その12
普段は汚い部屋だが、めずらしく客人がくるというので急きょ掃除をした。とりあえず坂本さんとオガに座ってもらい、オレは彼らにお茶を出した。
「蛍田さんは特定の宗教をお持ちですか?」
おっと。いきなり、いきなりな問いが坂本さんから発せられた。
「いいえ」
とオレは答えた。無宗教のオレがいまこうして、神様だか仏様だかに縋ってお祓いをしてもらおうというのである。
しかも5千円で。
「そうですか。それじゃあ、」
彼女は柔和な笑顔をくずさずに、つづけた。
「スタンダード・タイプで行きましょう」
「スタンダード、ですか」
「ええ。と言っても、べつに大したことじゃないんです。多くの日本人は日々、いろんな宗教的行事を行ないますよね?」
「冠婚葬祭とか、お盆とか、クリスマスとかのことですか」
ええ、そうですと坂本さんはうなずいた。
「キリスト教徒じゃなくてもクリスマスをお祝いして、いいんです。ご先祖さまのお墓に手を合わせることは、とても尊いことです。そういった最低限の宗教的素養があればオッケーです」
彼女は親指と人さし指で輪っかをつくってみせた。
「オッケーというのは……」
「その素養がないと呪いは効きません。呪いが効かないかたをお祓いすることは、できませんから」
なんだか、話があべこべのような……。呪われているからこそ、こうしてお祓いをお願いしたんですけど。
あ、呪われているのはオレじゃなかった。オレのPCだった。
「むふっ」
と坂本さんは吹き出した。オレみたいな反応をしめすお客には慣れているのだろう。まさに標準的対応だ。
「いえね、たまに、宗教的なものを全否定するお客さんがいらっしゃって……。神とは何ぞやみたいなことを、ふっかけてくるんです。そんなこと、私がしるわけないじゃないですか」
彼女はさも可笑しそうに言った。オレはただ、はあと返事するしかなかった。
「お茶、いただきますね」
そうことわってから坂本さんは湯飲みを持った。茶をひと口すすり、あ、美味しいとつぶやいた。
「前置きが長くなりましたが、ここからが本題です」
彼女はゆっくりと湯飲みをテーブルに置いて言った。
「今回蛍田さんは、ご自宅のパソコンに『問題』をお感じになったと伺いました。おまちがい、ありませんか」
「……ええ、まあパソコンというか、ネット関連も含めてなんですが」
言いながらオレは、自分が滑稽に思えてならなかった。まるでPCレスキューかヘルプデスクの人と話しているみたいだ。
「パソコンに呪いがかかるなんて、と半信半疑なんですね。心得ています。みなさん最初はそうなんです」
なんか坂本さんの調子がアガってきた。店頭実演販売みたいだ。
「人だけじゃなく、モノも呪いを受けます。とくに現代人にとってパソコンやケータイ、スマホなどは生活必需品で触れる機会も多いです。だから今回のような案件が増えています」
「原因は、なんですか」
ずばりオレは聞いた。それがまず、しりたかった。




