※ 6人の実験台
※ 7章02冒頭のエーデルマン子爵家からの追っ手の話。
チッ。いったいどこまで逃げたんだよ。
俺たちは賊を追っていた。
ドワーフとメイドのふたり組という、おかしな組み合わせの賊だ。
一晩、騙し騙し馬を走らせ続け、俺たちはついに追いついた。
どうやら賊は、野営中の集団に紛れたようだ。それとも仲間か? どうでもいい。俺たちの仕事は、賊を始末することだ。
俺たちに気が付いたのか、メイドがひとり歩いてきた。その手に長い棒を持って。
ははっ。そんなもので俺たちの相手をしようとは。まぁいいさ。とっとと無力化して、ヤることをヤって殺してしまおう。
★ ☆ ★
目が覚めた。
固い地面……いや、床にうつ伏せで倒れている。
体は動かさず、そのままの体勢で見える範囲だけでも様子を伺う。
なにもない。気配もない。
体の状態を確認する。どこも痛みはない。手足も問題なく動くようだ。
俺は身を起こし、あらためて周囲を見渡す。
なにもない殺風景な部屋。だが、石造りと思われるその部屋は、石を積んだような継ぎ目が一切ない。漆喰の類で塗り固めたようにも見えない。
一枚岩をくりぬいて作り上げた部屋? そんな馬鹿な。
天井を見上げる。そこには紐で吊り下げられた皿? のようなモノがぶら下がっている。そしてその皿の中央に光る珠がくっついていた。その珠がこの部屋を照らしているようだ。
そして頑強そうな木製の扉がひとつ。
自身の状態を確認する。鎧は問題ない。鎖帷子に胸甲。篭手に脛当てと、意識を失う前と一緒だ。だが武器はない。
意識を失う前のことを思い出す。なにがあった?
追いついたのは覚えている。そしてメイドが棒なんかを……あぁ、舐め腐った結果、俺たちは瞬殺されたんだ。
クッターの奴が足を払われ転倒、側頭部を蹴られ昏倒。アヌジンは喉を突かれ悶えたところを鳩尾を突かれ、これも昏倒。コエルは頭を叩かれて、これも昏倒。ペルロは腹を突かれたあと、そのまま棒で吊り下げられるように投げられ、倒れたところに【マジックミサイル】が集中して……あいつ、生きてるよな? そして俺、サバーカは、何をされたかわからないが、気がついたらここで倒れていたというわけだ。ゴスの奴はどうなったのかはわからないが、多分、奴も瞬殺されただろう。
部屋の真ん中に座り込み、再度あたりを見回す。
監禁されているのか?
どれくらい座っていただろうか? なにも変化はない。こうやっていても仕方がない。
俺は立ち上がると、目の前の扉に手を掛けた。
扉はあっけなく開いた。
「は?」
そして間の抜けた声をあげた。
扉の向こうには道が伸びていた。一本橋のような道が。その幅は、丁度、人ふたりが両手を広げた程度だろうか。そして、壁はなかった。それどころか遠くに壁が見えるだけで、なにもない。上を見る。遠くにみえる壁が見えないくらい上にまで聳えている。それが円形に見える。ここは塔のようなものの中央ぐらいにあるのだろうか。
下をみる。道の端には見えない壁があるようで、真下を見ることは叶わなかったが、それでも見えないくらい深いのはわかった。
周囲を見回す。道は途中で別れ、あちこちに伸びていた。その途中途中に、箱のように見えるモノがある。おそらくは部屋なのだろう。丁度、俺がいまでてきたような。
もしかしたら、向こうに見える部屋に仲間の誰かがいるかもしれない。
俺は通路を歩き始めた。見えない壁で落ちることはないのだろうが、どこかが一部だけ壁が無いなどという心配もある。俺は壁に手を触れながら、急がずに、慎重に歩き始めた。
次の部屋と思われる場所まであと半分というところで、俺は変な生き物に遭遇した。
それは葉の上に転がる朝露のような形状の、青く透き通ったなにか。サイズは人の頭ほどだろうか。そのややつぶれた半球形の何かをみて、スライム? などと思いもしたが、スライムはもっとこう、デロデロと溶けたような見た目のハズだ。それになにより、顔なんてない。
いや、あれは顔か? 目と口を模した様に、黒い棒線がついている。しかも感情を現わすように、それらが点になったり、円を描いたりするのだ。
いや、なんなんだよ、こいつ。
てぃん、てぃんと、妙な音を立てつつ近づいてきたそいつは、いきなり体当たりをして来た。
って、痛っ! 予想外に痛いぞ。てめ……あぅっ! ちょまっ! ちっ、撤退、撤退だ! 慌てて俺は通路を逆戻りした。そして部屋へと逃げ込む。
扉を閉めてしまえば安心だ。
そう思った。
部屋の中に、顔付きスライムがいた。それも3匹。
嘘だろ!?
扉を開けた。スライムがいた。当たり前だ。跳び越えて逃げ――
……。
……。
……。
目が覚めた。
俺は床にうつ伏せで倒れていた。
ガバリと起き上がり、俺は慌てて周囲を見回した。
なにも無い灰色の部屋。さっきと同じだ。
上を見る。灯りがぶら下がっている。
立ち上がり。もう一度あたりを見回す。なにも変わりは――あった。
壁の一部に“/”と刻まれていた。
なんだ?
まぁいい。次はあの変なスライムには遅れは取らない。4体もいたから袋叩きにされたんだ。1対1であれば、蹴たぐり続ければ勝てるはずだ。
今度は順調に進んだ。道は前回とは違ったものになっていたが、先を見通すことができるために、苦にはならなかった。だが仲間は見当たらない。代わりにというわけでもないだろうが、途中で剣と盾を拾った。これでまともに戦えるはずだ。
そして階段を見つけた。階段? 上を見たが、上の階なんてなかったぞ。まぁいい。登ってみよう。
階段を登る。そこは今までいたところと同じような場所だった。
わけがわからない。
下の階も探索しきっていない。戻ろう。
「……は? え? 階段は? え、嘘だろ!?」
階段が消えた。いましがた登ったというのに。
仕方ない。進むしかない。ここでも出て来るモンスターはスライム擬きだけだ。そう思い進んでいくと、火の玉が浮かんでいた。これもまた、スライム擬きと同じような顔(?)がついていた。
スライム擬きといい、こいつといい、妙に可愛らしいが、侮れない相手なのには違いない。1対1なら問題ないが、複数相手となると厳しい。特に、通路上で挟撃されたら絶望しかない。
先手必勝。両断して――
……。
……。
……。
目が覚めた。
俺は床にうつ伏せで倒れていた。
慌てて起き上がり、周囲を見回す。
“/”の記号が2本に増えていた。
もしかして、俺が倒された……死んだ回数か?
あの火の玉との最後の瞬間を思い出す。目の前が真っ赤に染まり、全身に焼ける熱さを感じた直後に氷のような寒さに襲われ気を失った。
俺はあそこで焼け死んだのだろう。
くっ……。本当にここはどこなんだよ。まったくわけがわからない。だが、ここにいても状況は変わらない。進むしかない。
前回と違い、剣と盾はしっかりと手に持っていた。死んでも失うことはないようだ。大丈夫、今度は最初から剣も盾もある。うまくやれる。
意を決し、俺はまた扉の向こうへと進み出た。
……。
……。
……。
くっそ。なんなんだよ、あの変な毛玉は!
2足歩行の……熊みたいなへんな生き物に殴り倒され、スタート地点に戻された。ハチワレ模様の茶色い魔物だ。丸い顔にまん丸な目。三日月を横にしたような口にはギザギザの歯が覗いている。頭部には大きな耳。その耳のせいで、正面からのシルエットも口同様に横にした三日月のようだ。ギザギザ歯の凶悪さにも拘らず、全体的にはやたらと可愛らしいのだ。
熊、といったが、熊とは似て非なる魔物だ。なにより手先がかなり器用なようで、棘の先を丸めたモーニングスターを両手に持って振り回していた。
あぁ、モーニングスターはフレイル型じゃなく、メイス型のヤツだ。俺はそのイボイボモーニングスターで頭を潰され死んだ。
“/”の数はもう20本を超えた。ご丁寧に、5本目は先の4本に交差するように刻まれ、5単位で分かりやすいように区切ってある。畜生め。
死んだ回数を正確に云えば24回だ。
これはあれだ。きちんと探索して装備を探せということか? それとも他に、なにか状況を打開できるようななにかがあるのか?
これまでは一気に駆け抜けようと走り抜け4階まで進んだが、結果はこれだ。
……いや、まともに戦っていたら、絶対に体力が持たない。どれだけ登ればいいのかわからんが、絶対に走り抜けるべきだ。
根拠はない。登ったところで出口はないかもしれない。だが一ヵ所に留まっていても、モンスターが出現して殺されるんだ。進むしか無い。
痛みも、疲れも、傷跡さえも消えた体を確認し、俺は再び走り始めた。
……。
……。
……。
何度死んだだろうか。最後に線を確認した時には、40を超えていた。くそっ! あの殺人毛玉を倒せない。だが今度は様子が変わった。なにより、周囲に倒れている仲間がいる。
俺はいまだ倒れている仲間たちを起こした。互いに情報を交換する。みなも同じような状況のようだった。
アヌジンの奴はあの毛玉を倒して、5階にまで到達したそうだ。すげえな。……いや、それまでに50回以上死んだらしいが。で、水を操る人間(?)に溺れさせられてここに来たと。
全員身体には問題はない。武器も皆持っている。ひとりではどうにもならなかったが、6人いるのなら、単体でしかうろついていないモンスターなど怖るるに足りない。
俺たちはしっかりとフォーメーションを組んで部屋を出た。
今度は今までいた場所とまるで違った。一本橋のような通路ではなく、まともな通路だ。しっかりとした石造りの通路。どこぞの建物のようだが、扉の類は見当たらない。
進んでいくと、集会場のような広い部屋に出た。なにもない殺風景な部屋。
いや……何もないわけじゃなかった。
丁度、俺たちが入って来たのとは反対側にある扉の前に、誰かがひとり佇んでいた。黒いコートに黒い帽子を被った長身の……女――か?
だらりと下げた両手には、なにか見慣れぬ黒いものを握っている。
女が俺たちをみる。するとその口元に獣のような笑みが浮かんでいた。
★ ☆ ★
「1戦目はともかくも、2戦目でもこの様ですか。本当に酷いですね」
「そうだね。ねぇ、こっちの人間って、こんなに弱っちいの?」
「正直なところを申してよろしいですか?」
「うん。忌憚ない意見が欲しいな」
「進化前のマスター以下です」
……。
私は目を瞬いた。
「は?」
「マスター以下です」
「……私、普通の女子高生だったんだけど」
「平気で殺人を犯せる女子は、普通の女子高生とはいい難いかと」
「いや、壊れた頭ん中身のことじゃなくて、身体的な意味での話だよ」
私の倫理観がぶっ壊れてるのは自覚してるって。
「……身体的にも一般的とはいえなかったのでは?」
「半ば独学であれこれ護身術的なものはやってたけれど、武道を嗜んでる女子はそれなりにいたよ。剣道とか合気道とか。柔道は少数だったと思うけれど」
彩は薙刀を習ってたし。
私は道場の体験入門をしたくらいだよ。とりあえず基礎のやりかただけ知りたかったからね。
「手習いよりマシな程度で、私は達人なんてものからはほど遠いよ」
いや、額に手を当てて項垂れないでよ。
「なんと申しますか。これが“やめとけ”の世界の人類と云うことですか」
はい?
「一般的な基礎スペックが世界の難易度によって変わるのですよ。“やめとけ”の世界は、基本的に一切の加護がありません。ですから、強くなるためには自力で鍛えるほかありません。例え元が一緒でも、世代を重ねることでその差が如実にでているということでしょう。いまにして思えば、だからこそ地球人はアボカドに耐性があるのですよ!」
いや、関係あるのそれ!?
「マスターはあのダンジョンを地球人基準で調整したのでしょう?」
メイドちゃんの言葉に私は目を瞬いた。
え? 地球人準拠で考えちゃダメってこと!?
「いやいやいや。そんなことないでしょ。こっちの人って名付け効果とかで、いわば強化人間みたいになってるわけでしょ? 例えアスリート程度だとしても、平均的地球人なんかより強いって」
「いえ、そうでもないと思われます。なにせ、その強化された身体能力にあぐらをかいているようなものですから、ほぼ力任せのゴリ押しで、技量面では大抵の者が微妙かと。それと先にもいいましたが、素のスペックに差がありますから、“普通”の人類と“やめとけ”の人類では差が顕著にでていると思われます」
……。
「マジかよ」
「マジです」
えぇ……。
「筋力や運動神経が上がったところで、反射神経などに関してはほぼ元のままですからね。生物である以上、その反応はさして変わりませんから。要はあれです。“力こそパワー”を信条にした微妙な脳筋です」
いや、確かに生物としての基礎は一緒で、名付け効果があってもアスリート並にしかならないとしてもさ、戦闘訓練とかしてるでしょ? プロなんだし、それであの有様はないと思うんだけれど!? もしかして【~流】みたいな武術の流派みたいな感じなものはなくて、単に剣を振り回すのが基本だったりする? いや、強い人が剣の扱い方とかは指南するんだろうけどさ。
「そんな感じですね。マスターの故郷のように、柳生流とか示現流、天然理心流のような感じのものはありませんね。誰それから教わった、というのが基本で、それが剣術の流派となるようなことはありませんね」
「いや、なんでよ」
「これも魔法が阻害していると云えるのかもしれませんね」
は……?
「え、まさか魔法を併用する戦い方をするから、流派として確立させるには特異すぎて無理ってこと?」
「そんな感じです。師と同じように魔法を扱えるかと云うと、才の関係で先ず同じになりませんからね。これは訓練でどうにかなるものではありません。そして剣だけで名を轟かせようなどと考える者は……いなくもありませんが、誰もが途中で挫折しています」
魔法は個人の才能と資質で左右され過ぎるからねぇ。実際、魔法使いの師弟関係って、魔法を教えるだけで、その運用方法は教えてないっていうし。
「……これってさぁ、ウチで剣術道場とか開いたら、結構、流行ったりしない?」
「どうでしょう? 魔法が苦手な者にとっては良いかもしれません。実際、マスターはきゅー子やなぐに、いろいろと伝授していましたよね?」
「まぁね。護身としてはヤバい奴を教えたよ。あれを使って身を護ると、過剰防衛にされるんだよねぇ。いや、それはどうでもいいとして、道場は……あぁ、いや、いらないか。初心者ダンジョンがそのための場所だし」
「はい?」
「あれ? 云わなかったっけ? 初心者ダンジョンはその名の通り、初心者のためのダンジョンなんだよ。基本的な戦い方を叩き込むための場所。まぁ、すべて実戦形式でやるから、疑似的に死んだりするなんていうスパルタもいいところだけど」
だから初心者なんてついてるダンジョンなのに、50階層なんて長丁場のダンジョンにしてあるんだ。クリアしたら一人前ってことだ。剣道とかで云うと初段ってとこかな。まぁ、それよりはずっとずっと強くなってるだろうけど。
「まぁ、このまんまじゃ、13……マリアの訓練にならないね。あと何回か戦わせてみて、再度、ダンジョン行きかな。あそこでちゃんと戦闘訓練を積めば、勝手に強くなる――はずなんだけどなぁ」
「なぜか全員RTAをしていますからね」
「うん。ダンジョンへの入場の際には、その辺りの注意も最初にすることにしよう。1フロアにいられる時間制限もあるんだから、ギリギリまで粘ってから進んでもらいたいよ」
「それだけ強くなれると?」
「回復アイテムとかも拾えってこと。そうすれば、実戦訓練をより長くできる」
「……」
メイドちゃんがじっと見つめてきた。
「なんですか? メイド君」
「なにどこぞの教師みたいな喋りをしているんですか。いえ、なかなか厳しいと思いまして」
「そうかなぁ。実戦に勝る訓練はないよ。絶対に死なないんだよ。訓練場としてはこれ以上ないと思うけれどね。戦って、殺されて、創意工夫して、より先へと進む。そうしてクリアしてもらいたいものだよ。……あの連中は恐怖症を植え付けた上で、エーデルマン子爵家に帰すけど」
「あぁ、モノレールの罰則の試験もするのですね」
「そう。ふふふ。世界を震撼させたジャパニーズホラーの威力を思い知るといいわ」
私はそう云って笑いながら、再びモニターに視線を向けた。
……うん。マリアは面白くなさそうだね。まぁ、ああもあっさりと気絶するんじゃねぇ。あとで私が作った新モンスターと対戦させてあげよう。個人的には一番の傑作のヤツと。外見はちょっと……いや、かなりふざけてるヤツだけど。
私が相手をしてもいいかな。たまには体を動かさないとね。
私は定位置に戻され、傷を回復させられている6人を見ながら、そんなことを考えていた。




