その15
黒塚さんだった。
あの黒塚さんがどうしてウチのアパートの玄関に……。それにあまりにもタイミングが良すぎる。
「黒塚さん……どうして、ここに」
オレは聞いた。ほかに言葉が思いつかない。
「説明はあとで。とりあえず上がらせていただいて、いいかしら」
彼女はオレの返事を待たずに部屋へ入ってきた。そのとき強烈な違和感をおぼえた。
「あのう……貴女、黒塚さんですよね?」
おかしな質問だという自覚はある。たったいま彼女の名を呼んだばかりだしね。しかし。
「ええ。なにか」
「……オレの目の錯覚かもしれませんが、その、黒塚さんの背が若干伸びているような」
若干どころではない。このまえ会ったときから15センチ以上は伸びている。ありえるか、こんなこと。
「そう?」
彼女は素呆けた感じで言った。そして、おそろしい行動に出た。テーブルの上の湯飲みを持って、飲みさしのお茶を口に含んだのだ。
坂本さんの飲みさしたお茶を!
「え、ちょっと……」
「なにか。さっき私がいただいたお茶だけど」
いやいやいや、おかしいだろ。そのお茶は坂本さんが飲んだやつだ。あんた、坂本さんだっていうのか。
もうね、おかしなことがありすぎて、わけわかんねーよ。さっきのPC爆発事件でいっぱいいっぱいだってのに……。
オレはオガに視線を送った。助けてくれ、心の友よ!
……ウソでしょ?
そこに、さっきまで友人が座っていた場所に、ぜんぜんちがうヤツがいた。しかもその男には見おぼえがあった。
安達ガハラ氏だった。1度会ってあいさつしただけの仲だが、そのイケメンっぷりは忘れようがない。
彼もまた、まるで最初からここにいたかのように湯飲みに口をつけている。オガの飲みさしたお茶を。
どうなっているんだ、いったい。こいつらアタマおかしいのか……。
それとも。
そうだ、おかしいのはオレかもしれない。思えば最初に「鬼婆になろう」のサイトを見たときからずっと、おかしかった。
「ごめんなさい。とてもショッキングなやり方だったかもしれないけど、こうするよりほか、なかったの」
無言でヘンな汗をかいたまま、オレはどれくらい立ちつくしていただろう。不意に黒塚さんの声が耳に入ってきた。
「……どういうことですか、これ」
言ってオレはへたり込んだ。
「たいへん申し訳ありませんが、すべてボクたちの仕業です。たったひとつのことを除いて」
安達氏の言葉にオレは首を振った。
「よくわかりませんが。たったひとつ、とは?」
「さっきの爆発です。あれはボクたちにも予測がつかなかった。なるべく穏便にお祓いを済ませたかったんですがねー」
信じられないことだったが、オレはある結論に至った。それをたしかめるべく黒塚さんに聞いた。
「あなたがたは、オレの記憶を弄ったんですか?」
「ええ」
と彼女は小さく答えた。
「友人の尾上也さんも、お祓い業者の坂本さんもこの世に存在しない。私がこさえて、あなたの脳に送り込んだイメージにすぎないわ」




