ふろむ・といれっと
私は、学生として日課である登校のため、静かに身支度を整えていた。
だがその静寂は、家屋の壁の向こうより押し寄せる異様な騒音によって、たやすく破られた。
悲鳴、怒号、破裂音――それらは遠雷の如く連続し、都市全体が混沌の渦に呑まれつつあることを告げていた。
テレビの画面には、もはや報道の域を逸脱した、半狂乱のニュースキャスターの姿が映し出されている。
――彼は必死に叫んでいた。
マイクロブラックホールの顕現、放射熱線を放つ怪獣の襲撃、地球を目がけて飛来する隕石、地表を蹂躙する宇宙からの侵略者、正体不明のウイルスの蔓延、そして奇怪なる虫の群れによる人間への襲撃――
「地球はもう、おしまいだ~」と叫ぶキャスターの姿は人の理性を超えた末路に等しく、混迷する人類の断末魔として、異様な喧騒の中であっても私の心に深く刻まれた。
私は、静かに支度を終え、玄関へと向かう。
扉の前に立ち、そのノブに手をかけようとしたところで、聡明草が、そっと、されど確かな力で、私の右手にその蔓を巻きつけてきた。
「お前も行きたいのか。ならば、一緒に行こう」
私たちは街を駆け抜けた。
だが、現実とは思えぬほどに奇怪な怪異どもが道を阻む。
妖怪、魔王、モンゴリアンデスワーム――悪夢のような名を持つ者たちが、人の住処を蹂躙していた。
しかし、私たちは恐れなかった。
幾多の試練を共に乗り越えた私たちにとって、これらは試練というよりも、むしろ馴染み深い日常の一コマのようもの。
聡明草の力を借り、襲撃者を全て亀の模様のように縛り上げて無力を行う。
町の人々からの感謝を背中に受けて、やがて辿り着いたのは、いつもの学校。
そして、その一角にある……あの場所。
私は静かにトイレの個室の前に立ち、待機する。
手には、トイレットペーパーをしっかりと握り締めて……。
この扉は、ただの排泄のための設備ではない。
それは多くの世界を繋ぎ、幾度も世界の危機を越えてきた神秘の門。
その扉は、今もまた、新たな世界を救わんとしているのだ。
ならば、次は――。
しばしの後、扉が軋む音と共に開かれた。
そこから現れたのは、見るからに胃腸が軟弱そうな一人の青年。
その面は死人のごとく青白く、両手で腹を押さえ、今にも尻から崩れ落ちそうな様子。
私は無言のまま、そいつに向かって、紙の巻物を放った。
それは、我が手中にあった最終兵器! 柔らかくして強靱なる衛生の象徴――トイレットペーパーである!!
「ほらよ、隣が開いてるぜ。用が済んだら…………世界を救う話をしよう」




