暗い森を駆け抜けろ
翌日、俺たちは予定通り北の森へと入り、薬草の捜索を行った。
しかし、結果はただ疲労を蓄積させるだけの結果だった。
どこまで行っても、切り取られた後の株が残るばかり。ギリギリの時間まで粘っても、採取できる株を一つも見つけることができなかったのだ。
やはり安全に、そして高値で売れる薬草を求め、かなりの人数がこの森に入っていたらしい。一度も人に出会わなかったのは、もしかしたら地元の連中はここが刈りつくされていることに気づいていたかもしれない。
そしてさらに翌日、俺たちは意を決して西の森へとやってきていた。
北の森よりも町から距離があり、到着までに少し時間がかかってしまった。貴重な時間を大切にするためにも、さっそく森の中へと踏み込んでいく。
北とは違い、西の森は薄暗く獣の気配に包まれていた。これだけ獣の気配が強ければ、確かにそれを餌とする肉食獣も多くいるのもうなずける。
「嫌な気配だ」
「見られてるような感じだな」
「餌としてか?」
「かもな。来たら返り討ちにしてやる!」
「返り討ちはいいが、薬草を見逃さないでくれよ」
「お、そうだったな。けどこの森だと場所は少なそうだぞ」
基本的に日の当たる場所が必要な薬草だからな。こうも暗い森だと、日の射す場所を探すのも一苦労しそうだ。
俺たちは森の中を進みながら光のある場所を重点的に探していく。候補の数が少ない分、一か所の周辺も含めて丁寧に探していくと、採取された後の根はすぐに見つけることができた。
さらに奥へと進みながら、三か所ほど候補地を探したところで、俺の前にその薬草は現れた。
「シーク!」
「どうした!? あったのか!?」
「これじゃないか!?」
手元の薬草の模写と照らし合わせてもそっくりの葉だ。ギザギザとしていて、地面にべたりと広がっている。
「そうだよ! これだ!」
「さっそく採取しよう!」
ナイフを取り出し、葉の根本からカットする。すべての葉を切り取り、一纏めにヒモで縛りベルトへと付ける。言われていた通り、三本しか取れなかった。
「もっと見つけないとな」
「おう、頑張ろう!」
一度見つけると、意外ととんとん拍子に行くものだ。
周辺にさらに一つ、奥へと進んでさらに二つを見つけ、必要最低限である十枚一束を作ることができた。
これでエイチェとジーンは大丈夫だ。あとは念のためにできるだけ数を集めて俺たちが子供風邪にかかった場合の予備を作るだけだ。
昼を過ぎるころになると、薄暗かった森の中でも光が入る場所がはっきりと分かるようになってきた。
おかげで薬草の場所もわかりやすく、何度か切り取られたハズレを見つけつつも追加で七本まで葉を集めることができた。
「あと三本だな」
「この調子ならすぐに集まりそうだな」
「けどちょっと森の奥に入りすぎじゃないか? 少し戻りながら探そう」
「でも戻っても見つからなくね? 俺たちかなり慎重に探したぞ?」
それは一理ある。かなり丁寧に探し回っていたから、見落としというのは考えにくい。
今の七枚でOKとするのも手だが、もし誰かが感染した場合、足りないことを後悔したくはないという思いもある。
日はまだ高い。もう少し奥まで入っても日没までに戻ることは可能だ。
「もう少し探してみるか」
「そう来なくっちゃ」
シークはパチンと指を鳴らし、さらに奥へと入っていく。
俺もその後に続いて、森の奥へと分け入っていくのだった。
奥へと入った判断は正解であり不正解だった。
俺たちは少し奥へと入った場所で複数の株を見つけた。まだ手を付けられておらず、一気に二束もできてしまったのだ。これで数人分の薬草が確保できたことになる。
「やったなノクト!」
「ああ。これで安心して生活できる。さっさと戻ろう」
「おう。もうこんなところはおさらばだ」
足取り軽く森の外へと向かおうとしたところで俺は気づいた。
獣の気配がパタリと消えているのだ。鳥の鳴き声もなく、辺りは静寂に包まれている。
以前から王都近くの森へと入っていた俺には、その違いに気づくことができた。
「どうしたんだ?」
「森の様子がおかしい」
俺は静かに知る様にシークへとジェスチャーを送り耳を澄ませる。
森の中の情報で最も大切なのは音だ。視界の悪い森の中であっても、音だけは完全に消すことはできない。
何がある――なぜこうなっている。
少しの変化も見逃さないように、目を閉じて己の鼓膜だけに集中する。
カサリ
小さな音が聞こえた瞬間、俺はシークを突き飛ばした。
「何すんだ!」
「くっ……また左腕かよ」
左腕に鋭い痛み。俺はその痛みを発生させた主を睨みつける。
「ノクト!」
シークが驚きの声を上げるがそれも当然だろう。なにせ俺の左腕には黒い狼が噛みついているのだから。
しかもこいつ普通の狼じゃない。全身からゆらゆらと立ち上る陽炎。そして瞳がルビーのような色と形になって飛び出している。
気持ち悪いったらありゃしないが、そんなことを言ってる場合でもない!
「うわっ」
狼が力任せに首を振り俺の腕を食いちぎろうとしてやがる。
軽い体がそのまま引っ張られ、地面へと引き倒された。俺は痛みに耐えつつベルトからナイフを取り出し、狼の鼻先へと振り下ろす。
ズブリと確かな手ごたえを感じるのだが、いかんせん相手が普通じゃない。全然気にした様子もなく、さらに俺を引きずり回す。
「ノクト!」
「近づくな! 先逃げろ!」
「んなことできるかよ!」
シークがナイフを持って狼へと切りかかる。狼は平然とその攻撃を受け入れ、深く刺さったナイフを無視してシークに体当たりをかます。
噛んだ腕を一切緩めない辺り、こいつは俺を餌として持ち帰る気か。
んなことさせるかよ!
鼻先に刺さっているナイフを引き抜き、今度は飛び出している赤い目を狙って振り下ろす。それはカチンっと高い音を立てて簡単に弾かれてしまった。その上ナイフの先端は欠けている。
「こ、こいつなんなんだよ!?」
「たぶん魔物だ! 俺たちのナイフじゃ殺すのは無理だ!」
「なんでそんなやつがこんなところに!?」
「知るか。とにかく逃げる方法考えるぞ!」
一人で逃げるつもりがないなら俺も一緒に逃げないといけない。まずは腕を引き抜かねぇと。
攻撃は入っている。刺し傷もちゃんと残っている。なら切れるはずだ。
噛みついている口元へとナイフを差し込み、頬を根本まで思いっきり引き裂く。さらに切り口から下あごへとナイフを進め、筋肉に突き立てた。
切れなくても、筋肉に刺せば神経は反応する。
一瞬強く顎が閉じ、その後少しだけ緩るむ。その隙をついて思いっきり腕を引き抜いた。
「ああ! いってぇなぁ! 畜生!」
離れざまに顔に蹴りを入れつつ、一目散に駆け出す。
「シーク、行くぞ!」
「腕は!?」
「後!」
とにかく逃げることを優先する。
森の中を走っていくが、すぐに後ろから駆ける音が聞こえてきた。こちらを完全に獲物だととらえている。
くそっ、なんでこんなところで魔物に会うんだよ。
小説でも初めて魔物に遭遇するのは、十二歳。二年後のことのはずだ。あの時点でもかなり稀だなんて言われてたのに、こんなに町に近い場所で魔物が発生していたなんて聞いてねぇよ。
せめて普通の肉食獣なら対処のしようだってあったのに、魔物じゃ有効打が何一つない。
魔物を殺すには、首を一撃で落として動かなくなっている間に体内の魔石を取り除かなければならない。俺たちの持ってる小さいナイフじゃそんなことできるわけがない。
けど魔物にはテリトリーがある。魔物の発生する原因は魔力だまりだ。そこからはあまり離れられない。
だからとにかくテリトリーから逃げ切る。それしか生き残る方法がないんだ。
腕の怪我は前ほど酷くはない。折れてるかもしれないが、傷口は牙の跡だけだから出血の量も少なくて済んでる。治療は振り切ってからで大丈夫だ。
「ノクト、どうする!?」
「とにかく逃げ切る。こいつは森の外までは出てこれないはずだ」
魔力だまりは地形の変化する場所までを範囲として一点に集めるという性質があったはずだ。森の切れ目、川、崖、そんな自然的な切れ目を超えれば追ってくることはない。
「わ、分かった!」
魔物の足音、そして俺たちの逃げる音。それ以外の音がないから分かりやすくて助かる。
足音が近づいてくれば横へと避け、時に倒木の下に滑り込んだり、飛び越えたり、盾にしたりととにかくできる限りの方法を使って魔物の攻撃をかわしていく。
運のいいことに、あいつは手負いの俺を標的としてくれていた。シークが逃げられるかをあまり気にしないでいいのは助かる。
「ハッ! こっちは一度死んで、こっちでも何度か死にかけてんだ! てめぇごとにきに殺されると思うなよ!」
あ、適当に投げた水筒が直撃した。地味にいっぱい入ってたから痛いだろ!
「うおっ、いきなり飛びかかってくんじゃねぇよ、このクソ犬! 組み伏せられたら逃げられないだろうが!」
「ノクト! 魔物と口喧嘩してないで、逃げることに集中しろって!」
「うっす」
なぜかシークに怒られてしまった。
だけど見てみろよシーク! この先は森の切れ目だぜ!
「俺たちの勝ちだ!」
俺たちは森から勢いよく飛び出す。
そして振り返れば、魔物は森の中から悔しそうにこちらを睨んでいた。
「は、はは。俺たち、逃げ切れたんだ」
「ま、俺にかかればざっとこんなもんだ」
街道に倒れこみ、そのまま空を見上げる。
あー、腕がいてぇ。これ、ちゃんと治るかな?




