その1
ふと目が覚めて、自分がどこの誰かわからず、どんな状況かもわからず、ものっすごい不安になることがたまにある。
そういうときはたいてい夜勤明けで寝て、19時くらいに目が覚めたときである。
真っ暗な部屋のなかで、オレは猛スピードでいろんなことを思い出してゆく。自分が誰なのか、そしていまの状況を。
オレの名前は蛍田桂樹。ニックネームは……あ、これ以前にやったね。
ちがうんスよ、問題は黒塚さんたちのことですよ。そしてあのPC爆発事件である。
オレはベッドから起き上がり部屋の明かりを点ける。すると、粉々になったはずのマイ・ノートPCがすっかり元の姿でそこにあった。
じゃあ夢だったのか……しかし、どこから?
そのときスマホが不意に鳴り、オレは跳び上がりそうになるくらい驚いた。急いで発信者を確認する。友人のオガからだった。
黒塚さんの言葉を信じればオガは架空の人物で、この世には存在しないんじゃなかったっけか。
まあ、ふつうに考えれば黒塚さんのほうが戯言だ。ってゆうか、さっきのはぜんぶ夢だったのだ。
しかし、どこから? ……延々とこの疑問を繰り返す。
ウダウダしているうちに着信音が止まってしまった。オガにかけ直さなければ……と、スマホの待ち受け画面を見て心臓が跳ね上がった。
4月19日、19時4分、と表示されていた。
オレにとって2回目の4月19日だった。オレはすでにこの日を経験している。そう、この日オレはオガと「ひじ」で飲んだのだ。
つまり、いまの電話はオガからのお誘いで……。
ヘンな汗が出てきた。これまで相当おかしな目に遭ってきたけれど、ぜんぶ夢だったと考えれば、まあ納得できる。
しかし、こればかりは現実だ。オレはおなじ歴史を繰り返している。あるいは予知夢、既視感というやつか……。
いずれにしても、かなりヤバいぞこの状況。ダメだ、独りじゃ抱えきれない。誰かに相談しよう。そうだオガにしよう!
ひとつ深呼吸して、オレは友人に電話した。
20時まえにはもうオガと「ひじ」で落ち合っていた。
この小料理屋までオレは徒歩で行ける。オガは電車で2駅だ。
なぜオレの最寄りの店を使うかといえば、オレのほうが都会の駅に住んでいるし、それにオレは彼よりふたつ年上だからね。
だが、いまはそんなことは、どうでもいい。
「やあ蛍ちゃん、ひさしぶりだね」
オガは前回とまったくおなじセリフを吐いた。そりゃそうだ、彼にとっては1回目だ。
「そうか? 毎月ここで飲んでいる気がするけど」
「ふた月ぶりだよ」
「そうか……とりあえず、おつかれ」
瓶のラガーで乾杯した。ん、うまい。2回目だけど、うまい!
「それよかオガ、聞いてくれよ」
オレが切り出すと、彼は眠そうなタレ目を瞬かせた。毎回思うがこいつはガチ○ピンに似ている。
前回同様、まずはオフ会のことをオガに話した。彼は聞きながら、厚揚げを箸でくずして口に運んでいた。
「厚揚げはしょうが醤油にかぎるな」
言ってオレも料理を口にした。正直、緊張してまったく味がわからなかった。
できるかぎり前回とおなじ話に持って行くのだ。オガの反応、その微妙な差異を見極める必要がある。




