その8
暗闇のなか、先導する鬼火の明かりだけを頼りに走った。ここがどこなのか、どこへ向かっているのかさえ、わからない。
ひとつ残念なお報せがあります。黒塚さんと逸れてしまった。
言うまでもなく最悪な状況だった。しかし、走り出したオレを誰も止めることはできなかった。
けっして、いい意味ではない。制御が利かないのだ。いまのオレは鉄砲玉だ、またカッコよく言っちゃったよ。
どこへ行き着くともしれない。とりあえず、燃料が切れるまで走るしかなさそうだった。
走れど走れどいっこうに疲れないので、すわ、これは走れ走れ地獄の虜となったか……と思いきや、意外と早くに終点はやってきた。
鬼火の炎がだんだん弱くなっていると感じた。いや、周りの景色が逆に鮮明になったというべきか。
不意に躓いた。それでオレの10年ぶりとなるランニングは終わりを告げた。
転んだ場所がよかったのか、怪我をせずにすんだ。気づけばオレは草叢のど真ん中にいた。
えーっ、この草叢のなかを爆走してきたの? えーっ、どこにもその痕跡がないんですけど……。
ってゆうか、ぜんぜん疲れていないんですけど。これはあれだね、ランニングってゆうより神隠しだね。
まあ、いいさ。異常事態には慣れている。これまでも、なんとかやってきたし。それよか黒塚さんを探さなくちゃ。
まあ彼女のことだ、案外その辺の茂みからひょっこり顔を出し、「ビックリした?」とか宣うんじゃなかろうか。
そしたらオレはこう言い返してやる。小っさくて気づきませんでした、ってね!
……オイオイ、冗談やめてくださいよ黒塚さーん。そろそろ出てきてくださいよう。オレこう見えて、意外と寂しがり屋さんなんですよ?
○○屋さん、てちょっと可愛く言ってみました。ね?
黒塚さああああんんん!!!!
マジですか……オレ、独りぽっち? 死んじゃうよ。敵に狙われていることとか差し引いても、死んじゃうよこの状況。
そのとき。
後方でガサガサって音がした。振り返る? そしたらいきなり熊とか猪が突進してくるとかいうパターンはなしで。
なしの方向でお願いします!
そりゃ振り返りますよ。だって、ホントに猛獣がいたら即時対応が必要だからね。
茂みのなかから何かが、いや「誰か」がこちらを窺っていた。
残念ながら黒塚さんじゃないことは一目でわかった。あまりにシルエットが大きすぎる。
「誰か、いるんですか?」
オレはできるかぎり控え目に聞いた。そこにいるのはバレバレだが、もしかしたら本人的には隠れているつもりかもしれないから。
オレの問いかけで彼女は茂みのなかからすがたを現した。
マジでびっくりした。びっくり、しまくりだ。坂本さんだった。あの、インチキお祓い師の坂本サカエさんだ。
「坂本さん、じゃないですか」
「えっ、なに? なんで私の名前、しってるんですか……」
ちょっとショックを受けた。オレってそんなに、インパクトの薄いお客だったろうか。




