※ 滅びゆくドワーフの隠れ里
遂に邪魔な連中を排除することができた。
これで俺たちは立派なドワーフだと胸を張って云えるというもんだ。
鋼を扱わねぇドワーフなんぞ、ドワーフとは云わねぇ。
だいたい、親父が甘い顔をしているから連中がつけあがったんだ。とっとと引退して貰って正解だったな。ははっ!
赤黒い染みの付いた親父のハンマーを蹴飛ばし、俺は笑みを浮かべた。
★ ☆ ★
生産量は右肩上がり。武具の販売も順調だ。実に簡単なことだ。そもそもだ、雑兵に持たせる剣なんぞ、わざわざ俺たちが丹精込めて打つ必要なんざねぇってもんよ。
木箱に整然と納められた銀貨を数え、笑みを浮かべる。
今日も酒が美味い。
ドンドンドン!
ドアが叩かれた。
「なんだ?」
「里長、ポンプが壊れやした!」
ドアの向こうから無駄にでかい声が響いた。
俺は顔をしかめた。
「そんなことぐらいで報告に来るな。そんなもん、修理するなり、作り直すなりすればいいだろ!」
俺は部屋からでると、騒いでいる雑用を怒鳴りつけた。
「修理もしましたし、作り直しもしました。でも水が出ません!」
「あぁっ!?」
仕方なしに井戸にまで行く。そこには女衆や下っ端鍛冶師どもが集まっていた。
「なんだ。ポンプはちゃんとしてるじゃねぇか」
「前のを分解して、ちゃんと作り直したんですが、水がでないんです」
下っ端のひとりが云う。
ポンプのレバーを掴み、上下に動かす。スカスカというだけで、水はでてこない。
「おい、一度は作れたもんが、どうして直せないんだ?」
「こいつを作ったのはギムでやす」
「ギム?」
俺は顔を顰めつつ、その名のドワーフを思い出そうとした。誰だ?
「里長。追放した7人のうちのひとりです」
云われ、合点がいった。
「ちっ。あの怪しげなもんばっかり拵えてた奴か。そんな得体の知れないモノ、使うのはやめちまえ。どうせ使えねぇんだ。昔ながらの釣瓶でいいだろ」
俺はそう云い捨てると、家へと戻った。
背後でなにか騒いでいるが、知るか。
それからというもの、苦情が相次ぐようになった。
先ずは作業用の衣服だ。
「そんなもん、行商人から買えばいいだろう。こっちの品は売れ行きは落ちたが、まだ十分に売れてるんだ。買えないなんてことないだろうが。それともボッタくって来てんのか?」
奴等、ガラス製品と陶芸品ないと知るや、あっさりと取引を切りやがった。あんな砂や泥を溶かした代物をありがたがる未開人なんぞ知るか! 銀器、でなけりゃ鉛器をつかえってんだ!
「いえ、ドワーフに合わせたサイズじゃないのと、細々としたところが今までのと違くて、丈直しをしても使いにくいです」
「それなら特注で作らせろ」
俺は苦情を云いに来た奴を追い出した。
まったく、飯がまずいだの作業台の修理ができないだのと、くだらねぇことで文句を云ってくんじゃねえよ。
良くないことは続くものだ。
数日後、鉱山で落盤事故が起きた。幸いにも死者はでなかったものの、多数の負傷者を出した。
命に別状はないものの、重傷者が多く、このままだと手足を切断せざるを得ない者もいる。
だが重症とはいえ、このくらいの怪我はこれまで問題なく治療できていたハズだ。それがなぜ治すのは無理だなどと騒いでいるのだ!
俺は手当に当たっている女衆を怒鳴りつけた。
だが返って来たのは怒りに満ちた視線だった。
「里長、あんた事態を理解できてんのかい? こんな有様で放置しているようなことになってんのは、あんたのせいなんだよ!」
女衆のまとめ役が怒鳴りつけてきた。
「なに云ってやがる! お前らがちゃんとしないからだろう!」
「医者でもないのに、ちゃんとした治療なんてできるもんかい! 木切れを当てて、折れた手足を真っすぐにして縛るとか、傷口に薬草を当てて縛るくらいしかできやしないよ! あんたが医者を追い出したんだろうが!」
血で汚れた水をぶっかけられた。
「うちの亭主はもう2度と自分の足で歩けやしないよ! お前のせいだ!」
俺は女衆にどやしつけられ、ほうほうの体で逃げ出した。
「くそがっ!」
家に戻るなり、俺は近くにあった椅子をぶんなげた。
口うるさい邪魔な連中を追い出せば、すべて思うようになるはずだった。それがどうしてこうなるんだ。
ひとしきり暴れた後、転がった椅子を起こし、作業机についた。
机の上に置いておいた眼鏡を探す。
眼鏡は俺の投げ飛ばした椅子に押しつぶされ、壊れていた。
俺は机を殴りつけた。眼鏡が無くては作業ができない。細かい部分をしっかり見ることができなくては、緻密な金細工を作ることなどできない。
剣身に意味不明な紋様や文字のようなものを刻み、時代漬けしてやりゃ数倍で売れるんだ。
新しい眼鏡が必要だ。
だが、ガラス職人は不要と俺は追い出した。あらたな眼鏡を手に入れるには、行商人が来るのを待たなくてはならない。
俺は怒りの余りに叫び散らした。
くっきりとは
それからひと月が過ぎ、里はすっかり活気を失っていた。行商人にどうにか眼鏡を手に入れさせたが、質が悪く、やや曇っているうえにくっきりとは見えない。眼鏡を掛けていないよりはマシというような代物っだった。
目が飛び出るような高い金を払ってこれとは、思わず叩きつけたくなったが、そうはせず、必要以上に慎重に机の上に置いた。
床を殴りつける。その痛みに歯を食いしばり、荒い息をついた。
里の様子はどんどんおかしくなってくる。
体調不良を訴える者もでてきた。
実際、俺も体のだるさを覚えている。
クソがっ! いったいなんだっていうんだ。すべては上手くいくはずだったじゃないか! その為に親父も排除したんだ!
きっとこれは、追い出した連中が俺たちに呪いでも掛けたんだ。
そうだ、そうに違いない。
俺はすっかり酒精の抜けた液体を呷る。
成すべきことを決め、反芻する。
待っていろよ、カス共。思い知らせてくれる。
そして俺は、次に行商人の来る日を待つことしたのだ。
連中のことだ、きっとどこかで商売を始めているに違いない。
■ドワーフ7人衆
大将:革職人。追放したことで、鎧、剣に使用する革関連の質がガタ落ち。結果、里の商品の売れ行きが落ちる。
カーブ:木工職人。追放したことで、里内の木工製品がどうにもならなくなる。坑道の梁もまともに設置できなくなった。結果、落盤事故が起きてしまった。
ドク :仕立て屋兼医者。追放したことで、衣類、医療に支障をきたす。彼が残っていれば、手足を失うドワーフの数は減っていた。
ギム:絡繰り師。ポンプをはじめ、里の生活を便利にする物品を拵えていた。追放したことで、それらの修理が不能となる。
グラス:ガラス職人。ガラス器やレンズを作成していた。実は里の稼ぎ頭のひとり。曇りも歪みも無いレンズを作ることのできる職人ということで、それらを欲する者たちからは絶大な人気を誇っていた。
セト:焼き物を作成していた。実は里の稼ぎ頭のひとり。貴族の御婦人方に絶大な人気を誇る茶器セットを作っていた。里の食器は金属器に変更されたが、その結果健康被害(鉛中毒他諸々)がおき始めた。
コック:彼を追放したことで、里の食糧事情が劣悪となる。現在、里では鉛中毒、かっけ、壊血症が広がり始めている。




