06 みんなの名前をつけるよ
「みんなの名前をつけるよ」
朝食の席で、私はそう宣言した。
今朝のメニューは、お姉ちゃんが定番朝食としていた木綿豆腐を混ぜ込んだスパニッシュオムレツ擬きと食パン、そしてコーンスープにサラダだ。
サラダはサラダ菜にコーン缶とツナ缶を加えただけのものだけど。
ちなみに私は、オムレツを食パンに載せて食べている。見た目的には、あまり行儀はよろしくはない。
「雷花ちゃん、大丈夫なの?」
「問題ないよ。管理システムに私の状態をちゃんと確認したし。さすがにみんな一遍に名付けするのは無理だけど、4人ぐらいずつなら大丈夫そうだよ」
お姉ちゃんはオムレツとパンは別々に食べている。まぁ、私みたいに食べるには、口が小さいからね。……一度、盛大にこぼしたことがあるし。
「それなら心配なさそうね。もちろん、毎日やるわけじゃないんでしょう?」
「そだね。数日空けて順々にやっていく感じかな」
コーンスープに口を付けつつ、お姉ちゃんに答える。ちなみに、コーンスープはお椀に入っている。なんとなくミスマッチに見えるかもしれないけれど、ウチでは昔っからこうだ。
「ということでメイドちゃん、はいこれ」
「なんですか?」
私はメイドちゃんにメモを渡した。そこに書いてあるのは3つの漢字。
メイドちゃんの名前を決めるにあたり、どの字を使うか選んでもらおうというわけだ。
メモに記されている漢字は次の通りだ。『梅』、『桐』、『桃』。
「マスター、この3文字を選んだ理由はなんでしょう?」
「ん? 花言葉からだよ。あと、私から一文字欲しいっていってたでしょ。だからそれに合うようにも選んだ結果がその3文字」
「花言葉というのは?」
「花それぞれに象徴? するような言葉があるんだよ。『桃』だったら『天下無敵』とか『比類ない素質』『良い子』、更には『私はあなたの虜』なんて意味もあるよ」
メイドちゃんはあからさまに顔を顰めた。
「あなたの虜はともかくも、天下無敵ってなんですか?」
「いや、私に云われてもね」
「そうではなく、なぜ私が天下無敵と?」
あぁ、そういうことか。
「別にその言葉で選んだわけじゃないよ」
そういうと今度は顔を赤らめた。
……照れてる? なんで? いや、下手なこと云うと機嫌を損ねるから黙っておこう。
「梅と桐の花言葉はなんですか?」
「梅は『高潔』『忠実』『美と忍耐』とかかな。桐は『高尚』だけだね。個人的には梅が一番かなと思うんだけれど、【梅花】だと音の響きが若干あれなんだよ。ねぇメイドちゃん、【小梅】とかにしない?」
メイドちゃんはメモから目を上げると、あからさまに眉根を寄せて口をへの字に曲げた。
そしてやや間を取ってからはっきりとこう云った。
「嫌です」
……。
「そんなに私から一文字ほしいの?」
「当たり前じゃないですか!」
いうや、上座でのんびりと茶をすすっている大神様に視線を向けた。
大神様は我関せずと云わんばかりに、メイドちゃんの突き刺すような視線をものともしていない。
いや、なにがあったのよ。
もしかして“奇蹟ちゃん”とか呼ばれてたとかじゃないよね? ……うん、地雷を踏み抜きそうだから、訊くのはよそう。
「それじゃ、『桃』と『桐』、どっちにする?」
「『桃』でお願いします」
食卓に身を乗り出すようにメイドちゃんが云った。
「それじゃ、名前は『桃花』ということで。で、読み方はどうする? “ももか”? それとも“とうか”にする?」
あ、悩みだした。
「お母様、読み方によって、意味合いが変わったりはするのですか?」
「変わらないと思うよ」
いっ子に答えつつ、レタスでツナとコーンを包んで口に放り込む。
「そういえば、桃って不老不死の霊薬みたいな扱いだったわね」
「そうなの?」
「ネクター……ネクタルっていうのがギリシア神話であるでしょ。それのことよ。で、それが桃ってこと。金のリンゴとかと同じようなもの……かしら?」
あー。エリクサーとかアンブロシアっていうやつか。というかお姉ちゃん、金のリンゴは知恵のリンゴで不老不死とは関係ないんじゃないかな?
「マスター。“ももか”ならどう呼ばれますか?」
唸っていたメイドちゃんが急に訊いてきた。
「ん? “ももか”なら“ももちゃん”って呼ぶかな。“とうか”なら“とーかちゃん”ってそのまんまだね。というか、そんなに悩むことなの?」
「当たり前じゃないですかマスター! 呼び方は大事ですよ!」
お、おぅ。……え、なんでそんなにこだわってるの?
思わずは私はいっ子とにっ子に視線を向けた。
いや、なんであんたたちも“分かります”みたいな神妙な顔でパンを齧ってるのよ。
「雷花ちゃん」
「なに? お姉ちゃん」
「雷花ちゃんも名前で思い悩んだことがあるでしょ?」
「え、いや、あれは読み方が原因じゃないよ」
「同じことよ。これから長いこと付き合う名前なんだもの、そりゃあ、悩むってものでしょ」
お姉ちゃんはうんうんと頷いているけれど……。
「レプリカントのみんなからは、これまで通りの感じで、数字を使った名前をお願いされたんだけど。【黒】と【銀】もだけどさ」
「えっ? えっ? えっ? ちょっ、いっ子ちゃんににっ子ちゃん、それでいいの?」
「はい。私たちにとってはレプリカント化した順は重要です。例外としたのはお姉様だけですね」
「うん。お姉ちゃんはレプリカント化の順番なんて関係なしに1番だよ」
先生の謎の慕われ方が凄いな、相変わらず。先生だけはドールズのみんなとは違って特殊なリビングドールだったわけだけどさ。
「なんか、私以上にお姉ちゃんとの姉妹感のある姿になったよね、先生」
「なんか白変種みたいな姿よね。瞳が藤色だし。そういえば、名付けの順番って決めてるの?」
「決めてるよ。まずメイドちゃん。いまやってるよね。で、管理システム、先生、いっ子。あとは順番に。コダマと【黒】、【銀】は後でいいっていわれるからね。【黒】も数字でって云われてるんだよね。【銀】もそうなんだけど、さすがにネタがないから別のを考えてる途中だよ」
「12、36、60で108でしょ。で、メイドちゃんに先生にコダマちゃん、そしてシステムちゃんで112と。なるほど、さすがに名前を付けるにも大変ね。同じ名前を付ける訳にはいかないし。……あれ? コアちゃんは名付けしないの?」
あぁ、うん。ダンジョン・コアはねぇ。
「いや、名付けをすると、なんか取り返しのつかない有様になりそうな気がしてさ」
《どういうことですか、マスター!?》
あ、ダンジョン・コアが騒ぎ出した。
「いや、だってあんたさ、自己改良しまくって、ガンガンバージョンアップしてんじゃん。ここで名付けして名付け効果がでたら、何になるか分かんないのよ。怖いわ!」
《それを言ったら、管理システムも同じじゃないですか!》
「いや、管理システムは神様より上の存在が生み出したモノだよ。名付けをしたところで現状とさして変わらないわよ。というか、多分無意味に近いんじゃないかな。せいぜい、他所の管理システムより上の存在になる程度だと思うよ」
《そんな! マスター! 私にも、私にも名前を!!》
「そんなに欲しいの?」
《おねがいします!》
なんでこんなに必死なんだろ?
「一応、案とかは考えてあるんでしょ? 雷花ちゃんのことだし」
「神様の名前を貰おうと思ったんだよね。システムの名前はもう決めてあるんだけれど、コアの名前は決まらなかったんだよ」
「候補はあったんでしょ?」
「デメテル」
豊穣の女神様だけれど、社会秩序の女神様でもある。ダンジョンの管理者ってことを考えると、アリだと思うんだよね。主に後者のほうで。
「でもつけたところで、普段はコアって呼ぶと思う」
《それでも構いません!》
大丈夫かなぁ……。まぁ、支配権は私が持ってるから、なんとかなるかな? 壊さなくちゃならなくなる事態は避けたいんだけど。
「マスター、決めました。“とうか”でお願いします」
「なんでそんな苦渋に満ちた表情をしてるのさ」
「ももちゃんと呼ばれることも捨てがたく……」
……触れるのは止めておこう。
えーっと、名付けはシステムを介せば大丈夫なんだよね。
考えたら、管理システムって神より上位の存在ってことになるのか。それが私の配下になってるのっていいのかな? すごい歪んでない?
難しいことは考えないでおこう。現状の私でどうにかできることでもないしね。
さて、名付けだ。一般的には教会で儀式っぽいもの。キリスト教の洗礼みたいなものかな。そういうのがあるらしい。
もっとも、名付けに必要なものではないとのことだ。うん。フレーバー的なことだから、儀式とかは不要。
ということで、本日分の名付けは終了。
今回名付けた名前は以下の通りだ。
メイドちゃん:桃花
管理システム:オモイカネ
ダンジョン・コア:デメテル
先生:玲花
オモイカネは云わずと知れた、日本神話の知識の神様だ。
そして先生の名前だけれど、0ということで、最初は“零花”だったんだけれど、『零』の意味があまりよろしい感じじゃなくてね。だから発音が一緒の別の文字にしたよ。
「マスター、名付けに関してですが」
「なにかな?」
「砂エルフの3人はどうするのでしょう?」
あー、そういや、あの娘たちみんな幼名のままだったね。村の長老さんが付けるはずだったのが、その前に村が滅んじゃったから。
「それは3人が望んだらだね」
「ローは喜ぶでしょう」
ローは……ねぇ。なんであんなに忠誠心が高いんだろうね。
「あーでも……」
「なに?」
「ネーは姉様に名付けをして欲しがるでしょうね。姉様に執心していますから」
あー……またか……。
「お姉ちゃん、問題はないの?」
「ん? 大丈夫よ。【可愛いものを守る会】みたいな感じだから」
あぁ、高校時代にできたお姉ちゃんのファンクラブみたいなやつか。最初聞いた時はどこの漫画だと思ったっけね。ストーカーとか危険な連中の虫除けになってて大変重宝してた、別の意味で危ない人たち。一応、無害だったけど。
「姉様を膝にのせて一緒に食事する程度ですから、問題ありません」
「なんで桃花ちゃんは知って……って、私が寝てた間の話か」
というかメイドちゃんや、名前を呼んだだけでそんな照れないでよ。
さてと、これから暫くは、しっかりとみんなの名前を決めないとね。
これにて第11章は終了となります。
明日、閑話をひとつ投稿します。
第12章は暫しお待ちください。




