03 親分さんの事情
さすがに今回の失態の責任はとらんと、一切の示しがつかん。
周りは反対したが、俺はここまでだ。
引退を決意し、若頭にトビアスの名を譲る。
長いこと組頭の椅子に座っていたが、これで肩が軽くなるってもんよ。
おいおい、これからはお前がトビアスだ。俺はもうヴァルデマールだ。ヴァルおじさんでもマールおじさんでも、好きな方で呼べ。
……よりによって親父って呼ぶのかよ。まぁ、いいけどよ。
これからか?
あぁ、姐さんについていこうと思ってな。向こうは無い無い尽くしっていうじゃねぇか。俺でもなにかしら手伝えることがあるだろうよ。
それに、娼婦の娘っ子どもにもまとめ役の男は必要だろ。女ばかりじゃ舐められるからな。
ん? 落ち着いたら何人か寄越す? あぁ、向こうにトビアス一家の分家を作っとくのもいいかも知れんな。
つーことでだ、姐さん。よろしく頼む。
「また勝手に決めたねぇ。まぁ、いいけど。まさか出立の挨拶に来たら、一緒についていくなんて云われるとは思わなかったよ」
「娘っ子たちだけじゃ、そっちについてもまともに動けんだろうからな。女主人はいるが、まだぺーぺーだ。まとめ役くらいは俺でもできるからな」
まぁ、こんなことを云ってくっついてきたが、ほとんど方便だ。
実のところは、新しくできる町ってところで、人生をやり直したいってところだな。いや、確実に発展することが分かっている町の成長していく様を見たい、というのが正直なところか。
トビアス一家初代トビアスの話は、うちの連中はみんな聞かされてる。末端の新参者はともかくとしてだ。
国の黎明期から有料で正義の味方みたいなことをしていた初代が、裏社会の顔役になる話だ。この話は聞いていると凄く楽しそうなんだよ。それがリアルで始まる場所だ。知ってるヤツなら誰でも行こうって気になるもんだ。
実際、こっちが落ち着いたら俺たちも行きやす! って、側近兼護衛だったふたり、ドミニクとカイが宣言したからな。
どうしたものかと若頭……と、いまはトビアスだな、を見ると、苦笑して肩を竦めやがった。
ドワーフらしく髭面だが、下あごの中央だけ髭を剃っている変わり者だ。おかげで海獅子なんてあだ名が付いたくらいだ。左右に垂れた髭を三つ編みにするセンスは俺には分からん。そして半端に禿げたわけでもないのに、頭をつるつるに剃っているのも俺にはわからん。
まぁ、俺より遥かに優秀だし、問題無かろう。その理解できん趣味以外は。
娘っ子どもを連れて、姐さんたちの仲間と合流した。結構な人数だが、それ以上にその面子に驚いた。驚き過ぎて顔が強張ったくらいだ。今日ほど髭だらけの面でよかったと思ったことはないな。
ボナート商会の先代がいるのはまだいい。傭兵がいるのだっておかしくはない。だがなんで教会の護衛騎士や巫女がいるんだ? それ以上にどうして教皇様が同行しているんだ!?
ちらっと脇を見上げると、娘っ子共も思い切り狼狽えてやがる、まぁ、無理も無いな。畏れ多くてどうすりゃいいのかわからん。
ん?
「いっ子姉、みんな揃、った。そろそろふたりを、呼ぶ」
「そうですね。……えぇ、タイミングも問題なさそうです」
「ディー、ちょっと脇に退い、て」
「わわっ。申し訳ありません、お師匠さま!」
メイドと魔法師のふたりが話していた。多分、あのメイドが姐さんの姉で、この集団のまとめ役だろう。
「え? 手が!?」
娘っ子が声を上げ、俺は目を剥いた。
岳エルフの魔法師がお師匠さまと呼ぶ、まだまだ子供のように見える魔法師の娘の手が消えた。いや、手の消えた辺りが、まるで水面みたいに波紋が広がっている。
なにもない場所に手を突っ込んだ!?
直後、巫女の襟首を引っ掴んでその手がそこから引き抜かれた。巫女は後ろに引っ張られ、わたわたと転びそうになっている。
そして再度そこへ手を突っ込み、今度は神殿騎士の娘を同様に引きずり出した。
「ん。お疲れ。これから出発、する。【赤教】の馬車は、あっち」
あの魔法師の嬢ちゃん、マイペースだな。いまとんでもない奇蹟ともいえる魔法をつかったってのに。みんな目を丸くしてんぞ。岳エルフの魔法師は胸元で手を握り締めて目をキラッキラさせてるしな。
まぁ、出発時にそんなことがあったが、それ以外は問題なく、まるで隊商のような集団になった俺たちはロージアンに向けて出発した。
ロージアンへの道中はまったくなんの問題も無かった。
強いて云えば、旅をしているというのに、食事が充実していたということに驚いたくらいだ。
これが姐さんたちの常識なんだろう。俺たちの水準よりも遥かに上だ。
さすがに世話になりっぱなしはいかんと、下働きとしてついてきていた小娘ふたりが、イッコ姐さんの手伝いをしている。
見たところ、手伝いと云うか、色々と仕込まれているようにみえるが。このままだと、良いところ、大商人や貴族のメイドの仕事が出来そうなレベルに仕込まれるんじゃないか?
いや、出自が孤児な以上、そんなのはまず無理だが。
ロージアンに到着。だがロージアンでは一泊するだけで、すぐに出発した。食糧や水の補充を一切していないが、大丈夫なのか?
「あぁ、問題ないよ、親分さん。毎日補充されるから」
キューコ姐さんの言葉に口元が引き攣る。
これはあれだ、きっと訊いちゃダメな事に違いない。魔法師の嬢ちゃんのアレもあったし、多分、そういうことなんだろう。
そのロージアンを出ること3日。小さな農場? のような場所に到着した。時刻はもう真夜中近くだろう。
ホルスロー砂漠へと向かい進むため、移動時間を夕暮れ時からしていた結果、到着時間がこんな時間になったということだ。
農場のような建物の側には小さな……祠か? リザードマンや鬼族なんかが崇めてる土着宗教のミニ神殿みたいなものがあるが。
その前に子供がひとり。
イッコ姐さんと話しているところから、身内のものなんだろう。
「あれはよっ子姉さん。私たちの姉のひとりだよ」
は? 姉?
「あぁ、私たちは人間じゃないからね。みてくれ通りの年じゃないよ」
いや、キューコ姐さん、そういうことをサラっといわないでくれ。俺もいい年で、そんなに考えが柔軟じゃねぇんだからよ。
見ると、ふたりの会話にボナートの先代が加わっているな。ふむ、ってことは、なにか利になる話ってことか。俺もちと首を突っ込むとするか。
……。
……。
……。
この場所がなんなのか判明した。目的地である町への入り口ともなる場所だ。
いまひとつ理解できていないが、ここから馬車のようなものでホルスロー大砂海のど真ん中にある町へと行けるのだそうだ。
ボナートの先代曰く、ここは発展する! とのこと。いま出来ているのは、馬車の発着場と整備場だけだ。それも発着場としては結構な規模のものだ。
先代は行く先にあるダンジョンの町が必ず発展すると読んでいる。その見解には俺も同意だ。キューコ姐さんから大まかなことは聞いたからな。
となると、こことロージアンの行き来も多くなるだろう。当然、道中は荒れ地を進むわけだから、この発着場は否応なく流行るはずだ。砂漠の端とはいえ、既に緑の無い場所を3日も進む行程だ。ガタも来るってもんだ。それを放置して馬車がいかれたりしようもんなら、最悪、馬車を捨てるしかねぇからな。
もちろん、ここに整備士だのも常駐することになるだろうし、あれやこれやで商売をはじめる者もでてくるだろう。そうすりゃ、おのずと人が集まり、小さな村くらいにはすぐに発展する。
早いうちに荒事に対処できる組織を作っておけば、安泰ってことになるな。
トビアス一家がこの場所の警護を請け負うと提案する。あっさりと認められた。
いや、いいのか? あまりにもあっさりし過ぎてないか?
「きゅー子が認めているのですから問題ありません。それと、こちらからも警備は出していますから。姿は見せていませんが」
イッコ姐さんがそういった直後、いつの間にか姐さんの肩の上にいたスライムが変形して、まるで敬礼するように手? を上げていた。
「この場所にいるスライムは私共の仲間ですので、討伐しようなどと思わないようお願いします。いろいろ保証できません、いえ、保証しませんので」
真面目な顔で説明するイッコ姐さんに俺は頷いた。
ひとまず、トビアス……慣れねぇな。海獅子に手紙をだしてここに人を送るように云っておこう。スライムの件に関しては、しつこく書いておかねぇとな。
荷物を降ろし、長い階段をくだる。ヨッコ嬢ちゃんが、もっと楽にできる用に改善するとかなんとかブツブツといっている。
俺たちは移住するようなものだからな。引っ越しということで荷物も多い。とはいえ、家財道具の大半は向こうで用意できるとのことだから、必要なものだけを厳選して持ってきただけだ。だが、それでも多い。
その内、町に向かう人を階下に集めた後、階段をスライムが覆いつくし、そこに荷物を置くと転げ落ちることもなく、一定の速度で階下まで運ばれるようになった。
……こいつらは、本当にスライムなのか?
「さっすがは、おか……マスターの創り出したスライムさんたちだよねぇ。色々と規格外だ」
ヨッコの嬢ちゃんが苦笑いしている。
「当然でしょう。よっ子のカラッパなど、いい例でしょうに」
「あっはははは。それもそーだ」
カラッパというのがなにかは分からないが、このスライムがかなりおかしな存在なのはわかった。
上では荷物をナグ姐さんとルーティ姐さんがスライムの階段にまで運び、下ではきゅー子姐さんといっ子姐さんが、壁に開いた扉の向こうへと運び込んでいる。
いずれも結構な大きさの木箱だが、ひとりで軽々と運んでいる。
荷物の積み込みを終え、イッコ姐さんが脅して神殿騎士の鎧を除装させたのち、この“ものれいる”とかいう乗り物に乗る。
壁に等間隔で開いた戸口の向こうにあるようだが、その乗り物の入り口と戸口が綺麗に並んでいるため、その外見がどうなっているのかは、いまひとつ分からなかった。
中に入ると、二人掛けの椅子が等間隔に、左右に並んでいる。椅子の座り心地は素晴らしいとしかいえない。
手触りの良い臙脂色の布で覆われた椅子。その座面は驚くほどの弾力と程よい硬さをあわせもつものだ。その座り心地の驚いていると、聞きなれない音がして扉が閉まった。
そして、ガクンとした軽い振動と共に、この大きな細長い部屋事態が動き始めたことを感じる。
な、なるほど、馬車のようなものか……。どこが馬車だ! こんな揺れのない馬車があってたまるか!
これだけのものを作り上げるという姐さんたちのマスターという人物が何者であるのか、好奇心がそそられはするが、それ以上に恐ろしくもあるな。
「――到着予定は明日朝となります。それまでどうぞお休みください」
ヨッコの嬢ちゃんが丁寧に説明をしている。
ふむ。とはいっても、この2日は完全に昼夜逆転していたからな、そうすぐに眠くもならないだろう。
そう思っていたが、背もたれを倒す方法を教わり、ゆったりとした気分になったところで、俺の記憶は途切れた。
気がついた時には町に到着していた。
ものれーるから外に出ると、あの“駅のホーム”とやらと同じ場所だ。いや、階段の位置が逆だな。
階段を登り地上へとでる。するとそこはだだっ広い平地だった。そこかしこに建物がみえるが、空き地がそこら中にある。そして左方やや離れたところに神殿が聳えている。あのシンボルは……【黒教】か。反対側にも同じ作りの神殿があるが、シンボルまでは遠くて確認できんな。
ぐるりと辺りを見回し、間抜けなことに俺がそれに気付いたのは一番最後だった。
すぐ隣に聳えていたそれ。あまりにも巨大で、馬鹿みたいに口をあんぐりと開けて見上げるほどに聳える……塔?
「親分さん、これがマスターが創ったダンジョンだよ。初心者用のダンジョン」
は?
俺は間の抜けた声を上げた。
この馬鹿げた規模の塔が、初心者の戦闘技術を鍛えるための塔だと、キューコ姐さんが説明する。更には、死ぬことは絶対にないという。
俺たちは指示されるままにその塔へと入り、身体検査というのを受けた。要は、俺たちが知らず知らずのうちに病気に掛かっていないかを調べた……のか?
ナナコっていう、これまたキューコ姐さんの姉が、みんなひとりひとりと面談したから、少しばかり時間が掛かった。
日々の食事内容とかを訊かれたな。それから木槌で膝下あたりを軽く叩かれた。なんでもあれで病気が分かるんだと。
叩かれるとビクン! と足が勝手に蹴るように跳ねた。後で聞いたところ、下働きの娘っ子のひとりは、叩かれてもそんなことにならなかったそうだ。
食後にひとつ舐めろと、飴玉みたいなものが入った入れ物を渡されたそうだ。
なな子姐さん曰く「肌が綺麗になる効果もあるけど、私が云った以上に舐めたりしないこと。そうすると今度は肌に染みができて取れなくなるからね」と、娘っ子を脅していたそうだ。
この薬を貰った者は、他にも数人いたようだ。
その後、準備されていた朝食を食べるために、別の建物へと移動した。
今後、この町で営業する飯屋だそうだ。
中にはいると、すでにテーブルには食事が並んでいた。
【赤教】の教皇様がいらっしゃるからだろうか。席についても誰も食べ始めはしない。
教皇様の「いただきましょう」の言葉で、皆の食事が始まった。
……美味い。そうとしか云えん。下手にとりつくろった感想は、これらの料理に対する侮辱だ。
野営での食事も異常なレベルで美味かったが、これはそれ以上だ。だが、それもそうだろう。野営という状況でこのレベルの料理を出せというのが、土台無茶な話ってことだ。
くっ。それにしても、まさか葉っぱがこんなに美味いとは。ただ青臭くて苦いだけだと思っていたのに。
青い葉っぱに半透明の葉っぱ? 赤い実と黄色い粒。そしてカリカリに焼いた肉。
この掛かっている汁のせいか? いや、それだけで青臭さが消えるとは思えん。それにこの刻まれてカリカリ焼いたこの肉の風味がすごい。こんなに細かいのに、存在をしっかりと主張している。これと葉っぱを合わせて食べるともう、美味いとしか云えん。
「マスターがちょっと意外に思っているよ」
給仕をしているキューコ姐さんが追加の皿を並べつつ、そんなことを口にした。
最初、娘っ子共が手伝うと申し出たが、「今は食べることがキミたちの仕事。もしこれ等を食べて、料理に興味がでたら云いな。修行できるように取り計らうよ」といって、一蹴されていたな。
しかし、意外とはどういうことだ?
「いや、サラダがこんなに人気になると思ってなかったみたいだよ。一応、あまり敬遠されたりしないように、肉の入ってるシーザーサラダにしたわけだけれど。まぁ、朝食だから、そんなにがっつりした料理はだしていないけれどね」
姐さんはそういって、空になった皿をまとめて運んでいった。
ふむ。確かに。並んでいる料理はこのシーザーサラダと、黄みがかった白いスープ。肉と赤い果実? と卵を合わせたような料理。そしてパンが2種類。四角い板のようなパンと楕円の捩じったようなパンだ。最後にデザートとして切り分けられた黄色い果実。そして付け合わせだろうピクルス? だ。
パンに関しては……これをパンと呼んでいいのか? これがパンだとしたら、いままで俺がパンだと思って食べていたアレはなんだ?
丸い方は柔らかく、しっとりとして甘みがある。
既に焼いてあるというのに再度焼いて、バターを塗った四角いパンなどまさに衝撃的だ。焼いたカリカリ感とバターを吸ったしっとり感、そして中のふんわり感とが一体となっている。
食事が始まっているというのに、感嘆の声は時折聞こえはすれど、おしゃべりの声が一切しないのは、まさにこの料理の威力だろう。
「ちょっとお邪魔するよー」
濃厚なとろりとしたスープに舌鼓を打っていると、背の高い黒髪の娘がイッコ姐さんとやってきた。
なんでも俺に話があるようだ。
……。
……。
……。
あぁ、俺がトビアス一家の親分だったからか。地回りのことで確認に来たようだ。
まぁ、地回りは不要と、真っ先に云われてしまったわけだが。代わりに別の案をだしてくれた。
「警備会社……っていっても分からないか。えーっと……用心棒を派遣する組織を作ってみない?」
は?
俺は首を傾げた。
詳しく訊いてみる。
地回りはあれだ、地域の店をまわってみかじめ料を貰う代わりに、起こるトラブルを解消するってヤツだ。正直なところ、そのやり方は暴力での強制のようなもんだ。だから評判はあまりよくはない。だが頼っておかないと、ロクなことにならないというものだ。金を出さなきゃ嫌がらせをする、と云ってるようなもんだからな。ウチは嫌がらせなんぞはしなかったが、他所は酷いもんだったからな。
この姐さんもそれを良く思っていないらしい。そしてその対案として出されたのがこれだ。
対象の店と契約し、契約期間中、用心棒をその店に派遣して、荒事に対処させるというものだ。
「地回りって云ったって、問題が起こったその時にすぐ駆けつけるものでもないでしょ。これなら問題なし」
姐さんがニタリとした笑みをつくる。
確かにそうだ。それにこれなら、地域住民と険悪な状況になることもないだろう。ただ、人手がかなり必要となるが。
「おじさん、名前は?」
「ん? ヴァルデマールだ」
「おぉ、いい感じのどっしりした名前だね。うん。それじゃ【ヴァルデマール警備保障】って名前で、用心棒派遣商会を起ち上げよう。その商会の用心棒だって分かるように、しっかりとした制服もつくろう。その辺のチンピラと混同されると困るからね」
「え、いや、ちょっと姐さん!?」
さすがに俺は慌てた。
「ホルスロー大砂海入り口駅のところにつくった、馬車の発着場の警備をしてくれるんでしょう? しっかりやっとかないと、面倒臭い連中に入り込まれるよ。
それを始末して証拠を隠滅するとか面倒なんだからさ」
いや、確かにそうなんだが。って、なにか凄ぇ不穏なことをサラっと云ってないか!?
「それじゃ、細かいところはきゅー子と相談して決めてね」
黒髪の姐さんは手をひらひらとさせると、イッコ姐さんと別のテーブルへと歩いて行った。
「旦那?」
娘っ子たちが心配するような、或いは困ったような顔で俺をみている。
あぁ、そういや、なにをやるかも俺は決めていなかったんだ。丁度いいじゃねぇか。
こうして、俺は用心棒派遣商会を起ち上げることとなった。




