07 ダンジョンの後始末
※誤字報告ありがとうございます。
森林ダンジョンのダンジョンマスターのリザードマン。
えっと、スキンク属だったかな? 荒れ地に住んでいる種属らしいんだけれど、なんで森にいたんだろ? こっちの半島から移住したのか、はたまた追い出されたのか。
まぁ、ともかくも、なぜか森林帯で生活していて、同種他属との生存競争に敗れて滅びた集落の生き残りだ。
一応、他にも生き残りはいる。食糧難から、他集落との戦争となって滅びたわけだけれど、その戦争前に食糧の豊富な土地……移住を視野に入れていたのかな? その探索の為に10名ほど送り出している。件のダンジョンマスターはそのひとりということだ。
他9名はどうなったのかというと、それも把握している。うん。また世界樹にアクセスして、個別に調べたよ。ちょっと時間が掛かったけれどね。
リザードマンの元ダンジョンマスターをスカウトするにあたり、条件のひとつとしてこっちが彼らを捜すことを提案したんだよ。
他にもいろいろと条件をだそうと思ったんだけれど、それだけであっさりとウチに属してくれることになったよ。
尚、その残りの9名。その内の5名はすでに死亡。3名は大型の獣、魔物なのか猛獣なのかは私には判別がつかなかったけれど、それと戦い死亡している。その3名は探索に出てから半年と立たないうちに命を落としていた。
2名は目的を半ば果たし、ダンジョンマスターとなった彼同様に一度集落にもどっている。ただ、戦争のまっただ中に帰還し、そのまま戦闘に参加、戦死している。
生き延びている4名。彼らも目的を達し、集落に戻るも壊滅していることを知り、ふたりは見つけた場所へと戻っている。このふたりの見つけた場所は同属の集落であり、移住の話を取りつけてあったようだ。だがまぁ、それは叶わず、彼らだけが移住し、今では結婚もして、子供もできている。
まぁ、10年以上経っているからね。
で、ここでちょっと衝撃的な事実を知ったよ。
彼ら、胎生なんだね。卵じゃなくて子供を産むって知ってびっくりしたよ。なんか、彼らだけ特殊らしくて、他のゲッコー属とかは卵生だそうな。
と、話が逸れた。
そして残りのふたり。彼らはドーベルクで傭兵兼冒険者をしているようだ。ドーベルクは多種族国家だから、リザードマンでもさほど問題なく暮らせるのだろう。 移住地となりそうな場所を発見はしたものの、故郷が壊滅したこともあって、ドーベルクへといったのだと思う。さすがにひとり孤独に暮らす選択肢は選ばなかったということだろう。
そうなると、ダンジョンマスターにさせられた彼は哀れともいえる。ダンジョンから出らんなくなったわけだし。その上、制圧されて手下にさせられたわけだし。
さて、彼、元ダンジョンマスターのリザードマン、ラセルトさん。彼とはまだ会っていないんだよね。
ドワーフさんのときもそうだけれど、メイドちゃんが直接は会わせてくれないんだよ。
「安全を絶対的に確認できるまでダメです」
なんて云ってさ。
無条件に会えたのはコダマだけだしね。コダマの場合は、管理システムからのお願いであったから、警戒する必要もなかったわけだけれども。
とはいえ、ラセルトさんをこっちに引き入れはしたんだけれど、なにをやってもらうかとかは決めていないんだよね。
やってもらうとしたら、町の治安維持のほうかなぁ。今のところは、オートマタで対処する予定だけれど、多分、杓子定規過ぎてトラブルが起きそうなんだよねぇ。
不正はないけれど、融通が効かなくなるだろうから。それで住民とのトラブルがでたりすると、本末転倒というね。
それを考えると人任せにするのがいいんだけれど、そうすると不正の心配がでてくるというね。まさにあっちを立ててればこっちが立たずなことになるんだよ。
その点、ラセルトさん、かなり生真面目っぽいから、任せることができたら安心できそうなんだよ。
あと、傭兵やってて腰の落ち着いていないふたりをこっちに引き込めれば、更に安泰なんだけれど。
要は、治安部隊と住民との間の折衝役ということだ。
もうちょっと早ければ、ローに接触して貰ったんだけれどなぁ。とはいえ交渉材料がいまいち弱い気もするな。……そうだ! 近場に彼らの同属の集落があったんだ。お仲間のひとりが移住した集落。そこと交流をもてば上手くいくかな? 彼らもお嫁さんは欲しいだろうし。なんだったら、そこから通いでお仕事して貰えばいいしね。
よし。その方向で交渉を試みよう。誰か出張希望者を募ろう。
それはさておいて、適当に勝手に決めているわけだけれど、結局はラセルトさんの希望を聞いてからだね。ここに定住せずに、旅に出るというのでも全然かまわないし。その際にはいろいろと装備やらなんやらの便宜を図ろうと思うよ。
そうそう、ドーベルクにお遣いに出していたみんななんだけれど、明日の朝あたりに戻ってくる予定だ。随分と早い帰りだと思うよ。想定していたよりも、ひと月以上早いからね。
ダンジョンで遊んでおいでっていったんだけれど、【赤教】の教皇と接触することになって、それどころじゃなくなったって連絡が来たんだけれど。
……なにがあったんだ?
まぁ、帰って来てから聞けばいいか。
で、彼らを迎えるために、よっ子が乗客を乗せての初運行だと張り切って、向こうの駅にまで行っているからね。
なんのかんのでまた忙しくなっているんだけれど、私だけ暇になっちゃったんだよねぇ。
私はどっしり構えて、森林ダンジョン・コアを見張っててくださいって云われて、半ばのけ者だよ。
仕方ないから不貞寝でもしていようかと思ったけれど、考えたらやることがあったよ。
森林ダンジョン・コアの処置をしよう。
ラセルトさんと入れ替わりで最奥部へと入って、いつものように引っ掴んで支配権争いをして、怒鳴りつけて大人しくさせて、そのまんまなんだよ。
ダンジョン・コアの性格は牧歌的な感じだったよ。のんびりした感じ? まぁ、だからといって、私の配下に置けるような性格かというと、そんなことはないんだけれど。
こいつはあれだ、この表面的な雰囲気に流されて配下に置くと、あの手この手を使って他の私の配下を懐柔した上で、私の寝首を掻くようなタイプだ。
要は、すごく面倒で陰険な性格ってこと。いわゆる腹黒。
当然、ダンジョン内の後始末が済んだら破壊決定だ。
さて、そんなわけで、やり残したダンジョンの後始末をするために、こうして海底トンネルにまでやって来ている。
お供はさん子とごっ子だ。
「お母さん、すっごい遠回りしてここまで来たけれど、これからどうするの?」
ごっ子がいまさらながらにトンネル内を見回しつつ訊ねて来た。
ここは森林ダンジョンから繋がる海底トンネルの、我らが“はじまりのダンジョン”の開口部近くだ。森林ダンジョンを経由して、ここまでダンジョンの転移機能をつかってやって来たのだ。
いや、支配下においたとはいえ、うちのダンジョンとは別ダンジョンのままだからね。まだダンジョン・コアを廃棄していないから。
この位置からは見えないが、ここから数キロ先でウチと繋がっており、その手前に大きな空間がトンネルの左右に設けられている。
そしてそこには、いまだゴブリンがひしめいているわけだ。正直、いらない連中である。
全自動屠殺場で始末する予定だったんだけれど、いろいろと処理が間に合わなくて、現状、ゴブリンの送り込みを止めてある状態だ。
8万を超えた当たりで処理に限界がきたんだよ。お掃除スライムの分解速度を上回ってしまって、死体が溢れたんだよ。
そんなわけで、森林ダンジョン・コアを生かしてあるんだけれど、もう時間の無駄だから私が直接始末しようというわけだ。
「なるほどぉ。それじゃ、これからそのゴブリンを始末するんですねぇ。私たちの出番ですかぁ?」
さん子が相変わらずの調子で、のほほんと聞いてくる。そしてごっ子、なんで手をぐるぐる回してるの?
「いや、あんたたちに始末してもらうつもりはないからね? というか、あんたたち私のお目付け役として、メイドちゃんに押し付けられたんでしょ?」
「なにを云っているのお母さん! 私たちはお母さんと一緒なら、どこにだってお供するよ! まさに火の中水の中だよ!」
「露払いは私たちにお任せくださいねぇ」
……。
「もしかしてストレスが溜まってる?」
なんだか凄くいい笑顔が返ってきた。
「えーっと……」
「正直にいいますとぉ、私たちは収穫をしているだけなんですよねぇ。ですから、きちんと作物の世話をしたいなぁ……と」
あぁ、なるほど。
「それじゃ、普通の農園と果樹園をやってみる? 人数がいないから、本当に小規模、それこそ家庭菜園レベルになるけどいい? やるなら受粉用にハチも渡すよ」
「「お願いします!!」」
あぁ、やっぱり今ひとつ面白くなかったんだね。
うん。新しく農園エリアを作るとしよう。地上の食糧も賄わないといけないしね。
「それでぇ、ゴブリンたちはどう始末するんですかぁ?」
「私の糧にしようと思ってね。いまだに存在質量が足りないから」
「だけど、配下のモンスターを倒しても身にならないんじゃ?」
うん。ごっ子の云う通り。でもやり様はあるんだよ。
「ダンジョンから絶縁しちゃえば、野良モンスター扱いになるからその限りじゃないよ」
「「あ」」
ふたりとも納得したようだ。
いわゆる裏技的なものだけれど、普通なら絶対にやらない。とてつもなく効率が悪いからね。それをするくらいなら、DPを直接変換する方がいい。もっとも、DPを直接存在質量に変換することは、ダンジョン・コアを支配しない限りはできないらしいけどね。
それじゃ、入り口のところにまでいって、連中を片付けるとしよう。
トンネル脇の……待機所? の入り口へと入る。ここはグランドスライムが擬態して、入り口を閉鎖している。
いまさらだけど、グランドスライムの擬態の硬度はどれくらいなんだろ? 馬鹿みたいに硬いのは知ってるんだけど。……いや、表面が硬くて中身は柔らかい感じで、衝撃吸収しているのかな? だとすると、これを破砕するのは相当厳しそうだ。
うちの子ながら、とんでもない進化を遂げてるな。
そんなことを思っていると、にゅん! というような効果音でも聞こえてきそうな感じで、壁に小窓ができた。
中を覗くと、整然と整列しているゴブリンの群れ。これと同じ広間が反対側にもある。数は、それぞれに3万程。
本当、どれだけ生産したんだよ。屠殺場で仕留めた数を考えると、あわせて20万近くになるよ。
この3万のゴブリン共、ごっちゃにひしめいていると思いきや、まるで軍隊のような様相だ。
しっかり躾けられてると云うか、これはダンジョンの支配下にあるからだろうな。
いや、上限があるんだっけ。確か、それを上回るために絶縁して、数を増やしまくったわけだ。ただ、統制を取るために支配階級のゴブリンだけをダンジョンに属させ、それで配下の雑魚ゴブリンを大人しくさせているらしい。
それでもこうして大人しくしているのは驚きの光景だけれどね。それだけ支配階級の支配が強いということだろう。私がそれを利用するかどうかはわからないけど、知識として覚えておくとしよう。
それじゃ、その支配階級ゴブリンのダンジョンとの縁を切ろうか。そーれ、絶縁! っと。
途端にゴブリン共が騒ぎ出した。押し合いへし合いしはじめ、喧嘩もそこかしこで起こり始めたようだ。
おっと、このままだと同士討ちで存在質量が無駄になる。
範囲を指定して、刈り取り――っと。
権能を発動すると、ゴブリン共が一斉にばたりと倒れた。
即死だ。痛みも感じずに、それこそスイッチを切ったように意識が途切れてお仕舞となったはずだ。
一切苦しむことも恐怖することもなく死ねたのだから、彼らとしては幸せだろう。
向かい側にも移動して、ここの3万のゴブリンも同じように絶縁からの刈り取りっと。
……ふむ。
「所詮はゴブリンってことなのかなぁ。安値のモンスターだし。これだけ刈り取って存在質量を奪っても、回復した気がしないよ」
「えっと、お母さん? いまのは?」
ごっ子が顔を引き攣らせつつ訊いてきた。
「【生命】の権能だよ。命を奪うも与えるも思いのままっていう、いかにも神様らしい権能。正直な話、この力って“世界”が扱う範疇であって、その下っ端の神がもつものじゃないと思うんだけれど、いいのかな?」
いくら私がそのあたりに無頓着であっても、さすがに余る力だと思うんだけれど。
《どうぞお気になさらず。“世界”が問題なしとして授けた権能です。その力を我が主が振るうになんの問題がありましょう》
私が首を傾げていると、管理システムが介入してきた。
そうか、いいのか。私の堪忍袋の緒の強さと倫理観が問われるのか。
私に持たせちゃ一番いけない権能のような気がするんだけど……返しようもないしなぁ。こいつはできるかぎり使わないようにしよう。
使わなければ問題ない。
それじゃ、次にやること――の前に、この森林ダンジョン・コアのDPを回収して破壊。
はい、さようなら、っと。
「ダンジョン・コア、こっちのダンジョンの掌握にどのくらい掛かる?」
《完了しました。実効支配済みでしたので、こちらのダンジョン・コアが破壊されれば、時間は掛かりませんから》
「よし。それじゃどこに何があるかも大丈夫だね。例の魔力溜まりってどこかな? まだ魔力が残ってる?」
《魔力溜まりは、そこから森林ダンジョン側へ40キロ程進んだところにあったようです。……その下方に、大規模な空洞を確認しました。この空洞も魔力溜まりである可能性があります》
「お。それじゃ、確認しようか。転移をお願いね」
《畏まりました》
エレベーターに乗ったような感覚がし、次の瞬間には似たような場所に3人で立っていた。先ほどと違う点は、ゴブリンが待機していた広間への通路がないということだ。
「えっと、この真下に空洞があるのかな?」
「コア様の言からすると、そのようですねぇ」
「ここを掘るの?」
私たちは足元をみつめた。
「一応、綺麗に整えられたトンネルだし。ちょっと脇に穴を開けて、そこから下へ穴を掘ろうか」
そういって私はくりぬきをはじめた。
階段状に数段掘り下げて、右へ直角に曲がってさらに掘り下げ、また直角に――と、螺旋階段上に掘り下げていく。
ほどなくして空洞にぶつかった。
50メートル位掘ったかな?
「……お母さん、コア様に掘って貰えばよかったんじゃ?」
「こっちのがDPの節約になるのよ。ケチれるところはケチる」
そういって私は周囲を広げ、ちゃんと見渡すことができるようにする。
「うわぁ。なんだかもやもやしてますねぇ」
「なんだかすっごい濃い砂糖水みたい」
あー、云い得て妙だねぇ。すごいなこれ。魔力……魔素が視覚化してるとか、どんだけ濃いんだろ。
《かなりの高濃度の魔力が溜まっています。さん子とごっ子は入らないように。魔力酔いを起こして倒れる危険があります》
コアの言葉を聞き、ふたりは慌てて数段階段を登った。先ほどまで腰辺りまで魔力に浸かっていたが、いまはもう完全に離れている。
「コア、これ、私が全部貰っちゃうけど、問題ないよね?」
《問題ありません。魔力溜まり枯渇後は、早急に埋め立てますのでご安心ください》
あぁ、ここ、かなり深そうだもんねぇ。
それじゃ、さっさと吸収して存在質量に変換しちゃおう。
今の体になって、暗闇でも視えるようになったのはありがたい。視力もあがっているようで、この広大な空間を余すことなく見ることができる。
範囲を岩肌に合わせてまるっと指定して、範囲内の魔力、要はここに溜まっている魔力を丸ごと戴きます!
心臓がドクンと、ひとつだけ一際大きく鼓動したかのような感覚。
お、なんだろう? なんかこれまでの浮っついた感じがなくなった? ちゃんと地に足がついたみたいな感じがする。
《神化が完了しました》
いきなり視界の左下に文字が現れた。
は?
「お、お母さん?」
「なに? ごっ子」
「なんか……光ってる、よ?」
「え?」
慌てて自分の手をみてみる。
なんか淡く光ってる。なんだこれ!?
「え、えっと、後光というやつですねぇ。きっと……」
さん子、顔を引き攣らせることはないんじゃないかな? この光は毒じゃないんだから。
……多分。
《祝:存在質量が規定値を超えました。主様、おめでとうございます。神化が完全に完了しました。存在が安定します。これより、各種制限が解除されます。今後、神界へのアクセスをすることが可能です》
へ?
いや、ちょっと待って。情報量が多い、多い。私、基本的に考えなしのお馬鹿さんなんだからさ。
各種制限ってなに? むしろいままで制限されてたの? 結構やりたい放題してたよ。さっきもゴブリンを一度に数万匹屠ったし。
神界っていうのは、多分、大神様がいらっしゃる場所だと思うけど。あとメイドちゃんの妹たちのいるところ。
「お母さん、落ち着いて?」
がくがくとごっ子が私を揺すった。
あ、うん。そうだね。検証やらなんやらは後回しにしよう。
……。
うん。
そうか。
はは。そうか。そういうことか。
私はやっと状況を把握した。
そう。準備が整った。
私は思わず笑みを浮かべた。
やっと、お姉ちゃんを復活させられる!
第8章はこれにて終了です。
明日より、閑話をいくつか投稿します。
第9章は今しばらくお待ちください。




