06 さぁ、お姉ちゃんの復活の時だ
私はいま抱きしめられている。
見ず知らずのお姉さんに。
というか、ここ、拠点の庭なんだけれど!? ってゆーかさ、ここに来られるのって、どう考えても神様関連しかないんだけれど、このお姉さん、大神様じゃないよね!?
え、誰!?
見たところ、30前後……いや、もうちょっと上かな? 年齢がいまひとつ判別できないんだけれど。いわゆる美魔女なんてよばれる女性な感じだ。
黒髪黒目で、私同様の長身。なんだかマダムなんて言葉が似合いそう。もしくはドミナ。
黒いドレスだし。繊細なレース編みが素敵だし。なんか、煙管とかを吹かしてアンニュイな感じでいたりすると、如何にも絵になりそうなお姉様なんだけれど。
ほんと誰?
「地球の。そのくらいにして置いたらどうだ? 嬢ちゃんが目を白黒させておるぞ」
聞き覚えのある声が聞こえ、どうにか視線だけそっちにむける。
うん。なんとか見えた。
そこにいるのは着流しマッチョのお爺ちゃん。
大神様だ。
って、え? いま「地球の」って云ったよね? え、もしかして地球の神様!?
私は漸く離れてくれた有閑マダムを見つめた。
「あのぅ、メイドちゃんから聞いた話だと、最近は“おネェ”の姿がお気に入りだったのでは?」
「時々地上に降りて過ごすんだけれど、そっちの姿だと面倒が多くてねぇ。駅のホームとか、信号待ちをしていたりするとやたらと声を掛けられるのよ。『3万でどうですか?』とか訊かれた時には、どう対処すべきか頭を抱えたくなったわよ」
うわぁ……。そういう人って本当にいるんだ。いや、いるのは知ってるけど、そうやって積極的に声をかけるんだ。
っていうか、3万ってどうなんだろう? 高いんだか安いんだか。
以前と同じ姿の大神様だけれど、有閑マダムな地球の神様と並ぶとすごい異様だ。
なんで2メートル近いマッチョ爺なんて姿を選んだんだろ。
……自在に変更できるって考えると、神様の姿ってアバターみたいなものなのかな?
あれ? ってことは、私も変えられる? いや、姿を変える気はないけど。
「地球のほうはどうじゃ?」
「問題ありませんよ。確か、旧地球だと今時分は三次大戦中で、散布されたBC兵器が蔓延していたのでしたかしら?」
「先代の地球の神は匙を投げておったな。いまにして思えば、半ばやけになっておったのかもしれん。なにせその頃にこ奴の元を創り出しおったからのぅ」
「大神様、指を差さないでください」
メイドちゃんが不満そうな声を上げた。
「マスター。必要な物は揃いました。なぜか地球の神もおいでですが、問題はありません。はじめましょう」
え、あ、うん。
いや、なんでいるのか聞かなくていいの? いや、どうせ暇つぶしですって。なんだか地球の神様にも厳しくない?
まぁ、いいや。
私は庭先から旧練兵所へと歩き出した。
お姉ちゃんを復活させる場所は、私のリスポーンポイントの隣。リスポーン場所があっちこっちにあったりすると面倒だからね。移動もできるけれど、正直、最初っから指定できるのなら、それは無駄な労力でしかないもの。
そうそう、ローのリスポーンポイントもここにある。ちょっと離してあるけれど。ローは地上で復活させたんだけれど、塔一階の入り口辺りだからね。まさかあの場所に素っ裸で復活なんてしたら――まぁ、ね。色々と大変なことになるから。
そしてリスポーンポイントの変更は地味に面倒臭かった。
私は定位置についた。
さぁ、お姉ちゃんの復活の時だ。
人ではなく、仙人として復活させるから、ちょっとばかり大変だ。
使う権能は“生命”“雷”“時間”“空間”のよっつ。お姉ちゃんの復活のためのエネルギーの大半をDPで賄う。少なくともDPの桁が10個くらい減るレベル。そう、少なくともだ。
尚、復活の術式の制御の補佐は【管理システム】に任せる。
いや、どちらかというと、制御の補佐は私か。術式の中核は私だけど。
今にして思うと、私の時は【転移転生システム】から【管理システム】に途中から権限が移っちゃってたんだね。私が祖竜討伐で得た存在質量を奪っちゃったから。……奪ったというか、棚ぼたで貰っちゃったんだけど。
あれ? でもなんで私神様になっちゃったんだ? 多分、亜神で止まったんだよね? (ちなみに、進化の過程は次の通り。人間族→上位人間族→真人族→上位真人族→仙人→亜神)
延々と《進化できません》って云われてたし。いきなりそこを突破したわけだけど。普通は存在質量が足りていても、なれるもんじゃないらしいし。
そうなら、あの祖竜が神になっていたはずだしね。不老不死を目指してたらしいから。
……考えたところで分かんないか。
よし、はじめよう。
「大神様、お願いします」
「うむ。では、預かっていた嬢ちゃんの姉の魂を渡そう」
大神様が私に握り拳大の珠を渡した。
魂の大きさは心臓の大きさと同じである。
そんなことを聞いたことがあるけど、まさにそんな大きさだ。
魂、とひとことでいっているけれど、実のところはちょっと違う。【魂】という核と、それに付随する記憶のデータ。
このふたつがひとつとなったものだ。ちなみに、このふたつを一度でも分離したりすると、人格が大変なことになるらしい。あと、記憶喪失になったりもするとか。
頭を打って記憶喪失とか、性格が変わったというのは、【魂】にダメージが入ったということなんだろうか?
このあたりのことは良くはわからない。【管理システム】も詳しいところは説明をしてくれなかったからね。
よし。さぁ、はじめよう。
「【管理システム】、はじめるよ。お願い」
《畏まりました》
神様2柱とメイドちゃん、そしていっ子とにっ子、先生が見守る中、私はお姉ちゃんの復活を開始した。
やることは単純だ。私も基本的にダンジョン・コア同様にエネルギータンクだ。ただ、各権能の出力と構成と組み方の制御は私が行う。
それをどう行うかを【管理システム】から指示されているわけだけれど、その指示は言語的なものではなく、イメージ的なものだ。実際、そうじゃないとまるっきり伝わらないし、伝えようがない。
そのイメージに合致するように権能を操作するわけだけれど、なんか、イメージが緻密すぎてえらく難易度が高いんだけれど!?
いや、人ひとり頭っから創りあげようっていうんだから、そうもなるか。
モンスター構築だと、この辺のことはテンプレ化してあるから楽だったんだけれど。
あぁ、そうか。それと量産機みたいなものだから。今回のこれは、お姉ちゃんに合ったオーダーメイドみたいなものだし。それに神の座まであと一歩なレベルで創りあげようっていうんだもの、そりゃ難易度が高いよ。
それに【魂】とのリンクの構築とか、疑似魂と違い【記憶】がくっついていることもあって、難易度が跳ね上がってる。
そう、本当に繊細な制御が要求されるのだ。しくじって【魂】を傷つけるわけには絶対にいかない。なのに、全力の出力でやらないといけない。
正直、すっげぇ辛い。でもやんなきゃならない。つか、やってやらぁ!
集中し、力場を構成し、半ば安定したところで――
「あ、そうだ。お土産があったのよ」
は? いや、地球の神様? なんでこのタイミングで!?
なんかゴソゴソしてる雰囲気がわかるけど、そっちに注意を向けられる状態じゃない。
「放り込むわねぇ」
ちょっ!?
なんだかよくわからない塊を、今まさに構築中の力場の中に放り込んだ。
って、なにこれ、圧が一気に増えたんだけど!?
ひょええ! 力場増築! 増築っ! 壊れる! 壊れる!! なにを入れたんですか神様―っ!?
《信仰が規定値を超えました。対象の神化を開始します》
ふぇっ!?
思考が止まった。
え、どういうこと――って、混乱してる場合じゃない! さらに酷いことになった!
あああ、維持するだけで精一杯じゃん。つか、もう完全に私の手から離れちゃってんだけれど!? 術式の制御構成するだけの道具みたいになっちゃったんだけれど!
大丈夫なの? 大丈夫なのこれ!?
あああ、【管理システム】、無茶なことを要求しないでよ。ひぇぇ。
お姉ちゃんの【魂】、大丈夫だよね? 大丈夫だよね!? うん、【魂】を包んである防護結界は壊れてない。壊れてないから、多分、大丈夫?
……。
……。
……。
畜生! もしこれで失敗して、お姉ちゃんが完全に死んじゃったら刺し違えてでも殺してやる!!
《外殻の構築成功。インストール開始》
な、なんか予定に無い単語が聞こえてくるんだけど。外殻ってなによ。って、結界が壊れたぁぁぁっ!!
《インストール完了。魂の変性を開始》
だ、大丈夫みたいだけれど、変性……。聞いてはいたけど、どうにも怖いな。人から別の魂へと変える行程。今回は仙人だったんだけれど、さっき神化っていってたよね。亜神をすっとばして神化って!
正直、神化となると完全に私の管轄外だ。“神化”の管轄は“世界”の領分だ。だから現状この作業を行えるのは、“世界”と繋がっている【管理システム】だけってことになる。
実際、私の神化を行ったのも【管理システム】だし。
というかさ、なんで一気にそんなことに――って、地球の神様が放り込んだ“信仰”が原因だ。
……は? 信仰? なんの信仰をいれたのさ!!
私たち姉妹がその類を徹底して嫌っているのは知っているだろうに!!
《告:我が神に進言します。雑念が術式に影響を及ぼしています。このままでは力場が崩壊します》
!?
し、集中しないと。
《変質作業に並行し、肉体構築を開始します》
【管理システム】の声が響く。
ぐ。一気に私の負担が増えた。私の中身が引きずり出されて消えていく。
神の権能は自身の存在を消費して使うものだけど、ここまで酷いのは初めてだ。転移ゲートを開いたりするのはおにぎり3個分くらいの感覚でできるのに。
私は思わず歯を食いしばる。
もう余計なことを考える余裕なんて持てない。集中。集中しないと。
伸ばした手の先。そこで嵐が吹き荒れるように渦巻くエネルギーの塊を見つめ、私はゆっくりと自身を落ち着けるように息をひとつ吐き出した。
★ ☆ ★
「地球の、大丈夫なのじゃろうな?」
「問題ありません。集まっていた信仰は旧世界を半壊させた神に近しいものですが、その方向性は分散したもの。神に至り様のない、無意味な代物です。かつてのように、イカレタ神となることはありません。あれは唯の“信仰”という名のエネルギーでしかありません。
それに、あれは雪歌ちゃんが受け取るべきものでもありますから。親和性にも問題ありません。
まぁ、私も捨てるに捨てられずに困っていた――代物でしたから、有効に活用しようと持ってきたのですよ」
大神様が目をこれ見よがしに細めました。
「お主、いま“廃棄物”と云おうとしたじゃろ」
「さて、なんのことでしょう?」
「地球の神よ。あなたが何をしたのかいまので凡そ推測がつきました。この事に関しては抗議ではなく、実力を以て報復すると宣言します」
「え、ちょっ、待って、待って、悪いことじゃないのよ!?」
「ですが、持て余したゴミを、ついでに処理できると、マスターを利用したのでしょう?」
私はマスターの記憶の表層部分だけですが、持っています。ギフトとなった際、マスターの情報を得るために行われた処理です。
ですが、システムがそれを行ったにも拘らず、姉様に関する記憶のほぼすべてが私には共有されていません。
その部分は強固に守られ、システムですら関与することができなかったのです。
それほどまでにマスターが大事にしていた姉様に対するこの仕打ち。
私は地球の神を睨みつけました。
「なにかしらの別の理由があったのかもしれませんが、それを秘匿し、こうしてテロリズム、或いは愉快犯の様に面白半分で行うなどと、絶対に許す訳には参りません」
「お、面白半分じゃないから。嘘じゃないわよ。だから――大神様!!」
地球の神が慌てふためきながら大神様に縋りついた。
「まぁ、完全に神として安定した以上、嬢ちゃんに勝てる管理神はおらんわなぁ。見たところ複数の権能をまとめて扱っておるし。完全に儂の手に余る神になったのぅ。
ほれ、喜ぶがよいぞ。その素地を作ったのは紛れもなくお主の管理する地球じゃからの。甘んじて滅ぶがよかろ」
「いやぁーっ!!」
あぁ、これが“フランケンシュタイン症候群”というものですか。ざっくりいうと、創造物に殺される恐怖に陥るという奴です。
マスターは完全に規格外の神ですからね。ご自身はそのことをさっぱり自覚していませんが。まぁ、自然体であるほうが“やらかし”は少ないので、態々知らせることもありませんね。
マスターの作業を確認します。
DPがごっそりと減った上に、マスターの存在質量もゴリゴリと削られています。
これ、マスターが神として安定していなかったら、大変なことになっていましたね。最悪、失敗して姉様と一緒に滅びかねません。
それにしても、こんな異常な状況なのに、よくもまぁマスターは状態を維持していられるものです。これ、ただの感覚、勘のみで制御しているのですよね? 「空間把握とかは得意だよ」と云っていましたが。
性別で空間力に関しては得意とするものの差異があるものですが、マスターは性別関係なく双方が得手とする空間認識ができているようです。
これを見ると納得しますね。
とはいえ、各種権能を併用しつつ精密操作なんて無茶をしていますから、マスターの負担が予定よりも遥かに酷いことになっています。
本来なら“世界”が行うべきことを、その一部とはいえ一介の神が行っている時点で、無茶苦茶なのですから、これも当然といえます。
人間が超能力を使って手元で核融合を行っているようなものですからね。しかも暴走させずに安定させた上、周囲に一切の影響を与えずに。
渦巻いていた力場がクリアになり、マスターの時と同様に黄金の繭が形成され――あ、あれ?
繭が形成されず、周囲に糸状に物質化した力場が渦巻く中、軽く手を広げたような姿勢の少女の姿が現れました。
★ ☆ ★
急に圧が消失した。
まるで、お隣が全焼した時の炎の熱気のような感じがあったんだけれど。
力場内の光が落ち着いて、金色の糸がまばらに舞っている。それは私が入っていた繭を構成していた糸と同じものだろう。
ただ、繭にならずに、光る人型の周囲をくるくると流れるように回っている。
《異常発生。余剰エネルギーが急速に消失しています》
は? え? それは異常なの? 余剰分を問題なく処理出来ているのであればいいので――いや、ダメか。原因不明とか怖すぎる。どうなってるの!?
《原因判明。対象が余剰エネルギーを吸収しています》
は? お姉ちゃん!?
やがて光が収まり、その人型の姿がはっきりとする。
真っ白な肌、真っ白な髪、そして完全に発育不良な小柄な体。
私と並んで歩けば、姉妹逆転して勘違いされること間違いなしの姿。
ぱちりと目を開く。
血の色を映した真っ赤な瞳。
復活の術式が完全に終了し、舞っていた糸が落ちる。
「雷花ちゃぁぁぁぁんっ!!」
とん。と、降り立った途端、お姉ちゃんが私の名前を叫んで飛びついてきた。
あぁ。お姉ちゃん。お姉ちゃんだ。はは、相変わらずちっちゃいし軽い。
抱き着かれ、私は尻餅を突くように崩れ折れた。
さすがに力を使いすぎて、足がプルプルとしている。体に力もあまり入らない。
それ以上に、すごく眠い。
あぁ、でも、これだけは云わなくちゃ。
「お帰りなさい、お姉ちゃん」
そう云ったところで――私の視界は暗転した。
※誤字報告ありがとうございます。




