その3
さっぱり味のしない厚揚げを箸で突きながら、オレはオガに聞いた。
「で、麗しの貴婦人に拝謁したおまえは、どうなったんだ。まさか食べられちゃったとか?」
「いや、そのまえに目が覚めた」
「……夢オチか。オレと一緒だな」
アラフォーのおっさんふたりが、おなじ夢を見る。そんなキショいことがあっていいのだろうか。
しかも、結末が微妙にちがっている……。
「どうしたの? 箸がすすんでいないけど」
オレの手元を見てオガが言った。
「……あ、ああ。なんか今日の厚揚げ、美味くないんだ。味がしないってゆうか」
「ちょっと、なんでそんな大事なこと、はやく言わないの!」
「はあ?」
びっくりしたのはオレのほうだ。なんで怒られているのかが、わからない。
「そうか、前回とおなじセリフ……。そうかあ」
「おいオガ、独りでうなずいてないで、わかるように説明してくれよ」
すると友人は醤油差しを指で弾いて言った。
「さっき、きみはこう言ったね。『厚揚げはしょうが醤油にかぎる』、と」
「ああ……前回そう言ったから、今回も言わなきゃと思って。あ、」
オガの思考が読めた。
彼はオレの言葉を額面どおりに受け取ったのだ。厚揚げはしょうが醤油にかぎる……それを聞いて味がしないなんて、誰も思いもしなかったろう。
「ってことは、まさかその情報、重要?」
「重要さ。だってボクは、前回から味がしなかったんだからね」
う、なんだこのモヤモヤ感……よくわからない。よくわからないが、非常に不吉な感じだということはわかる。
「味覚の喪失。それをひとつの目安と考えると、どうやらボクのほうが進行が速いらしい」
「進行って、なんだよ……」
「この悪夢だかデジャヴだかよくわからない、呪いめいた連鎖の具合だよ。症状が進めば、あるいは、きみも鬼婆に会うかもしれない」
「おいおい……怖ぇーこと言うなよ」
もしあの可憐な黒塚さんが鬼婆に変身とかしたら、オレ泣いちゃうよ?
それにしてもだ。オレは友人を見る。
「おまえのほうが症状が進行しているってことは……つまり、その」
「ボクきっかけ、ってこと?」
「いや、こういうのは、誰がわるいって問題でもないんだが……」
オレは慌てて手を振った。オガを責めているわけじゃない、そのことを彼にしってもらいたくて。
「ボクきっかけなら、それは謝ろう。でもね、問題はそう簡単じゃない気がする。なにせこれは、まさしく悪夢のような話だ。時間的空間的な縛りが通用しない。どっちが先も後も、ないんだよ」
「……どうしたらいい」
オレは自問するように言った。オガが正解を提示してくれるなんて、思ってない。
沈黙がおちた。さきに口をひらいたのは友人だった。
「もうすこし、わるいニュースをつづけても、いいかい?」
「どうぞ」
本当は聞きたくない。けど、聞かずにはいられなかった。
「ボクの症状だけどね。味覚のつぎは、どうやら記憶がやられているらしい」
それがオガの最後の言葉で、オレが見た彼の最後のすがただった。




