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02 白の国からの逃亡者 ②


 ティムさんはその入り口側の一角に立ち、顎に手を当てつつ呻くような声を出していた。


 その壁は格子に区切られていて、それぞれに非常に精巧な絵が描かれていた。それは……恐らくは料理だと思う。なにしろ、ここに来るまでに食べたものと比べると、あまりにも違っているため確信がもてない。


「とんかつ定食にするか。お前はカツ丼……いや、親子丼のほうが食べやすいな」

「は、はい?」


 思わず間の抜けた声を上げてしまった。


「俺がなんで向こうでまともに食事しなかったか、その理由を教えてやるよ」


 そう云いながら、その格子壁脇の金属の部分にティムさんは緑色の板? を差し込んだ。


 そしてある格子の右下にある四角い突起を押す。


 すると下部にある開口部から盆に乗った、蓋のされた大きな椀……ボウル? がでてきた。


「これはお前のだ」


 ティムさんはそれを取ると僕に渡した。そして盆に匙を乗せた。


 壁から吐き出された板を、再度同じように差し込み、今度は別の突起を押す。


 開口部から出て来たのは、僕のとは別の物だ。よく見ると、格子に描かれている絵と同じものだ。


「さてと、モノレールの出発時間までそこまで余裕があるわけじゃないし、とっとと食っちまうか」


 僕はティムさんについて、近くのテーブルに着いた。



 ★ ☆ ★



 ロージアンの町をティムさんと一緒に後にして辿り着いたのは、“祠の村”と呼ばれる場所だった。


 馬車で移動すること3日。日が丁度落ちた頃に僕たちは到着した。小さな村で、時刻ももう夜だというのに、やたらと賑やかだ。


 馬車を降り、僕はティムさんの後をついていく。しっかりと見ていないと、はぐれてしまいそうだ。


 少しばかり歩いたところで、ティムさんが足を止めた。


「あそこ、祠みたいなのが見えるだろ?」

「祠といわれましても……」


 僕はキョロキョロと指差された方向を見回した。


「あー……祠を知らねぇか。まぁ、訊いた感じじゃそうだろうな。ほれ、あそこのぽつんと建ってる建物があるだろ。倉庫にしちゃ小さいし物置にしちゃ大きい感じの」


 薄暗くなった中、目をそばめてそちらを見る。


 やや離れたところに、四角いシルエットが見えた。建物の規模としては、中途半端なもの。


「あそこがこの宿場の要となってる駅だ。まぁ、駅より祠で呼び方が定着しちまってるがな。飯を食ってひと休みしたら、あそこへ行くぞ」

「あそこが目的地ですが?」

「いや、あそこから更にずっと先だ。あそこはなんだ……乗り物の発着場だな。それに乗って一晩たてば目的地だ」


 ティムさんが止めていた足を進める。


 着いた場所は、整然とテーブルの並ぶ広い部屋。何人かの男性が思い思いの場所で食事をしている。


 僕たちは入り口を入った直ぐ近くの場所で食事を受け取り、適当な席に着いた。


 あの、料理を出した格子の壁? は……魔道具なのだろうか? それにも驚いたが、それ以上に料理の味に驚かされた。


 ふたを開け、匙で掬い、口に運んだところで僕の時間が止まった。


 そんな僕の様子に、ティムさんが微かな笑い声をあげた。


「旨いだろう。俺もここの……いや、フォーティの町の飯を初めて食ったときはそうなったからな。この味に慣れちまうと、他所の飯を食うのが苦痛になっちまってなぁ」


 ティムさんがぼやく。視線を向けると、ティムさんは2本の木の棒を巧みに使って食事をしていた。


「ん? あぁ、こりゃ“箸”っていう食事用の道具だ。フォークやなんかと一緒だ。慣れるまでにちょいと苦労するが、扱えるようになるとこっちのがいろいろと便利だぞ。つか、見てないで食え食え。冷めるともったいない」


 ティムさんに云われ、僕は食事を再開した。


 多分、相当一心不乱に食べていたのだろう。


 気がついたらボウルの中身は空になっていて、腹の具合も十分に満たされていた。


 なのに、食べている間の記憶が酷く曖昧だ。


 なるほど。この味に慣れてしまったら、ロージアンのあの食事なんかは食べられたものじゃないだろう。


 そんなことを思っていると、誰かが僕たちのテーブルにまでやってきた。


「やぁ、おっ帰りー。予定してたより早かったねー。なにかあった? というか、確実にあるよね」


 突然、僕たちの食事するテーブルにやってきた女の子はそう云うなり、軽く首をかしげて僕を見つめた。


「よ、よっ子様!?」

「いや、敬称はいらないよ。云ったじゃん。慣れない?」

「無茶を云わんでください。教皇様も頭を下げる方に、馴れ馴れしくなんてできませんて」

「……いや、なんで敬われてんだろうね、私たち。私なんて下っ端もいいところだよ。もうドールズからも外れてるわけだし。まぁ、それはどうでもいいや。

 んで、首尾はどうだったの?」


 女の子……ヨッコ……様? がティムさんに問う。この上下が一体となった、ポケットのたくさんついているオレンジ色の服の子に対し、ティムさんが及び腰だ。


 ロージアンの町を出る際、馴れ馴れしい態度で役人をやり込めていた姿とはまるで違う。


「目的は達成しました。手紙も依頼済みです。例の件に関してはギルドも調べていたようで、情報は簡単に入手できましたよ」


 心底失望したような顔のティムさんに、女の子の顔が強張った。


「もしかして、やっぱりやらかしてた感じ?」

「えぇ。心配していた方向ではありませんが。変質者ではなかったので、そこは安心してください。まぁ、別の方向で面倒臭いですが、そこはダンジョンに放り込んでおけば大丈夫そうなので」

「あー……ってことは戦闘狂って感じなのね? え、いや、それで姉様(あねさま)の正体を一発で見抜くって大概だよ!?」

「で、ヤツですが、その性癖というか、執着が原因で決闘という名目の殺人を繰り返した結果、国から逃げて名前を変えたという感じですね。一応、上級騎士だったようです。俺たちはいい具合に隠れ蓑にされてたってわけですよ。まったく面目次第もない」


 ぼやくティムさんに、ヨッコ様がケラケラと笑う。


「あー……立場っていうか、入ってるギルドを考えるとそうなっちゃうねぇ。まぁ、相手が天然で上手だってことで諦めよー。強い奴と戦うことしか考えてないってことでしょ? それ以外に興味がないんじゃ、ブレがないだけに見抜くのは難しいよ」


 そして僕に視線を向けた。


「それで、あなたはどういう人なのかな? あ、私はよっ子。“はじまりのダンジョン”の――んー、スタッフのひとりだよ」


 自己紹介をされたが、僕はなんと答えてよいのか分からなかった。いや、答えようがなかった。


「あー、よっ子様、こいつ、名前がないんですよ」

「ん? えーっと未成年ってこと?」

「いえ、幼名すらありません。なにせ拾った時、こいつ、『今回、僕は“6番”って呼ばれてました』なんていったんですから」

「は?」


 そう。僕たちには名前なんてない。仕事に駆り出されるときに、毎回適当に番号を振られて、それで呼ばれるだけだ。今回は6番。前回は2番。たしかその前は3番だった。


「え? 6番って名前じゃないよ? いや、それを云ったら私も4番で似たようなもんなんだけどさ。仮の名前だけど。というか、どういうことなの」

「こいつ、ベレシュからの逃亡者ですよ。いや、逃亡者とも違いますね。なにせ立場が奴隷の下の消耗品ですから。人ではないですね。ベレシュでは」

「うわぁ……。おか……マスターが云ってたけれど、本当に洒落にならない国なんだね、ベレシュって。

 えっと、まぁ、ウチはそういう人でも問題なく暮らせる場所だから、安心すると良いよ。もちろん、食い扶持は自分で稼いでもらうけれどね」


 なんとなしに不安になり、僕はティムさんを見た。


「云ったろ。安全に稼げる場所があるって。死ぬどころか、怪我をすることもないことを絶対保障しているダンジョンがあるんだよ。そこで金なりなんなりを拾ってくれば、それだけで生活費は稼げるぞ」

「そういや、オークションも近いうちにやるようになるかな? 予想以上に卵の需要があるみたいだし。……かなり偏ってるみたいだけど」


 僕はもう一度ティムさんに視線を向けた。


「なに、2、3回もダンジョンで活動すればわかるさ」



 ★ ☆ ★



 ヨッコ様がティムさんと会話を終え帰っていった。あの子は何者なんだろう?


「あー、よっ子様か。あの方は神兵様のひとりだよ」


 ティムさんの答えに僕は目を瞬いた。


 え?


「普通の女の子にしか見えんから、とてもそうは思えないよなぁ」


 ティムさんが肩をすくめるようにして笑う。


「これから俺たちが行くところは女神様のお膝元の町だ。教会も【黒教】と【赤教】が神殿を構えてるから安心だな。あぁ、それと、女神様は【白教】を毛嫌いしているからな。お前さんはあの町にいる限りは安全だよ。

 まぁ、事情を聞いた限りじゃ、お前さんを連れ戻そうなんてことはないだろうがな」


 確かに僕は消耗品だったわけだし、あの惨状を考えれば、生きているとも思われないだろう。


「よし、それじゃちょっと早いが行くか。モノレールに乗って、ひと眠りしちまえば明日の朝にはフォーティの町だ」


 僕たちは奥のカウンターにすっかり空になった食器を載せた盆を置くと、その建物、食堂? を後にした。






 もうとっくに日が暮れているというのに、作業をしている人が多い。この時間ともなれば、どこも屋内に引っ込んで、就寝の準備をしているころではないのだろうか?


「駅の稼働が朝と夜の2回だけだからな。だから今時分はあれこれ忙しいんだよ。まぁ、夜は人を運ぶだけだから、昼間ほどじゃないけどな」


 夜は人だけ? というと――


「昼間は貨物だ。なにせ地面の下を通る乗り物だからな。なにも見えない真っ暗なところを長時間進むんだ。乗客も退屈でしかたないだろうから、移動中は寝ててくれ、ってことらしい。だから、寝て、起きたらもう目的地、ってことだ」


 あぁ、なるほど。


 ……え? 地面の下を通る?


 地面の下ということで、少々不安に駆られながらも、僕はティムさんについて歩いていく。


 祠へと入り、長い階段を下りる。


 途中から階段の幅が広くなり、階段が左右に分かたれていた。いや――え?


 階段が、動いてる?


「よっ子様が新しく整備した動く階段だ。乗る時と降りる時に気をつけなけりゃならんが、この長い階段を上り下りするには楽だぞ」


 左側の階段は上に登り、右の階段が下へと下るように動いている。


 ティムさんに続き、おっかなびっくり下る階段に乗る。


 長い階段を下りずに済むのは非常に楽だ。それに、これなら手摺に掴まっていれば安全だ。階段を転げ落ちるという事故は、思った以上に起こるものであることは、僕でも知っていることだ。


 一番下に辿り着き、注意して僕は階段から降りた。


 そこは縦に細長い部屋で、向こう端が見えるほどに明るかった。


 そういえば、階段も、食事をしたあの建物内も昼間のように明るかった。


 細長い部屋を進む。


 右側には両開きの引き戸が等間隔に並んでいる。


「1番前までいくぞ。そこが階段に一番近いからな」


 1番……前? えっと、奥のことか?


 ティムさんの言葉に混乱する。


 ここは僕にとって未知の場所だ。余計なことは考えずに、見て覚えよう。


 僕は慌てて、随分と先に進んだティムさんの後を追った。


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