04 雪歌と権能
姉様復活3日目。
姉様は昨晩はマスターにずっと寄り添っていました。
眠るマスターの手をずっと握っていました。
そして朝となり、姉様はと云うと――
「神様って眠らなくても平気なんだから便利ね!」
――などと、さほど重要ではないところで神化したことを喜んでいます。
いや、あの、姉様? 他にもあるでしょう? まぁ、力に溺れて「我を崇めよ」とか云いだされても困りますが。
「なにを云っているのよ。そんなことをしたら、あらゆる生き物の生活を背負わなくちゃならないじゃないの。私はそんなの願い下げだわ!」
いや、なぜそんな極端な方向に思考がいくのですか? ……はい? 支配者の役目は民草の生活の絶対保障? いえ、神ではなく、単なる為政者としての支配者であるならそうでしょうが。
「昔、友人が云っていたのよ。「神と悪魔、どちらかと手を結ばなくてはならなくなったら、迷わず悪魔の手を握れ。神は平気で裏切るけれど、悪魔は契約に沿っている限りは裏切らない。まぁ、そこかしこに契約の穴とかトラップがあるから、それには気をつけなくてはいけないけれど。その点を除けば、悪魔は神よりも遥かに誠実だよ」って。そして私はその言を推すわ! だから、私が目指すのは悪魔よ! 百歩譲って邪神!」
ちょっ、姉様!? なにか話が壮絶に逸れて行っていませんか!?
いえ、握りこぶしを作って高笑いの練習とかいらないですから! 微笑ましいだけで威厳もなにもありませんから!
またしても姉様の背後に謎の効果が出ていますし。いえ、ただの錯覚なのですが。
……もしかすると、これ、権能が誤発動しているんじゃないでしょうか? 神気の類は一切感じられなかったので、そうとは思えなかっただけで。
これは、姉様の権能に関してきちんと把握しないといけませんね。
「権能? そういえば、私の本来の主権能ってなんなのかしら? 名付けから得たものが権能化しているものは分かるけれど」
そういえば、マスターの権能もなにがどうなって発現しているのか意味不明なんですよね。いえ、名付け効果から来ているのは分かっているのですが。
「それじゃ、私たちの名前の方から見ていきましょうか」
そうして、姉様は姉妹の名前の由来を教えてくださいました。
「検査で、女の子が生まれる、ということが分かっていたから、『花』もしくは『華』の字を入れた名前にしよう、と、父と母は決めていたのよ。でもそれはあっさり一蹴されたの」
は? いえ、なんでまた。確かに、姉様の名前にその文字はありませんが。
「4月26日が私の誕生日なんだけれど、その日、雪が降ったのよ。実際には雪というより、霙だったと思うけど。で、母が産気づいたと報せを受けて、病院に向かっていた父の中ではもう、名前に『雪』の文字をいれようと決まっちゃったのね」
……なんというか、単純ですね。
「まぁ、そんな時期に関東圏で雪なんて珍しいものね。もっとも局地的で、車に乗っていた父がそう云い張っているだけだったけれど。ただ、生まれた私はこの有様。アルビノ。アルビノといったら身体が弱いっていうのは分かり切ったことよ。そこへ『雪花』という名付けはさすがに儚な過ぎて縁起が悪いからと、『花』を『歌』へと文字を変更されて、私は間宮雪歌となったわ。雪花だと、あっさり死ぬと思われたのね」
ざ、雑過ぎませんか?
「父はおおらかだったのよ」
そんな遠い目をして云われましても。
「雷花ちゃんの時も一緒よ。今度こそ『花』をつけると息まいていたわ。そして雷花ちゃん生まれた日は、お察しの通り雷が鳴り響くほど天気が荒れてたのよ!」
……お父上、あんまりじゃないですか?
「小学校の授業で、自分の名前の由来を調べましょうみたいなのがあってね。そこで雷花ちゃんが自身の名前を調べた結果、父が雷花ちゃんに土下座する事件があったりしたわね」
は?
「いえ、雷花って花があるって父は知らなかったのよ。……違うわね。その花の事は知っていたけれど、雷花っていうのが正式名? っていうのを知らなかったのよ。それを云ったら母はもとより家族みんなもだったけれど。
雷花が曼殊沙華、彼岸花のことと知って、雷花ちゃん、ちょっとショックを受けてね。
だって、彼岸花と云ったら「死者の生まれ変わりだから、決して手折ってはいけないよ」って祖母にいわれていたのよ。手折ることは、人の首をへし折ることと一緒だからって。
要は、彼岸花は死者の生まれ変わった花って教わっていたのよ。
そういった、まぁ、迷信というか、宗教的なことを教えられていたせいで、「私は死んだ子なの?」なんて思い悩んで両親に云っちゃったのよ。
詳しく話を聞いて、父が雷花ちゃんに土下座してたわ」
……いや、なんと申しますか、なんとなくですが、マスターの【生命】の権能の根源的なところが分かりましたね。迷信がその根源ですか。ただ知識としてあっただけならともかく、それが名として刻まれたのでは、そうもなるというものです。
死者が花となる、ということは、いうなれば転生ということですからね。
あぁ、だから【世界樹】を生み出すなんて異常なことも出来たわけですか。
お父上の、無知からのついうっかりで、名が死者を象徴する花となってしまったマスターは憐れとも思いますが。
「とはいえ、音的にはいい響きだから、雷花ちゃんは自身の名は気に入っていたわよ。名付けの真相を知ってからは思うところはあったみたいだけれど。なにせ、誕生日のお天気がもとなんだもの」
そういって姉様はケタケタと笑っています。
まぁ、ご自身の名もそうですけれどね。
そういえば、【光】の権能はどこから来たのでしょうか? 思い当たるところがあるかどうか、訊いてみましょう。
「あー……それねぇ。それ、ある意味もっと酷いのよ」
は?
「カメラのメーカー。マミヤっていうカメラメーカーがあるのよ。……いや、あったのよ、かしら? 詳しくは知らないけれど。だから、私も多少は【光】を操れそうね。それと、それに加えてライカっていうカメラメーカーもあるの。
父は白状したわ。雷花ちゃんの名付けはカメラメーカーから付けたって。「今日は雷雨。良し、名前は“雷花”にしよう! しかも丁度ライカじゃないか!」なんて調子で、面白がってつけたみないなのよ。
ここに来て本当の由来を初めて知った母が激怒して父を蹴っ飛ばしてたわね」
……。お父上。私は姿すらも知り得ませんが、あなたは娘の名をなんだと思っていたのですか。しかも響き的にも変な名前ではありませんから、お母上もそんなことが由来だとは思ってもいなかったのでしょう。
……いえ、だからといって、誕生日のお天気とカメラメーカーの名がその由来というのもどうかと思うのですが。
「まぁ、彼岸花の件は、他所はどうなのかは知らないけれど、他の名称は曼殊沙華としか知らなかったから、雷花の名はかなりマイナーなのだと思いたいわ。少なくとも、私の周りには雷花=彼岸花と知る人はいなかったもの。
ただ、雷花ちゃんが【生命】。特に【死】の方に権能が寄って強いのは、まぁ、人を殺したことに起因しているんだと思うわよ。メイドちゃんの話を含めると、あの子、3人殺してるもの」
は? え? ふたりなのでは? もうひとりのことなど知りませんよ!?
「最初の殺人に関しては、あの子も覚えていないから知る必要はないわよ。殺された男も、ただの人殺しだったわけだし」
これでこの話はお仕舞、とばかりに姉様が手をひらひらと振りました。おそらく、再度訊ねたとしても、教えては貰えないでしょう。
まぁ、確かに聞いたところで何かが変わるわけでもありませんし。いずれ知る機会があるやもしれませんし、いまは放置するとしましょう。
では、姉様の権能に関して、きちんと確認していきましょう。
まず【間】。これはそのまんまですね。時間、空間、果ては精神的な人との距離に至るまでを示したものです。マスターはこの権能単体ではなく、他の権能と組み合わせて使っていますね。【生命】と組み合わせて生物をきちんと急成長させたりしています。ただ時間を進めただけでは、餓死するだけですからね。
【宮】に関しては発現していません。お二方とも、建物を作るというようなことはしたことがないからでしょう。
「【間宮】と云えば、他には旧日本海軍の軍艦? の名前もあったわね。正確には軍艦じゃなくて……補給艦みたいな感じ? 士気向上とかのために、嗜好品とかを運輸していたみたいよ。あと、床屋とか他諸々と、いろんなことやってたみたいね。まぁ、私たちはその辺りは殆どさっぱり知らない事だったから、そっち方面の権能はでていないわね。もしかすると雷花ちゃんの方は、【家事】の権能に統合されたのかも知れないわ。
ところで【家事】の権能って、どんなことができるの?」
姉様が問うてきました。
実際のところ、不明なんですよね。人であったのなら、家事仕事が得意になって、凄まじく手際が良くなる程度なのでしょうが、神の権能と化した【家事】がどんな効果をもっているのかは私もしりません。
そもそもの話、神に家事は不要です。
次に【雪】。これは拡張されて熱操作の権能となっているようです。ただし、冷やす方面にほぼ向いているようです。熱を上昇させることも多少はできるようですが、それをするくらいなら、魔法を使って火を熾した方が早いレベルです。
「子供の頃は、雪女なんて呼ばれたりしてたわ」
……悪口の類ですか?
「そう云う感じじゃないわよ。愛称というにはあれだけれど、そんな感じだったわね。
冷気を操れるわけだし、これはアレをリアルでやれということかしらね?」
なんの話です?
「エターナルフォースブリザード! 相手は死ぬ。っていうネタ」
止めてください。
私は真顔でお願いしました。
さて、ここで一番の問題というか、厄介なのが【歌】です。恐らく、権能を制御しきれていない姉様が気を入れて歌を唄おうものなら、それが現実化します。
この世界ではほぼ失われていますが、“呪歌”なる魔法のジャンルがあります。聞いた者に無差別に“呪歌”の効果を及ぼす魔術です。
【子守唄】は眠りを誘発させ、【舞踊歌】は聞くものを強制的に躍らせるというようなものです。
“呪歌”の質の悪いところは、歌が唄われている間は、その効果が常に働きかけてきていると云うことです。普通の【睡眠】の魔法などは、掛けられた際に抵抗できれば効果を無効化できますが、“呪歌”の場合は、唄が終わるまで抵抗し続けなくてはなりません。よって、まず間違いなく魔法に掛かります。
「えーっと、ということは、私は唄っちゃダメってことかしら?」
姉様が首を傾げています。
「そのようなことはありませんが、唄う歌のジャンルを考えてください」
「……自殺を誘発させるとして有名になったあの歌を唄ったら、大惨事になりそうね」
「絶対に唄わないでください!」
というか、なんですかその歌は。そんなものがあるのですか?
「確か失恋した男性? をモチーフにした歌だったかしら。発表までにいろいろとあった曰く付きの歌ね。一度発売直前にお蔵入りにもなったって聞くし。で、発表されて発売されたところ、聞いた人の何人かが自害するなんていう事件が起きて、以来、自殺ソングなんていわれているわね」
「絶対に唄わないでください!」
「特に意味のない歌詞の歌だったらどうなるのかしら?」
私は思わず胡乱な視線を姉様に向けました。
「例えば、どんなものですか?」
「1月は♪ Januaryで♪ ビビディ・バビディ・ブー♪ とか」
なんですかその歌は。
「替え歌だけれどね。元はお酒を飲むこじつけの歌よ」
元の歌もなんなんですか。
「まぁ、周囲に悪い影響を及ぼさない歌であるなら問題ないと思いますが」
「今夜、カレーの歌を唄いながらカレーを作ってみるわね!」
「それくらいなら問題は……」
なんでしょう。凄まじく嫌な予感がします。
「変な歌詞とかありませんか?」
「う~んと……あ、この世はカレーで出来ているなんていうような歌詞があったわね」
「絶対に唄わないでください!」
とんでもないことに成り兼ねません!
「……仕方ないわね。カレーを美味しく作るっていう方のカレーの歌を唄うことにするわ」
「そっちは問題ありませんよね?」
「大丈夫よ。カレーの作り方を歌詞にした歌だから」
まぁ、それなら。
調理の際にはにっ子もいることですし、問題は……あるとしても軽微でしょう。
夕食のカレーは、たいへん美味しかったです。




