その14
「あのう、蛍田さん」
「……はい」
オレは雑巾を使いながら坂本さんのほうを見ずに返事をした。
「いまのは、いったい、何だったんでしょうか……」
「ご覧のとおりです」
いちど彼女のほうを向いてから、あらためて粉々に砕け散ったノートPCを指し示した。
「原因は何でしょう」問う彼女の声は震えていた。
「さあ……木の精霊が怒ったんじゃないでしょうか」
「木の精霊なんているわけ、ないじゃないですか!」
「えっ」
オレは思わず絶句した。さっきと話がちげーじゃねーかよ、オイ。
「教えてください、いまのはトリックですか? それともゴルゴ13に狙撃でもされたんですか」
「いや、それはないかと。窓ガラスに弾痕もないですし」
まじめに答えている自分が情けなくなってきた。だが坂本さんの狼狽えかたは尋常ではなかった。
「こんな……おそろしい」言って彼女は立ち上がった。「私、失礼します」
そのまま坂本さんは玄関でクツをはき出て行ってしまった。
目が点ですよ。とりあえずオレはオガを見た。さあて、この友人はどんな弁解をするのだろうか……。
「まあ、お金(5千円)を払うまえで、よかったじゃない」
「よかねーよ」
友人のあっけらかんとした物言いに、オレは若干イラッとした。
「なんだよ、あれ。サギじゃねーか」
「サギじゃないよ」
オガはわりと真剣な顔つきで言った。
「木の精霊の話は途中まで上手くいっていたんだ。きみも納得していただろう」
「それって、ようするに、オレを騙そうとしていたってことじゃん」
すると友人は、ちょっと悲しそうな目をした。
「騙すなんて人聞きのわるい……。お祓いはサービス業だよ。坂本さんはお客であるきみの心の凝りを解そうとつとめた。ぜんぜんサギじゃない」
「しかしなあ。木の精霊とかウソつかれても」
「ウソのほうがまだマシだ。どうするの、これ。木の精霊が本当になっちゃったよ」
たしかに彼の言うとおりかもしれなかった。ウソでもなんでも、オレが納得して心が晴れれば、それでよかったのだ。
だが事態はシャレにならない方向へとすすんだ。マジで、どうするよこれ……。PCがいきなり爆発するとか、ありえないだろう。
「オガ。いちおう聞くけど、これ(爆発)って何なんだ?」
「……わからない。きみの自作自演じゃないとすれば、ボクにはもう、どうしていいか」
オレは半ば放心する。そうなのだ、この状況は、ふつうに考えればオレが仕組んだイタズラと思われて仕方ない。
坂本さんがあんなに取り乱したのも、オレに対する不審感が勝っていたからだろう。
最悪だった。なぜ被害者のオレが、あんなサギまがいのお祓い業者を弁護しなくちゃならんのだ。
まあ5千円払うまえで、よかったけどね! ……ぜんぜん、よくない。むしろ状況はフリダシより悪化している。
「オガ、しばらくおまえのウチに泊めてくれよ。こんなんじゃ、こわくて寝られねーよ」
「それは、かまわないけど。……でもこの状況をどうにかしないとね」
「だっておまえも、お手上げなんだろう?」
「待てーい!」
そのとき玄関から女性の声がした。待てーい、と言った彼女に見おぼえがあった。ちなみに坂本サカエさんではない。




