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04 ドーベルク王国にて:なぐ


 なぐは鉄打姫ことマギー達と一緒に行動していた。


 恐らくは問題に直面することはないだろうと、護衛役はなぐひとりだ。


 一行の面子は以下の通り。マギー、アーシンのトリ、そしてドワーフの大将とギムだ。


 一行は王都の中核を成しているともいえる、職人街を歩いていた。そこかしこから様々な音が聞こえてくる。


 町並みは実に質素……いや、質実剛健を体現したような造りの家が立ち並んでいる。


 華美な装飾などは一切なく、どの家も一様に白漆喰で塗り固められた石造りの家が並んでいた。


 唯一、装飾ともいえるようなものが、各種店舗や工房の看板だ。


 扉脇の壁、上部に取りつけられた金属製の支柱からぶら下がっている看板。いずれも金属製(恐らくは青銅)で、緻密な細工物となっている。


 それは鉄床にハンマーを打ち付ける装飾や、打ち鳴らされるジョッキ、動物の頭部を模したものもある。


 それらの看板に加え、武器屋に至っては扉の脇に武器が立て掛けてあるところが多い。どれもこれも実用性を無視した巨大な代物だ。看板代わりのディスプレイだろう。


 ユニークなところでは、武器の種類それぞれの専門店があるようだ。


 巨大な剣が立て掛けてある店もあれば、巨大な斧、巨大なメイス、なかには巨大なフライパンが置いてある店もあった。


 ……フライパン?


 一見すると大盾サイズの円盾だ。だがその縁からはみ出している柄と、全体の作りはどうみてもフライパンだ。


 これは武具なの? 武具店に軒を連ねている店のひとつだけれど。調理器具の店……じゃないよね?


 そんな感じに、おのぼりさんよろしく、なぐは皆の後をついていった。


 この王都に着くまでに、姉たちはロクでもない目に遭っていた。だが概ね街中は平和であるようだ。スリやひったくりはそれなりにいるようだが、それはどこの街でも同じだろう。


 腐っているのは役人連中ってことかな?


 何人目かのスリを躱し、なぐは一行からやや遅れてついていく。


 鉄打姫とドワーフのふたりは武装しているせいか、スリの類はよりつかない。トリはそもそもアーシンだ。アーシン相手にスリをしようなんていう馬鹿はいない。逆にスられるというものだ。


 となると、丸腰で、あからさまにおのぼりさんのように見えるなぐが狙われるのだろう。


 一行の中ではもっとも隙がないというのに。もっとも、隙だらけにみせかけているなぐを、警戒して避けるほどの力量のスリなど存在しないともいえる。彼らは逃げ出した先で手首が外されていることに気が付いてから、そのことを自覚するのだ。


 一行が目指すのはアルバン工房。昨年までマギーが世話になっていた工房だ。


 ここドーベルク王国ではもっとも古い歴史を持った工房であり、王家御用達ともなっている。


 だがそんな栄誉ある工房であるが、その建物はこじんまりとしたものだった。とても大手の工房とは思えない、大きくも小さくもない、いたってよくある規模の工房だ。


「裏手の工房から入るの?」

「いえ。表の店舗から入りますよ。技術交換のためとはいえ、私は工房を出たことになっていますからね。いまは部外者扱いです」


 マギーがトリに答えた。


 店舗の扉を開ける。中は広く、周囲に武具が整然と並べられていた。


 隅に、中古品と札の掛けられた樽に、無造作に長剣や槍が放り込まれている。


「いらっしゃ……マギーさん!?」


 店番をしていた、まだ少年とも言えるような容姿の青年が、マギーを見るなり声を上げた。見たところ、20歳前後の人間のようだ。


「戻りました。親方はいますか?」

「本当にマギーさん!? ちょっ、待っててください! 親方を呼んできますから」


 慌てたように、バタバタと青年は奥へと走って行った。


「あの慌てた様子、やっぱり行方不明扱いになってたみたいね」

「なぜ分かっていたんでしょう?」


 なぐの言葉に、マギーは首を傾げた。


「エルダードワーフともなれば護衛もつくでしょ。恐らくは、隠れて護衛をしていた者たちがいたんじゃないの?」


 なぐの言葉に、マギーとトリは顔を見合わせた。


「えっ? ということは、ウチが気がつかなかったってこと?」

「隠密での護衛だから、それなりに実力はあったんじゃない?」

「でも、蛇人に捕まった時、助けてくれなかったじゃん」

「助けられなかったんじゃないかなぁ」

「え?」


 なぐの言葉にトリは少し考え、顔を引き攣らせた。


「バイパー共は普通なら厄介だからねぇ。力は強いし毒は飛ばすし」


 なぐは肩を竦めた。


「実際、殲滅後に調べたら、連中にはサイズ的に合わない武器も見つかったしね。そもそもバイパーの連中も隠密には長けてんのよ。なにせ蛇だし」


 ギムが髭を擦りながら、うめくような声を上げた。


「吾輩たちが捕らえられた後に少人数で攻撃を仕掛け、返り討ちにあったということか?」

「んー……きっと斥候に見つかって殺されたんじゃないかなぁ。みんなが捕まったのはその後だと思うよ。連中、大将さんたちにしか興味がなかったみたいだから、マギーとトリは一緒にいたから助かった、ってところじゃない? ふたりを殺害したら、交渉もできないと考えたんじゃないかな? こういっちゃなんだけど、ふたりは大将さんたちを働かせるための人質みたいなものだったんだよ」


 マギーとトリのふたりは顔を青くした。


「あー、姐さん、いまの話を詳しく教えちゃくんねぇか?」


 奥から姿を現わした、真っ白な髪に髭の壮年のドワーフが頭をガリガリと掻きながら現れた。


「工房主のアルバン師です」

「アルバンだ。マギーが世話になったみたいだな。礼を云う。マギー、よく無事に戻った。ここで話すのもなんだな。人数も人数だし、食堂に行くか」


 アルバンは皆を促し、奥へと戻った。向かうのは工房に併設されている食堂だ。


「あらためて礼を。マギーを救ってくれて、本当に感謝する」


 姿勢をただし、あらためてアルバンが礼を云う。


「危うく、マギーのおふくろさんに顔向けできなくなるところだった」


 トリが隣に座るマギーを見上げた。


「母は親方に私を預けた後、亡くなったらしいんですよ」

「預けた……お家騒動? もしかしてお姫様?」


 マギーがエルダードワーフであると知るトリは、ついそんなことを口にした。


 何処かに隠れ棲んでいる王種たるエルダードワーフが突如として現れ、子を預けたとなれば、なんらかの騒動から逃れたと考えるの真っ先にくるだろう。


「どうでしょう? 姫なんて感覚はありませんけどね」

「でも話し方とか上品じゃん」

「これは私を育ててくださった方の影響ですね」


 マギーは乳母であった老ドワーフを思い出す。やたらと丁寧な女性だった。3年前に息子夫婦の住む町へと引っ越していった。思えば、自分がエルダードワーフであるから、ああも丁寧な口調だったのかもしれない。


 なにせアルバンを容赦なく口汚く叱責し、尻を蹴り飛ばすほど肝の座った人物であったのだから。


 そんなことを話しているふたりを、アルバンは困ったように見つめている。


「あー……知らなかったと思うがマギー、みんながそんな風に接していたのはだな……」

「もしかして、私がウムリではなく、エルダードワーフである、という話ですか?」

「知ってたのか!?」

「女神様が見通しでおいででした」

「女神様!?」


 マギーが工房を出た後の経緯を説明する。話が進むにつれ、最初は興味深そうに聞いていたアルバンの顔は、次第に強張って行った。


 信じられないという感じの面持ちで呆然としているアルバンに、トリが声を掛けた。


「じっちゃん、いい?」

「なんじゃい、鬼っ子」

「そんな睨まないでよ。アーシンだから信用ならないのかもしれないけど」

「……親方?」


 マギーの浮かべた笑顔に、アルバンはたじろいだ。


「ま、待て、仕方ないだろ!」

「お嬢、こういうのはいつものことだから気にしなくていいよ」


 もそもそと姿勢を正すと、トリは真面目な顔をしてアルバンに云った。


「最初に云っておくけど、ウチはアーシン族の神託の巫女だよ」

「いきなりなにを――」


 アルバンは云いかけ、天井を見上げた。


「すまん。もう1度云ってくれ」

「神託の巫女」


 アルバンは再度見上げる。


「彼女のいっていることは事実だよ。実際、ひと目でマスターを神と見抜いた。だからいくら上をみていても、神罰が落ちてくることはないよ。安心するといい。それと、その様子なら知っているんだろうけど、神託の巫女は基本的に嘘をつかない」


 顔を下ろすと、アルバンはなぐをしげしげと見つめた。ついでトリに視線を戻す。言葉に出さず、この姐さんは誰かと問うた。


「えっと、神兵のお姉ちゃん」


 アルバンはあんぐりと口を開けた。


「私たちが神兵かどうかは、そっちで好きに判断すればいいよ」


 アルバンは頭を抱えた。


「えーっと、じっちゃん。とりあえずウチがお嬢の案内役になってから、今に至るまでのことを話すよ」

「よろしくお願いいたす。巫女様」

「いや、鬼っ子でいいから。巫女様とかいわれるようなことしてないし。基本的にウチらアーシンは“なるようになーれ”が信条みたいなもんだから」


 そんなことをいいながらも、トリはマギーと意気投合したあとのことを詳細に話した。それこそ、バイパーより助けられた後、ダンジョンに保護されたことまで。


 アルバンはショックを受けていた。マギーの苦難もそうだが、それと同様にドワーフの隠れ里の状況に失望したのだ。


「た、大将殿?」

「付き合いは避ける方がいいぞ。恐らくだが、あっというまにあそこの技術は衰退するだろうしな。なんせ年寄り連中を古臭い技術しか使えねぇとかいって、ないがしろにしとったからな。あの馬鹿のいう新技術が悪いとは云わんが……少なくとも、俺が見た限りじゃ、ありゃ大昔に見限られた技術だろうよ」


 その言葉を聞き、アルバンは盛大にため息をついた。


「マギー、技術交換のことだが……」

「それなら問題ありません。女神様の元で修行したいと思います」


 そういってマギーは一振りの小刀をテーブルに置いた。


 アルバンは一瞬目を細めるとそれを手に取り、子細に確認し始めた。


「……なんじゃこりゃ。どこの馬鹿だ、こんなもん拵えたのは」

「それは無い無い尽くしの地域で生み出された技術の結晶さ。いかにあんたが高名な職人だろうと、その言葉は容認できないね」


 恐ろしいまでの殺気をなぐに叩きつけられ、アルバンの背筋が凍った。


「ま、待て待て待て、そんな怖い顔すんない。儂らの常識からしたら、こいつは異常だ。手間暇をかけすぎだろ。なにをどうすれば、こんなことをせにゃならん事態になるんだ?」

「資源がないからさ。当然、数打物なんて作れやしない。そんな無駄遣いはできない。ならば、少ない鋼で徹底した最高のものを打ち上げるのが職人ってものだろう?」

「そりゃそうだが……」

「それの素材の大半は砂鉄だよ」


 なぐの言葉にアルバンの目が見開かれた。


 あらためて手の小刀を子細にあらためる。


「正にこいつは職人の執念の塊ってことか。恐ろしいな」

「見るだけで分かる親方も大概と思いますけど。それ、このあたりで出回ってる長剣程度なら、簡単に両断しますよ」


 もはやアルバンの口は開きっぱなしだ。


「私はこの剣……刀というそうですが、これを打つ技術を身につけたいと思います」

「いや、さすがにこんなとんでもないもんを拵える技術は教えて貰えんだろ」

「まぁ、引き換えに研究を頼まれたのですけど」

「研究?」

「この鋼材を生み出す技術は工房で秘匿されていたらしく、その技術が時代と共に失われたのだそうです。それの復活をお願いされました」


 マギーがさらに剣を一振りテーブルに置いた。


 その剣はひと目見て異質さがわかるものだった。その剣身表面に浮かぶ木目のような紋様。


 ダマスカスソード。刀剣としての性能の高さから、一世を風靡した刀剣だ。だがそれだけに偽物が横行し、本物がなかば駆逐されたともいえる剣である。


 現代技術であれば再現もできなくもないが、当時の技術でどう作られていたのか不明な刀剣だ。そもそも、現代で確認されているそれが、本物である確証もない。


 だがいまマギーが取り出したそれは、女神が実物を再現した代物。即ち本物と同じものである。


 アルバンは頭を抱えた。


「親方?」

「まさかこの年で己の矮小さを思い知らされるとは……」


 アルバンはため息をついた。


「姐さん」

「なにかな?」

「儂もそっちで修行をさせちゃもらえんだろうか?」


 とんでもないことをアルバンが申し出た。


 あまりのことに、なぐ以外の全員がアルバンを凝視した。


 なぐも即答できず、マギーに視線を向けた。


「……お、親方、工房は?」

「そんなもんルーカスにくれてやるわい。奴も独立時期だしな。それならここを継がせて、儂は儂の好きなようにやる」


 今度はマギーが頭を抱えた。


「えっと……他の職人さんたちに、お嬢が恨まれたりしない? 親方を引き抜いたって」

「はっ! 儂がいなくなったところで、口うるさい親父がいなくなったとしか思わないだろうよ。むしろ喜ぶわ!」


 とんでもないことを云いだした。なにやら厨房の方の騒がしさの質が変わったことになぐは気が付いたが、無視することにした。


「私たちのところに来ることは問題ない。町を作る関係上、職人関連は特に人手不足なんだよ」

「よっしゃ。任せとけ。……鉱石やらなんやらは問題ないんだな?」

「問題ない。それらはこちらで手配するよ」


 そこまで云って、なぐはひとつ思いついた。それはこの王都に来た目的のひとつでもある。


「アルバン殿。ドワーフであるのなら、もちろん酒や酒場には明るいわよね?」

「ん? あぁ、もちろんだ」

「それじゃ、独立して酒場をやりたいって人物を知らない? 探してるんだよ。もちろん、まっとうな者だよ」


 アルバンは呻くような声を上げ、顎に手を当てると考え込みだした。


「むぅ……ひとりふたり思い当たるのがいるな。何人要るんだ?」

「最低限、酒場が一軒できればいいんだよ。だから店主となるものがひとりいれば十分。従業員は別途雇えばいいからね。要は、酒場の親父のノウハウをもっているのが欲しい」


 酒場の親父、という言葉を聞き、アルバンは笑い出した。


「よっしゃ、それならいい奴がいる。文句をいおうが引っ張って来てやる」

「頼もしいね。よろしくお願いするよ」


 さて、これで酒場の方は大丈夫かな。あとは娼館絡みだけど……まぁ、姉さんがどうにかするだろう。


 そんなことを考えつつ、なぐは満足そうな笑みを浮かべた。


※ルーティはレプリカントの12人目です。


以下に現状でのレプリカントを記載しておきます。

名称は仮称ですが、多分、名づけが行われてもこのままの呼び名になりそう。


【レプリカント】(基本、外見は15、6歳前後)

・いっ子 掃除洗濯担当。

・にっ子 調理担当

・さん子 果樹担当(外見20代前半)

・よっ子 機械担当(外見10歳児)

・ごっ子 畑担当

・ろっ子 看護担当

・なな子 医療担当(20代前半)

・やっ子 近接戦闘大型武器担当(外見5歳児)

・きゅー子 間諜・暗殺担当(アメリカ忍者/くノ一:20歳前後)

・じっ子 魔法担当(魔女っ子)

・なぐ 近接戦闘無手担当(武道家:20歳前後)

・ルーティ(Lieutenantの捩り) まとめ役。元部隊長。(20代前半)



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