※ ピーマン料理をつくろう
お母さんが目を覚ました。
よかった。あのまま目を覚まさなくなったらどうしようと思ったよ。
よし。せっかくだし、腕によりをかけて美味しいものをつくろう。
……あ、でも、病み上がりってことなんだから、おかゆとかの方がいいのかな?
そういえば、メイド様がゼリーをお母さんに食べさせ捲ってたんだっけ。
……それを知ったいっ子姉さんが、冷たい笑みを浮かべてダンジョン・コアと相談して、これまたゼリーを大量に生産してたけど。
うん。いっ子姉さんがゼリーを作ってた理由がわかった。メイド様がお母さんで遊んだらしい。変な味のゼリーを食べさせて。そのお仕置き用に作ったみたいだ。
「ふふふ。うなぎのかば焼き味のゼリーを詰め込んできたわ」
「……なんでうなぎのかば焼き」
メイド様を涙目にして寝込ませたことに、いっ子姉さんは満足気だ。
「最初はね、シュールストレミング味のゼリーを作ろうと思ったのよ」
「えっと……お母さん曰く、兵器だっけ?」
「実際、兵器扱いで、飛行機への持ち込みを禁じられたりした缶詰らしいわよ」
どんな食べ物なんだろ? 魚の漬物っていうのは聞いたけど。
「なんでそれにしなかったの?」
「……ご褒美に成り兼ねないからよ」
……。
……。
……。
「え?」
「ご褒美」
「いや、でも、お母さん曰く、世界最強に臭い食べ物なんだよね?」
「そうらしいわね」
いっ子姉さんは頷いた。
「そもそもシュールストレミングって、そのまま食べるものじゃないみたいなのよ」
「そうなの?」
「なにかの付け合わせにするのが主流らしくてね」
なんでも、パンに乗せたり、茹でたジャガイモと一緒に食べたりするらしい。
「それがどうかしたの?」
「シュールストレミングだけれど、確かに最も臭い食べ物ではあるけれど、原産国では普通に食べている人もいるのよ。だいたい、生産中止なんてことになっていないわけだから、きちんと食物として需要があるということなのよ」
「そ、そうだね」
確かにそうだ。
「で、話を戻すけれど、付け合わせとして食べるでしょ。そうすると、合わせた食べ物がとてつもなく美味になるらしいのよ」
「……はい?」
「美味しくなるのよ」
いっ子姉さんの言葉に、あたしは顔を引き攣らせた。
「う、うっそだぁ」
だがいっ子姉さんは真面目な顔だ。
「え、マジ?」
「えぇ。だからゼリーにするのはやめたのよ。まかり間違って、美味しく感じられたら無意味だもの」
「それでうなぎなの?」
「そう。この間、スナック菓子の話をお母様から聞いたわ」
急に話がとんだ。いっ子姉さんはいつもこんな感じだ。突拍子もない感じだけれど、まったく無関係な話をはじめたわけじゃないのは、わかってる。
「なんでも夕張メロン味のお菓子を食べた時に、まっさきに出た感想がこれだったそうよ。“夕張メロンだ”」
「そのまんまだね」
「そうね。開発者の努力を感じたそうだわ。“でもね。メロンの美味しさは、その食感とジューシーさとフルーツ特有の甘さにあると思うのよ!”と力説されたのよ!」
「?」
あたしは首を傾げた。いまひとつ話の着地点がわからない。
「夕張メロン味のビスケット。塗布されたクリームはまさに夕張メロン。でも食感はサクサクでジューシーさは欠片もない。でも味は夕張メロン。メロンを食べたことがあるからこそ、その違和感が酷くて、とてもじゃないけど美味しいとは云えなかったそうよ。でも味は夕張メロンで、悔しいやら悲しいやら腹立たしいやらと、複雑な気持になったそうよ」
あぁ、なるほど。
「つまり、そのもどかしさをメイド様に味合わせようとしたんだ?」
「そう。味に混乱して悶絶されてたわ。ふふふ」
……なにをやっているのかこの姉は。いかにもクールビューティなのに、なんで変なところでおかしなことをはじめるのか。
これをポンコツというの?
そんなことをぬるく考えていると、唐突にバン! と台所の扉が開いた。
「ピーマン料理を作るわよ!」
やたらと元気な様子で、お母さんがやってきた。
「お母様、お加減の方は大丈夫なのですか?」
いっ子姉さんが訊ねた。
「もう大丈夫よ。でさ、ピーマンを使った料理を一緒に作るって云ったじゃない。でも私がうっかり馬鹿やらかして寝込んじゃったから流れちゃったけれど。だからこれから作るわよ。なにより私が食べたい!
そういや、収穫したピーマンでなにを作ったの?」
「青椒肉絲とピーマンの肉詰めだよ」
あたしは答えた。
「いっ子姉さんが種を取り除いただけのピーマン丸ごとに肉を詰め込む暴挙をしたけど」
「暴挙なんて云わないで欲しいわ」
「真ん中まで火が通ってなかったじゃん」
いっ子姉さん、目を逸らさない。
「あぁ……。私もそれやったことあるけれど、私の時にはロールキャベツみたいに煮込んだっけ。……微妙な出来になったから、もう作ろうとは思わないけど」
お母さんもやったんだ。でも煮込んだってことは、生焼けなんてことはなかっただろう。聞いた感じ、美味しそうなんだけれど。
「なにがダメだったの?」
「いや、火が通るとお肉が縮むでしょ。ピーマンから外れちゃったのが出てねぇ」
あぁ。確かにそれだと、出来栄えがすごい微妙そう。わざわざピーマンに詰める必要がない感じになるね。
「では、ピーマンの用意をしてまいります」
「お願いねぇ」
いっ子姉さんが台所を後にした。
「それでお母さん、なにを作るの?」
「牛肉とピーマンの炒め物。仕上がりは炒め物っぽくは無くなるんだけどね。材料が手に入んなくなっちゃってねぇ。10年くらい食べてないんだよねぇ」
へ? 10年?
確かお母さんって、いま18だよね? あれ? 19だっけ? とにかく、自害してからここに来て1年過ぎているんだから、そのくらいのハズだ。
となると、本当にお母さんが子供の頃に食べたきりの料理じゃん。
ん? でも材料が手に入らないって、なにか特殊なモノが必要なのかな?
「なにが足りなくなったの?」
聞いてみた。
「ん? ザーサイ。とはいっても瓶詰のじゃなくて、丸ごとのやつね。あの根っ子の塊そのものみたいの」
「見たことない」
「あんまりお店で売ってるのも見たことないんだよねぇ。ときどき仕入れてた、ちょっと離れたところにあったスーパーも仕入れなくなっちゃってさ。作らなくなっちゃったんだよねぇ」
そう云いながら、お母さんがDPを消費して、そのザーサイをだした。お皿の上に乗ったザーサイは……なにこれ? 根セロリの漬物みたいな感じだけれど、色が凄い。表面に唐辛子がまぶされた感じで、モスグリーンだ。
「これなしで作ったりしなかったの?」
「作ったけれど、納得できなかった。と、そうだ。あとタケノコが要るんだった。取って来るねー」
「あたしも行く!」
あたしはエプロンを外すと、慌ててお母さんの後を追いかけた。
★ ☆ ★
材料が揃った。
材料は以下の通りだ。
・牛肉(コマ切れ)
・ピーマン(千切り)
・タケノコ(千切り)
・ザーサイ(適当に細かく)
・醤油
・粉末出汁
・(料理酒)
・(鷹の爪)
料理酒は肉の臭い消し用だ。特に気にならないなら不要らしいけれど、今回は使う。鷹の爪も同様、好みだ。ザーサイの辛味だけで十分と思うなら不要。今回は2本いれる。鷹の爪の真ん中に包丁を突き刺して穴を開けたものをフライパンに放り込むだけだ。
作り方は簡単で、フライパンにこれらを放り込んで炒めるだけ。お酒とかが入るから、若干汁っ気がでるため、出来栄えは炒め物っぽくはなくなるそうだ。
材料を入れる順番もあるらしいけれど――
「面倒だから一気にやっちゃうよ。タケノコは薄切りだし、ピーマンは生でも問題ないし。大丈夫大丈夫」
お母さんは大雑把だ。
「火を通し過ぎて、牛肉が硬くなんなきゃいいのよ」
……お母さんは大雑把だ。
かくして、料理はできあがった。
テーブルの真ん中におかれた大皿に、こんもりと盛られている。
見た感じは青椒肉絲っぽいけれど、使っているのは豚肉ではなく牛肉だ。それになにより、あきらかに緑が多い。
うん。お母さんがピーマン料理というはずだ。
「やー。本当に久方ぶりに作ったけれど、うまくできたよ。それじゃ、ちょっと味見を」
お母さん。味見と云って、がっつりとご飯をよそったお茶碗ん片手なのはどうなのかな?
「うーん……美味しー。これが食べたかったんだよー。丼物っぽくするのもいいんだけれど、まずはこうやって摘まんで食べる方だねー」
私といっ子姉さんも試食をする。
……美味しい。青椒肉絲と見た目は似ているけれど、味は当たり前だけれどまるで違う。青椒肉絲の油っぽさがない分、すごく食べやすい。いや、唐辛子の効果もあって、食欲が増す分、これ、食べすぎるんじゃないかな?
ピーマンのシャキシャキ感にタケノコの歯ごたえ。そのタケノコとは一線を画すザーサイの弾力のある歯ごたえ。そして、それらを地味ーな感じで支えている牛肉のお味。
これ、ほかのお肉だったらどうなるだろう? 想像してみる。
うん。ダメだ。この料理は牛肉だからこそいい感じになってる。豚肉や鶏肉だと味わいが変わりすぎる。多分、それでも美味しいだろうけど、この牛肉を使った場合のマッチングには敵わないと思う。
そういや、ザーサイが手に入らなくなったから作らなくなったって云ってたよね。ザーサイの味が無くなったらどうだろう?
……あぁ、うん。味はまるで別の料理になるね。この料理は、こうじゃないとダメだ。
「うん。久々でも問題なかったね。試食分を食べちゃったら、夕飯ように沢山つくらないとね」
いつのまにかお母さんが丼にして食べ始めてる。私といっ子姉さんも丼を用意して、残った牛肉ピーマン炒め(仮名)を分けた。
ふふ。お母さんが元気になってよかったと。一安心だ。
また今度、お母さんの家庭料理レシピを教えてもらおう。
そんなことを思いながら、あたしは牛肉ピーマン炒め(仮名)を頬張った。




