなくてよかったよ。おかげで一人でもちゃんと着替えができるし。

 エーリアに背中を向けると、暖かいタオルが背中を撫でる。


「また無茶したんでしょ?」

「んなことないさ。ちょっと噛まれただけだ」

「本当?」


 噛まれたのは本当。ただその相手が魔物だっただけだ。それと噛まれたまま暴れられただけ。


「本当」

「うーん、嘘はついてなさそう。けど何か隠してる感じがする」


 なんでそこまで分かるんですかねぇ……


「何を隠してるのかなぁ?」

「なにも隠してないぞ? 薬草採って、ちょっと襲われて、逃げ切っただけさ。シークに聞いたってきっと同じ答えが返ってくる」

「むぅ……」

「それよりもシークの方はいいのか?」

「そっちにはイーレンが行ってるから大丈夫」


 しっかりと対策をされていたようだ。


「じゃあ今回は見逃してあげる。シークが一緒だったし、そこまでの無茶はしてなさそうだしね」

「助かります」

「けど、本当に左腕大丈夫なの? 前の怪我のこともあるし」

「医者は少し痺れが残るかもって言ってたな。けど、生活には支障はないらしい。綺麗に折れてたから、綺麗にくっつくだろうとさ」


 触診で折れ方判断されたときは、悲鳴を上げるほど痛かったけどな。そのあとちょっとずれてるから場所治すねと言われた時は、死を覚悟した。


「もし障害が残るような怪我したら、私が一生看病してあげるからね」

「絶対に怪我しないように気を付けます」

「よろしい。じゃああとはできるよね?」

「ああ、助かった。ありがとな」


 俺は絞りなおした濡れタオルを受け取り、前を拭いていく。


「ゆっくり休んでね。ご飯はどうする?」

「さすがに眠い。けど起きたら少し食べたいな。サンドイッチとか用意しといてもらえるか? 朝まで寝ちゃうかもしれないけど」

「分かった。シークの分も用意しておくね。じゃあお休み」

「ああ、お休み」


 エーリアが退室し、俺は全身についた汚れをタオルで拭っていく。

 スッキリするころには、タオルが黒ずんでしまった。それをお湯へと浸し、できるだけ汚れを落としておく。

 そしてベッドへと横になると、一気に眠気が限界へと達した。

 帰ってこれた安心感だろうか。俺の意識はすっと眠りへと落ちていくのだった。


 そして俺は翌朝気づくのだった。エーリアによって看護軟禁された事実に――

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