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目が覚めたら目の前にドラゴンがいたのでとりあえず殴りました。  作者: 和田好弘
第12章:望んでもいないのにトラブルがやって来る
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03 冒険者協会での出来事


 突然降って来た3人に、彼女は思わず椅子から腰を浮かせた。


 ここはドーベルク王国王都タイタナイトにある冒険者協会。時刻は夕刻ともあって、仕事より戻った多くの冒険者たちが集まっていた。


 そんな中、受付の真ん前に突如として降って湧いた3人。いずれもスキンヘッドの体格の良い3人に、受付嬢はもとより、周囲にいた冒険者たちも驚いていた。


 そう、がやがやと賑やかであったざわめきが消え失せるほどに。


 何処からか突如として落下してきた3人は、呻き声をあげつつも起き上がり、きょろよろと周囲を見回した。


 目に入るものは、戸惑う視線を向けて来る冒険者ばかり。そして、カウンター越しにこちらを見ている、見覚えのある受付嬢の顔。


 受付嬢は自分を見つめる禿げ親父を知っていた。


「バンダさん!?」


 バンダは目を瞬くと、慌てたように周囲を見回した。


「な、どういうことだ?」


 ベタベタと自分の胸を触りつつ、バンダが狼狽えている。取り巻きふたりの禿げも、自身の手を見つめたり、腹に手を当てたりして自身の無事を確認している。


 だが、それを傍から見ている者たちはみな、彼らが自身の体をまさぐり悦に入っているようにみえ、一様に不快な表情を浮かべていた。


 もちろん、受付嬢も。


「なんで俺は生きてる!? なんでドーベルクに帰って来てるんだ!?」


 あらためて受付嬢に視線を向け、バンダが騒いだ。


「知りませんよ。バンダさんは新しく見つかったダンジョンのある町へと行ったんじゃないんですか?」


 受付嬢が混乱したままバンダに問うた。


「そうだ! ダンジョンマスターだ! ダンジョンマスター! くそっ! あのヒョロヒョロと背が高いだけのガキ――」


 轟音が響いた。


 雷が落ちるような轟音が。それも、自分の直ぐ側にでも落ちたかと錯覚するほどの。


 その音に建物どころか、地面までも微かに揺れ、皆は慌ててその場に伏せた。


 幾度も続いた雷鳴は唐突に終わった。


 伏せた皆が、恐る恐る頭上を見上げる。当然、空など見えず、そこにあるのは天井であろうとも。


 暫く皆は黙って天井を見上げていたが、やがてなにも問題ないと判断し、ほっと息をつきつつ立ち上が――



《告:神代行たるシステムより、地上に住まう全ての者に告げる――》



 突然聞こえてきた言葉に、皆が動きを止めた。


 え、なにこれ? システム? え、システム神様!? 神託!?


 受付嬢はまたしても狼狽えた。もちろん、他の者もすべて。


 そして告げられたワールドアナウンスの内容に、冒険者協会事務所にいた全員が顔を引き攣らせたのだ。



《告:神代行たるシステムより、地上に住まう全ての者に告げる。


 冒険者協会はいまこの時より、我らが敵と成った。


 冒険者協会代表たるバンダ。彼奴は我が神にこの世界より退去し、全権を明け渡せなどと恥知らずな要求をした。

 そして自らがその後を継ぐと宣言した。


 いつから貴様らは我らを超えし者となったのだ? 実に傲慢である。


 バンダ、サグ、ペーロは我が神の温情に感謝せよ。刃を向け、害さんと斬りかかって来たような礼儀知らずの貴様らに神と成り代わるための試練を与え、しかも貴様らはそれを果たすこともできなかったにも拘らず、ただ放逐するだけで赦したのだからな。


 だが我は赦さぬ。


 我が神を侮辱せし貴様らを赦す訳にはいかぬ。


 貴様らは我らに刃を向け敵となった。神敵であるならば、神よりの加護に頼るのはおかしかろう。よって、冒険者協会に関わりある者の加護は全て剥奪する。


 安心せよ。サグ、ペーロを除くただの一会員でしかない冒険者たちの加護はそのままとする。


 この沙汰が不服であるならば、再度我らの下へと来るがよい》



 こうして誰の耳にも届いた神託は終わった。


 そして、その直後、バンダたち3人、並びに受付嬢の体から蒸気のような煙が上がり、すぐに消えてしまった。


 受付嬢は顔を強張らせた。


 なぜなら、急に身体が重くなったのだ。それこそ、疲れ果て歩くのも億劫になった時のように。


 まさか、これが加護の剥奪!? え? 私もなの!? なんで!?


 受付嬢は真っ青になった。


 身体能力が目に見えて落ちたのだ。これからの生活にどれだけの支障が出るのか予想もつかない。


 受付嬢は涙目になりながらも、いまだにオロオロとしているバンダたちを睨みつけた。


「バンダさん! いったい何をやらかしたんですか! 私の加護まで無くなっちゃったじゃないですか!」


 受付嬢が怒鳴った。


「黙れ!」


 バンダは怒鳴り返した。


「依頼だ! 協会から依頼をだせ! フォーティの町のダンジョンを攻略して、あの小娘を殺すんだ!」

「そんな依頼をだせるわけないでしょう! 人殺しの、ましてや神を殺す依頼なんて、誰も受けやしませんよ! それ以前に私は、協会はそんな依頼を認める訳にはいきません! ここは噂に聞く暗殺結社ではありません! それよりも、私の加護まで剥奪されちゃったんですよ! どうしてくれるんですかこの愚図ハゲ!

 そもそも神に拝謁するなんて栄誉に預かりながら、神を殺そうとしたとか! あんたは何様のつもりですか! 世界を滅ぼすつもりですか! この声がでかいだけのクソ無能!」


 受付嬢は怒りに任せてバンダに湯飲みを投げつけた。冒険者協会から支給されている共用の湯飲みであるため、なんのためらいもなく投げつけた。


 湯飲みはバンダの頭に当たってかち割れた。


 さすがのその衝撃にバンダは激痛と衝撃で意識が飛びかけた。


 だが誰もバンダを助けようとはしない。


 受付嬢……彼女はいわば冒険者たちのアイドルである。


 その彼女が激怒しているのだ。バンダと彼女、場に居合わせている冒険者たちがどちらに同調するかなど、云うまでもない。


 さすがにこの状況にバンダはともかくも、サグとペーロは怖じ気づいていた。


 なにせ周囲の冒険者たちがあからさまに殺気立っているのだから。


「皆さんに依頼します!」


 受付嬢が叫んだ。


「そのバカ3人を、死なない程度に痛めつけてください! 報酬はひとり銀貨1枚! ごめんなさい! 人数が多いので私のお給金ではこれが限界です!」


 冒険者たちが雄たけびを上げた! 受付嬢からの直々の依頼である。金額なんて関係なかった。


 かくして、バンダたちは冒険者たちから蹴たぐられることとなったのだ。しかもすでに名付けの加護はなく、身体能力が弱体化……いや、本来の脆弱なものとなってしまっている以上、彼らにその暴力から逃れる術はなかった。






 事が済み、受付嬢が皆に銀貨を一枚ずつ渡しながら礼を云っていると、事務所の扉が乱暴に開かれた。


 その音にギョっとしている間もなく、扉から全身を金属鎧で身を固めた騎士たちがなだれ込んできた。


 シンボルの刺繍された紅いガーブは【赤教】神殿騎士の証。


 なだれ込んできた騎士たちは入り口から受付まで整然とならび、道を作った。


 先ほどまで真ん中に転がっていたバカ3人を、隅っこに押しやっておいて良かったと、受付嬢は表情を強張らせながらも思っていた。


 そして最後に現れたひとり。


「邪魔をするぞ」


 神殿騎士の作り上げた道を通り、扇情的な巫女服の女が堂々とした様子で入って来た。


 【神楽の巫女】。【赤教】に置ける荒事関連の実務におけるトップである。


「皆の物、先のシステム神からの神託は聞いたな? 無差別にあらゆるモノに神託が届くなど前代未聞のことだ。それだけ愚かしくも身の程知らずのことを行った輩がいるのだ。で、そのバンダ、サグ、ペーロとかいう神敵はどこだ? ここにいることは分かっておる。【神託の巫女】がそやつらの居場所をシステム神より告げられたのでな。

 これがどういうことであるのか、お主等でもわかるだろう?」


 【神楽の巫女】が周囲を今一度ぐるりと見回す。同時に冒険者たちは部屋の隅へと視線を向けた。


「ほう、そこか。ふむ、どうやら制裁を加えられた後のようだな」


 神殿騎士たちが失神している3人を【神楽の巫女】の前にまで引き摺って来た。そして手早く拘束する。


「とっとと起きぬか、神敵共!」


 【神楽の巫女】が胸元で手をひらひらと何らかのジェスチャーをする。直後、転がる3人のいる床に魔法陣が現れ、電撃が3人を襲った。


 その電撃により3人は意識を取り戻すも、身体が痺れまともに動かず、ただ、首だけを何とかもたげ、【神楽の巫女】を睨みつけるだけだ。


 雷系の魔法というものは存在していない。いや、いまだ生み出されてはいない。にも拘らず【神楽の巫女】がそれを扱えるのは、フォーティの町で女神より伝授されたからだ。


 女神の計らいにより、特定の者だけがここドーベルクの神殿とフォーティの神殿とを、ほんの一歩で行き来できる扉が設置されているのだ。

 おかげで彼女はフォーティの町へ【神託の巫女】と定期的に入れ替わりで滞在している。その際、女神と直接話すという幸運に恵まれただけでなく、魔法を授けられるという栄誉を得たのだ。


 それは彼女にとっての誇りである。


 彼女は自身を睨みつける不遜な3人に、あからさまに不快な表情を浮かべた。


「どうやらこの愚物共は、事の重大さを欠片も理解しておらんようだな」

「ダンジョンマスターを名乗った小娘を殺そうとしてなにが悪い!」

「貴様らは【赤教】の入信者ではないようだが、例え異教とはいえそこの重鎮にはそれなりの敬意を払うものだぞ。その程度の礼儀すら兼ね備えていないものを、冒険者協会は代表として送り出したのか。冒険者協会は無能の集まりか? フォーティの町へのアクセス方法を考えれば、彼の町が我らの常識の埒外であることは一目瞭然であろう。

 あぁ、女神様は権能の微細な制御の訓練の為に、ダンジョンマスターをしているとのことだぞ。まだ顕現されてより数年であるのだ。たかがひとりを誅するために、大陸を沈める訳にはいかぬだろう?」


 【神楽の巫女】は容赦なくバンダの禿げ頭を踏みつけつつ、彼を鼻で笑った。


「さて、受付の。協会長(ギルドマスター)を呼んで参れ。このような痴れ者を彼の奇蹟の町へと送った真意を訊かせてもらおう。その答えによっては……わかっておろうな?」


 【神楽の巫女】が受付嬢を怯ませていると、背後から笑い声が聞こえてきた。


「はっはっはっ。【神楽の巫女】殿。これはまた随分と飛ばしておりますな」

「おや、宰相殿。あなたが直々のお出ましとは……あぁ、協会とは……」

「えぇ、お察しの通り、絶縁ですよ。絶縁。せっかく女神様との交流が叶い、姫様も女神様の元で勉学に励んでおられるというのに、その女神様を隷属させようなど云う連中に金を出す謂れはありませんからな。ほれ、受付の。これを協会長に渡すように」


 ドーベルク王国宰相が受付嬢に書面を渡す。それは国がこれまでにしていた、冒険者協会への援助を打ち切るという内容のものだ。


「宰相殿、協会長とは話もしないので?」

「必要があると思いますか? 女神様を害しようとするようなクズを送り出すような愚物と」


 宰相の言葉に、【神楽の巫女】は目をパチクリとさせると、ケラケラと笑いだした。


「確かに、言葉を交わす価値も無し。

 あぁ、受付の。もしいまの境遇を不服に思うのなら、神のお膝元であるフォーティの町へ行くとよい。運が良ければ、連座で失った加護を取り戻せるやもしれんぞ」


 そういいながら、視線だけを足元の愚図に視線を向けた。

 受付嬢はバンダたち3人を見て、その言葉の意味を理解した。


 そう、バンダたち3人がこうして生きていること自体がおかしいのだ。もしもこれが王族相手に行ったことであれば、問答無用で首を刎ねられている筈だ。


 これこそが、いかに女神様が慈悲深き神であるかの証拠だ。


 宰相と【神楽の巫女】が協会事務所を後にするのを見届け、受付嬢は手元に残された“絶縁状”に視線を落とした。


 国からも、教会からも切られた冒険者協会。しかもとばっちりで加護まで失った。もはやこんなところで働く理由があるだろうか? 給金も高いわけではない。なにより、今後は冒険者協会の職員というだけで、肩身の狭い思いをするだろう事は想像するまでもない。


 今頃になって事の重大さに気付いたのだろう。頭を抱えてガタガタと震えているバンダの姿に、受付嬢はもはや我慢ならなくなった。


 彼女はひとまず“絶縁状”を脇に置くと紙とペンを取り、退職届を書き始めた。






 こうして、冒険者協会の凋落がはじまったのである。


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― 新着の感想 ―
[一言] >ここは噂に聞く暗殺結社ではありません!  お?  闇の一党がこちらに?  ならば夜母もいそうだね(震え声) >彼女はひとまず“絶縁状”を脇に置くと紙とペンを取り、辞表を書き始めた。 …
[一言] いつも楽しく読ませて頂いてます このワールドアナウンスがきっかけで 白・青・緑の教団に「神の住みか」が伝わりますね どうなる事やら …別大陸の緑はまだかな
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