表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/141

※ ボナート商会の事情


 まったく、あの気性はいったい誰に似たのか。


 男でないのが悔やまれる。……いや、絶対に性別を間違えて生まれて来ただろう、アレは。


 私の名はオラフ。ボナート商会の3代目会頭だ。もっとも、いまはもう娘のロミルダに代替わりし、悠々自適な隠居生活を楽しんでいる。


 最近までの悩みの種は、息子のラウルがフラフラとして、一向にまともな仕事をしていないことだ。


 いや、3年前に家を飛び出して半ば行方不明になっていたのだが、昨年無事帰って来てくれたことには安心したが。


 ……帰ってきたら、まずは1発殴ってから説教してやろうと思っていたのに、ロミルダよ、なぜお前がそのすべてをやってしまうのだ。


 それは親である私の役目であって、姉であるお前の役目ではないだろう?


 しかもだ、いきなり支店を任せるから、出店場所を探して決めて来いとか、さすがに無茶じゃないのか? なに? 責任を持たせないと、また行方不明になる?


 いや、そこはアマデオがいるから大丈夫だろう? ま、待て、待て待て待て。なぜ拳骨を握ってそこに息を吹きかける。


 私はお前の親だぞ? 息子の教育をしくじっておいてなにをいう? いや、なにも間違っていないだろう? お前は立派になった――いや、私は勝手に立派になったのだとか、そんなことを云われたら私はなんなのだ? さすがに初代や先代ほどではないが、このボナート商会をきちんと大きくしたんだぞ。


 それは母さんが私の尻を叩いて働かせたからって……お前の私の評価はどうなっているのだ? そんなのはどうでもいいって……さすがに娘のその評価は堪えるのだが。


 む? アマデオの人生を考えろと? いつまでもラウルのお守では結婚もできないと……。


 ……。


 すまん、ロミルダ。云う通りだな。その点に関しては私の考えが浅かったな。


 ……なぜそんな目で見る。


 私だって自身の非を認めるくらいの度量は持ち合わせているぞ。


 ラウルと共に出立したわけだが、1年後には戻って来るのだろう? よし、良いところの娘を見繕って……なに? 余計なことはするな?


 なにをいっているんだ。縁談相手の選定は必要だろう? お前も知っているだろう。うちにちょっかいを掛けてきている輩を。


 下手なハニートラップにでも掛かったら目も当てられんぞ。


 それにラウルの縁談も必要だろう。というかだ、ラウルこそ必要だろう。嫁ができれば、あのふらふらと落ち着かん腰も、きちんと根を張るというものだ。そうだろう?


 痛っ!


 ちょ、おま、なぜ殴る。


 私、お父さん。お父さんだからな。


 は? 相性の悪い女をあてがうと逃げる?


 そんなこと分かっとるわ。私をなんだと思っとるんだ。結婚を強要しようなどとはせんわ。先ずは釣書を掻き集めてだな、そこから選ばせることに――


 女を馬鹿にしてる? いや、なんでそうなるんだ?


 結婚相手を求めている女性は結構いるぞ。


 そういえば、お前には好いた男の――


 いだっ! だからなんで殴るんだ! ロミルダ!!



 ★ ☆ ★



 ロミルダが視察から帰って来る2日前に息子が帰って来た。それも大所帯で。アマデオとドワーフのふたり以外は美しい女性ばかりだ。しかも年端のいかない少女までいる。


 ……なんてことだ。最悪の状況になってしまったのか? これだけの女性に手を出したというのか? それも子供にまで手を出すとは……母さんが泣き、ロミルダが激怒する案件ではないか!


 ラウルが母さんのほうに挨拶に行った隙に、アマデオが簡単に状況を報告してくれた。


 一安心した。彼女たちはそういった関係ではないと断言しくてくれた。良く見張っていてくれたな、アマデオ。

 だが、その一安心したのも束の間、それ以上に色々と混乱することになった。


 それはそうだろう。いきなり「神と邂逅しました」などと云われたら、大抵の者は「お前はなにを云っているんだ」と返すだろう。


 だがアマデオは至って真面目な顔のままだ。しかもあの女性たちの内の5名、メイド、魔法師、そして見慣れぬ装束の3名に対しては、絶対に無礼を働かないようにと、異様に念を押して来る。


 彼女たちは神兵様だというのだ。


 いや、それを信じろというのは無理な話だぞ?


 神兵様といえば、神の側に侍り、あらゆる神敵を撃ち滅ぼす一騎当千どころか、一騎当万の猛者のことだぞ。


 とてもではないが、彼女らがそうであるとは思えん。百歩譲って、あの魔法師の少女であればなんとかと思えるくらいだ。


 私は困ったようにアマデオを見つめた。


 その後、女性たちの代表である女性と話をした。年の頃は14、5に見える少女だ。


「これからしばらくの間お世話になります。よろしくお願いします。ラウル殿は気兼ねなく滞在して欲しいと仰られましたが、そういうわけにも参りません。

 ラウル殿に滞在費を渡したのですが断られてしまいましたので、ここはオラフ殿に是非ともお納め願いたく思います」


 そういってメイドの少女は小さな布袋を私に渡してきた。


 中を見る。そこには金貨が一杯に入っていた。目算で4、50枚は入っているだろう。


「お、お嬢さん、さすがに多過ぎる」

「いえ、どうかお納めを。宿屋ですと、我々の都合上、面倒が起こりかねないので。すでにエーデルマン子爵家とトラブルになっておりますし」


 は?


「あぁ、ご心配なく。近く、あの家は潰えますから」


 イッコ、と名乗ったメイド姿の少女がニコリと笑う。


 その笑みに背筋が凍った。ななな、なんだこれは? これまで多くの取引をしてきた。中には命を天秤に掛けるようなトラブルもあった。


 だが、これほどの恐怖を感じたことは一度もないぞ。


 アマデオの言葉を一笑に付した先ほどの自分を殴りつけたくなった。


 それから数日、神兵様たちは我が家に滞在していたわけだが……帰って来たロミルダと、ナグと呼ばれている神兵様がやたらと仲良くなっている。


 どことなく不穏に思っていると、ルーティと呼ばれている神兵様がなにをしているのかを教えてくださった。


 ……なんということだ。ロミルダは神兵様より戦闘指南を受けていたのだ。


 無手で敵対者を制圧する技術とのことだ。武器をつかわないとか非効率だろうと思っていたのだが……模擬戦でうちの自慢の護衛達がロミルダにあっという間に敗退した。


 えぇ……。うちの娘はどこに向かっているのだ? これでは婿の来てがいないではないか。


 ちょっ、ロミルダ、なんで聞こえて――痛っ! いや、だから殴るな! なに? 余計なお世話? いや、そうはいうがな、もうお前も20になるだろう。行き遅――ぐふっ!? お、おま、腹はやめんか。朝食がでちゃうだろう!!


 は? 決めた相手がいる? 誰だ! それは一体誰だ! お父さんがきっちりと見定めてくれる。


 ん? なんで指差しているんだ? ここにいるのか?


 ……アマデオ? いや、もの凄い勢いで首を振っているが。


 は? これから口説く? いや、お前な。え、なに、アマデオに惚れてたの?


 急に赤くなって乙女みたいにもじもじするな。いつも殴っ――ぐはっ!?


 おま、舌を噛んだぞ。


 ま、まぁ、アマデオなら私はなにも文句は云わん。ただ、ラウルとの話は付けて置け。いや、そういう関係じゃないから。青くならなくていいから。ほら見ろ、アマデオもそんな風に思われて、心底嫌そうな顔を……いや、お前、嫌われたとかいって絶望的な顔をするな。


 あぁ、我が娘ながら面倒な。


 アマデオ、娘をやるからどうにかしてやってくれ。これの性格は知り尽くしているだろうし、結婚相手でも問題ないだろう?


 いや、兄妹同然にしてきたから、そういうことを考えたことが無いっていうのも分かるが、まぁ、男と女として付き合うことから初めてくれ。


 気持を整理する時間が欲しい? わかった、じゃあ、ラウルと一緒に、支店を出す町に一度行って、そこで落ち着いたらここに戻ってくれ。な。頼むから。


 そうしないとコレの貰い手とかいそうにないし。見てくれは美人なのに男勝りすぎてなぁ。



 ★ ☆ ★



 恋は盲目、と、イッコ様がいってらしたが、まさにそうだと思い知った。


 危うく商会が傾き兼ねん事態になりそうだった。


 いや、ロミルダが本店を放り出して、ラウルと共に行くといいだしたのだ。


 正確にはアマデオと離れたく……いや、逃がさん、ということだろう。


 さすがにロミルダに抜けられては商会が回らん。既にロミルダを商会長、会頭とした体制となっているのだ。ここで先代の私を担ぎ出されても混乱するだけだ。


 だから私は口実をつけて逃げた。


 ラウルがしでかさないか心配であるから、監督兼補佐として、ラウルについていくと。もちろん、これでロミルダは本店から気楽に離れることはできん。


 半ば逃げるようにも思える形で、私と妻はラウルについて王都を出た。


 さて、この年になって新天地に向かうことになるとは、まだ私の人生には一波乱ありそうだ。


 それも行く先は神のお膝元。


 いったいどのような町であるのか。


 揺れる馬車から遠くになっていく王都をみながら、私はひとり心躍らせた。


※誤字報告ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ