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01 白の国からの逃亡者 ①

第11章の投稿を開始します。

本日より毎日0時更新。

全6話+閑話となっています。

よろしくお願いします。


 腹が空いた。


 いや、腹が空いてない時なんて、いままで一度でもあったっけか?


 運よく森を抜け、当てもなく歩き、やっと道を見つけて辿り着いたロージアンの町。

 老人の話には聞いていた、隣国との境にある……えーっと、交易都市? それがどういったものかはよくわからないけれど、とにかく人の出入りが多い都市で、出入りが自由と聞いていた。


「出入りが自由なの?」


 一緒に話を聞いていた年少の子が質問する。そしてその通りとのこと。人の出入りが多過ぎて、いちいち対応をしていると却って大変なことになるためだそうだ。


 とはいえ、隊商などの荷物検査とかは行っているらしい。主に、検査を担当している役人が小遣い稼ぎをするために。


 どこの国の役人もロクなもんじゃないと、老人は笑っていたっけ。


 それでも、この国よりは遥かにマシだけれど。


 腹がひきつけを起こしたような痛みと共に、空腹を知らせる音を立てる。


 腹は騒ぐが先立つものがない。とにかく、なにかしら仕事にありつかなくてはならない。働いて稼いだ金で、物品のやりとりをする。それくらいのことは知っている。


 いまさらながら、あの老人には感謝しかない。あの酷い環境でしぶとく生き残っていたのに、流行り病であっさりと死んでしまったけれど。


 おぼつかない足取りで、人通りの少ない道を選んでフラフラと歩いていると、誰かにぶつかった。


「ご、ごめんなさい!」


 慌てて謝罪の声をあげる。


 ぶつかった相手は革鎧に身を包んだ、いまひとつ印象の薄い男。年のほどは20代半ばくらいだろうか。


 男は目を細めて僕を見た後、「気をつけな」と声を掛けて去って行った。


 いまだに不満を漏らす腹を押さえる。とにかく仕事を探さ――


「あぁ、くそ。この性格はどうにかなんねぇのか!?」


 突然、背後から聞こえてきた悪態に、僕はビクリと震えた。


 次いで肩を掴まれた。


「ボウズ。一緒に来い」


 そうして僕は、その男に引き摺られるように連れ去られた。



 ★ ☆ ★



 連れ去られた場所は、宿屋の食堂だった。


 いわゆる“場末の宿屋”という表現があう宿屋なのだと思う。店構えからして、表通りの宿屋と比べるとみすぼらしかったし、なにより床には汚れが目についた。


 とはいえ、僕たちが押し込められていたあの場所よりは遥かにマシと云える。


 隅の席に座らされ、しばらくすると目の前のテーブルには料理が並んだ。


 いままで見たことも無い料理だ。なにより、皿に載っている。


 これまで食べてきたものは、椀によそわれた粥くらいだった。


「あ、あの……」

「いいから食え。代わりに、ちょいと話を訊かせて貰うぞ」


 男はそういうと、茶に口を付け顔をしかめる。そして料理に手を付けるそぶりがまるでない。


「あの、食べないのですか?」


 男はため息をついた。そして小声でこう答えた。


「すっかり舌が肥えちまってなぁ。どうにもここらの料理には食欲が湧かねぇんだわ」


 そういって懐から取り出した。淡い黄色の棒状のものを齧っていた。


 食事中、いろいろと訊かれた。


 どこから来たのか? 家族はいるのか? これからどうする気なのか?


 そして“どこから”……逃げてきたところのことを云ったところ、呻き声を上げられた。


「はぁ……なんでこんなことばっかり勘が当たるかね。運がいいのか悪いのか。

 ボウズ、俺と一緒に来い。お前の話を訊きたいだろう方がいる。そこに連れていく。それまでは面倒をみてやる」

「え?」

「悪い話じゃない。どうせ日銭の稼ぎ方も分からんのだろ? となると選べる道でまともなのは傭兵か冒険者くらいだ。とはいえ傭兵も冒険者も、最初の仕事で死ぬやつが多い仕事だ。

 だが俺が連れていくそこに行けば――安全とはいえないが、死ぬことはもちろん、絶対に怪我をすることもなく稼げる場所がある。どうする?」


 願ってもない話だ。


 うますぎる? そんなのは分かってる。でも、僕の答えはひとつだけだ。


「お願いします」

「えらく簡単に返事をしたな。自分で云っておいてなんだが、かなり胡散臭い話だぞ?」

「だって、僕には失う物なんてもう、命くらいしかありませんから」


 僕は答えた。そしてこう付け加えた。


「それに、少なくともこうして空腹を感じなくなるまで食べることができました」


 彼は盛大にため息をついた。


「まったく、いったいどうなってんだよベレシュって国は……」


 そして本当に哀れむように、こう云った。


「やれやれ、連中の末路が心配だよ」



 ★ ☆ ★



 僕の生まれた国はベレシュ神聖国。【白教】によって作りあげられた国だ。


 だが僕たちは【白教】がなんであるのかは知らない。


 そもそも宗教といわれてもわからない。いずれにしろ、それが真理だと、僕らを使う人たちが云っているのを聞いたことがあるだけだ。


 僕たちは消耗品と呼ばれていた。


 当然、名前なんてものはない。使われるときに番号を振られ、それで呼ばれるだけだ。

 そして運よく、……運悪く生き延びたらまたこの薄暗い場所に戻され、次の仕事までなにも考えずに生活する。


 ただ、それだけだ。


 生まれてからずっとそんな生活だったから、それが僕たちにとっての普通、常識、日常だった。


 昨日まで一緒に冷めた粥を腹に流し込んでいたヤツが、今日はもういないなんていうのが当然の毎日だ。


 同じような年齢の者ばかりしかいない、この陰鬱とした場所にひとりだけ場違いな者がいた。


 すっかり白くなった豊かな髭の替わりに、頭髪が残念なことになったような老人。


 右目を失明し、痩せこけていながらもやたらと威勢のいいその老人は、僕たちの教育係として、ある日、この場所に放り込まれてきた。


 だが老人は、命じられたような教育はしなかった。


 本来ならついているハズの見張りはいない。いた試しがない。サボってどこかへ姿を消している。


 それがここの日常であると理解した老人は、好き勝手な“教育”を僕たちに始めたのだ。


 老人の本来の役割は、僕たちが彼らの命じることを理解できるように、最低限の会話能力をつけること。


 一応、会話をすることはできるといっても、専門用語などを僕たちは欠片も知らなかったからだ。


 その実情に、老人は呆れると共に頭を抱えていた。


 適当に使い潰される僕たちに教育をするなど不毛だろうに、老人は辛抱強く色々なことを僕たちに教えてくれた。


 もっとも、その大半を僕たちは覚えても、理解することはできなかったけれど。


 それから暫くが過ぎて、僕たちの生きている場所で病が蔓延した。


 100人以上いた仲間は26人までに減った。


 老人もこの病……熱病が元で命を落とした。


 僕は症状が重くなることはなく、身動きの出来ない皆の世話をして回っていた。世話と云っても、衰弱した者に食事を食べさせる程度の事だったが。


 老人は最後まで神に赦しを請うていた。でもそれは自身に対しての事ではなく、老人をここに押し込めた、神殿の者たちに対しての祈りだった。


 この老人は、最期まで祈っていたのだ。自身を“消耗品”にまで貶めた連中の未来に救いがあることを。


 それから数日後、僕たち全員が連れ出された。


 仕事だ。


 だが、これまでのことからして、こんな大人数が連れ出されるのは初めてのことだ。


 それに、僕たちが連れ出されるときには色々と手続きがあるはずなのに、今回はない。その上、僕たちを管理している者の姿もない。


 殆ど姿を見せることはないが、こういった仕事の際には必ずいるはずなのに。


 僕たちは格子の嵌った箱型の馬車に押し込められ、何処かへと連れていかれた。


 今回の仕事は最悪のものだった。


 簡単に云えば、魔獣退治だ。そして僕たちの役割は、その魔獣の注意を惹くための餌だ。


 僕も以前、2度程餌の仕事に使われたことがある。その時は、僕が餌となる前に魔獣の討伐が終わったため、僕は生き延びることができただけだ。


 長いこと馬車に揺られ、右も左もわからない森の中で降ろされた。


 目の前には僕たちを連れだした人物。小太りの神殿騎士がふんぞり返るように立った。


 両脇に控えるように、同様に身なりの良い騎士がふたり。このことからも、この小太りの騎士が上位の者だとわかる。


 小太りの騎士は、神がどうだのこうだの、義務だの使命だの名誉だの云っていたが、僕たちにはまるで無縁のものだ。


 僕たちが喜んで働くとすれば「腹いっぱいに飯を食わせてやる」といえばいいだけなのに、この神殿騎士たちはまるで理解していない。


 老人が嘆いていたけれど、こういうことなのだろう。実際、神の名を語ってはいるものの、用心深く聞いていると、神をも畏れず、その名を利用していることがよくわかる。


 結局のところ、自身の利のために、神の使命などとでっちあげて魔獣討伐をしようということだ。


 僕は少なくともそう受け取った。


 もっとも、事実はもっとも酷いものだったけれど。


 馬車の御者をしていた下っ端の騎士の毒づく声が聞こえた。あの小太りの騎士は、自身の失態を隠滅するために、僕たちを勝手に駆り出したようだ。


 あぁ……僕たちの最期は、あの騎士の尻拭いということか。まぁ、なんの為に生きているのか分からないんだ。これで終わるというなら、それでもいいだろう。


 心残りがあるとすれば、一度くらい腹いっぱい飯を食いたかったということくらいだ。






 運が良かった。いや、運が悪かったというべきかもしれない。僕は悪運が強かっただけだ。


 討伐対象の魔獣というのは、暴竜とよばれる竜種だった。二足歩行で翼は無し。体躯に比して大きな頭を持つ、家よりもはるかに巨大な竜種。


 騎士のひとりが云っていたが、腹が減りすぎると、己の尻尾をも喰らうような見境の無い竜とのことだ。それだけに、餌を貪っている間は無防備であるために、その隙をついて討伐するとのこと。


 そしてその餌が僕たちと云うことだ。


 だがその目論みは外れた。


 運悪く、遭遇した目標である暴竜は、丁度満腹の状態であったのだ。


 竜は僕たちを餌として執着することはなかった。だが、知恵はあるのか、武装している騎士たちに襲い掛かったのだ。


 そこからは酷いものだった。


 人が噛み砕かれ、撒き散らされる光景を初めて見ることになった。


 人が食い殺されるところを見たことはあるが、こんな状況など初めてのことだ。


 あまりのことに足が竦んだ。仲間の皆も同様のようで、僕と同じように立ち竦んでいたり、尻餅をついていたりした。


 騎士の千切れた腕が飛んできて僕にぶつかった。


 それが呆然と立ち尽くしていた僕を正気に戻した。


 食いつかれ、振り回されている小太りの騎士の姿に顔を引き攣らせつつ、僕は逃げた。


 でも、あまり遠くには逃げない。あの手の魔獣は鼻が良いというのを僕は知っている。ここなら、殺された皆の臭いが散っている。そこかしこに飛んだ血や破片が、きっと僕の匂いを誤魔化してくれるに違いない。


 僕は倒れた馬車まで走り、その影から具合のよさそうな茂みに潜り込んだ。


 近くには噛み千切られ飛ばされた御者の上半身が落ちている。


 臭いが酷い。だがそんなことには構っていられない。


 向こうでは騎士たちがパニックになりながらも戦っている。


 逃げれば良いのにと思う。だが老人は云っていた。神殿騎士には撤退も転進もないのだと。


 “我らの頭上に正義がある限り、敗北はないのだ!”などと、有り得ないことを喚く愚か者の集まりなのだそうだ。


「奴らに正義などありゃせんよ。あるのは己の欲望だけだ」


 老人の嘆きを思い出す。


 僕はそんなどうでもいいことを考えつつ、茂みの周囲に堆積していた木の葉に体を埋もれさせる。完全に潜ることは出来ないけれど、多少はマシだろう。


 立ち尽くし、怯えた表情を張り付かせた仲間たちが食いつかれ、踏み潰されて殺されていく。だがそれが悲しいとか悔しいとかいう気持はない。


 彼らに対して情なんてない。僕が彼らの看病をしたのも、人数が減れば死ぬ可能性が増えるからだ。


 僕がわずかでも悲しみを覚えたのは、あの老人が死んだ時だけだ。あの老人だけは、僕たちを案じてくれていた。


 嵐のようなひと時が過ぎ、巨大な竜は動くものがないと分かると、地響きを上げながら去って行った。


 音が聞こえなくなってもしばらく僕はそのまま葉に埋もれたまま身じろぎせずじっとしていた。


 やがて陽が傾き、空の色が変わった頃、漸く僕は潜んでいた場所から這い出した。


 あらためて辺りを見、その酷い有様に顔をしかめた。


 生き残ったのは僕ひとり。これは好機だ。あの薄暗くじめじめした場所から完全に逃れることができる。


 だがその前に、この恰好をどうにかしよう。こんなボロ着では、町なり村なりに辿り着いたとしても、まともに相手をしてもらえないだろう。


 周囲を捜しまわり、バラバラに散った騎士たちの装備を探す。


 鎧は要らない。防御は欲しいが、自分には似合わなすぎる。でも護身用にナイフの1本でも欲しい。


 あと、御者の死体はなんとしても見つけなくては。裸足で長距離を歩くのは論外だ。あの御者の革のブーツは欲しい。できれば服も。いや、最悪服は騎士たちの鎧下でどうにかなる。


 ほどなくして、どうにか使えそうな服を集めることができた。そしてナイフが3本。


 着替え、ナイフを腰に差す。そして残りの2本は鞘ごとブーツ内に突っ込んだ。ちょっとばかりくるぶしとかに当たって痛むが、隠し持つことの方が重要だ。


 倒れた馬車からは、野営道具一式の入った雑嚢を拝借する。


 最後に食糧を持てるだけ。これで、多少生き延びることができるだろう。


 向かうのは南。そちらへと向かえば、このイカレタ国から逃れることが出来るはずだ。


 僕は酷い有様となった死体の転がる場所を一瞥すると、しっかりとした足取りで南へと向かって歩き始めた。






 そして僕は、人生を変えることとなる人と出会ったのだ。


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