その6
ぶいぶい、ぴろりん、と卓上のスマホが鳴った。オレのじゃなく黒塚さんのだった。彼女は失礼、とことわって着信の中身を確認した。
「メールです。オフ会の参加者から」
「マジっすか……」
信じられなかった。こんな胡散臭いオフ会にさらに参加者がいたこともそうだが、遅れてきたその人が、あの公園の電話ボックスでメモを見つけたことがさらに!
「いま返信しますので、ちょっとお待ちください。ドーナツ食べます?」
「いや、けっこう」
彼女の勧めをオレはことわった。だって、残りふたつのうち、ひとつを取ったら悪いからね!
黒塚さんがメールを返信すると、すぐまた着信があった。今度は電話のようだ。
「もしもし……はい、なろうオフ会の」
彼女はメールの返信で相手に電話番号を教えたらしい。
要はこの店の場所を伝えればいいだけだが、メールだけよりも実際に通話したほうが相手も安心する。
ほんと、さっきのドーナツの件もそうだが彼女は気が利く。ひとしきりやり取りが終わるまで、オレはタバコを吸って待っていた。
「あの、黒塚さん」
彼女がスマホを置くのを見計らって、オレは切り出した。
「お待たせしました。どこまで話しましたっけ?」
「いや、そうじゃなくて。……つぎの参加者がいらしたら、オレはご挨拶だけしてお暇しようかな、と」
「……そうですか。夜勤明けでお疲れですものね」
「ごめんなさい、なんか、興味本位で参加してしまって」
「ぜんぜん、かまいませんよ」
彼女は笑って、こう付け足した。
「鬼婆に興味を持っていただいたのであれば」
いや、だからそうじゃないんだが……。ま、いっか。そういうことに、しておこう。ちょっとメンドくさくなってきた。
それから新参者が到着するまで、黒塚さんと引き続き「3枚のお札」について論じあった。
というより、彼女の説明をオレが聞いていたといったほうが、ただしい。
オレはすっかり忘れていたが、小僧は2枚目のお札で洪水を、3枚目で業火を引き起こしたらしい。
洪水は鬼婆によって飲み干され、攻撃としては弱かったらしい。業火も、飲み干した水を鬼婆が吐き出して鎮火したため、効果はなかったらしい。
そんなこんなで、小僧は和尚が待つ寺まで逃げ帰った。
「小僧を追ってきた鬼婆が和尚と対峙する、あの有名なシーンですね」
「ええ。でも、あれって、おかしくないですか」
「おかしいですね」オレは笑った。
「ですよね。和尚は鬼婆に術比べを挑みます。まあ百歩ゆずって、鬼婆がそのオファーを受けたのは良しとしましょう」
「鬼婆にメリット、ないですからね」
「山のように大きくなれるか」
「なれるとも」
そう言って鬼婆は巨大化しますが、はっきりいって彼女にメリットないです。まあ百歩も千歩もゆずって、それは良しとしましょう。問題はこのあと。
「今度は豆粒のように小さくなれるか」
なれるとも……じゃないから! いやいやいや、おかしいでしょ。これって対決でしょ? つぎは和尚の番じゃないですか。
なにサラッと豆粒にして、お餅にはさんで食べようとか思ってんの。で、そのとおりにしちゃう鬼婆の悪ノリも、いかがなものかと。




