第三十三章:湯けむり家庭科室と、消えた『幻のA5ランク』 ー #1
十二月中旬。
外は木枯らしが吹き荒れているが、学園の第二家庭科室は、熱気と湯気、そして食欲をそそる匂いに包まれていた。
今日の二年生の調理実習は、自由課題による「鍋パーティー」である。
「……ふん。学校の調理実習など、ままごと遊びに過ぎん」
王、根露くんは、指定のエプロン(なぜか彼が着ると高級ブランドに見える)をつけ、腕組みをして鍋を見下ろしていた。
しかし、その鼻は正直にヒクヒクと動いている。
「……ですが王。本日のメイン食材は、我々が用意したものではありません。早乙女くんの実家から差し入れられた、『特選・A5ランク黒毛和牛』ですよ」
愛瑠来さんが、恭しく冷蔵庫を指し示した。
クラスメイトの早乙女くんの実家は精肉店。
今回の実習のために、とんでもない高級肉を提供してくれたのだ。
「……なるほど。庶民にしては気が利く」
根露くんの目が光る。
私と写楽くんも、まだかまだかと喉を鳴らしていた。
「……よし! 下準備完了だ!」
早乙女くんが包丁を置く。
「……野菜も切ったし、出汁も取った。あとは冷蔵庫の肉を出して、しゃぶしゃぶにするだけだ!」
彼は意気揚々と、家庭科室の奥にある業務用の大型冷蔵庫へと向かった。
この冷蔵庫は、前の授業で肉を入れた後、先生が「つまみ食い防止」のために南京錠をかけ、鍵は先生のポケットに入っていた。
完全な密室(冷蔵庫)である。
「……先生! 鍵をお願いします!」
先生が鍵を開け、早乙女くんが重い扉を開く。
その中には、桐の箱に入った牛肉が鎮座して……
「……え?」
早乙女くんが固まった。
私たちも覗き込む。
桐の箱はあった。
しかし、蓋を開けると、その中は空っぽだったのだ。
「……な、ない!? 肉がないぞ!?」
教室中がパニックになる。
「……嘘だろ!? 俺のA5ランクが!」
「……誰か盗み食いしたのか!?」
しかし、冷蔵庫には鍵がかかっていた。
裏口もない。
調理中、生徒たちは全員班ごとのテーブルにおり、冷蔵庫に近づいた者はいない。
唯一近づけたのは鍵を持っていた先生だが、先生はずっと教卓で新聞を読んでいた。
「……肉の恨みは怖いぞ」
根露くんから、凄まじい殺気が立ち上る。
「……愛瑠来、写楽。鍋の火を止めろ。……犯人を見つけ出し、肉を取り戻すまでは、誰一人としてこの部屋から出すな」
湯けむり漂う家庭科室で起きた、高級肉消失事件。
肉は蒸発したのか? それとも……?




