旅の始まり、夜の語らい
「テント」「よし」
「寝袋」「よし」
「着替え」「よし」
「食料」「よし」
「調理道具」「よし」
「資金」「よし」
「では今日もご安全に!」「ご、ご安全に?」
よし、よく最後まで乗り切った。
前日の間になんとか一通りの備品を買い終えた俺たちは、翌日の早朝からさっそく出発することとなった。
シークにも仕事から帰ってきたところで状況を伝え、手伝ってくれるか頼んだところ二つ返事でオーケーが返ってきた。しかもその足で仕事場へと戻りしばらくの休みを取り付けてきてくれたのだから気合の入れようもわかるというもの。
精肉所としても、まだ十歳であるシークを町で働かせておくことには不安があったのだろう。すぐに休暇を許可してくれたと言っていた。
そんなこんなで準備を終え、俺たちは所持品の最終確認を終えたところだ。
「では背負え!」
「はい!」
よっこいしょっと――これ重いな。
テントは鉄パイプを使うような丈夫なものではない。三角形の木製フレームを組み合わせ、そこに布を張って三角錐を作るようなタイプだ。
それでも布は孤児院の布団よりも大きく、俺の肩にずっしりともたれかかってくる。
シークの方にはテントこそ入っていないが、調理用のフライパンが入っているため、こちらも同じぐらいの重さはあるだろう。
子供二人で行くには大変な旅を覚悟しないといけないかもしれない。三つ隣の町まで行くだけだけど――
「じゃあ行くか」
「ああ」
「二人とも、気を付けてくださいね。特に野生の動物は危険ですから」
「火を絶やさずにですね」
飢えた獣に子供二人とか最悪の相性だからな。夜の間はとにかく火を絶やさず、できることなら町で休みを取ることが重要だ。
せめて自転車でもあればもっと楽な移動もできたのだろうが、まだこの世界では発明されていない。というか悪役令嬢の発明一覧にあるんだよなぁ。初等部でも高学年の時の発明になるから、俺たちの元に恩恵が来るのはまだまだ先の話になるだろう。
王都の門を抜け、踏み固められた道を歩き始める。
「結構重いな」
「休憩は多めになりそうだ。足に違和感とかあったらすぐに言えよ。無理に我慢しても薬草採取の方に支障が出る」
「分かった」
後はひたすら無言で行進だ。無駄な体力を極力使わないようにしつつ、一歩でも前へ。
幸いにも天気は快晴。この時期なら突然の雨という心配もあまりない。
ひたすら街道を歩くだけの日程だったが、午前中の間は非常に興味深いものだった。
そもそも俺たちは王都の付近、近くの森までしか出たことがないのだ。目指している森はおろか、隣町にすら行ったことがない。
そんな俺たちからすれば、目に入るすべての光景が新鮮なものだった。
どこまでも続くように思える遠くの山脈も、のどかに牛たちが佇む草原も、はるか先に小さく見える次の町の塔も、そしてどんどんと遠ざかっていく王都の外壁も、そのどれもに見とれてしまっていた。
そんな感動的な旅も、楽しめるのは午前中ぐらいだ。二度目の休憩をはさんだあたりから足取りが次第に重くなってくる。
予定では今日は野宿だ。大人の足や馬車を使えば隣町まではいける距離なのだが、子供の足ではそれも難しい。無理をせずに落ち着ける場所を探してテントを張ることにする。
「今日はここまでにしよう。明日昼ぐらいに町に入って、いいもんでも食おうぜ」
「それいいな。なんか名物とかあるかな」
「さすがに王都から一日ぐらいじゃあんまり変わらないんじゃないか?」
地方に来たわけでもないし、貴族的に言っても領地を跨いだわけでもない。王都とそこまで特色が変化するとは思えないし、特別な名物と言われると厳しいかも。
「まあその町の特産とかはあるかもな。それを使ったってだけで美味く思えるもんだし」
「楽しみだ」
「楽しみにしつつ、今夜の準備をするか」
適度な平地があったので、俺たちはそこにかばんを下ろす。
テントを組み立て、その中に寝袋を並べた。
日はまだ高いが、やることは沢山ある。少し離れたところにあった森林から枝を拾い火を着ける。この辺りでにわか雨でもあったのか、あまり乾燥している枝が少ない。
森林の中を歩き回り、何とか一夜程度は維持できるだけの枝を集め終えたころには汗だくで疲れ果ててしまっていた。
パチッパチッと時々枝がはじける音と共に、太陽が徐々に傾き始める。
俺たちは持ってきていた食品の中から日持ちのしない生野菜を使ってスープを作る。
パンはカチカチに焼き固めた保存用のものだ。それをスープへと浸し、ふやかしていく。
いい匂いはしているのだが、やはりいつものエーリアの料理と比べると物足りないな。ここはキャンプ飯という雰囲気の美味さでごまかさせてもらおう。
「できたぞ」
「待ってた。ペコペコだったんだよ」
完成したパン入りのスープをシークへと手渡す。
「あっつ!?」
「誰も取らないから落ち着いて食えよ」
「そうか。今は二人だもんな」
孤児院での取り合いが染みついてんな。
今度は慎重に口へと運び、美味いと頷く。俺もスープを啜ってみるが、やはりエーリアの味には及ばないな。
「そういえばノクト」
「ん?」
「ノクトは将来ってどうするつもりなんだ?」
「学園に通うつもりだが」
あれ、前に話したよな?
「いや、そうじゃなくて学園を卒業した後とか、もっと先の話。学園って中等部から行っても六年、高等部から入るなら三年しかいられないんだろ? その時には俺たちも十五を超えてるわけだし、本来なら孤児院を出て一人立ちしないといけない年齢だ。その時どうするのかって思ってさ。ノクト、そのあたりの話は全然しないし」
「ああ、確かに話したことなかったっけ」
ただこれに関しては話したくても話せないというか、ビジョンが曖昧すぎるとかそんな理由もあるのだが、さてどう話すか。
「そもそもノクトは学園で何を学ぶつもりなんだ? イーレンは魔術って明確な目的があるけど、ノクトは魔術使えないし、貴族や商人になるつもりもないような感じだし」
確かに今してる俺の行動って基本的にはみんなの手伝いであって俺の将来に直接係るとは思えないものばかりだしな。あるとすれば露天商から商人だけど、それもエーリアやエフクルスの存在があってのことだし。
そうみると、俺が将来何をしたいのかというのは謎に見えて当然か。
「とりあえず俺の最終目標を言っとくか。俺は将来的に楽して生きたいと思ってる」
「楽して? どういうことだ?」
「そのままの意味。特段責任のある地位につかず、けど不自由することのない程度に稼ぎを得て、しかしあくせく働かない。一日五時間ぐらい仕事して、あとはのんびり暮らすのがベストだな」
「なんかスゲー夢というか夢物語というか」
「まあ普通ならそうだよな。けど今の俺たちでもその片鱗はあるんだぜ?」
「そうなのか?」
俺がにやりと笑みを浮かべると、驚いたように目を丸くするシーク。
「今俺たちには毎月結構な量の金が入ってきてるだろ? その大半は眠気覚ましだ」
「そうだな」
「けど俺たちはあれを売るために毎日露店に立つこともないし、一生懸命生産することもない」
「確かにそうだ!」
「俺が目指しているのはそんな状態だ。けど、眠気覚ましだっていつまでも売れているわけじゃない。模倣品ができたり、飽きられたりする時期は必ずある。だからそれまでに次の手を打つ必要があるわけだな」
「それが五時間ぐらいの仕事ってことか?」
「そういうこと。んで、この状況を作るために必要なものは主に三つ」
人差し指を上に向けシークの前に突き出す。
「一つ、売れる商品を生み出す知識。これがないとそもそも成立しない。これは大衆が必要なものでもいいし、貴族みたいな大金を出してくれる人に高く売れるものでもいい。用は必要なところに必要な商品を紹介することだな」
「くっそ難しくないか? おやっさんもどこの部位をどこの店に売るかとかスゲー悩んでるぞ? そういうことだろ?」
「まあ似たようなもんだな」
けどこれには俺は小説の知識がある。現代チート悪役令嬢という存在を知っているからこそ、将来的な動きは周りよりもいち早く知ることができる。これを利用しない手はない。
そして二つ目の指を立てる。
「二つ目は生産者。要は俺の考えた商品を作ってくれる人たちだな」
「ハオラ商会か」
「そこに俺を紹介してくれるディアスの存在も大切だな。知ってもらえなければ、相手にしてもらえなければ、どれだけいい商品であっても作ってもらえないかなら」
「そのためにディアスを?」
「強要したことはないが、誘導したことは否めない」
そして三本目の指を立てる。
「三つ目が感染源だ」
「感染源? 病気みたいなのか?」
俺の言った意味が分からず首をかしげるシーク。まあ現代でのインフルエンサーをこの世界風に言うとこうなっちまうだけだからな。俺だけの言い回しだ。
「考え的にはそれでいいが、もっと具体的にするなら伝染病だ。保有者からどんどんの他の人にうつっていく厄介な代物だろ?」
「確かに」
「これは情報の発信力がある人。この人が使っているなら自分も使ってみたいと思ってしまうような人のことだ。例えばシークたちは、俺がこれめっちゃ便利な道具なんだって言いながら使っているものがあったら使いたくなるだろ?」
「なる。その道具超欲しくなる。それが感染源ってことか」
「ああ。優秀な感染源がいれば、それだけ商品を多くの人に広めてくれる。人気が出れば売り上げも上がる」
「ビーレストだな」
「貴族に広めるには貴族になってもらうのが一番だからな」
「それだけ聞くと、もう下準備は全部終わってるように聞こえるな」
「いや足りない。それぞれに人を送り込むことはできたけど、まだ足りないものがある」
「それは?」
「行動力。いや、強制力といったほうがいいかもな。なにか新しいことをやろうとすると、必ず旧態依然としたものに抵抗される。それを押しのけて強引に周りを巻き込むだけの突破力が必要になる」
それは孤児院出身の俺たちには決して手に入れることのできないものだ。
いや、数世代を重ねれば可能だろう。だが俺が求めているのは俺の人生の謳歌である。
ならば、どうするか――
「それを手に入れるために俺は学園に入る。孤児院出身の俺たちじゃ持ってないものを持ってるやつ、そいつを仲間に引きずり込んで俺の手ごまにするんだ」
「正直想像以上にヤバいこと考えててちょっとビビってるんだけど」
「そんなでもないさ。人の生活なんて多かれ少なかれ誰かに頼ってるんだ。俺は頼る相手を自分で選んでいるだけだよ」
「そんなもんかねぇ。まあ、ノクトが頼る相手に選んでくれるってのはちょっと鼻が高いかもな。俺も頑張らねぇと」
「期待してるぜ」
シークはどこに就職するだろうか。このまま精肉所かな? 悪役令嬢ならそれすらも有効に使ってくれそうな気がする。精肉所経営の焼き肉屋とかすごい美味そうな響きじゃない?
俺が教えた知識は確実に芽吹きつつある。あとは収穫するための道具を俺がちゃんと準備しておかないとな。
俺たちは少し冷めてきたスープを飲み干し、鍋の底を攫うまでひたすらお替りを続けるのだった。




