その12
風呂から上がるとすぐ宴会という流れになった。あまり期待していなかったにもかかわらず、料理はそこそこ豪華だった。
え、何泊する予定かしらないけど、この旅館ってけっこういいお値段するんじゃないの?
過去のオレに、いったいいくら払ったのか聞いてみたい。おぼえてないのだ。
いま、この床の間で酒と料理を囲んで、4人の男女が向かい合っている。男ふたりに女ふたりだ。コンパか。
男性陣がオレとオレンジハイタワーさん。女性陣が坂本サカエさん、そして謎の女性である。
「それじゃあ、若輩の自分が乾杯の音頭を執らせていただきます。みなさんお疲れさまでした。かんぱーい」
オレンジハイタワーさんが先陣を切った。
かんぱーい、と呼応たのはオレだけだった。ともかく4人でビールグラスを合わせた。謎の女性だけはオレンジジュースだった。
くぅー、うまい! 殺人的な美味さだ。旅の疲れ、ってゆうか、これまでのモヤモヤも1発で吹き飛ぶ。
「今日はたのしい1日でした。途中、ちょっとしたハプニングもありましたけど」
オレンジハイタワーさんの言葉に、オレはビールを吹きそうになった。
「……いやいや、ちょっとどころじゃない気がするんですけど。オレと坂本さんは今回の旅のこと、ぜんぜん、おぼえていないんですよ?」
「じゃあ、あらためて自己紹介しましょうか。先陣切らしていただければ。ボクはオレンジハイタワーと申します。本名は非公開です。いちおう、今回のなろうオフ会の主催者です」
うっわ、このイケメンくんが主催者だったのか。オフ会の目的など聞きたいことは山ほどあったが、とりあえず流れをぶっ断らないようにした。
「つぎは……時計回りでいきましょうか」
オレンジハイタワーさんはオレの左どなりに座っている。つまり、順番的にオレが最後だった。
「坂本サカエと申します。ペンネームは、言わなくてもいいですか?」
2番手の坂本さんが聞いた。
「ええ、かまいません。ちなみに、あなたは前回もペンネームはおっしゃいませんでした。いちおう参考までに」
オレンジハイタワーさんはフェアプレイの人だった。記憶を失うまえの坂本さんの言動を、きちんと皆に提示した。
「青唐辛子です。本名は非公開です。よろしくお願いします」
ええええええーーーっ!! マジで!?
謎の女性がついに名乗ったと思ったら、まさかの青唐辛子さんですよ。オレのお気に入り作家さんだ。
いや、もしかしたらべつの青唐辛子さんかもしれない。そもそもペンネームなんて、いくらでも適当に言うことができる。
落ち着け、心を乱すな。ひとつ深呼吸し、オレは口をひらいた。
「蛍田です。ペンネームは非公開です。よろ……」
「えっ」
オレンジハイタワーさんが被ってきた。なんだよ、いったい。
「なにか?」
「蛍田さん、前回ペンネームを、おっしゃいましたよ」
……ウソでしょ? オレが「ほっとケーキ」なんて恥ずかしいペンネームを晒すとは、とても思えない。




